366・信頼を託して
メリークリスマス♪
本日の更新が、2020年最後の更新となります。
それでは、第366話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
目前の『骸骨騎士』から、凄まじい『圧』がぶつけられる。
(気圧されるな、マール!)
僕は『妖精の剣』を正眼に構えながら、必死に自分を鼓舞する。
その時だ。
僕の左斜め前にいたキルトさんが、『雷の大剣』を構えてタナトス王を見据えたまま、小さく口を開いた。
「マール。ここはわらわたちに任せ、そなたは先に行け」
(え?)
僕は驚き、その背中を見つめてしまう。
「時間がない。時が経過するほどに、魔の軍勢は増え、『神界の大門』の防衛は厳しくなる。時間は奴らの味方なのじゃ」
「…………」
「タナトス王は強敵じゃ」
彼女の黄金の瞳は、強い戦意と同時に、確かな畏怖があった。
「決着がつくまでに、どれだけの時間がかかるかわからぬ。まして、我らが勝てる保証もない。だが、マール、そなたが『闇の子』の下に辿り着くまで、奴を足止めすることは充分に可能じゃろう」
……キルトさん。
その声に秘められた覚悟が伝わってくる。
(でも……)
タナトス王は、あまりにも強い。
まして、相手はキルトさん、イルティミナさんの『タナトス魔法武具』の力を封じることができ、確実にソルティスよりも優れた魔法の使い手――『魔法王』なんだ。
何より、向こうには2体の『黒狼獣』もいる。
タナトス王を含めて、3つの敵。
対して、こちらはキルトさん、イルティミナさん、ソルティスの3人。
数は同じでも、ソルティスは『魔法使い』だ。
接近戦はできないし、魔法を発動するまで『黒狼獣』から彼女を守る護衛が必要になる。
状況は、圧倒的に不利。
もっと付け加えるなら、前に『王墓』で戦った時には、1対1でもキルトさんは『タナトス王』に勝てなかったという現実もあるんだ。
それなのに、
(僕が抜けて大丈夫なの?)
とても大丈夫には思えなかった。
…………。
僕の迷いに気づいたのか、
「マール、そなたはわらわたちの希望じゃ」
キルトさんは、不意に言った。
(……え?)
「このまま手をこまねき、『神界の大門』が破壊されれば、全てが終わる。じゃが、そなたならば、その未来を覆せる。わらわたちは、そう信じておる」
僕を見て、そう柔らかく笑ったんだ。
僕の右斜め前に立っていたイルティミナさんも、笑って頷く。
「だから、貴方も私たちを信じてください、マール」
「…………」
イルティミナさん……。
僕は、そんな2人を見つめるしかなかった。
その時だった。
シャラン
突然、僕の腰ベルトの後ろに装備されていた『マールの牙・弐号』が引き抜かれた。
(え?)
