038・エルフさんと握手!
第38話になります。
よろしくお願いします。
一時は賑やかだった食堂も、人数が減ると、少し落ち着いてきた。
巡礼者さんの団体や御者さんたち、3人連れの親子たちが自分たちの部屋に戻ったことで、今、食堂にいるのは、僕ら4人と護衛の冒険者さんたち5人――計9人だけになっている。
彼らも食事は終わっているらしく、絶賛、酒盛り中だ。
(おかげで、お酒の匂いが凄いよね)
食堂中に、充満している。
ちょっと心配になって、イルティミナさんの横顔を窺う。
でも、果実ジュースを楽しむ白い美貌は、特に問題はなさそうだ。よかった、さすがに匂いだけでやられることはないらしい。それとも、この間と違って、体調がいいのかな?
そんなことを思っていたら、彼女は、ふと後ろを振り向いた。
(ん?)
気づくと、キルトさん、ソルティスも後ろを見ていて、
「――失礼ですが、『月光の風』の魔狩人キルト・アマンデスさんですよね?」
え……?
突然の声がかかり、僕も振り向く。
そこにいたのは、まだ若い青年だった。
年齢は、イルティミナさんと同じ20歳ぐらいかな? 短めの黒髪に、日に焼けた肌をしている。鍛えられた身体は、ただ立っているだけでも戦士の雰囲気があって、男の僕から見ても『格好いい』と素直に思えた。
うん、装備は外しているけれど、あの護衛の冒険者さんの1人だった。
そして、彼の隣にはもう1人、金色の髪をした女性がいる。
(エ、エルフさんだ!)
ドキンと心臓が跳ねる。
ファンタジー世界の王道中の王道、みんなの憧れ、エルフさんが目の前にいらっしゃった。
白い肌は透き通るようで、身体の線が細い。儚げな雰囲気は、人というよりもまさに妖精だ。見た目は、青年冒険者さんと同じ20歳ぐらいに見えるけれど、エルフなので実年齢はわからない。
100歳? 200歳? もしかしたら、もっとかも……?
うん、まさに神秘である。
名指しされたキルトさんは、2人を見返す。
「そなたらは?」
「自分は、冒険者ギルド『黒鉄の指』に所属する白印の冒険者クレイ・ボーリング、隣は、仲間のシャクラです。――今回、キルトさんと仲間の方がいらっしゃると聞いて、ご挨拶に来ました」
クレイさんは、屈託のない笑みで、右手を出してくる。
(笑うと子供みたいな人だなぁ)
ちょっとギャップがあって、面白い。
でも、『憧れの人に会えて嬉しい』って気持ちが、とても伝わってくる。
ちなみに、隣のソルティスは『またか』って顔だ。
イルティミナさんも、よくあることなのか、珍しくもなさそうに彼の行動を見ている。
キルトさんは、クレイさんの右手を握った。
「ふむ。それは、わざわざ、すまんな」
「いえ。――こちらとしても、金印の貴方がいてくれるとは、道中、とても心強いですよ」
それを聞いて、ソルティスが「ちょっと」と口を挟んだ。
「私ら、ただの竜車の客よ? いざという時、客を守って戦うのは、アンタらでしょ? こっちを当てにしないでよ」
「あ、すまない。そういう意味ではないんだが……」
クレイさん、ちょっとバツが悪そうだ。
僕は、フォローする。
「でも、キルトさんって、そばにいるだけで安心感があるもんね」
「ふむ、そうか?」
キルトさんは、苦笑する。
僕の意図を察して、ソルティスは小さな肩を竦めて、矛を収める。
クレイさんは、ありがたそうに僕を見た。
「もちろん、いざとなれば、自分たちが戦います。ただ今回は、少し嫌な情報を耳にしているんです。こうして声をかけたのも、実は、もしもの場合を考え、そのこともお伝えできればという思いもありました」
「……嫌な情報?」
僕は、オウム返しに聞き返す。
彼は頷き、
「人喰鬼の話かの?」
先を制して、キルトさんが口にした。
クレイさんたちは、「知ってらしたんですか?」と驚いた顔をする。
いや、イルティミナさんやソルティスも驚いていた。もちろん、僕もである。
「何それ、キルト!? 私たちも聞いてないわよ?」
「すまんな」
彼女は謝り、僕を見る。
「メディスで、そういう噂を耳にした。じゃが、マールにとっては、初めての竜車の旅じゃ。知らずに済むなら、最後まで伝えず、楽しい気分でいさせてやりたかったのでの」
え、僕のため?
イルティミナさんは、「なるほど」と大きく頷く。
「それならば、仕方ありません。許しましょう」
「は? イルナ姉?」
ソルティス、ギョッとしてます。
「ソルティス、何か問題が?」
「…………。ううん、いいわ」
諦めのため息。
そして彼女は、「……2人とも、過保護すぎよ」とボソボソ呟き、僕を横目で睨む。……いや、僕を睨まれても。
僕ら4人の様子に、クレイさんは戸惑っていたようだけど、また気を取り直したように話し始めた。
「キルトさんのお話の通りです。王都までの街道で、オーガの目撃情報があったんです。ですが、自分たちのパーティーは、白印が2人に、青印が3人……」
「ふむ、戦力としては、微妙じゃな」
「はい。恥ずかしながら、確実に勝てるとは言えません」
厳しい表情で、彼は、実力不足を認める。
(オーガって、そんなに強いんだ?)
