335・墓守の血脈
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
書籍発売を記念して、本日より来週の金曜日(10月30日)まで毎日更新をしたいと思います!
それでは、本日の更新、第335話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「このままジッとしていても、仕方あるまい」
立ち直るのが一番早かったのは、やはりキルトさんだった。
僕らを見回して、
「この扉を開ける鍵が、あるいはその手掛かりが、この階層のどこかにあるかもしれぬ。まずは周囲の探索から行おうぞ」
そう強い口調で告げる。
(うん、そうだね)
僕らは頷き合うと、この地下3階の探索に動きだした。
…………。
レクトアリスの力を頼りに、通路を歩いていく。
幾つかの部屋や広間などを見つけたけれど、特に目ぼしい物は発見できなかった。
(そもそも『鍵』がどんな形状かも、わかっていないんだ)
そうして、時間だけが過ぎていく。
「……駄目ね。ここにあるのも、魔力のない、ただの副葬品ばかりだわ」
見つけた壺を持ち上げて、ソルティスはため息をこぼす。
(そっか)
僕の前にあるのは、イヤリングやネックレスみたいな装飾品だ。
古代タナトス魔法王朝の品だから、ひょっとしたら高値で売れる希少品かもしれないけれど、今の僕らにとっては価値のない物だった。
イルティミナさんは、古い巻物みたいな物を開いている。
「ここに描かれた魔法陣などは、鍵ではないのでしょうか?」
「どれ?」
妹が覗き込む。
それから、首を横に振った。
「ただの炎魔法の魔法陣だわ。多分、鍵じゃないわね」
ソルティスの鑑定に、姉は「そうですか」と残念そうにこぼす。
ラプトは、少し飽きてきたみたいだ。
「ほんま見つからんなぁ」
「そうね」
レクトアリスは苦笑する。
キルトさん、ダルディオス家の父娘、ポーちゃんは、黙々と部屋にある品を確認しながら、探索を進めている。
でも、結局、この部屋も空振りだった。
(はぁ……)
困ったな。
地下3階は広いから、まだまだ調べられる場所はあるけれど、その全てが徒労に終わってしまいそうな気がしてきたよ。
漠然とした不安。
それが僕ら9人の間にも流れていた。
それから、また通路を進んで、今度は大きな広間へと辿り着いた。
「ここは何もないわね」
一目見て、ソルティスが呟いた。
(うん)
半球状のドーム型をした広間で、けれど、そこは何もなかったんだ。
ここは素通りかな……。
そう思いながら、僕らは広間に入っていく。
そして僕は、何気なく、頭上を見上げた。
(……あれ?)
そこで、ふと気づいた。
足を止めた僕に、イルティミナさんが声をかけてくる。
「どうしました、マール?」
みんなも僕を見る。
僕は天井を指差して、
「あそこ、何か文字が書いてあるみたいだ」
と呟いた。
みんなも頭上を振り仰いだ。
僕は意識して、魔法の『光の鳥』を天井付近へと飛ばさせる。
ピィイン
パタパタと羽ばたく魔法の鳥は、その輝きによって、それを僕らの目に映してくれた。
「あれは、石板か?」
その正体を、キルトさんが呟いた。
そこにあったのは、縦3メード、横20メードはある巨大な長方形の石板だったんだ。
そこに、タナトス魔法文字の文章が書いてある。
(なんて書いてあるんだろう?)
ソルティスは、その瞳を細めて、文字を見つめた。
「マール。あの文字、紙に書き写してくれる?」
「あ、うん」
少女に頼まれて、僕はリュックから紙と筆とインクを取り出した。
それから床に座る。
天井に目を凝らしながら、石板に書かれた文字を一言一句間違えないよう注意して、必死に紙に書いていった。
みんな、その作業を見守ってくれる。
(ふぅ……)
やがて、全部を書き写せた。
「終わったよ」
「ありがと」
ソルティスはそれを受け取ると、荷物の中から、タナトス魔法文字の辞書を取り出した。
僕の隣に座って、紙の文字と辞書を見比べていく。
「…………」
その表情は真剣だ。
解読した文章を、彼女は、別の紙に書いていく。
みんな、何も言わないで、集中している少女のことを見つめ続けた。
…………。
あれから、1時間ほどが経った。
「……終わったわ」
額に汗を光らせたソルティスは、そう言って、大きく息を吐いた。
「お疲れ様」
僕は労いの声をかける。
ポーちゃんも、少女の肩をモミモミと揉んでやっていた。
ソルティスは、とても気持ち良さそうな顔をする。
そして、
「何かわかったか?」
キルトさんが問いかけた。
ソルティスは、自分たちのパーティーリーダーを見つめ返して、
「わかったわよ。過去の調査隊が、なんで『ゴーレム生命体』に攻撃されなかったのか、そして、あの『開かずの扉』の鍵が何なのかもね」
と、どこか得意げに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
「あの石板にはね、この『王墓』の略歴が書かれていたのよ」
と、最初にソルティスは言った。
400年前の偉大なるタナトス魔王王朝の栄光と、その滅亡。
その最後の王への賛美。
そして、その死への悲しみ。
この『王墓』を作るために、どれだけの人員と費用、建材が必要だったか。
そして、眠りについた『王』が、いつか目覚める時を望むと、石板の文字は締め括られていたらしい。
(ふ~ん?)
