305・精霊王と邪精
第305話になります。
よろしくお願いします。
「……は~、緊張した」
控室に戻った途端、コロンチュードさんはそう漏らして、ソファーへと座り込んだ。
あはは……。
エルフの女王様との謁見は、彼女にとっても大変なことらしい。
シャンとしていた姿は消え去って、今はもう、いつものようにだらしのない残念美人さんに戻っていた。
思わず、僕は苦笑してしまう。
と、そんな僕の後ろで、
「はん、何が『人の正しさ』よ。バッカじゃないの?」
ソルティスが、そんな悪態をついた。
さっきの女王様の言葉に、彼女は、相当、怒っているみたいだ。
扉の方に向かって、「ンベーッ!」と思いっきり舌を突きだしている。
その横で、ポーちゃんも真似をして、小さな舌を突きだしていた。
(……まぁ、そうだよね)
エルフの女王様は、『魔血の民』を恨むのは人の性であり、仕方のないことだと言っていたんだ。
でも、それで恨まれる方は堪らない。
ギュッ
突然、イルティミナさんが、僕を背中側から抱きしめた。
「エルフの女王が口にしたのは『人の正しさ』ではありません。『人の醜さ』です。それを恥じることもなく、正す気もないならば、私は断然、マールの『神の正しさ』を支持しますよ」
そう言いながら、僕の髪を白い手で撫でる。
イルティミナさんは、時々、自分の心を落ち着けるために、僕の髪を撫でる癖がある。
(それだけ、彼女も怒ってるんだね)
あまり表情には見せていないけれど、その内側にある感情を、僕はしっかりと感じていた。
キルトさんは苦笑する。
「大を生かすため、小を殺す。為政者とはそういう役目も果たさねばならぬ。女王個人の感情は別かもしれぬぞ?」
と、姉妹を宥めた。
でも、2人とも納得してはいない顔だった。
本当は、キルトさん自身も納得していないかもしれない。
そして、彼女は大きく息を吐いた。
表情を改めて、その黄金の瞳がコロンチュードさんを見る。
「それで、コロン?」
「ん?」
「そろそろ話せ。そなたがなぜ、わらわたちを呼んだのか、何をさせようとしているのかをの」
あ……。
(そうだった)
エルフの女王様の言葉については、今は置いておいて、まずはそれを聞かないといけない。
姉妹とポーちゃんの視線も、コロンチュードさんに向く。
コロンチュードさんは、僕らを見返して、
「……うん、わかった」
と、頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
「……この地には、『精霊王』の御霊が眠っているんだよ」
コロンチュードさんは、そう話しだした。
ことの始まりは、やっぱり400年前の神魔戦争だった。
アルバック大陸を中心に起こった戦争は、けれど、遠いドル大陸にも飛び火して、この『エルフの国』も戦場になったそうなんだ。
圧倒的な『悪魔の軍勢』に対して、エルフたちも対抗した。
その対抗手段が、
「……『精霊王』の召喚だったんだよ」
とのこと。
エルフの戦士たちは『精霊使い』というそうだ。
そして、そうした精霊で戦うエルフという種族が持つ最大最強の手札が、精霊界の王である『精霊王』を召喚することだったんだ。
その『精霊王』は『悪魔』とも渡り合ったんだって。
(それは凄いね)
それはつまり、『精霊王』という存在は『神様』と同じぐらい強いということ。
その事実に、僕は驚いてしまった。
やがて、神魔戦争は終結した。
けど、長い戦いの中で『精霊王』は傷つき、消耗して、その御霊は『御霊石』となって深い眠りについてしまった。
それから400年。
今日に至るまで、エルフたちは『精霊王』が眠りから覚めるまで、その『御霊石』を大切に守っているそうだ。
「……ちなみに回復するまでは、2万年はかかる計算かな?」
とハイエルフさん。
僕らは、少々呆けてしまった。
(さ、さすが長寿のエルフさんたちだ)
実に気長な話である。
それから、コロンチュードさんは、ゆっくりと空中を見上げた。
「ここは、エルフにとっての『聖なる森』」
そう歌うように言った。
この土地は、太古より精霊界との繋がりが強くて、僕らの目には見えないけれど、たくさんの精霊たちが溢れている場所なんだそうだ。
(……それって、今もここに?)
僕は周囲を見るけど、何も見えない。
でも、精霊器官を持つコロンチュードさんの目には、空中を飛び交う精霊さんたちの姿が見えているのかもしれない。
そして、人に『いい人』と『悪い人』がいるように、そんな精霊界からやって来る精霊さんの中にも、『善い精霊』と『悪い精霊』がいるのだそうだ。
その『悪い精霊』が、
「……『邪精』って呼ばれてる」
のだそうだ。
そして、その『邪精』たちは眠っている『精霊王』の『御霊石』を破壊しようとするんだって。
この400年間、エルフの『精霊使い』さんたちは、そんな『邪精』たちと戦いながら、大切な『御霊石』を守ってきたのだそうだ。
特に大きな守りの力となったのが、
「『神霊石』……なんだよ」
「!」
その名前に、僕らは驚いた。
『神霊石』には、清浄なる『神々の神気』が宿っている。それが『邪精』の力を弱めるのだそうだ。
(え……ちょっと待って!?)
