446・番外編・クオリナの休日11
第446話になります。
よろしくお願いします。
「お前って、本当に強かったんだな、マール!」
翌朝、家から出てきたタオリット君が感激しながら、マール君に抱きついている。
バシッ バシッ
興奮しているのか、タオリット君の手は、マール君の背中を乱暴に叩く。
マール君は「ケホケホッ」と咳き込んで、それにタオリット君は、またおかしそうに笑った。
(いい笑顔だね)
王都で会った時とは、まるで違う表情。
きっとこっちが本来のタオリット君なんだ、と私は思ったよ。
そんな2人の周りには、村の大人たちも集まっていた。
でも、その表情は、タオリット君みたいに喜びだけが輝いているわけではなかった。
安心はしていると思う。
だけど、戸惑い、恐怖、そんな微妙な感情が透けて見えている。
原因は、この村の敷地の外にある無数の爆発によって生まれたクレーターたちと、200体以上のゴブリンたちの焼死体を見たからだろう。
魔物の多さは、村人たちの予想以上だった。
その脅威を理解して。
そして、だからこそ、そんな魔物たちを全滅させてしまった少年に、一般人である彼らは、感謝と共に恐れを抱いてしまったのだ。
(まぁ、仕方ないかもね)
昨夜は、家に閉じこもっていたとはいえ、あの大地を揺るがすような無数の爆発は、村人たちにも音と振動で伝わっていたはずだもの。
無力な彼らにしてみれば、それがどれほど恐ろしかったか……。
それが自分たちを助けるためとわかっていても、本能的な恐怖は生まれてしまうものなのだろう。
…………。
だからこそ、無邪気なタオリット君の感謝に、私は少しだけ救われた気持ちだった。
せっかく村を助けるためにがんばったのに、怖がられるだけじゃ、マール君が可哀相だもんね。
タオリット君は今も、マール君を誉める。
マール君は苦笑して、でも、やっぱり嬉しそうだ。
そんな2人の笑顔が、私には眩しかった。
「いやはや、冒険者というのは、本当に凄まじいものですじゃ」
(ん?)
振り返ると、そこに村長さんがいた。
白い眉毛の下の瞳が、先ほどまでの私と同じように、2人の少年を見つめている。
私は苦笑した。
「マール君が凄いんですよ」
そう伝える。
彼は『白印の魔狩人』だ。
けれど、一般的な『白印の魔狩人』1人では、到底、ゴブリンキングの率いる群れを全滅させることなんて不可能なのだ。
マール君だから。
それこそ、次代の『銀印』と呼ばれる実力の少年だからこそ、この村は救われたのだ。
勘違いされても困るので、私は村長さんに、そのことをしっかりと伝えておいた。
「そうでしたか」
村長さんは頷いた。
それから私は、ゴブリンの死体の処理をしておくこともお願いしておいた。
放置しておくと、死体から悪い病気が発生することもあるし、血の臭いに惹かれて他の魔物が集まってくることもあるのだ。
(まぁ、マール君のおかげで死体はしっかり焼かれているし……)
大きな穴を掘って、埋めてもらえば充分かな。
マール君は、少ない報酬で、これだけの群れをたった1人で相手したのだから、これぐらいは村の方でやってもらわないとね。
村長さんは、それも了承してくれた。
うん。
私はそれらを伝えたあと、最後に、
「これをどうぞ」
出発前に用意しておいた『書類』を、村長さんに渡した。
「……これは、なんですじゃ?」
戸惑う村長さん。
私は、彼を見つめながら、
「シュムリア王国が施行している『貧困層の救済制度』についてが書かれたものです」
と言った。
村長さんは驚いた顔だ。
ここまで深入りしていいのか、正直、私にもわからない。
だけど、今回のような魔物の襲撃は、今後もこの村で起こりうる可能性のあるものだ。
今回は、なんとかなった。
だけど、これからも同じように対応できると勘違いして欲しくはない。今回は、本当に偶然が重なった結果、村が救われただけなのだ。
次はない。
そう思ってもらわなければならない。
そして、もしもの事態を防ぐためには、やはり『難民村』ではなく、シュムリア王国に登録された王国民となるのが一番の方法なのだ。
私は言う。
「色々な制度があります。それを利用するのは、勉強しなければいけないことも多くて大変かもしれません」
「…………」
「でも、それを利用することで、より多くの安全が得られることも事実です。王都の行政府に相談すれば、きちんと対応してくれると思いますから、今度は手遅れになる前に行ってみてください」
村長さんは、考え込んでいた。
王国の制度というのは、とてもややこしくて、実行されるのも遅かったりする。
そのせいで救済制度が利用できず、この村は『難民村』になったとタオリット君は言っていた。
(でも……)
やはり王国の制度は、利用できれば、大きな助けとなるのだ。
一度は『難民村』になってしまったけれど、長い目で見れば、もう一度、王国民として生きることこそ、この村の人たちのためになると私は考えている。
「お預かりしておきますじゃ」
村長さんは、そう言った。
うん……これ以上は、私が言えることはない。あとは、この村の人たちで決めるべきことだろう。
私は視線をあげる。
その先では、2人の少年が笑っていた。
「俺も、マールみたいに強くなれるかな?」
「もちろん」
「本当か?」
「うん、タオリットが本気なら、きっとね」
マール君の言葉に、タオリット君は嬉しそうだ。
その瞳は、輝いている。
それは、未来への希望を見つめる輝きだった。
「…………」
村長さんは、その村の子供の姿を、眩しそうに瞳を細めて見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇
それから4日後、私とマール君は、王都ムーリアへと帰っていた。
「ふぃぃ……」
本日の受付業務も、なんとか一段落。
私は、大きく息をつく。
タオリット君の村を助けるための有給休暇も終わり、私はいつもの仕事の日々に戻っている。
帰ってきたのは、昨日だった。
帰りの馬車の中で、マール君に、あの『金属の翼』のことを聞いてみたけれど、
「アルンで手に入れた武具なんだ」
とだけ言われた。
(ふぅん?)