振り返った先、それを手にしていたのは、ソルティスだ。
「借りるわよ」
「…………」
「ふん、これでも、ちゃんと剣の稽古もしてきたんだから。私はマールに守られなくても平気よ」
そう尊大そうに言う。
……でも、その手は小刻みに震えていた
(ソルティス……)
その心意気に、胸が熱くなった。
すると、その時、突然、僕の左腕にある『白銀の手甲』の魔法石が輝いて、そこから『白銀の狼』が飛び出した。
ジ、ジガァアッ
「精霊さん!?」
驚く僕。
そんな僕の左腕に、精霊さんは噛みついた。
ブチチッ
手甲を固定していたベルトを牙で裂き、『白銀の手甲』を咥えて、僕の腕から引き剥がす。
ブンッ
「わっ?」
首を振るって、それをソルティスへと投げつけた。
慌てて受け取るソルティス。
そんな驚く少女へと、精霊さんは強い視線を送る。
「…………」
ソルティスは、その視線を見つめ返し、それから大きく頷いた。
「わかったわ、ありがと!」
彼女は笑う。
そして、自分の左腕へと『白銀の手甲』をつけ、千切れたベルトを縛ってギュッと固定した。
ジジジ……ッ
それを見届け、精霊さんは僕へと向き直る。
宝石のような紅い瞳。
そこから、
『――この少女の守りは、自分に任せろ』
そんな強い意思が、明確に伝わってくる。
「精霊さん……」
僕は、なんだか泣きそうだ。
白銀に輝く大地の精霊獣は、気高い雰囲気を漂わせたまま、ゆっくりと『骸骨騎士』と2体の『黒狼獣』へと向き直った。
キルトさん、イルティミナさん、ソルティスも、僕を背にして、そちらを向く。
3人と1体の背中を、僕は見つめる。
(…………)
信じよう。
みんなのことを。
僕は自分の心にそう言い聞かせ、頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
『…………』
ガシャッ ガシャン
そんな僕らに向かって、『骸骨騎士』が静かにこちらへと足を踏み出し始めた。
2体の『黒狼獣』も動きだす。
しなやかな動きで、僕らに向かって走り始めた。
その瞬間だった。
「隙を作る。備えよ、マール」
キルトさんがそう告げる。
そして、構えた『雷の大剣』の前に、青い稲妻が集束していく。
ジジジッ
(これは……!)
気づく僕。
それと同時に、『金印の魔狩人』キルト・アマンデスは、その黒い大剣を天井に向かって、大きく振り抜いた。
「――鬼神剣・絶斬!」
キュオッ ドドォオオオン
放たれた奥義。
その三日月形の雷は、広間の天井へと激突し、盛大な爆発を起こした。
天井が破壊され、大量の土煙が広がる。
瓦礫が落ち、こちらに迫ろうとしていた『黒狼獣』たちはたたらを踏んだ。
そして、
「行け、マール!」
キルトさんの叫び。
それに弾かれるように、僕は『神武具』の虹色に輝く金属翼を大きく広げて、思い切り床を蹴った。
バヒュッ
翼を振り抜き、一気に天井に空いた穴を目指す。
その時、それを見た『タナトス王』が手にしていた右手の剣の刀身に、7文字のタナトス魔法文字を輝かせ、それを横薙ぎに振るった。
ボヒュッ
撃ち出される7つの光弾。
それは僕の背後から迫ってくる。
(く……っ)
撃墜される未来を想像してしまった。
けれど、それが実現する寸前、
「羽幻身・七灯の舞!」
直下から、イルティミナさんの鋭い声が響いた。
見れば、彼女の手にした『白翼の槍』の魔法石から、たくさんの光の羽根が噴き出し、それが7本もの光の槍へと集束していた。
ビュッ
イルティミナさんが『白翼の槍』を前方に突きだす。
それに合わせて、7本の『光の槍』が射出され、それは白い光線となって7つの光弾に直撃した。
ドパッ ドパパァン
(うわぁ!?)
僕の背面から、凄まじい爆風が襲ってくる。
でも、僕への直撃はゼロだ。
視線を落とせば、イルティミナさんがこちらを見ていて、大きく頷いてくれた。
(うん!)
僕も頷く。
彼女に守られた僕は、必死に体勢を立て直して、天井の穴へと飛翔する。
『…………』
タナトス王は、もう一振りの剣にも7文字のタナトス魔法文字を輝かせて、こちらに振ろうとした。
「させぬわ!」
ガギィイン
その直前、突進したキルトさんが『雷の大剣』を叩きつける。
タナトス王は、振ろうとした剣を止め、その攻撃を受け止めるしかなかった。
『グルァアアッ!』
ほぼ同時に、2体の『黒狼獣』がイルティミナさん、そしてソルティスとその前にいる『白銀の精霊獣』へと襲いかかった。
ガキュッ ギギィン
槍と角、爪と牙などが交錯し、衝撃波と火花が激しく散った。
(っっ)
眼下で始まった仲間たちの戦い。
心を食い縛って、それを視界から振り切り、僕は虹色の粒子を煌めかせながら、広間の天井に開いた穴の奥へと抜けていった――。




