273・黒石の魔核
第273話になります。
よろしくお願いします。
泥でできた人形のような魔物が、ゆっくりと近づいてくる。
僕らは、その前進に合わせて、後方へと下がった。
と、その時、
トン
背中側にいたポーちゃんが足を止めていて、僕とぶつかってしまった。
(ポーちゃん?)
どうしたのかと振り向く。
けれど、彼女はこちらを見ておらず、逆方向にある沼を見ていた。
(え……?)
コポポッ
その水面に気泡が浮かび、泥が集まっていた。
新たな『泥の怪物』が姿を現す。
いや、そいつだけではない。
周辺にある沼から、2体、3体と次々に新しい『泥の怪物』が生まれていた。
他のみんなも、それに気づく。
合計7体。
それだけの『泥の怪物』が、僕らの周りから近づいてくる。
「ど、どうするの!?」
大杖を構えたソルティスが、焦ったように言う。
剣でも魔法でも倒せない、まさに不死身の泥人形たちだ。
キルトさんも「ぬぅ」と唸る。
泥でできているからか、思ったよりも奴らの動きは遅い。
多分、逃げようと思えば逃げられるだろう。
(でも、それでいいの?)
僕らはこの先、10日間ほどをかけて『大湿原』を抜ける予定なんだ。
その間、『泥の怪物』とは、また何度も遭遇するはずだ。
何十、何百、あるいは、1000体以上……それらの魔物たちから、ずっと逃げ続けることになってしまう。
そんなの不可能だ。
数の暴力で、いつかは逃げ場を失う。
…………。
(ここで、奴らを倒さないと!)
ギュッ
僕は、剣の柄を強く握った。
「もう一度、試してみる!」
僕は叫んで、『泥の怪物』の1体へと襲いかかった。
「マール!?」
イルティミナさんの驚いた声を背中に、『妖精の剣』を振り被り、魔物のずんぐりした胴体部分を斜めに斬り裂く。
ガヒュッ
まるで粘土を斬ったような手応え。
それでも、刃は間違いなく貫通した。
生物ならば、致命傷だ。
でも、
「!」
『泥の怪物』は動きを止めることもなく、僕へと泥水を滴らせる両腕を伸ばしてきた。
(かわせ!)
慌てて、後方に下がる。
その足が、ぬかるんだ土に滑ってしまった。
「あ」
動きが止まる。
気づいた時には、僕は、その『泥の怪物』に正面から抱き着かれていた。
バシャッ
(がぼっ!?)
顔面が、魔物の胴体部分の泥に押しつけられる。
い、息ができない!
バタバタと、必死に暴れた。
魔物の身体を手で押そうとしても、泥の中に手が沈んでいくだけだし、『妖精の剣』を突き立てても、僕を拘束する力は緩まない。
(ま、まずい……っ)
酸欠で頭の中が白くなっていく。
その時、
ザキュン
「私のマールに何をする!」
イルティミナさんの怒りの声が響き、拘束する力が消えた。
襟を掴まれ、後方に引き出される。
プハッ
(い、息が吸える……!)
見れば、イルティミナさんの白い槍が『泥の怪物』の両腕を切断し、僕を引き摺りだしていた。
「大丈夫ですか、マール?」
「あ、ありがと」
彼女の腕の中で、お礼を言う。
イルティミナさんは、本当にホッとした顔になる。
けれど、状況は変わっていなかった。
『泥の怪物』の切断された両腕は再生し、また僕らの方へと近づいてきていたんだ。
僕を背中に庇うようにしながら、白い槍を構えるイルティミナさん。
キルトさんは、大きく息を吐いた。
「逃げるぞ」
(え……!?)
「このままではどうしようもない。一度、体勢を立て直す。わらわが道を切り開く。全員、ついて来い」
そう言いながら、『雷の大剣』を構える。
僕は、歯を食い縛る。
イルティミナさんは宥めるように、そんな僕の髪を白い手で撫でた。
「よし、行くぞ」
言いながら、キルトさんが走りだす。
僕ら4人も、あとに続いた。
進路上に、『泥の怪物』のずんぐりした巨体が立ち塞がる。
「鬼剣・雷光斬!」
バヂィイン
青い雷光を迸らせる大剣の刃が、泥の肉体に食い込み、放電を起こした。
水分が沸騰したのか、『泥の怪物』の腹部が風船みたいに膨張する。
ドパァアン
数瞬の間を置いて、破裂した。
(……ん?)
