391・氷雪竜
書籍マール2巻発売記念の毎日更新、本日は2日目です。
第391話になります。
よろしくお願いします。
(まさか、ドラゴンもいるなんて……)
思わぬところで邂逅した地上最強種の存在に、僕は驚いてしまった。
それはイルティミナさんも同様で、
「この『氷華洞窟』に氷雪竜までいるとは……なるほど、濃度の高くなった魔素の影響は、こんなところにも表れているのですね」
と呟いていた。
ここからは、彼女の推論だ。
この『氷華洞窟』には地底湖もあって、外部と繋がるそこから、あの巨大な竜は侵入して来たのだろうとのこと。
そして、竜の狙いは、モアールの『氷の宝石』。
モアールという植物は、大気中の魔素を吸収して、栄養にしている。
けれど、大量の魔素は、毒にもなるんだ。
大気の魔素が濃い場合、モアールは、体内に大量に取り入れてしまった魔素を、自身の花の表面に結晶として排出する――それが『氷の宝石』だ。
それは、つまり魔力結晶。
「魔物というのは、基本、魔力結晶を好みますからね。あの竜もそれを食するために、ここに来たのかもしれません」
イルティミナさんは、そう推論を締め括った。
(そうなんだ?)
でも、それって、
「もしかして、あの竜がいたら、モアールの『氷の宝石』が全部、食べられちゃう?」
「……恐らくは」
僕の心配に、彼女は渋い顔で頷いた。
ひぇぇ……。
(そ、それは困るよ!)
せっかく、イルティミナさんに、プ、プロポーズしようと『氷の宝石』を求めてここまで来たのに。
僕同様、同じ目的のイルティミナさんも、あの白い竜を睨んでいる。
あれは、2人の幸せを邪魔する竜だ。
許せない。
「許せません」
僕は思い、イルティミナさんは低く呟いた。
うん、思いは1つだ。
「あの氷雪竜をやっつけよう!」
僕の言葉に、イルティミナさんは「はい」と大きく頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らは、物陰から氷雪竜の様子を窺う。
純白の鱗に包まれた、綺麗な竜だ。
首周りにたてがみがあって、4足歩行。
その鋭い爪の生えた長い指の間には膜があり、背中と長く太い尾には、光に煌めくヒレが生えている。
水陸両生の特徴だ。
体長も12メードぐらい、ありそうだ。
(大きいなぁ)
竜種全体の特徴といえるけど、あの巨体だけで威圧されそうになる。
ズシン ズシン
氷雪竜は、こちらには気づいておらず、足音を響かせながら洞窟の奥へと歩みを進めていた。
「できれば、一撃で倒したいですね」
と、イルティミナさん。
ここは広めの空間があるとはいえ、洞窟内だ。
激しい戦闘になれば、その衝撃で落盤が起きる可能性があるんだって。
下手したら生き埋めだ。
…………。
そ、それはヤダなぁ。
だからこそ、イルティミナさんはできる限り、短期決戦で挑みたい様子だった。
(うん)
僕は頷いた。
「じゃあ、僕が『神体モード』で一気に仕掛けるよ」
「はい」
彼女は白い槍を強く握り、
「援護は私がします。マールは、ただ真っ直ぐに、あの竜の首を狩りに行ってください」
と言ってくれた。
うん、頼もしい。
僕は笑顔で頷き、それを見て、イルティミナさんも微笑んでくれた。
(よし)
僕は深呼吸して、気持ちを整える。
フォン
体内にある力の蛇口から、膨大な神気が溢れ、僕の髪を揺らしていく。
大きく息を吸い、
「――神気開放」
僕は告げた。
同時に、溢れる力が体内を巡り、僕の茶色い髪からはピンと立った獣耳が、お尻からはフサフサした長い尻尾が生えてくる。
パチッ パチチッ
放散する神気が、周囲で白い火花を散らす。
背中からは、虹色の大きな翼が広がり、手にした『妖精の剣』は『虹色の鉈剣』へと神化した。
「…………」
そんな僕の姿に、イルティミナさんが真紅の瞳を細める。
甘く吐息をこぼし、
「マールは……本当に素敵ですね」
と呟いた。
(そ、そう?)
ちょっと恥ずかしいな。
照れる僕に、彼女は小さくはにかんだ。
それから、すぐに表情を改め、
「それでは、狩りを始めましょう」
と告げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕は、隠れていた壁から広い空間へと歩み出た。
カツン
足音が思った以上に大きく響く。
その瞬間、強大な力を秘めた『神狗』の存在に気づいたのか、その純白の美しい竜は歩みを止め、こちらを振り返った。
ズズゥン
知性を宿した瞳が、僕を見つける。
そこに、凶暴な魔物としての光が灯り、強い殺意が宿された。
――敵と認識されたのだ。
自分を殺そうとする相手だと瞬時に悟った氷雪竜は、全身の筋肉を膨張させながら、大きく咆哮した。
ゴガァアアアアッ
大音量に、氷の洞窟内が揺れる。
その威嚇を、腹に力を入れて耐えると、
タンッ
僕はスパイクの靴で地面を蹴って、氷雪竜へと向かって一直線に飛翔した。
竜のたてがみが逆立つ。
ドンッ
その前足が、地面を強く叩いた。
その衝撃が広がり、天井に生えていた5メード級の氷柱が落下を始めた。
(!)
その内の何本かは、僕めがけて落ちてくる。
竜の巨体には影響なくても、僕には致命的だ。
けど、
「羽幻身・七灯の舞!」
僕の背後に立つ『金印の魔狩人』が白い槍を掲げると、空中に7本の『光の槍』が生みだされる。
それは閃光となって射出され、
パリン ドパァン
僕へと向かってくる氷柱だけを正確に打ち抜き、破壊してくれた。
(イルティミナさん!)
さすが。
感謝を思いながら、僕は、キラキラと破片の煌めく空中を飛ぶ。
氷雪竜の瞳に、焦りが見えた。
その巨大な口が大きく開かれ、その奥に白い冷気が渦を巻いて集まっていく。
ヒュゥウン
(氷結の吐息!)
それも特大の!
一瞬、僕は息を飲み、けれど回避行動は取らずに、そのまま真正面から氷雪竜へと向かった。
よける必要なんてない。
だって、あの人が『ただ真っ直ぐに』と言ってくれたのだから。
そして、氷雪竜の口内には、凄まじい冷気の圧力が集束していき、それが今にも吐き出されようとしていた。
竜の眼球に殺意が煌めき、ブレスが放たれようとする。
――その寸前、白い閃光が走った。
ドパァアン
それは、氷雪竜の横っ面に直撃し、『氷結の吐息』は僕とは関係ない明後日の方向へと放出される。
「行きなさい、マール!」
白い槍を投げた彼女の、応援の叫びが聞こえる。
驚愕する氷雪竜の瞳。
そこに映った僕は、大きく『虹色の鉈剣』を振り被り、
「やぁああっ!」
ヒュコン
長く太い首とすれ違う瞬間、虹色の剣閃を残して、その美しい刃を大きく振り抜いていた。
一拍の間。
そして、通り抜けた僕が翼を広げ、空中で止まって振り返る。
その視線の先では、氷雪竜の巨大な頭部が首から転げ落ち、切断面から大量の血液を噴きながら、地面に落下していく光景があったんだ――。




