317・エルフの新しい未来へ
第317話になります。
よろしくお願いします。
『邪精竜』と戦った翌日、僕ら6人は『王樹の城キャロルイン』を訪れていた。
5日ぶりの謁見の間だ。
花々の咲き乱れる空間の中央にある青い水、その池に咲いた2メードほどの桃色の花の上には、エルフの女王ティターニアリス様が座っていた。
僕らは、その御前に跪いている。
謁見の間には、他にもたくさんのエルフさんたちがいる。
その中には、3大長老の1人であるベルエラさん、エルフの戦士である『精霊使い』のティトテュリスさんの姿もあった。
けれど今日は、そこにアービタニアさんの姿がない。
(……どうしたのかな?)
不思議に思ったけれど、そのまま謁見が始まってしまった。
「よくぞ、恐ろしい力を得ていた『邪精の集合体』を倒してくれました。エルフの国を代表し、深く感謝をいたします」
ティターニアリス様がそう告げる。
僕らは「ははっ」と頭を下げた。
そして彼女は、そばにいた女官エルフさんから、美しい石の欠片――『神霊石』を受け取る。
神々しい光だ。
それを見つめ、白い輝きに照らされながら、彼女は言った。
「これは、エルフの国の宝です。しかし、此度の功績を讃えて、これを貴方がたに授けることにしました」
(!)
僕は、思わず顔をあげてしまった。
エルフの女王様は、そんな僕を見つめて、たおやかに微笑んだ。
「世界の危機だという貴方がたの言葉、それを信じましょう。そして、その危機を乗り越えるために、この輝きが必要なのだということも」
……ティターニアリス様。
集まったエルフさんたちは、その決定に何も言わない。彼らの僕らを見る目は、数日前とは違っていると感じていた。
(あぁ……)
僕は、泣きそうになってしまった。
ほんの少しかもしれない。
けれど、エルフさんたちは、僕ら人間に少しだけでも心を開いてくれたのだ。
その事実が嬉しかった。
キルトさんやイルティミナさんも、どこかホッと安心した顔だった。
やがて、ドレス姿のコロンチュードさんが立ち上がって、恭しく、エルフの女王様から『神霊石』を受け取った。
「ありがとうございます」
キルトさんが人間を代表し、感謝を述べる。
それに彼女は首を振った。
「貴方がたは、エルフの信頼を勝ち取った。それだけのことを成したのです。それを誇りなさい」
「ははっ」
「そして、もう1つ」
(?)
ティターニアリス様は、その蒼い瞳を伏せて、
「あの黒き少年の存在も、この決断を後押しするものとなりました」
「!」
黒き少年って、つまり『闇の子』のこと?
驚く僕らに、彼女は言う。
「あの者の脅威は、一目見てわかりました。なるほど、あの者が関与しているならば、確かに『世界の危機』でしょう。それを防ぐ手立てがあるというならば、是非もありません」
「…………」
そう……か。
(アイツの存在が、エルフの危機感を煽ったんだね)
その結果として、僕らは『神霊石』を受け取れるわけなんだ。
…………。
けど、そういう理由はなんだか複雑。
その思いが顔に出ていたのか、そんな僕を見て、ティターニアリス様は小さく苦笑なされた。
それから、
「さて、それとは別に、貴方がたにはもう1つ伝えたいことがあります」
と表情を改められた。
(……もう1つ、伝えたいこと?)
僕らはキョトンとなった。
そんな中、エルフの女王様の視線は、僕らの中で唯一の同族である女性へと向けられる。
「コロンチュード」
「はい」
いつもの眠そうな声とは違う、はっきりした返事。
そんなコロンチュードさんに、エルフの女王様は、こうおっしゃった。
「前より貴方が提言していた『魔血の赤子』が生まれた際、処分ではなく、国外追放にするべきとの案を認めることにしました」
「!?」
コロンチュードさんは、酷く驚いた顔をした。
僕らもびっくりだ。
エルフの女王様は、静かな眼差しで3大長老の1人であるハイエルフさんを見つめる。
「このことについては、貴方以外の大長老2人も認めています」
それって、
「……あの、アービタも?」
僕の気持ちを代弁するみたいに、コロンチュードさんが呆然と呟く。
ティターニアリス様は「はい」と頷かれた。
(…………)
信じられない。
あの人間を恨み、『魔血』を憎んでいたアービタニアさんが、『魔血の子』の生きる道を許すだなんて……。
僕ら6人は、つい顔を見合わせてしまう。
エルフの女王様は告げた。
「恐らく、彼も、そして彼に賛同していた者たちも思い出したのでしょう」
思い出した……?
