番外編・転生マールの冒険記40
番外編・転生マールの冒険記40になります。
よろしくお願いします。
(これは、夢……?)
死を前にして、僕の願望が見せた幻なのだろうか?
でも、
「イルナ……?」
「イルナ姉!?」
そこに立っているイルティミナさんの姿は、僕だけでなく、キルトさんやソルティス、他のみんなも見えているようだ。
彼女は、白い槍を杖のようにして、こちらに歩いてくる。
ヒョコ ヒョコ
再生した足の影響で、動きはぎこちない。
そして、この状況下において、彼女の美貌は、驚くほど落ち着いたものだった。
(???)
その表情に違和感を覚える。
見た目は、間違いなくイルティミナさんだ。
でも、『何か』が違う。
そこにいるのは、イルティミナ・ウォンという存在でありながら、それ以上の『何か』が感じられた。
そのせいだろうか?
周囲に生えている『黒い手』たちの動きが止まっていた。
まるで顔を向けるように、近づくイルティミナさんへと、その漆黒の手のひらを向けている。
…………。
何が起きているのか、わからない。
僕は戸惑いながら、
「イルティミナさん?」
もう一度だけ、彼女の名前を呼んでみた。
それに反応したのか、その美貌にある真紅の瞳が、ゆっくりと持ち上げられた。
(!)
まるで夢を見ているような、焦点の合わない瞳だ。
それが、僕を見る。
その瞬間、イルティミナさんの美貌は、蕾が綻ぶように微笑んだ。
「あぁ……マール、そこにいましたか」
柔らかな声。
それは本当に嬉しそうな笑顔だった。
ドキッ
その魅力的な笑みに、状況も忘れて、僕はときめいてしまった。
(違う、そんな場合じゃないだろ、僕!)
慌てて、自分を叱る。
そのまま、彼女の歩みは、真っ直ぐ僕の方向へと向けられた。
荒野の土を踏み、1歩1歩、ゆっくりと近づいてくる。
ユラリ
その時、その歩みを迎え撃つように、2本の『黒い手』が蠢き、近づくイルティミナさんへと伸びていった。
いけない!
「イルティミナさん、逃げて!」
僕は、叫んだ。
でも、イルティミナさんは不思議そうな顔をしながら、前に進む。
まるで『黒い手』など見えていないように。
そして、その『悪魔の力』を秘めた2つの漆黒の手が、イルティミナさんに触れようとした途端、
ボジュッ ボジュウウッ
彼女の手前1メードほどの場所で、『黒い手』が燃え上がった。
……え?
イルティミナさんを襲った2本の『黒い手』は、なぜか『真っ白な炎』に包まれていて、苦しむように暴れていた。
そして蒸発し、消滅する。
僕らは、誰も声が出なかった。
イルティミナさんだけが変わらず、僕へと向かって歩き続けている。
その周囲の空間が、陽炎みたいに揺らめいた。
(なんだ、あれは……?)
その揺らめきは、徐々に形を成し、誰の目にも見えるようになる。
その揺らめきは、炎だった。
歩いているイルティミナさんの身体から、『真っ白な炎』が噴き出していた。
彼女自身が燃える様子はない。
そして、熱さも感じていないみたいだった。
「イ、イルナ姉……?」
ソルティスが呆然と呟く。
そんな妹の呟きも、イルティミナさんには聞こえていないみたいだった。
微笑みを湛えて、彼女は歩く。
その『真っ白な炎』を見つめて、僕は、『それ』を以前に見たことがあるのを思い出した。
(まさか……)
その事実に、心が震える。
かつて、僕とイルティミナさんが出会った深き森の奥の神殿で、確かに彼女は『祝福』を授かったのだ。
「大丈夫ですよ」
夢見るように、イルティミナさんは言う。
そして優しく笑った。
「私の可愛いマール、貴方はこの私が守るのですから」
◇◇◇◇◇◇◇
ザワワッ
それを見た瞬間、そこに生えていた全ての『黒い手』が反応した。
彼女の脅威を本能で察したかのように、100本を超える『黒い手』がイルティミナさん目がけ、次々と襲いかかる。
ボジュッ ジュオッ ジュオオオッ
けれど、彼女の肉体に到達する前に、『真っ白な炎』に焼かれて、その全てが蒸発させられていく。
イルティミナさんの歩みは止まらない。
ザザアア
すると突然、残された『黒い手』たちが『黒い水』となって、荒野の大地に吸い込まれてしまった。
「え?」
「むっ?」
「な、何っ? どうしたの?」
僕らは驚きと共に、周囲の大地を見回す。
1本の『黒い手』もなく、そこには平穏な荒野の世界が広がっていた。
他の『トルーガ戦士』や開拓団員も、戸惑っている。
(……逃げた?)
