407・キルトのお酒・前編
第407話になります。
よろしくお願いします。
「よし、今日の稽古はここまでじゃ」
ヒュッ
手にした木剣を振り下ろして、キルトさんはそう言った。
ふぅぅ。
汗まみれとなった僕は、大きく息を吐き、ソルティスと一緒に「ありがとうございました」と剣の師匠に頭を下げる。
ここは、イルティミナさんの家の庭。
いつものように、キルトさんは僕の剣の稽古のために、今日もここまで通って来てくれたんだ。
ちなみに家を出たソルティスも『魔法剣士』となるために、時々、キルトさん、ポーちゃんと一緒に家までやって来て、同じように稽古をつけてもらっている。
「ふひぃ~」
両手をプラプラさせる少女。
見れば、その手にはマメができていて、真っ赤だった。
トトトッ
すると、彼女と同居している金髪幼女が軟膏の入った貝殻を手に駆け寄って、ソルティスの手に薬を塗り込んであげていた。
(ふ~ん?)
2人とも仲良さそうだ。
どうやら、一緒に暮らし始めても特に問題もないみたい。
「ありがと、ポー」
笑うソルティスは、とても優しい表情だ。
…………。
僕には、いつも当たりが強いのにな……なんて、少し複雑に思ったり。
ポーちゃんも、
「…………」
フルフル
と首を振って、そんな少女に寄り添っている。
眺めていると、
「お疲れ様でしたね、マール」
僕の奥さんが優しく微笑みながら、タオルと良く冷えた果実水の入ったグラスを渡してくれた。
わ、嬉しい。
「ありがとう、イルティミナさん」
「いいえ」
彼女は、汗に濡れた僕の髪を、手ずからタオルで拭いてくれる。
わわ?
(じ、自分でできるんだけどな)
でも、彼女の拭き方があまりに優しくて、心地好くて、ついつい任せてしまった。
果実水も美味しい。
(……うん)
本当に、僕には勿体ないぐらいに良くできた姉さん女房です。
そんな僕ら4人の様子を、キルトさんは『やれやれ』とどこか眩しそうに瞳を細めて、苦笑を浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「のぅ、マール? 明日、時間があるか?」
庭のテラスにある木製ベンチに腰かけて、みんなで休憩中、ふとキルトさんに問いかけられた。
(ん?)
果実水のグラスから口を離して、僕は彼女を見る。
「特に予定はないけど?」
「そうか」
キルトさんは、ホッと息を吐いた。
「実は明日、王都近くにあるメモリア村まで行く用事があっての。できれば、そなたにもついて来て欲しいのじゃ」
メモリア村?
地理に詳しくない僕は、まるで知らない村だ。
すると、物知りな僕のお嫁さんが「王都から1日で往復できる距離の、小さな村ですよ」と教えてくれた。
(へ~?)
でも、なんでその村に?
「実はの。その村では、密かに酒造りが行われていての。その隠れた名酒『郷愁の水』が明日、ようやく完成するそうなのじゃ」
そう語るキルトさんの瞳は、キラキラしている。
(……お酒)
僕ら4人は、なんとなく遠い目だ。
キルトさん曰く、『郷愁の水』は、毎年、売りに出されるものの生産数が少なく、王都の酒屋などに並ぶことは稀で、しかも、去年は手に入れられなかったとのこと。
そこで、
「今年はなんとしても手に入れたくての、直接、村まで買い付けに行くつもりなのじゃ!」
と拳を握って、力説してくれた。
…………。
剣の稽古をしてくれる時は、あんなに凛々しいのにね。
そのキルトさんは、僕を見る。
「で、その買い付けに、そなたも付き合って欲しいのじゃ」
それはいいけど、
(でも、なんで?)
「1人1本しか買えぬからの。そなたもいれば、2本買える」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは、何とも言えない顔になった。
イルティミナさんが吐息をこぼして、
「それなら、私たち全員で行った方が良いのではありませんか? それで5本買えるのですから」
と提案した。
ところが、
「馬鹿者」
とキルトさん。
「そんなに独占しては、他の者たちが『郷愁の水』を味わえなくなるではないか。せいぜい2本までが許される範囲であろう」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そ、そうですか。
(一応、酒飲みの仁義みたいなものがあるのかなぁ……?)
ちょっとわからない世界だ。
ソルティス、ポーちゃんは『もう好きにして?』という顔である。
でも、まぁ、
(……滅多にない、キルトさんのお願いだもんね)
できるなら、手伝いたいかな。
そんな思いを込めて、僕は、イルティミナさんの顔色を窺う。
気づいた彼女は、
「はぁ、仕方がありませんね」
と、ため息をこぼした。
「日頃、マールの剣の稽古をしてもらっておりますし、1日だけならいいでしょう。キルトに付き合ってあげてくださいますか、マール?」
「うん!」
優しい奥さんに、僕は笑った。
「ありがとう、イルティミナさん」
「いいえ」
彼女も笑顔を返してくれる。
キルトさんも「おぉ、そうか!」と嬉しそうだ。
――そうして、僕とキルトさんは明日、隠れた名酒『郷愁の水』を求めて、メモリア村に向かうことになったんだ。