「あの『黒き少年』の強大な悪意と力を目にしたことで、本物の『悪魔』たちがどれほど恐ろしい存在であったのかを。そして、それに比すれば、『魔血』も大した存在ではないという事実を」
「…………」
僕は、また渋面になった。
(また……アイツなの?)
認めたくない。
認めたくないけど、アイツの存在がエルフたちの心を揺らしたのだ。
みんなも複雑な表情だ。
(いや……まぁ、いいよ)
どんな理由であれ、罪もない赤子が殺されなくなるのなら、僕の気持ちなんて些細な問題だ。
そう自分を納得させる。
そんな僕らを、エルフの女王様は静かに見つめた。
それから、
「もちろん、それだけではないのでしょう。400年という年月が、知らず、冷静に物事を見極めるだけの心も育んだのです」
とおっしゃった。
そのティターニアリス様の瞳は、とても穏やかだった。
(…………)
もしかしたら、彼女は、この時を待っていたのかな?
『エルフの女王』として、たくさんのエルフの命を守るためにアービタニアさんの苛烈な考えを受け入れていたけれど、そこにある歪みも気づいていた。
でも、それを受け入れさせるには、時間が必要だった。
その400年……。
彼女は、その歪みを正せる時が来るのを、まるで大樹のようにジッと待っていたのかもしれない。
その瞳を見て、そう思えてしまった。
僕の視線に気づいて、エルフの女王様は、少しだけ悲しそうに微笑まれた。
それから、
「『魔血の赤子』たちの追放先については、コロンチュード、貴方に任せましょう。ベルエラとも、よく話し合って決めてください」
「ははっ」
コロンチュードさんは、深く頭を下げる。
僕らも彼女に倣って、エルフの国を治める女王様に、確かな敬意を持って頭を下げたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
東の空が、茜色に染まっていた。
その頃になって、僕らはようやく『王樹の城』をあとにした。
遅くなったのには、理由がある。
実はついさっきまで、コロンチュードさんとベルエラさんを中心として、『魔血の赤子』の国外追放に関する話し合いが行われていたんだ。
追放先は、シュムリア王国。
方法は、コロンチュードさんの作った転移魔法陣。
赤子の追放は、受け入れる側の準備期間も必要なので、生後3ヶ月を目安として行われる。
もし何らかの理由で、シュムリア王国で受け入れられない場合は、ヴェガ国にお願いする予定だ。
でも、この話はまだヴェガ国に通していないので、実現するかは不明。
時期も未定。
あくまでも、非常事態における予定の話だ。
そのような話し合いを、書類の作成なども含めて、急ピッチで行われたのだった。
「やれやれじゃ」
キルトさんは、自分の肩を揉む。
政務に詳しくないコロンチュードさんをサポートして、色々と話し合いを手伝ったのは、実は彼女だったりする。
コロンチュードさんは、ふにゃっと笑って、
「……キルキル、ありがとね」
「ふん」
そのお礼に、キルトさんは照れ臭かったのか、素っ気なく応えていた。
(あはは……)
その姿に、僕らはちょっと笑ってしまう。
そうして僕ら6人は、今、『王樹の城キャロルイン』をあとにして、お城の前にある長い橋を渡っていた。
…………。
慌ただしいけど、この日の内に、僕らはシュムリア王国に帰還する予定なんだ。
『神霊石』は手に入れた。
その目的を果たした以上、これ以上の滞在は必要ないからね。
(……うん)
本当は、ちょっと観光もしたいけど、
(でも、『闇の子』の情報も持ち帰らないといけないし……)
何より、シュムリア王国では、僕らの帰りを心配して待ってくれている人たちがいる。
その人たちを安心させるためにも、早く帰らないと。
「……帰ったら……フォルに、また怒られそう……」
コロンチュードさんは、少し遠い目で、自分の所属するギルド長さんのことを思い出していた。
ポム ポム
励ますように、義母の猫背を叩くポーちゃん。
なんだか、母娘の立場が逆転してるね……。
僕は苦笑する。
そうして、僕らは、長い橋を渡り終えた。
(……?)