イルティミナさんに恐れをなして、『悪魔の欠片』が逃げ出したということなのだろうか?
そう思った時だった。
イルティミナさんの視線が、初めて僕ではなく、その奥の方向へと向いた。
ほぼ同時に、嫌な気配を背中側に感じた。
(!?)
慌てて振り返った先には、デメルタス山脈があった。
「……あ」
その山頂に咲いていた『黒死の花』が1つに集まり、大きく膨張しながら、何かの形を作ろうとしていた。
そして、そこに誕生した。
――『黒の巨人』だ。
それは、400年前に現れた本物の『黒の巨人』ではないかもしれない。
けれど、『黒い水』が集まって形成されたのは、たとえ偽者であったとしても、本物と見紛うばかりの恐ろしい圧力を放つ『黒の巨人』の姿だったのだ。
体長は200メードもあるだろうか。
その威圧感には、周囲にいたトルーガ戦士たちでさえ呆然となった。武器を取り落とし、その場に膝をついてしまう者もいる。
そこにいたのは、『絶望』そのものだ。
『黒い手』なんていうのは、その『絶望』の一部でしかなかったのだと、その姿を見て思い知らされる。
周辺の大地全てから『黒い手』である『黒い水』を呼び戻したのは、この『悪魔の欠片』が、その本当の力を発現させるためだったのだ。
(…………)
その姿を見つめ、僕は動けなくなっていた。
ギュッ
そんな僕を、『あの人』が背中側から抱きしめてくれた。
「大丈夫ですよ」
さっきと同じ言葉を、もう一度。
その腕は、身体は、全てが『真っ白な炎』に包まれて、その長い髪は、大いなる力を宿して空中へと浮き上がっていた。
神聖な火の粉が散る。
その姿は、まさに人類の『希望』だった。
その輝きは、僕を抱きしめたまま、更に強くなっていく。
遠いデメルタス山脈の山頂にいる『黒の巨人』が、そんな僕らを威嚇するように咆哮した。
巨大な両手を前方に向け、
ギュオオオッ
次の瞬間、その漆黒の両腕がゴムのように伸びて、巨大な2つの『黒い手』は僕らへと襲いかかってくる。
その圧力に、僕は『死』を予感した。
でも、
「――私のマールを傷つける存在は、全て、白き灰となれ」
彼女は、小さく呟いた。
その瞬間、彼女を中心として、『真っ白な炎』が円形の波動となって放出された。
ジュボアアッ
その『真っ白な炎』に触れた途端、迫っていた巨大な2つの『黒い手』が蒸発し、消滅する。
そのまま『真っ白な炎』は大地を走り、漆黒の両腕を焼きながら、やがてデメルタス山脈にも到達して、『黒の巨人』本体にも辿り着いた。
ジュボオアアアアッ
その『絶望』の姿が、白い炎に包まれた。
『黒の巨人』は悶え苦しみ、暴れると、やがて『黒い水』となって崩れ、デメルタス山脈に流れていく。
『真っ白な炎』は、その『黒い水』にさえも燃え広がっていく。
その白く輝く炎の中で、救いを求めるように『黒い手』が生えては消え、やがて、その全てが蒸発しながら消滅していった。
…………。
まるで世界を焼き尽くす『神の炎』のようだった。
僕らは誰1人、声も出ない。
「……ふぅ」
そして、イルティミナさんは僕を抱きしめながら、大きく息を吐いた。
首を捻り、彼女を見る。
イルティミナさんの全身から『真っ白な炎』は消えていた。
彼女は笑った。
「よかった、マール」
そこにいるのは、もう僕の知るイルティミナさんだけの気配だった。
彼女は、まぶたを閉じる。
ガクン
途端、気を失ってしまったのか、その全身から力が抜けて、僕へと倒れかかってきた。
(わわっ?)
慌てて受け止めようとしたけれど、僕も疲労が激しくて、膝が耐え切れなかった。
一緒に、地面に倒れてしまう。
ドタン
頭だけはぶつけないようにと、必死に彼女の頭を抱きしめていた。
「…………」
見れば、彼女は安らかな寝息をこぼしていた。
僕は、小さく笑ってしまった。
それから、彼女の髪を労わるように、力の入らない手でゆっくりと撫でてあげた。
視線をあげれば、目の前には青い空が広がっている。
平和な空だ。
こうして僕らは、暗黒大陸に封じられていた5体目の『悪魔の欠片』を討伐することに成功したのだった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
番外編・転生マールの冒険記は、残すところ、あとエピローグ2話となりました。もしよかったら、どうかマールたちの冒険を最後まで見届けてやって下さいね。
※次回更新は明日、最終話の更新は明後日の予定になります。どうぞ、よろしくお願いします。




