302・エルフの国
第302話になります
よろしくお願いします。
「うわぁ……」
亀裂から外に出た僕は、目の前の光景に声をあげてしまった。
そこは、緑色の世界だった。
高さ100メード以上ある巨大な樹が、いたる所に生えている。
見上げれば、頭上は樹々の枝葉に覆われ、その隙間から柔らかな太陽の光が、幾筋も地上へと降り注いでいた。
太い樹の幹には、更に小さな植物や苔が生え、そこも緑色に染まっている。
そして、その巨大な樹の枝や、大きな葉が通路となって、他の樹々と空中で繋がっていた。
そこを、たくさんのエルフさんたちが歩いている。
(――街だ)
ここは、巨大な樹々の中にあるエルフの都市なんだ。
地面は、白く綺麗な石で舗装されていて、家屋は、樹々の太い幹の中に造られている。そんな自然だらけの街中には、青い水の水路があちこちに流れ、路肩には白いスズランのような照明が並んでいた。
ふと振り返る。
そこには、1本の巨大な樹が生えていて、そこにできた亀裂がゆっくりと閉じている光景があった。
(なるほど)
僕らが転移してきたのは、この巨木の内部にある空間だったんだね。
「うはぁ……これがエルフの国かぁ」
初めて見るエルフの世界に、ソルティスも驚いているみたいだった。
イルティミナさん、キルトさんも興味深そうに周囲を見ている。
ポーちゃんは、ただ義母だけを見て、その後ろを追っていた。
「…………」
そんな僕らのことを、街のエルフさんたちも見ていた。
みんな、人間なら20代とか30代ぐらいに見える外見だった。もちろん、実年齢は違うと思うけど……。
エルフさんたちは、絹みたいな薄い衣装を身に着けている。
全員、美形だ。
そんなエルフさんたちの僕らを見る視線には、興味、不信、警戒など、色々な種類のものがあった。
けど、誰も声をかけてこない。
(……コロンチュードさんがいるからかな?)
僕らの前を歩いている5人のエルフさん、その先頭に立っているコロンチュードさんに気づくと、進路上にいたエルフさんたちが道を譲ってくれるんだ。
3大長老の1人。
前に、ヴェガ国で出会った旅エルフさんから、コロンチュードさんのエルフの国での立場を聞いていた。
(だからかな?)
彼女を見る他のエルフさんたちの視線には、僕らに向けるものと違って、ちゃんと敬意があったんだ。
そうして僕らは、エルフの国を歩いていく。
周囲に生える巨大な樹々の間には、青い水の流れが縦横に走っていて、あちこちに植物の枝葉でできた橋が架けられていた。
僕らは、そこを渡った。
(あ……)
そこから先の景色が見える。
進路の先には、とても大きな湖があった。
そして、その青い水の中心から、周囲の樹々の3倍以上の大きさのある巨大な樹木が、天に向かってそびえていたんだ。
僕らは、その巨大さに呆けた。
いったい、何千年……いや、何万年の樹齢だろう?
太陽の日差しを後光のように浴びながら、緑の世界に現れた巨大な大樹からは、他の樹々たちとは比べられないほどの神聖さが感じられたんだ。
思わず足が止まった僕らに、
「……あれは、王樹の城キャロルイン。エルフの国のお城だよ」
コロンチュードさんがそう教えてくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らは、王樹の城キャロルインへと歩いていく。
湖の手前には、お城の樹へと続く、広く長い橋が架かっていた。
(おや?)
その橋の手前に、20人ぐらいのエルフさんたちがいる。
その視線は、近づく僕らへと向いていて、特に、集まったエルフさんの中央にいる他の人よりちょっと上等な服を着た男のエルフさんは、なんだか険しい視線を僕らへとぶつけていた。
気づいたコロンチュードさんが、顔をしかめる。
「……アービタだ。……むぅ、嫌な奴が来たよ」
え?
その言葉の意味に戸惑いながら、僕らが近づいていくと、アービタという名前らしいそのエルフさんが突然、怒鳴った。
「コロンチュード! ロカ、マニス!」
物凄い剣幕だ。
僕らは驚き、コロンチュードさんは、両手で長いエルフ耳を押さえた。
彼は、僕らを指差し、
「フェナカッカ! アル、ボ、ソーロ!」
と喚き散らした。
(ええっと……?)
なんて言っているんだろう?
エルフ語のわからない僕らは困惑するしかない。
と、
「コロンチュード! こいつらはなんだ!? まさか、お前の言っていた『手段』とは、この汚らしい人間たちのことか!? と言っている」
突然、ポーちゃんがそう言った。
(えっ?)