その時、ふと僕は視線を感じて、後ろを振り返った。
誰もいない。
(……いや)
なんとなく、僕の視線は、300メード近い『王樹の城』を見上げていた。
「あ」
その上階、200メードほどの位置。
巨大な幹に作られた大きな窓に、1人のエルフさんの姿があった。
アービタニアさんだ。
彼は、去ろうとしている僕ら6人のことを、ジッと見つめていた。
…………。
それは、あの憎悪に染まった表情ではなかった。
(…………)
その時、遠い距離で、僕と視線が合った。
彼は、皮肉そうに笑った。
そのまま無言で身を翻すと、奥へと歩いていき、窓からは見えなくなってしまう。
「…………」
「どうかしましたか、マール?」
立ち止まった僕に、イルティミナさんが声をかけてきた。
みんなも僕を見る。
僕は、一度、目を閉じて、すぐに開いた。
「ううん、何でもない」
そう答えると、みんなの方へと向かった。
キュッ
イルティミナさんの手を握る。
彼女は嫌がることもなく受け入れてくれて、そんな僕へと優しく笑いかけてくれた。
「さ、行こ?」
「はい」
笑い合い、僕らは『王樹の城』に背を向けて、前へと歩きだした。
――夕日に染まったエルフの森は、涼やかな風に、豊かな枝葉をサワサワと揺らしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、僕らは、とある1本の大樹の前に立った。
エルフの国にやって来た時に、最初に目にした大樹だ――この幹の中には、転移魔法陣がある。
「さて、帰るとするかの」
「うん」
「はい」
「そうね」
「……ん」
「…………(コクッ)」
その幹の前で、僕らは頷き合った。
僕の両腕の中には、白い輝きを放つ『神霊石』が布に包まれて、抱かれている。
(なんだか温かいな……)
布越しに、不思議な熱を感じるよ。
これで6つ目。
あと1つで、7つの『神霊石の欠片』が揃うんだ。
そう思うと、妙な達成感がある。
(絶対になくさないぞ)
ギュッ
落としてたまるかとばかりに、しっかりと腕に力を込めた。
そんな僕に、キルトさんは苦笑している。
それから、
「よし、コロン」
「……ん」
名前を呼ばれて、コロンチュードさんは、苔に覆われた大樹の幹へと近づいた。
手のひらを押し当てて、
「ルビュアナ」
短いエルフ語を口にする。
ヒィイン
すると、幹の表面に縦長の亀裂が生まれて、中への入り口ができあがった。
(おぉ……っ)
何度見ても、凄いなぁ。
植物を操るエルフの力は、格好いい。
僕の視線に、コロンチュードさんは「……ふふ~ん♪」とちょっと得意げだった。
そうして、僕らは中へと入っていく。
内部の床には、転移魔法陣があった。
そして、そんな僕ら6人のことを、革新派のエルフさんたちが見送ってくれている。
その中には、あのシャクラさんのご両親の姿もあった。
どうやら2人は、革新派になったみたい。
(思わぬご縁だったなぁ)
新しくなった『白銀の手甲』に触れながら、そう思う。
そんなご両親と僕らは挨拶をし、コロンチュードさんも、革新派のエルフさんたちと言葉を交わしていた。
革新派のエルフさんたちは、名残惜しそうだ。
(また1000年も帰ってこなかったら、困っちゃうものね……)
気持ちはわかる。
でも、『魔血の赤子』のこともあるし、今後はもっと短いスパンで顔を出せるんじゃないかな?
……多分だけど。
(だって、コロンチュードさんだしね)
考え方が独特だから、はっきりとしたことは言えないんだ。
そして、そんなハイエルフのお姉さんは、
「……はいはい……みんな、魔法陣の中に集まって~」
そう僕らを呼んだ。
その指示に、僕らは素直に従って、魔法陣の中で集合する。
「……じゃ、行くよ」
コロンチュードさんは、手にした小さな玩具みたいな杖の魔法石を、ピカッと光らせた。
魔法陣の周囲にある4つの台座の1つに魔力が注がれ、その魔法石が光る。
2つ目。
3つ目。
そして、
「……ほい、これで最後」
その声と同時に、4つ目の魔法石も輝きを放つ。
そして、魔法陣が強く光った。
パァアアアアン
白い光が、世界を染めていく。
見送ってくれるエルフさんたちの姿が、その向こうにある大樹の集う広大な『聖なる森』が、その輝きに溶けていく。
また来よう。
平和になったら、きっと必ず。
そう心に決めた。
(うん)
僕は笑った。
そうして僕らの姿は、白い光に包まれて、そして転移の力によって遥か遠いシュムリア王国へと送られたんだ――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
これにて『エルフの国編』は終了です。ここまで読んで下さって、本当にありがとうございました。
次回からは、シュムリア王国での日々が描かれます。もしよかったら、どうかマールたちの物語を、また読んでやって下さいね~!
※次回更新は、1週間ほどお休みを頂いて、9月14日(月曜日)の予定です。少し間が空いてしまってすみませんが、どうぞ、よろしくお願いします。