僕らは、その内容に興味を覚えながら頷いた。
そして、
「このアマントリュス地方にあった亡国の王は、かつて、最後のタナトス王に仕えた側近だったの」
と、ソルティスは言った。
タナトス王亡きあと、その側近は忠義の下に『王墓の管理者』として、アマントリュス王国の王という立場で『王墓』を守っていたそうだ。
つまり、代々のアマントリュス王は『墓守』であり、この地にあった国は『王墓』を守るためだけに存在したんだ。
そして、そのアマントリュス王国の国民たちは『王墓』の管理を行っていた。
「つまりね、アマントリュス人なら『ゴーレム生命体』に襲われない方法を知っているのよ」
(あ……っ)
「じゃあ、過去の調査隊は……」
「そ」
気づいた僕に、ソルティスは頷く。
「多分、この国を併合したあと、そのアマントリュス人たちから、その方法を聞きだしていたんでしょうね」
そう断言した。
(なるほどね)
それで地下3階まであることや『開かずの扉』の存在もわかったんだ。
ふと、イルティミナさんが問う。
「では、もしかして『開かずの扉』の開錠方法も?」
「聞きだしていたと思うわ」
とソルティス。
それを聞き、フレデリカさんが困惑した顔をする。
「ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「調査隊は『開かずの扉』の先には行けていない。方法がわかっていて、なぜ調査をしていないのだ?」
それは確かに疑問だ。
ソルティスは答えた。
「方法はわかっていても、開錠できなかったのよ。その『鍵』はアマントリュス王の『生体認証』だったから」
(生体認証……?)
その意味に、僕らは気づく。
ソルティスは続けた。
「『開かずの扉』の開錠ができたのは、生きたアマントリュス王だけだったのよ」
「…………」
「でも、当時のアルンの侵略戦争で、その時のアマントリュス王は死んでしまった。調査が行われたのは、そのあと。だから、『開かずの扉』は開けられなかったの」
(……そういうことだったのか)
僕は、ようやく納得だ。
でも、そんな少女の説明を聞いて、ダルディオス将軍が顔をしかめた。
「ちょっと待て」
「ん?」
「それはつまり、ワシらも『開かずの扉』の開錠は不可能ということではないか?」
あ……。
開錠には、アマントリュス王の『生体認証』がいる。
けれど、その王は、もうこの世にいないのだ。
つまり、未来永劫、あの『開かずの扉』は開けられないのと同義になるのだった。
フレデリカさんの表情も強張る。
「そんな……馬鹿な……ここまで来て、まさか」
ラプト、レクトアリスも、ここまでの労力が無駄になると聞いて、とても難しい表情になる。
変わらないのは、ポーちゃんぐらいだ。
…………。
(そっか)
アルンのみんなは、知らないんだ。
でも、僕とイルティミナさん、ソルティスは知っている。
そんな僕らの視線は、1人の女性へと向けられた。
「…………」
銀髪の美女キルト・アマンデス。
これまでのソルティスの話を、一言も口を挟むことなく、静かに聞いていたキルトさん。
彼女は言った。
自分は、かつてこの地を治めていた国の王の血筋だと。
25年前、身を隠していた父がアルンへと反旗を翻し、その罪で自分は奴隷となって、その後、シュムリア王国への難民となったのだと。
つまり彼女は、
(アマントリュス王家の最後の生き残りなんだ)
なんて因果だろう。
そのことを、彼女自身がどう感じているのか、僕らには想像もできない。
そして、キルトさん――いや、世が世ならキルト・アマントリュスと呼ばれていたかもしれない王家の美女は、大きく息を吐いた。
それから、
「――そうか」
その一言だけを呟いた。
そして、彼女は立ち上がる。
その表情には、いつもと同じ、人々を守るために戦い続けた覚悟だけが宿っていた。
僕らが見つめる先で、
「ならば、問題あるまい。すぐにでも、その『開かずの扉』を開けに行くとしようではないか」
そう静かに告げたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明日の0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




