403・巨大海魔と神龍幼女
第403話になります。
よろしくお願いします。
ジャボッ バシャン
海に近づくと、洞窟内の足場は水没し、走り辛くなっていく。
「はぁ、はぁ」
息を乱しながら夢中で走っていると、やがて洞窟の出口が見え、そこにソルティス、ポーちゃん2人の背中が見えた。
「ソルティス、ポーちゃん」
僕は2人を呼ぶ。
2人は振り返り、
「何よ、アンタも来たの?」
「…………」
と、ソルティスが呟いた。
「魔物は?」
僕は問う。
ソルティスは、「ん」と前方の海をあごで示す。
そこには、海へと必死に逃げようとしている7メード級のジャイアント・シザーズと、その胴体に巻きついて、その動きを阻害している『水の蛇』の姿があった。
(ソルティスの魔法か)
彼女は唇を尖らせ、
「弱ってるくせに、なかなか手強くてね。引き上げるのに手こずってるの」
と教えてくれた。
(そうなんだ?)
でも、ジャイアント・シザーズは傷だらけだし、出血も酷いから、その内、力尽きてしまう気もした。
抵抗できるのも、今だけだろう。
そんな風に思って、僕ら3人は、少し気を抜いて、その光景を眺めていた。
――異変は、唐突だった。
海中へ逃げようとしていたジャイアント・シザーズが、突然、向きを変えて、海上へと浮上したのだ。
(ん?)
そのまま、陸地へと向かって藻掻きだす。
でも、その動きも『水の蛇』が邪魔をしていて、陸上までは届かない。
「ちょ……浜辺じゃなくて、こっちに来なさいよっ」
ソルティスは悪態をついた。
その直後、ジャイアント・シザーズの胴体に、『水の蛇』を蹴散らして、白くて太い縄の様なものが巻きついた。
(……え?)
その縄には、無数の吸盤がついている。
そして、僕らの正面の海域が白く濁ったかと思うと、その海面が大きく盛り上がっていく。
(え? え? え?)
「な、何!?」
「…………」
僕とソルティスはギョッとなり、ポーちゃんだけが無表情に、その光景を見つめている。
そして、
ザバァアアン
僕らの正面に、なんと体長70メードはありそうな超巨大クラゲが姿を現したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「な、何よ、あれ!?」
ソルティスが愕然とした声で叫ぶ。
僕も唖然だ。
そこに現れたのは、海に生息している巨大な魔物の一種だと思われた。
その巨大クラゲの触手の1本が、ジャイアント・シザーズの胴体に巻きついて、空中へと持ち上げ、その動きを完全に封じてしまっている。
半透明の胴体。
その触手の生える中心は赤くなっていて、そこには無数の牙が並んでいた。
(そうか……)
キルトさんも言っていた。
ジャイアント・シザーズの群れを捕食するために、より大型の海の魔物がやって来る可能性もあるって。
あのクラゲは、そのために来たのかもしれない。
それにしても、異常な大きさだ。
あの7メードもあるジャイアント・シザーズが、まるで小さな海老みたいに見えてしまう。
その小さな海老を、クラゲは口内に運び、捕食した。
ペキッ パキキッ
硬い甲殻が簡単に砕かれる。
そのまま、半透明の肉体の内側へと、ジャイアント・シザーズの群れのボスは、バラバラになりながら飲み込まれてしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは言葉もなかった。
そして、その巨大な海の魔物は、そのまま海中に消えるのかと思った。
でも、
(あ……)
間の悪いことに、僕らをここまで乗せてきてくれた中型船舶が、近くの洋上にいたんだ。
ザブゥン
クラゲは、そちらへと蠢き、触手を伸ばす。
(まずい!)
気づいた僕らは、顔面蒼白になった。
遠い船上では、船員さんたちが慌てて船の進路を変えようとしている様子が見えている。
でも、間に合わないのは明白だった。
「やば……っ!」
ソルティスも呟く。
(神武具!)
