番外編・転生マールの冒険記10
番外編・転生マールの冒険記10になります。
よろしくお願いします。
「取引ですか?」
キルトさんが聞き返す。
モハイニさんは「ハイ」と頷いた。
「ココ最近、村周辺ノ森デ見カケル『黒大猿』ノ数ガ多クナリマシタ。ソレヲ、皆サンデ狩ッテイタダケナイデショウカ? ソウシテ頂ケレバ、『トルーガ帝国』ノコトヲ、オ話シシマショウ」
思わぬ提案だ。
僕らは、つい顔を見合わせてしまう。
それから、モハイニさんは、もっと詳しい話をしてくれた。
実は、ここ数ヶ月ほどで『黒大猿』の目撃回数が多くなって、村人たちが森に入れず、村全体の食糧事情が悪くなっているのだそうだ。
トルキアが森にいたのも、そのためだった。
村長の娘として、村の食料を集めたくて、勝手に1人で採取に出てしまったのだという。
(なんて無茶な……)
僕は、ちょっと唖然だ。
トルキアは、小さく舌を出して肩を縮める。
「原因ハ、ワカッテイルノデス」
と、モハイニさん。
実は『黒大猿』は7年に1度の周期で、大繁殖をするんだって。
今年は、その当たり年。
結果として群れから追い出される『黒大猿』も多くなり、それが村周辺にも出没するようになるのだそうだ。
(つまり、魔物の自然災害なんだね)
モハイニさん曰く、例年通りなら、『トルーガ帝国』の戦士団がやって来て、『黒大猿』を駆逐していってくれるそうだ。
でも、それは1~2ヶ月ぐらい先。
なので、
「皆サンガ『黒大猿』ヲ倒シテクダサルナラ、私ドモモ、トテモ助カルノデス」
この村の村長さんは、そう言った。
なるほど……。
(困っているなら、助けたいな)
僕は、そう思う。
キルトさんの横顔を見上げる。
「…………」
キルトさんは、あごに手を当てて、何かを考え込んでいた。
その黄金の瞳が、モハイニさんを見る。
モハイニさんは、ニコッと穏やかに微笑んだ。
キルトさんは、目を見開く。
「……なるほど」
キルトさんは呟く。
それから、大きく頷いた。
「あいわかりました。その取引、お引き受けいたしましょうぞ」
と、笑顔で宣言する。
モハイニさんも「ドウゾ、ヨロシクオ願シマス」と微笑んだ。
(???)
2人の間で、僕にはわからない何かが交わされてる気がした。
トルキア、ソルティスも首をかしげている。
ポーちゃんも2人の少女を真似して、カクンと首を傾けた。
イルティミナさんだけはわかっているのか、1人落ち着いた顔をしている。
そうして約束を交わしたあと、今夜はもう遅いので、と、僕らはモハイニ村長の家で泊まることになった。
◇◇◇◇◇◇◇
「あれは、なかなかに優れた人物じゃの」
客室に案内されて僕ら5人だけになると、キルトさんはそう言った。
みんなが彼女を見る。
ベッドに腰かけながら、僕は聞いた。
「それって、モハイニさんのこと?」
「そうじゃ」
キルトさんは頷く。
「マールは、あのご老人が、なぜ取引などと言い出したか、わかるか?」
「……ううん」
僕は素直に、首を横に振った。
モハイニさんの言葉を鵜呑みにすれば、『トルーガ帝国の情報』の代わりに『魔物討伐』を、ということだろう。
(でも、今のキルトさんの物言いだと違うみたいだね?)
キルトさんは言う。
「あれは、わらわたちのためじゃ」
僕たちのため?
思わず、キルトさんの顔を見つめてしまう。
「わらわたちは、このまま南下をすれば、必ず、トルーガ帝国の政府と関わることになるであろう。その時に、備えさせてくれておるのじゃ」
……えっと……。
ごめんなさい、まだ意味がよくわからない。
ソルティスもわからないのか、腕組みをしながら難しい顔で考え込んでいる。
その横で、ポーちゃんも悩む姿を真似していた。
イルティミナさんが微笑みながら、
「マール? 私たちが『トルーガ帝国』からどのように見えるか、わかりますか?」
と質問してきた。
「え?」
それは……。
考える僕に、イルティミナさんは答えを口にした。
「勝手に自国の領土に入った、異国の侵入者です」
「!」
僕は、身を固くした。
キルトさんを見る。
キルトさんは、銀髪を揺らしながら頷いた。
「その通りじゃ。こちらにその意はなくとも、何の言い訳にもならぬ」
そんな……。
でも、言われてみれば、確かにそうだった。
キルトさんは言う。
「だからの、あの村長殿は、わらわたちが『トルーガ帝国』の政府と接する前に、手柄を立てさせてくれようとしたのじゃ」
「手柄……?」
「そうじゃ」
キルトさんは大きく頷く。
「自国の村を脅かす魔物を退治した功績、それにより、無断入国の罪に対して、恩赦を与えられることとなろう?」
あ……。
(そういうことか)
「仮にそこまで行かずとも、話を聞く耳ぐらいは持ってもらえよう」
そう言って、キルトさんは応接室の方を見る。
その瞳を細めて、
「そこまで考えて、あの村長殿は、わらわたちに取引を持ちかけてくれたのじゃ」
そう感謝のこもった声で告げた。
(モハイニさん……)
僕も、なんだか胸が熱くなった。
トルーガ帝国の情報をただ教えてもらっていただけだったら、僕らは帝国に話さえ聞いてもらえなかったかもしれない。少なくとも、それで文句も言えない立場だったのだ。
それに気づいて、モハイニさんは、わざわざ配慮してくれたのだ。
もしかしたら、ここまでしてもらえるのも、30年前から続くジェスさんとの友情があるからなのかもしれない。
イルティミナさんが、僕の頭を撫でる。
「ありがたいことですね、本当に」
「うん」
僕は大きく頷いた。
キルトさんは笑った。
「実際、村が困っているという側面もあろう。『黒大猿』の討伐、しっかりやろうではないか」
「うん!」
「はい」
「そうね」
「…………(コクッ)」
僕らも笑顔で頷いた。
そうして僕らは、その夜の眠りについた。
――そして翌日、僕らは『黒大猿』の討伐のために動きだした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※番外編・転生マールの冒険記は、終了まで毎日更新の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。




