341・解けぬ謎を残して
書籍発売を記念しての毎日更新、今話も含めて、あと2回となりました♪
それでは本日の更新、第341話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「……本当に行っちゃったわ」
ソルティスが空を見上げたまま、呆然と呟いた。
僕も言葉がない。
『闇の子』も『骸骨騎士』も、僕らと『神霊石の欠片』には何も手を出さずに、本当に空に消えてしまったんだ。
ヒュウウ……
冷たい風だけが吹き抜けていく。
やがて、キルトさんが大きくため息をこぼして、僕らを振り返った。
「理由はわからぬ。しかし、奴らは去った。そして、わらわたちも目的を果たした以上、いつまでもここにいる必要はなかろう」
(……うん)
釈然としないけれど、確かにその通りだ。
フラッ
そう気を抜いたら、少しよろけてしまった。
「マールっ」
慌てて、イルティミナさんが支えてくれる。
あっと……。
「ごめんね、イルティミナさん。ありがと」
「いいえ」
「究極神体モードの反動で、ちょっと疲れちゃった」
彼女の腕の中で、そう笑う。
イルティミナさんは「そうですか」と優しく微笑んだ。
それから、彼女は僕を背負ってくれた。
(いい匂い……)
柔らかくて綺麗な髪がすぐ目の前にあって、触れ合う身体も温かい。
なんだか安心する。
僕は力を抜いて、優しいお姉さんに、素直に体重を預けることにした。
「…………」
フレデリカさんは、少し羨ましそうにこちらを見ている。
そして、深手を負ったポーちゃんも、傷を治してもらったとはいえ消耗していたみたいで、ダルディオス将軍に背負われる。
熊と幼女。
そんな感じで、ちょっとおかしかった。
レクトアリスは、大事そうに『神霊石の欠片』を抱えてくれていた。
ラプトも、その輝きを見つめる。
「よし、行くぞ」
皆を見回して、キルトさんが号令を発する。
僕らは頷き、歩きだした。
やがて、待機させていたアルン騎士200名とも合流すると、この『廃墟の街』全体を焼くことになった。
数千体のアンデッドたち。
あの『魔の眷属』たちに破壊されてしまった不死の肉体は、けれど、その不死性ゆえに活動停止することはない。
何十年、何百年、あるいは何千年も。
もしかしたら、永劫に、もがき続けることになってしまうんだ。
それは、あまりにむごい。
「供養してやらねばな」
黒騎士フレデリカさんは、アルン騎士たちと共に、街の各所に薪木などを設置して油をまき、最後に離れた場所から『烈火の剣』の火球を撃ち込んだ。
ボバァアアン
油に引火し、炎は一気に広がる。
僕らは、街を見下ろす丘の上へと退避した。
「…………」
雪の平原の中にある街が、真っ赤な炎をあげて燃えている。
黒煙と、熱をまとう風が吹く。
その凄まじい光景を、僕はイルティミナさんの背中から見つめていた。
燃え盛る炎は、みんなの顔も赤く照らしている。
400年間、『最後のタナトス王』の眠っていた『王墓』のあった街は、けれど今、『王墓』は破壊され『最後のタナトス王』もいなくなってしまった。
ガラッ ガララン
炎に焼かれ、街の建物が崩れていく。
炎の中で、蠢くアンデッドたちの姿も黒く焼け、全てが消えていった。
…………。
やがて全てを見届けた僕らは、竜車に乗り込み、何もなくなってしまったこの地から去っていったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから2日後、僕らは、最初に飛行船で降り立ったアマントリュス地方の軍施設へと帰還した。
そして翌日。
僕らは、施設の一室に集まって、話し合いをしていた。
ソファーに座りながら、
「何はともあれ、無事に『神霊石の欠片』を入手できたことは、見事な戦果であるわい」
とダルディオス将軍。
キルトさんも「そうじゃの」と頷いた。
(うん)
これで7つの『神霊石の欠片』が全て揃ったんだ。
あとは、神様たちを召喚することができれば、きっとこの世界から『悪魔』の脅威を消し去ってくれる。
少なくとも『闇の子』は倒してもらえるはずだ。
みんなも大きく頷いている。
けれど、イルティミナさんが冷静に疑問を口にした。
「しかし、そんな私たちにとっての目的を、『闇の子』は黙認しました。その意図は何でしょう?」
…………。
室内には、しばし沈黙が落ちた。
誰も答えられない。
僕も同じだ。
(アイツが何を考えているのか、本当にわからないよ……)
心の中で悪態をこぼす。
と、レクトアリスが落ち着いた声で言った。
「単純に考えるならば、黙認してもアイツには『問題がない』ということかしらね」
問題がない……?
(自分を倒す神様たちが召喚されるのに……そんなことあるのかな?)
僕は首をかしげる。
ラプトも首をかしげている。
「そんなこと、あるんか?」
「わからないけれど、少なくとも今回、あの『闇の子』は私たちの『《神霊石の欠片》の入手』の邪魔を目的とはしていなかったみたいだわ」
神界の美女は、そう答える。
(う~ん……?)