「それって僕らが『神霊石』を持っていったら、『精霊王』の『御霊石』が壊されちゃうってこと!?」
「……ううん」
慌てる僕に、コロンチュードさんは長い金髪を揺らして、首を横に振る。
彼女は言った。
確かに『神霊石』の力はなくなるけれど、その分、エルフの『精霊使い』ががんばればいいだけだと。
それが本来のエルフの役目だと。
それだけの力が、エルフたちには充分にあるのだと。
「……だから、心配いらないよ」
そう笑った。
(そ、そっか)
よかった。
それを聞いて安心してしまったよ。
そんな僕に、
「……でもね、今、ちょっとだけ手強い『邪精』が1体いるんだ」
コロンチュードさんは、そう続けた。
(手強い『邪精』?)
それは100年ぐらい前に現れた強力な『邪精』だそうだ。
その力には、エルフの『精霊使い』でも敵わない。
ただこれまでは『神霊石』の力もあったので、何とか退けることはでき、そうして『御霊石』を守れていたのだ。
でも、厄介なことに、
「……その『邪精』、年々、強くなってる」
のだそうだ。
そうして遠くない未来に、『神霊石』があっても守れなくなるのではないかと、エルフさんたちを悩ませているんだって。
(そんな奴がいるのか……)
僕は、ちょっとブルっと震えてしまった。
そして、コロンチュードさんの翡翠色の瞳は、僕らを見据えた。
「……キルキルたちには、その『邪精』を倒して欲しいの」
…………。
な、なるほど。
(そう話が繋がるわけね?)
驚いてしまったけれど、ようやく納得だ。
つまり、こうだ。
・エルフさんたちは手強い『邪精』に悩まされていた。
・その『邪精』を、僕らが倒す。
・倒した代わりに『神霊石』を譲ってもらう。
と。
そのために、コロンチュードさんは、僕らに手助けを求めたんだね。
キルトさんは「ふむ」と考え込む。
「強いのか?」
と聞いた。
コロンチュードさんは、こう答えた。
「……『神霊石』で弱らせて、名付きの赤牙竜が3体分ぐらい」
えっと……。
(それってつまり、あの赤牙竜ガドが3体分ってこと?)
その『邪精』、物凄く強くない……?
少し心配になる僕。
キルトさんは、コロンチュードさんの顔を見つめ、それからイルティミナさんの顔を見た。
そして、
「ふむ、こちらには『金印の冒険者』が3人か」
「……うん」
「なるほど、いいだろう」
キルトさんは頷いた。
彼女は、どうやら決断してしまったみたいだ。
「どちらにせよ、やらねば『神霊石』は手に入らぬ。その『邪精討伐』は引き受けよう」
黄金の瞳に覚悟の光を灯して、彼女はそう言った。
(ほらね)
僕は、長く息を吐く。
まぁ、彼女が言った通りに、きっと絶対にやらなきゃいけないことなんだ。
(うん、がんばろう)
それに、エルフさんたちも困ってるんだしね。
エルフさんたちは、僕らに助けられるのは嫌かもしれないけど、そこはそれだ。
そう気持ちを切り替える。
コロンチュードさんは「ありがとう、キルキル」と嬉しそうに微笑んでいる。
姉妹は、『仕方ない』と息を吐いていた。
ポムポム
ポーちゃんの小さな手が、妹の方の肩を励ますように軽く叩く――その光景に、コロンチュードさんは瞳を優しく細めていた。
それから、彼女は、僕らを見回して、
「……それじゃあ明日、『御霊石』のところまで案内する……よ」
「うむ」
キルトさんは頷いた。
明日か。
そう言われて気がついたけれど、控室の窓の外は、もう夕暮れの景色になっていた。
(そういえば……)
今夜の宿はどうしたらいいんだろう?
このエルフの都市に、宿屋とかあるのかな?
(……なさそうだなぁ)
鎖国してる国だもの。
そう思っていたら、
「……今日はもう遅いね。……今夜は、みんな、私の家に泊まっていく?」
猫背のハイエルフさんは、僕らにそう言ったんだ。
なんだって!?
「エルフの国のコロンチュード様の家!?」
僕とソルティスは、目を輝かせた。
ぜひ泊まりたい!
視線で訴える僕とソルティス。
ポーちゃんも、すぐ横で、僕らの表情と仕草を真似している。
そんな3人に、キルトさんとイルティミナさんは、なんだか呆れたような顔だ。
でも、コロンチュードさんは優しく瞳を細めて、
「……うん、決まりだね」
と、笑ってくれたんだ。
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※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