「無論、全力を尽くして、皆さんに被害は出させません。もしもの時は、自分たちが足止めをして、皆さんには先に行ってもらうつもりです。……ただもう一つ、野盗の情報もあるのです」
「ふむ? そちらは知らなんだな」
「20人規模の野盗だそうです。万が一ですが、オーガと戦い、消耗したところを20人の野盗に襲われれば、かなり厳しい状況になります」
彼は、悲痛な顔だ。
隣の女エルフさん――シャクラさんが、気遣うようにクレイさんの背中に手を当てる。
クレイさんは気づいて、小さく笑った。
(……むむ?)
ピーンときた。
2人は、恋人同士かもしれない。
でも、それはひとまず置いといて、
「あの……王都までの街道って、いつも、そんなに危険なの?」
僕は、素直な疑問を口にする。
イルティミナさんが、美しい髪を柔らかく揺らして、「いいえ」と首を振った。
「王都付近の街道は、王都の守備隊が、月に3度も巡回していますし、通常ならば、護衛も雇わぬ旅人もいるほど平和な道です。今回の件は、とても珍しいケースといえるでしょう」
「そうなんだ?」
「ただ、このケースで護衛が5人となると……」
イルティミナさんの視線は、キルトさんに向く。
「馬車ギルドに、やられましたね。恐らく、鬼姫キルトの存在を知って、護衛の人数を絞ったようです」
「なんじゃ、わらわのせいか?」
「せいですよ」
イルティミナさん、断言しちゃった。
(つまり、もしもの時は、キルトさんがなんとかしてくれるでしょ? って、馬車ギルドが思ったんだね)
それで、護衛の人数を増やさないまま、出発させたんだ。
ある意味、護衛対象に金印の魔狩人キルト・アマンデスがいたために、クレイさんたちも割を食った形だ。
「馬車ギルド、酷いね」
「まぁ、オーガも野盗も出ない可能性もあるしね。むしろ、出ない可能性が7割はあるでしょ」
ソルティスは、そう言う。
そんな僕らに、クレイさんは、生真面目な表情で告げる。
「ですが、たとえ3割でも可能性はあります。それをキルトさんには、伝えておきたかった」
「ふむ、そうか」
「もちろん、自分たちも全力は尽くしますし、全滅する気もありませんよ」
そう言って、彼は笑った。
キルトさんは、そんな彼を見つめ、やがて大きく頷く。
「話はわかった。心に留めておく。――お前たちは、ただ与えられた仕事を懸命にこなせ。結果は問わぬ。それ以上は、こちらも望まぬ」
「はい」
「これで、難しい話は終わりじゃ」
そして彼女は、自分のジョッキに酒瓶を傾ける。
それを、クレイさんの前に突き出し――そして、太陽のように笑った。
「飲め。次は、楽しい話でもしようではないか?」
「! はい!」
クレイさんは、表情を輝かせ、大きく頷く。
ソルティスは『やれやれ』って顔だ。
イルティミナさんも、ため息をこぼして、自分の果実ジュースのグラスを傾ける。
一気飲みする恋人のそばで、シャクラさんは、ちょっと苦笑いをしていた。
「あの……」
僕は、そんな彼女に声をかけた。
「握手してもらってもいいですか? 僕、エルフさんに会うの、初めてで」
シャクラさん、ちょっと驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って、頷いてくれた。やったー!
差し出された白い手を、少し緊張しながら握る。
(ほ、細い……)
そして、ちょっと冷たい手だった。
でも、スベスベしてて、心地いい。
前世を含めて、人生で初めて、エルフさんに触った! うんうん、異世界転生して、よかった……。
僕の心は、ほっこりしてしまう。
エルフに感動する子供の姿に、みんなが呆れたように、あるいは可笑しそうに笑った。イルティミナさんは「……マールは、エルフが好きなんですね」と、なんか複雑そうに呟いていた。
やがて、クレイさんの仲間たちとも合流して、空いたテーブル席へと移った。
「今日は、わらわがおごってやる。好きなだけ、英気を養うが良いぞ!」
太っ腹なキルトさん。
歓声があがって、落ち着いてきた食堂が、また賑やかになった。
僕も、その輪に混じって、クレイさんや仲間の人たちから、色んな冒険の話をしてもらった。
初めての依頼で、ゴブリンに負けて、失敗してしまったこと。
リベンジに成功して、嬉し泣きしたこと。
遺跡で迷子になったこと。
仲間と喧嘩して、パーティーを解散したこと。
今の仲間に出会ったこと。
たくさんの土地や街に出かけて、色々な世界を見てきたこと。
いっぱい、いっぱい話してもらった。
(冒険者かぁ……)
楽しそうなクレイさんたちの様子に、僕の中で、イルティミナさんたちに対するのとは少し違う形で、『冒険者への憧れ』が湧いてくる。
――村の空が赤く夕暮れに染まっても、宿屋の食堂からは、僕らの賑やかな声がいつまでも聞こえていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。
※今回は、いつもより1日早い更新で申し訳ありません。明日の0時からは、皆さん、W杯の日本代表の戦いを応援し、楽しみましょう!