正直、とても気にはなった。
だけど、冒険者なら1つぐらい奥の手を持っていたりもするもので、私も深くは追及しなかった。
そうして私たちは、王都へと帰還した。
「…………」
トントン
手にした書類を机に当てて整え、私は、また息を吐く。
…………。
(そのあとが大変だったな、昨日は……)
心の中で呟く。
冒険者ギルド『月光の風』に帰ってきた私とマール君の2人を待ち構えていたのは、笑顔のイルナさんだった。
「おかえりなさい、マール、クオリナ」
「…………」
「…………」
優しい声。
だというのに、なぜか私とマール君は、冷や汗が止まらなかった。
獣人としての野生の本能が警鐘を鳴らし、私の尻尾は、勝手に太ももの間に潜り込んでくる。
そしてイルナさんは、
「ふふっ……私のマールを連れて2人で遠出とは、なかなか度胸がありますね、クー?」
そう私に微笑みかけてくる。
ヒグッ
私は恐怖で、喉を鳴らしてしまったよ。
「王城で会いたくもない貴族や豪商たちと会い、耳にしたくもない世辞や目にしたくもない作り笑いに辟易し、マールに癒してもらおうと帰った家は、けれど真っ暗で、残されていたのは手紙が1つ」
イルナさんの声は、とても穏やかだ。
そして、とても怖い。
隣のマール君も、まるで動いたら殺されるとでもいうかのように固まってしまっている。
私も動けない。
ピトッ
イルナさんの手が、マール君の頬に触れながら、私を見つめる。
「そして、この子が帰ってくるのは、1週間後だとか。……その時の私の心境が、貴方にはわかりますか、クー?」
ご、ごめんなさい!
謝り倒そうと思ったけれど、声を出すことも許されないような雰囲気だった。
ニコッ
イルナさんはにこやかに笑いながら、
「2人には、詳しく、詳しく説明して頂きますよ? ふふふっ……」
そう私たちに告げたんだ。
…………。
…………。
…………。
本当に、恐怖の時間だったよ……。
正直、あまりに怖くて、あのあとのことをよく覚えていないんだよね。
そして、私は数時間後に解放されたけれど、マール君は、そこから更に一緒の家に帰って、イルナさんと過ごさなければいけなかったわけで……。
(……大丈夫だったかな、マール君?)
私は、ちょっと遠い目になってしまったよ。
おっと。
気がついたら、そろそろお昼休憩の時間だ。
先輩に業務の引き継ぎをして、お昼ご飯を食べに行ってこようかな?
今日はどこで食べよう?
そんなことを考えていたら、冒険者ギルドの入り口が開き、そこから見覚えのある2人がやって来た。
(あ……)
マール君とイルナさんだ。
向こうも、私に気づく。
「こんにちは、クー」
「クオリナさん、こんにちは」
2人とも挨拶してくれる。
1日経って、イルナさんの機嫌も直ったのかな?
向けられる笑顔からは、昨日の怖さがなくなっていて、柔らかな雰囲気だった。
その事実に、ちょっとホッとする。
だから私も、
「こんにちは、マール君、イルナさん」
と返事をした。
(……ん?)
そこで気づく。
こちらに近づいてくる2人なんだけど、そのイルナさんの手には、なぜかロープが握られていた。
え?
そして、そのロープの先は、マール君の腰へと巻きつき、きつく縛られていた。
「…………」
私は、言葉を失う。
私は、もう一度、マール君の顔を見る。
マール君は、どこか胡乱な表情で「あはは……」と乾いた笑いを浮かべていた。
…………。
イルナさんが、長くて綺麗な髪をサラリと肩からこぼして、首をかしげた。
「どうかしましたか、クー?」
にこやかな笑顔だ。
「ううん!」
ブルブル
私は全力で首を左右に振らせてもらった。
イルナさんは「そうですか」と微笑んだまま頷くと、クイッと飼い犬のリードを引くようにロープを引っ張った。
「では、行きましょう、マール」
「……う、うん」
マール君は逆らうことなく、イルナさんについていく。
他の冒険者たちも2人を見ているけれど、その異様な雰囲気に誰も声をかけれない。
去っていく2人の背中を、私は見送った。
(……そっか)
私は心の中で呟く。
昨夜、2人の間で何があったのか、少し考えたくなったけど、やっぱり考えないようにしよう。
見えないように、マール君に手を合わせる。
それから、ふと視線を遠くに向けた。
窓から差し込む外の光は、とても眩しい。
(うん、今日もいい天気だ)
私は小さく微笑むと、休憩までの僅かな時間も、しっかりと冒険者ギルドの仕事をがんばったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにて、クオリナ視点の番外編も終了です。
次回からは、再びマール視点の物語に戻りますので、皆さん、もしよかったら、どうかまた読んでやって下さいね~!
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




