274・守られてばかり
第274話になります。
よろしくお願いします。
僕ら5人は、一度、『大湿原・拠点』へと戻ることにした。
情報を持ち帰るためだ。
拠点に戻ると、驚いたことに探索に出ていた人員の4割、およそ100人ほどが帰ってきていた。
みんな、あの『泥の怪物』に遭遇したらしい。
皆、倒すことができず、こうして一時撤退をしたそうなんだ。
「倒し方がわかったぞ」
拠点本部である天幕に向かうと、キルトさんは開口一番、そう言った。
「本当か!?」
「うむ、このマールのおかげでの」
ポンッ
驚くロベルト将軍の前で、キルトさんは僕の肩を叩く。
皆の視線が集まる。
(ち、ちょっと照れ臭いな)
レイドルさんやアーゼさんの感心した視線がくすぐったい。
僕はポケットから、ひび割れた黒い石を取り出し、
「これが弱点です」
そして、あの『泥の怪物』の倒し方を伝えた。
…………。
…………。
…………。
「なるほど。それが魔物の核か」
全てを聞き終え、ロベルト将軍は頷いた。
レイドルさんは、白いマントを翻して、天幕を出ていこうとする。
「俺たち『竜騎隊』は、すぐに湿原に向かおう。今も戦っている者たちの援護と、この倒し方を伝えに飛ぶ」
「頼む」
「あぁ、任せろ」
出入り口の布を揺らして、彼は姿を消した。
アーゼさんは微笑んだ。
「さすが『神狗』殿。見事な機知ですな」
褒められると恥ずかしい。
(たまたま、わかっただけだしね)
倒し方の説明をしていたからか、ふと気がつけば、外はもう夕暮れだった。
「ふむ」
キルトさんは、今日の探索はここまでにして、また明日、出直すことを提案する。
僕らに異論はなかった。
そして、今日の僕らの探索は終わった。
◇◇◇◇◇◇◇
夜、夕食の食べ終わった僕らは、簡易テントの中で談笑をしていた。
そんな中、ソルティスは1人、部屋の隅で手に入れた『黒い石』を調べていた。
眼鏡を外して、難しい顔をする。
「何かわかった?」
その表情が気になって、僕は、そう声をかけた。
みんなの視線も集まる。
ソルティスは僕を見たあと、目元を指で軽く揉む。
「ん~、まぁね」
と答えた。
「あの『泥の怪物』は、これが『核』となった『魔法の人形』、つまり、ゴーレムなのね」
「うん」
「つまり、人為的な存在なのよ」
人為的な存在?
「つまり、誰かが作ったってこと」
キョトンとなる僕に、ソルティスはそう言葉を重ねた。
(誰か……)
僕は戸惑う。
「誰かって誰?」
「さぁ?」
ソルティスは、小さな肩を竦めた。
それから、手にした『黒い石』をランタンへとかざした。
艶々した表面が光る。
そこには、たくさんの幾何学模様が刻まれている。
「ここに刻まれているのは、タナトス魔法文字だわ」
「うん」
「だけど、違う文字も含まれてる。こんな術式、見たことないの。ううん、きっとこれはタナトス魔法とは、根本から違う系統の魔法式だわ」
根本から違う?
みんなの表情には、困惑が滲んでいた。
「それ、どういう意味?」
「そのままよ」
少女は言う。
少しだけ難しい顔をして、
「つまり、この『黒い石』は、古代タナトス魔法王朝とは違う文明の魔法技術で作られている」
そう告げた。
古代タナトス魔法王朝とは違う文明……?
…………。
その意味が少しずつ、僕の頭に沁み込んでくる。
ソルティスは頬杖を突き、ため息をこぼした。
黒い石を見つめて、
「もしかしたら、タナトス魔法より上の魔法技術かも……。この暗黒大陸には、いったい、どんな文明が存在していたのかしら?」
そう呟く。
未知の文明。
ソルティスの言葉は、僕らの知るタナトス文明とは違う文明が、この大陸では栄えていた可能性だった。
(うわ、鳥肌が立ったよ)
キルトさんとイルティミナさんも、驚いたように顔を見合わせている。
ポーちゃんだけは、いつも通りだ。
少女は『黒い石』を見つめながら、
「遥かな昔、未知の文明が作ったゴーレム、それがあの『泥の怪物』の正体」
「…………」
「この先、他にも色々と出てくるかもね、未知の文明の脅威が」
そう言うと、彼女は、僕の手のひらへと『黒い石』を押しつける。
「ほい、返したわよ」
そして彼女は立ち上がると、
「イルナ姉、私にもお茶ちょうだい~。なんか、喉乾いちゃったわ~」
と、姉たちの方に行ってしまった。
…………。
僕の手に残された『黒い石』。
今までは、ただ魔物の弱点ぐらいにしか思ってなかったのに、今では妙に重く感じていた。
未知の文明に、未知の大陸。
そして、未知の魔物。
僕は、天井に取り付けられたランタンを見上げて、
「はぁぁ」
さっきのソルティスみたいに、大きくため息をこぼした。
◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、僕は肌寒さに、ふと目を覚ました。
あれ……?
