287・赤光の敗走
第287話になります。
よろしくお願いします。
『廃墟の都市』の一角で、巨大な竜と全裸の美女が、天と地から睨み合っている。
僕らはそれを、少し離れて見ていた。
と、その時、
(!?)
周囲から人の気配を感じた。
慌てて振り返れば、そこにいたのは王国騎士団と冒険者団の人たちだった。
発光信号弾を見て、集まってきてくれたんだ。
「竜騎隊!?」
「おい……なんだ、あの女は?」
目前の光景に、皆が怪訝な顔をする。
気づいたキルトさんが、
「全員、それ以上は前に出るな! 『竜騎隊』の行う戦闘に巻き込まれるぞ!」
警告の声を張り上げる。
それを受けて、皆の足が止まった。
キルトさんは言う。
「あの女は、我ら『開拓団』の仲間を殺した敵性体じゃ。決して逃すわけにはいかぬ。一定の距離を保って、包囲せい!」
その言葉に、空気が引き締まった。
通りには、殺された冒険者さんの遺体が倒れたままになっている。
「わかった」
「すぐに陣を敷く!」
集まった人たちは頷いた。
各々の武器を手にして、『蛇神人』を中心に大きな円を描くように散開していく。
『…………』
その様子を、『蛇神人』は興味深そうに眺めていた。
チロッ
赤く長い蛇の舌が、妖しく唇を舐める。
その瞬間、
「どこを見てるっすか!?」
その上空に羽ばたいていたアミューケルさんが叫び、その竜が大きく口を開けた。
喉の奥が赤く光り、
ゴバァアアン
火炎放射器のような炎が吐き出された。
(うっぷ!?)
凄まじい熱波が、僕らの肌を焼く。
キルトさんが警告したように、接近していたら僕らまで丸焦げだったろう。
タンッ
その凄まじい炎を、『蛇神人』は垂直に15メードは跳躍して、回避する。
なんて跳躍力!?
アミューケルさんもギョッと驚いている。
その顔に向けて、『蛇神人』は右手を向けた――その時、
『ゴァアア!』
その後方から、別の『竜騎隊の竜』が襲いかかった。
(!)
あれは、ラーナさんだ!
気づいた『蛇神人』は、そちらへと左腕を向けた。
その左手の五指が蛇へと変わり、接近する『竜』へ噛みつこうと長く伸びていく。
あの蛇の牙には、強力な毒がある。
(噛まれたら、竜でもどうなるかわからないぞ!?)
息を呑む。
そんな僕の頭上で、『竜騎士ラーナ・シュトレイン』は鞍から立ち上がった。
片足は、金具で鞍と固定されており、ラーナさんは長剣を抜き放つと『竜』の頭部で構え、そして鋭く剣を振るった。
ザキュッ キュオンッ
接近した五指の蛇が切断された。
(なんて技量!)
不安定な足場での確かな剣技、まるで曲芸飛行だ。
そのまま立った『竜騎士』を乗せた『竜』は飛翔し、空中にいた『蛇神人』の左腕を肩から食い千切る。
ガキュン
紫の鮮血が噴きだし、空から地面へと降り注ぐ。
『ぐ……っ!』
『蛇神人』は苦痛に顔を歪めながら、近くのピラミッド型の建物の屋根に着地する。
そこ目がけて、アミューケルさんの竜が鉤爪を閃かせて、突撃した。
『蛇神人』は間一髪のタイミングで跳躍し、それを逃れていた。
ドゴォオン
凄まじい威力に建物が倒壊する。
けれど、
「甘いっすよ!」
叫んだアミューケルさんの上空を抜けるように、もう1騎の『竜騎隊の竜』が飛来して、『蛇神人』の直前で後方宙返りを行った。
(ボブさん!)