パァアン
僕は『神武具』を光の粒子に変えると、背中に『虹色の金属翼』を形成する。
大きく翼を広げ、空中へと浮かんだ。
と、
「行く必要はない」
ポーちゃんが、静かに呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇
(え?)
思わず、振り返る。
そんな僕らの前で、ポーちゃんは、いつもの無表情のまま、淡々とした口調で言った。
「あの程度の敵、造作もない」
「…………」
「ソル、魔法であの触手を止めて欲しい。あとは、ポーが引き受ける」
え……えっと?
その言葉に、ソルティスは思わず「わ、わかったわ」と頷いた。
そして、大杖を掲げて、
「太陽の神鳥よ。あの巨大な海洋の魔より、人々を守り給え! ――ラー・ヴァルフレア・ヴァードゥ!」
大魔法を発動する。
タナトス魔法文字より生み出された、巨大な『炎の鳥』は、空中にいる僕の頭上を越えて、火の粉の煌めきを残しながら、遠い海上へと飛翔していった。
それは、船に伸ばされていたクラゲの触手に直撃する。
ドバァアアン
半透明の触手が焼かれ、大量の海水が蒸発して白い水蒸気が吹き上がった。
(うわっぷ!)
爆発の威力によって、打ち上げられた海水が雨のように降ってきた。
と、同時に、
「…………」
タタンッ
ポーちゃんが海へと向かって走りだした。
小さな幼女の姿は、海上へと到達し、けれど、その姿が海中に沈むことはなく、その足は海面を蹴って巨大クラゲへと素晴らしい速度で肉薄していく。
(……え?)
僕はポカンとなった。
よく見れば、ポーちゃんの両足が白く光っている。
神気だ。
神気の波動を、海面に波紋のように幾つも広げながら、ポーちゃんは海面を走っていた。
唖然となる僕とソルティス。
その視線の先で、ポーちゃんは走りながら、変身した。
柔らかそうな金髪から、硬い角が。
お尻からは、太く長い尾が。
その肌には、美しい鱗が所々に生えていく。
(……神体モードだ)
その『神龍』としての力を解放した幼女は、海面に一際大きな波紋を残して、天高くまで跳躍した。
その真下には、あの巨大クラゲ。
指先までピンと伸ばした光る両手のひらを、着地と同時に叩きつける。
パァン
クラゲの胴体が、大きく波打つ。
次の瞬間、その小さな手のひらから流し込まれた膨大な神気が、海の魔物の巨体内部へと広がり、その胴体が3倍以上に膨れ上がった。
そして、
ドパァアアン
白い肉片と大量の体液を噴き出しながら、クラゲは破裂した。
蠢いていた触手は、動きを止める。
そして、力なく海面に垂れ下がると、そのままユラユラと波に揺られながら、やがて、巨大な肉体共々、海中へと沈んでいってしまった。
「…………」
「…………」
僕とソルティスは、呆気に取られた。
間近で見ていた船員さんたちも、唖然とした顔だった。
バッシャン
そして、破裂した勢いを利用して、『神龍』の幼女は僕らの眼前の岩場へと戻り、着地をしていた。
「討伐完了」
短く告げて、立ち上がる。
シュオオオ……ッ
神体化が解除され、彼女は大きく息を吐いた。
ちょうどその時、キルトさんとイルティミナさんも洞窟内部の魔物を全滅させたのか、僕らの後ろにやって来ていて、今の光景に足を止めてしまっていた。
ポーちゃんは、目にかかった濡れた髪を、指でソッと払う。
(…………)
あぁ、そうか。
フォルスさんが言っていた意味が、僕は、ようやくわかった。
実力が違いすぎる……という意味を。
彼女は『神龍』。
それは人の理では測れぬほどの力を秘めた、幼くも、恐ろしい神域の存在なのだ。
思わず、僕らは、その姿に魅入ってしまう。
それに気づいて、
「……?」
その美しい幼女は、濡れた白い首を不思議そうに、コテン……と傾けていた。