(イルティミナさんがいない)
同じベッドに、彼女の姿がなかった。
僕を抱き枕にしていた彼女の温もりがなくて、肌寒さを感じたのか。
(トイレかな?)
そう思ったけれど、よく見たら、キルトさんのベッドも空だった。
いるのは、ソルティス、ポーちゃんだけ。
(はて……?)
なんだか気になった僕は、ベッドから起き上がった。
簡易テントの中には、彼女たちの姿はなくて、テントの外に出る。
う……寒い。
早朝の冷たい風が、肌を刺す。
空が曇っていて、太陽が隠れているからかもしれない。
拠点内には、たくさんの簡易テントが並んでいる。
その周囲には、鉄柵が構えられ、所々に篝火が灯されている。
また出入り口には、見張りの神殿騎士たちが5人ほど立っていた。
「…………」
キョロキョロ
それ以外に、人の姿はない。
もしかしたら、本部の天幕の中にいるのかな?
そう思った時、
「――話とは何ですか?」
僕の耳は、その大好きな人の声を捉えた。
(……後ろだ)
ちょうど、僕らのテントの裏側で、鉄柵との間の薄暗い空間のようだった。
足音を忍ばせ、そちらに向かう。
――いた。
2人のお姉さんが、暗がりの中で向き合っている。
キルトさんは頷いて、
「うむ。そなたには伝えておこうと思ってな」
「何をです?」
イルティミナさんは、怪訝そうに眉をひそめた。
しばしの沈黙。
そして、キルトさんが口を開いた。
「昨日の探索のことじゃ。王国騎士2名が、あの『泥の怪物』に捕らえられ、沼へと引きずり込まれたそうじゃ」
(!)
僕は息を呑んだ。
「救出は?」
「…………」
キルトさんは、無言で首を横に振る。
「……そうですか」
イルティミナさんも吐息をこぼした。
キルトさんは腰に片手を当て、重そうにまぶたを閉じる。
すぐに開いて、
「マールたちには、まだ伝えるな」
と言った。
「技量はあるが、まだ心は子供じゃ」
「…………」
「時期を見て、わらわの方から伝える。それまで、今回、犠牲が出た事実は黙っていてくれ」
イルティミナさんは瞳を伏せ、
「わかりました」
と頷いた。
…………。
僕は、足音を忍ばせながら、簡易テントへと戻った。
ベッドに横になる。
「…………」
犠牲、出てたんだ……。
わかってる、この大陸の探索は危険なんだって。
……わかってる。
……わかってる……けど。
ギュッ
まぶたをきつく閉じて、毛布を頭から被った。
それからしばらく、僕の頭の中から、キルトさんたちの会話は消えなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
眠ることなく、出発の時を迎えた。
簡易テントの中で、装備や荷物を整える。
キルトさんとイルティミナさんは、すでに準備を終えて、テントの外で今日の進路などを話し合っていた。
僕は、まだ準備中だ。
「ちょっと、まだやってるの? 早くしなさいよ」
もたつく僕に、ソルティスが両手を腰に当てながら、文句を言う。
…………。
僕は、ふと彼女を見上げた。
「ねぇ、ソルティス?」
「なによ」
「…………。僕らって、もう14歳なんだよね」
少女は、眉をひそめた。
「それがどうしたのよ?」
「ううん」
僕は首を振った。
目の前にあるリュックに視線を落として、
「ただ、1年後には成人しているのに、今の僕らは守られてばかりで何もできないな……って思ってさ」
と呟いた。
ソルティスは、目を丸くした。
少し離れたところから、ポーちゃんは何も言わずに僕らを見ている。
「急にどうしたの?」
怪訝そうに問う少女。
僕は息を吐いた。
「……ん、なんとなく、ふとそう思っただけ」
「…………。そう」
ソルティスは、なんだか納得していない顔だった。
それから、紫色の柔らかそうな髪を手でかいて、
「ま、誰だって、できることしかできないわよ。そんなの、イルナ姉だって同じでしょ?」
と言った。
僕は、少女の顔を見上げる。
彼女は唇を尖らせたまま、そっぽを向いていた。
…………。
「あ~、もう。先行くわよ?」
「あ、待ってよ」
歩きだす少女に、僕は慌ててリュックを背負い、追いかけた。
その後ろにポーちゃんも続く。
簡易テントを出る。
「お、来たの」
キルトさんが笑った。
隣でイルティミナさんも微笑んでいる。
僕らを心配して、色んなものから守ってくれるお姉さんたちだ。
…………。
「お待たせ」
僕は言った。
2人は頷き、
「では、行くぞ」
キルトさんは、いつもの声で言った。
――そうして僕ら5人は、再び『大湿原』へと向かった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