ビュオ バチィイン
ボブさんの操る『竜』の長く太い尾が、空中にいた『蛇神人』を弾き飛ばす。
小さな人型の身体は、通りの石畳にバウンドして、そのまま建物の壁面に激突した。
ゴガァン
建物が崩れ、土煙が舞い上がる。
「凄い……」
僕は思わず、呟いてしまった。
シュムリアが誇る竜騎隊3騎の連携攻撃に、さすがの『蛇神人』も防戦一方だった。
イルティミナさんや周囲の人たちも、その戦闘を感心したように見つめている。
ガラ……ッ
砂煙の向こうで、全裸の美女が立ち上がった。
左腕はなく、右腕も骨折しているようで、全身から流血の見える姿は痛々しい。
けれど、次の瞬間、
ジュルン
まるで古い服を脱ぎ去るように、負傷していた部分が剥がれて、その下から無傷の裸体が現れた。
「むっ」
キルトさんが低く唸った。
僕も呆然だ。
(あれだけの攻撃を受けたのに、ノーダメージ?)
上空を飛ぶ3人の竜騎士たちも、その姿には険しい視線を送っている。
「あは♪」
『蛇神人』は笑った。
その右腕が巨大な蛇に変わると、近くにあった5メード近い大きな瓦礫に噛みつき、それを上空へと放り投げる。
ビュオッ
「そんなもの、当たるもんっすか!」
アミュケールさんは叫び、それに応えるように竜の尾が瓦礫を粉砕する。
ドガァアン
瓦礫が砕けた。
破片が空中に散らばる。
タンッ
『蛇神人』は跳躍した。
タタンッ
その空中にある破片を足場にして、まるで空を駆け抜けるように『竜騎隊』へと肉薄していく。
(なっ!?)
なんだ、それは!?
常識外れの方法で空へと襲いかかってきた女に、3人の竜騎士も虚を突かれたようだ。
一瞬、反応が遅れた。
その遅れた瞬間に、『蛇神人』はボブさんの騎竜の目前に届いていた。
「くっ!」
ボブさんが抜剣して、斬りかかる。
それを易々と回避して、
ガブッ
右腕の巨大蛇が、竜の首に噛みつく。
『グギ……ッ!』
竜が苦悶の声をあげた。
そのまま、バランスを失って、地上へと落下していく。
ドゴッ ドドォオン
巨大な竜が、ピラミッド型の建物を幾つも破壊しながら、墜落した。
「ボブ!?」
「ちょっと、ボブゥ!?」
アミューケルさん、ラーナさんも愕然だ。
僕らの位置からは、建物が邪魔になっていて、墜落地点は見えていない。
ただ、土煙だけが広がっている。
「あの『竜騎隊』を落としたか!」
キルトさんさえも、驚きの声をあげている。
地上を包囲していた僕らも、空の上を行かれてはどうしようもない。
急いで、落下地点に向かう。
と、
ゴバァアアン
凄まじい炎が建物の隙間から吹き上がった。
(わっ!?)
熱波に吹き飛ばされて、僕らはひっくり返った。
「うおおっ!?」
「きゃあ!?」
そばにいた王国騎士さんや冒険者さんたちも、同じような有り様だ。
な、なんだ?
慌てて顔をあげれば、炎を吐きながら、空へと上昇しようとするボブさんと『竜』の姿がある。
竜の胴体には、長い蛇が巻きついていた。
『蛇神人』の右腕だ。
その両足も蛇に変わっていて、地上の建物にも絡みつき、ボブさんたちを上空へと行かせないように拘束している。
そうして、左手の五指の蛇たちが竜騎士に襲いかかっていた。
シュオッ ザシュッ
ボブさんは剣を抜き、蛇を斬り裂いていく。
けれど、斬った先から『脱皮』で再生されて、キリがない状況だ。
ズズゥン
また地上に落ちた。
そして、再び上空へと舞い上がる。
一進一退の攻防だ。
アミューケルさんとラーナさんも、仲間の『竜騎隊』を助けようと接近するけれど、『蛇神人』があまりにボブさんたちに近すぎて、攻撃できないようだった。
その攻防は、僕らから遠ざかる。
(ま、待って!)