僕ら4人は、思わず、小さな幼女を見つめる。
「ポーちゃん、エルフ語、わかるの?」
「わかる」
頷くポーちゃん。
実は、暗黒大陸に渡る前の1ヶ月の期間に、彼女は、義母であるコロンチュードさんからエルフ語を教わったのだそうだ。
『……多分、必要になるから』
との義母の言葉。
それはもしかしたら、現在のようにエルフの国を訪れる可能性を、その時のコロンチュードさんが予測していたからかもしれない。
さすが『金印の魔学者』だ。
でも、そんなポーちゃんの通訳してくれた言葉は、なんだか不穏な内容だった。
(……どう聞いても、歓迎されてないかな?)
僕らの来訪は、コロンチュードさんの独断によるものみたいで、他のエルフさんたちや、このアービタさんは聞かされていなかったみたいだ。
それに『手段』って何だろう?
コロンチュードさんが、僕らに『手伝って欲しい』と言っていたことと関係があるのかな?
考えている間も、アービタさんは、目の前のハイエルフさんに怒声をぶつけている。
…………。
エルフという種族は、もっと優雅なイメージだったので、僕としては残念だ。
(……こういう人もいるんだね)
そりゃ人間にだって、いい人、悪い人がいる。
エルフさんも同じだろう。
そうわかっていても、心の中の幻想が崩れていくのは、ちょっとだけやるせない気持ちだった……。
と、アービタさんが、何かに気づいた顔をする。
(?)
彼は、僕らを見つめる。
いや、より正確に言うならば、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人を、だ。
その瞳が妖しく輝き、そして、その表情が強張った。
「ファブナ、アグ、ベゲナスカ!」
そう叫んだ。
その瞬間、静観していた他の20人ぐらいのエルフさんたちの表情まで凍りついた。
いや、コロンチュードさんと一緒にいた4人も驚いている。
そこにあるのは、恐怖と嫌悪だ。
……え?
困惑している僕の耳に、ポーちゃんの通訳した声が聞こえた。
「こいつらは、悪魔の血を宿した存在だ! と言っている」
って。
その意味に、僕らは冷水を浴びせられた気分だった。
それは、明らかな『魔血の民』に対する差別意識が産んだ言葉だった。
そして、思い出す。
エルフという種族は『魔血』を嫌い、『魔血』を宿した赤子が生まれると、その場ですぐに殺してしまうのだと。
それほど『魔血』への差別意識の強い種族なのだと。
周囲の空気は、忌むべき存在がこの場にいることへの恐怖と嫌悪、そして拒絶の感情で満たされていく。
「…………」
「…………」
「…………」
僕の大事な3人は、黙っていた。
彼女たちは、差別されることを、これまでに何度も経験していたから。
だから、何を言っても通じないことを理解して、ただ向けられる悪意に対して、黙っていることしかできなかったんだ。
僕は、言い返そうと思った。
でも、イルティミナさんの白い手が、僕の肩を押さえた。
「ここはエルフの国です。この国には、この国なりの考え方があり、そこに私たちの考え方を押しつけるわけにはいきません」
(で、でも……っ)
悔しさを滲ませる僕に、彼女は落ち着いた声で言う。
「今は、エルフの国と争うわけにはいきません」
「…………」
「ですが、私たちのために怒ってくれてありがとう、マール」
そう笑うと、その白い手が、僕の髪を優しく撫でてくれる。
僕は、唇を噛み締めた。
自分たちの方が差別を受けていて辛いのに、僕のことを気遣ってくれる優しさが嬉しくて、でも同時に苦しかった。
そして、そんなアービタさんに、
「全ては女王が判断する……こと。……今は……アービタの言葉、は、どうでもいい」
コロンチュードさんは、あえてアルバック共通語で告げて、
「さぁ……行こ」
彼を無視して、僕らに声をかけると『王樹の城』に向かって歩きだした。
……そこに、彼女の強い意思を感じた。
呆気に取られるアービタさん。
僕らは、そんなエルフの男の人の前を通り抜けて、コロンチュードさんを追って歩きだす。
「ファ、ファガン!」
すぐに彼はそう言って、僕らに手を伸ばそうとした。
けれど、
バチュン
「グア!?」
その手が、強い『風』に弾かれて、彼は後ろにのけぞった。
見れば、コロンチュードさんの手に、魔法石を光らせた小さな杖が握られていた。
風の魔法だ。
アービタさんは、尻もちをついていた。
その姿に、僕は少し意地が悪いけど、気持ちがスッとしてしまった。
「ラ、アービタニアッ!」
「ベ、ベルタ?」
「フェル、フェンタス!」
彼と一緒にいた20人ほどのエルフさんたちは、慌てて彼を助け起こそうとする。
そんなエルフさんたちを残して、僕らは、湖に架けられた広く長い橋を進む。
そのまま眼前にそびえる巨大な大樹の城――エルフの国の王城である『王樹の城キャロルイン』に向かうのだった。
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