「では、何が目的だったのだ?」
軍服姿のフレデリカさんが、問う。
僕は、思ったことを答えた。
「多分、タナトス王じゃないかな」
って。
みんなの視線が、僕を見る。
僕は続けた。
「あの時、アイツはタナトス王を誘って、共に去っていった。つまり、アイツの目的は、タナトス王を手に入れることだったんじゃないかな?」
「……ふむ」
「なるほど」
キルトさん、イルティミナさんが相槌を打つ。
ソルティスが付け加えた。
「もっと言うなら、古代タナトスの魔法知識を……かもね」
(うん)
あの時、アイツも、そんなことを言っていたね。
少女は言葉を重ねる。
「タナトス王は『無条件の蘇生』という偉業を成したわ。それらタナトス時代の魔法知識は、ある意味、『神霊石の欠片』より貴重だもの」
その声には、確かな畏怖がある。
ソルティス曰く、あの『開かずの扉』の先にあったたくさんの魔導器具は、全て1つの巨大な蘇生装置だったそうだ。
そこで行われた『無条件の蘇生』。
それは生死の境をなくし、生命の価値さえ破壊しかねない行為だ。
ただ、それを行うための膨大なエネルギー源は、『神霊石の欠片』だったらしいので、もう『無条件の蘇生』は行えないだろうって。
(そっか)
その言葉に、僕らは少しだけ安心する。
下手をしたら、無限に生き返る敵が出現する可能性もあったからね。
それともう1つだけ……死者を蘇らせるという行為に、僕は少しだけ忌避感があったんだ。
大切な6人の神狗。
神界の同胞。
亡くなってしまった大切な人たちに、また会いたい気持ちはあるけれど、それが安らかな眠りを妨げるものなら、蘇生なんてしたくはない。
苦しいし悲しいけど、そう思うんだ。
「…………」
だから、もう蘇生できない事実は、それでいいんだと思った。
そして、ソルティスが口にした『タナトスの魔法知識』が目的という予測は、きっと間違っていない気がする。
(……だけど)
キルトさんが、僕らを見て問いかけた。
「ならば、その知識で『闇の子』は何をするつもりじゃ?」
「…………」
「…………」
「…………」
もちろん、誰も答えられない。
可能性は色々と考えられるけど、特定はできなかった。
(……少なくともアイツがすることだから、人類にとっては良くないことの気がするけど)
僕は、心の中でため息をこぼす。
パンッ
将軍さんの大きな手が、自分の膝を叩いた。
「本人でない以上、これ以上はわからんわい」
うん。
(確かにそうかもしれない)
キルトさんも難しい表情で頷いた。
「……そうじゃな。向こうの意図はともかく、こちらは目的を達した。ならば、こちらはこちらで次の段階に進めていくしかあるまいの」
力強い視線が、僕らを見つめていく。
(うん)
僕らは頷いた。
フレデリカさんが、レクトアリスの抱える『神霊石の欠片』を見ながら、言う。
「最後の『神霊石の欠片』は、アルン神皇国が責任を持って、預かっておく。シュムリア王国の所有する欠片と合わせる時まで、レクトアリスの結界を張った宝物庫に保管しておこう」
「うむ、頼むぞ」
キルトさんは、また頷く。
僕は、イルティミナさんを見上げて、
「神様たちを召喚できるのは、いつぐらいになるのかな?」
と訊ねた。
優しいお姉さんは首をかしげながら、
「さて……まだわかりませんが、コロンチュード・レスタが、その装置を設計し、それから完成させるまでの時間が必要でしょうから、それなりにかかるかもしれませんね」
「そっか」
ちょっと待ち遠しいな。
ちなみにアルン神皇国側でも、優秀な魔学者たちが『神々の召喚装置』の研究、設計を行っているんだって。
もちろんシュムリア王国側とも、その成果を教え合っている。
つまりは、共同研究という形になっているそうなんだ。
(――がんばってくださいね)
コロンチュードさんを始め、魔学者の皆さんに心の中で声援を送る。
僕らは肉体労働。
彼らは頭脳労働。
そんな風に、多くの人が協力し合って『神々の召喚』を成功させようとしているんだ。
フレデリカさんは、僕を見る。
「マール殿も、先の戦闘での疲労があるだろう。時間があるならば、シュムリア王国に帰る前に、しばしこのアルンで静養していくといい」
と提案してくれた。
(……静養かぁ)
それも悪くないかな、と思った。
正直、究極神体モードの反動は残っていて、まだ身体が重い感じがしていたんだ。
それに、
「…………」
僕は、ソルティスの隣に座っている幼女を見る。
ポーちゃんだ。
あの時、『骸骨騎士』の剣で致命傷に近い傷を負わされた彼女も、まだ消耗していると思うんだ。
無表情のポーカーフェイスだから、わかり難いけど……。
でも、
(だからこそ、周りの僕らがちゃんと気をつけないとね)
うん、うん。
治療したソルティスも、いつもより気遣って、神龍の幼女を見ているみたいだったから。
ラプトとレクトアリスも笑った。
「そやそや。みんな、ゆっくりしたったらええわ」
「そうね」
2人の場合は、僕らと一緒にいられるのが単純に嬉しいみたいだ。
(あはは)
僕も嬉しいな。
そんな僕の表情を、キルトさんとイルティミナさんが見ていた。
2人は顔を見合わせ、頷く。
「そうじゃな」
「数日ぐらいは、ゆっくりさせてもらいましょう」
と言ったんだ。
ダルディオス将軍とフレデリカさんの父娘も「そうか」と笑って、頷いてくれた。
そうして僕らは数日ほど、アマントリュス地方にあるこの軍施設で、しばしの休息を取ることになったんだ。