タッ タッ タッ
僕らも必死に追いかけるけれど、障害物となる建物が多すぎて追いつけない。
遠くの街で、瓦礫と土煙がまた上がった。
その上空では、2頭の竜が炎を拭いたり、必死に援護をしているようだ。
けれど、その援護の動きが突然止まった。
ラーナさんの竜が、こちらへと戻ってくる。
アミューケルさんの竜は、その戦闘地点の上空で2周ほど旋回して、それから、こちらへと飛翔してきた。
直後、
ヒュルル シュパァアン
上空から2頭の『竜』の去った地上から、発光信号弾が上がった。
その光の色は、赤だ。
(……は?)
僕らは、茫然となった。
その光の意味は、危険を知らせるためのもの。
自らの生存を諦め、近くの同胞に『ここには来るな』と知らせるための最後の合図だった。
「キ、キルトさん?」
僕は、隣の『金印の魔狩人』を見上げた。
彼女は、黄金の瞳を鋭く細めている。
やがて、
「……引くぞ」
キルトさんは、低い声で告げた。
「撤退じゃ! 全員、この戦闘区域から離脱せい!」
僕だけでなく、周囲にいる王国騎士団や冒険者団にも伝えるための大きな声で、キルトさんはそう指示を出したんだ。
皆、沈黙する。
けれど、すぐに頷き、身を翻して後方へと走りだした。
(え? え?)
僕は戸惑うように、その光景とキルトさんを交互に見る。
「ほ、本当に?」
「…………」
「で、でもだって……!」
ガッ ガガァアン
信号弾の上がった地点では、今も戦っているだろう音が響き、土煙が空に上がっている。
「ボブさん、まだ戦っているよ!?」
キルトさんは唇を噛み締める。
それから言った。
「あれは、わらわたちが撤退するための時間を稼ぐため、決死の抵抗を続けているのじゃろう」
「……時間、稼ぎ?」
「その覚悟を無駄にしてはならぬ」
それは、拒絶を許さぬ強い声だ。
(そんな……)
僕はもう一度、ボブさんのいる方を見た。
だって、ボブさんとは今朝あったばかりで、会話も交わしたばかりで……。
その時、
バササッ
ボロボロになった翼を羽ばたかせながら、ボブさんの竜が土煙の向こうに飛びあがった。
(ボブさん!)
竜の全身には傷があり、鱗が剥がれて、大量の血液が流れていた。
その口が開き、炎を吹く。
ゴバァアアン
土煙の中が赤く染まった。
その赤い輝きの中で、巨大な何かが蠢いた。
(!?)
蛇の胴体だ。
それは土煙を突き抜けて、ボブさんの乗る飛竜へと襲いかかった。
大きい!
その蛇の頭部は、30メードほどもあり、その開かれた口は、翼を広げた竜さえも丸飲みにできるサイズだった。
バキュッ
それが、必死に回避しようとした竜の片翼を噛み千切る。
「あ!」
飛べなくなった竜は、回転しながら落下する。
ボブさんは、必死に手綱を引いていた。
そんな竜騎士と竜めがけて、片翼を噛み千切った巨大な蛇は、大きく口を開き、再びすくい上げるようにして飛びかかった。
竜が炎を浴びせかけるが、関係ない。
バクンッ
大蛇は、その炎を吐く竜とボブさんをその口内に収めた。
「……あ、あ」
僕の口から、声にならない声が漏れた。
大蛇の喉が大きく膨らみ、下方へと動いていく。
「マール」
グッ
力の入らなくなった僕を、イルティミナさんが抱え上げる。
キルトさんは頷いた。
「引くぞ」
その声で、みんな、走りだした。
イルティミナさんの腕の中で、僕の青い瞳は、涙を滲ませながら、建物を破壊しながら動く巨大な蛇を睨みつけた。
『蛇神人』という名の怪物は、『廃墟の都市』の赤い光の中で、悠然と巨大な頭部を天へと向けていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