その時、飛び散る泥の中に、僕は何かを見た気がした。
……今のは?
けれど、考えている間にも、破裂した泥人形は、すぐに周囲の泥水を吸い上げて、その巨体を再生させていく。
「チッ」
キルトさんが舌打ちする。
「このまま走り抜けよ!」
すぐに、そう叫ぶ。
僕らは、再生途中の魔物の真横を、足元の泥水を散らしながら必死に走った。
ガポッ ガポン
そんな僕らへと、別の『泥の怪物』が迫ってくる。
「ポォオオ!」
ポーちゃんが癖のある金髪をなびかせて、その巨体の懐に飛び込み、小さな両手を泥の腹部へと押し当てた。
両手が『神気』で白く光る。
ドパァアン
腹部が破裂した。
青い空を背景に、茶色い泥たちが舞い散っていく。
(あ……)
そこに僕は、今度こそ見た。
思わず、逃げる足を止めてしまう。
「マール!?」
イルティミナさんも驚いたように立ち止まり、こちらを振り返った。
「何をしている!?」
「ちょっと、マール!?」
キルトさんとソルティスも、驚いた声だ。
僕は、必死に言った。
「お願い! もう一度だけ、あの魔物を破裂させて!」
◇◇◇◇◇◇◇
みんな、怪訝な顔をした。
理由も告げていないんだから、当然だ。
でも、イルティミナさんだけは何も聞かずに、すぐに頷いてくれた。
「わかりました」
そう言いながら、白い槍を逆手に構える。
キルトさん、ソルティスは驚いた顔だ。
それを横目に、イルティミナさんは槍を大きく振り被って、
「シィッ!」
10メードの至近距離から、『泥の怪物』めがけて必殺の投擲を繰り出した。
キュボドパァン
爆散!
その爆風に青い瞳を細めながら、僕は、飛び散る泥へと意識を集中する。
「!」
あれだ!
飛び散る泥の中に、直径3センチほどの『黒く光る石』があった。
泥の肉体の中で、明らかな異物。
僕の右手は、腰ベルトに差してあった投擲用のナイフを抜いていた。
それを構え、
「やっ!」
ヒュオッ
狙いをつけて鋭く投げた。
ガチィン
投げられたナイフは、見事に『黒く光る石』に命中し、甲高い音を響かせる。
石の表面がひび割れた。
そこから、白い光が溢れ出し、蒸気のように大気へと散っていく。
「え……?」
「何じゃと」
「…………」
ソルティス、キルトさん、ポーちゃんが唖然とする中、再生しようとしていた泥の塊が動きを止め、そのまま地面の上に崩れてしまった。
(やっぱりだ)
僕は、自分の予想が当たっていたことに安堵と喜びを覚える。
「これはいったい?」
イルティミナさんも驚き、僕へと視線を送ってくる。
僕は、ひび割れた黒い石を拾った。
黒曜石のような、艶々と輝く石だ。
その表面には、タナトス魔法文字のような幾何学模様が幾つも刻まれている。
「それは?」
イルティミナさんの言葉に、僕は答えた。
「多分、魔物の『核』だよ」
ここに秘められた魔法の力が、あの『泥の怪物』を生み出していたんだ。
だから、この『核』を壊したから『泥の怪物』も壊れた。
僕の説明に、4人とも驚いていた。
ソルティスが唖然と言う。
「アンタ、よくそんなものが見えたわね」
「たまたまね」
最初は、本当に偶然、目に入ったんだ。
だから、2度目からは、目を凝らして探して、それをしっかりと確認した。
キルトさんは頷いた。
「なるほどの」
それから、こちらへと近づいてくる、残った6体の泥の魔物へと『雷の大剣』を構える。
「ようやった、マール。タネさえわかれば、対処の仕様もある。あとは任せるが良い」
そう言って、獰猛な笑みを浮かべる。
(うわ……っ)
ちょっとゾクッとした。
次の瞬間、キルトさんは低い姿勢から、まるで肉食獣のように『泥の怪物』たちへと肉薄した。
「鬼剣・雷光連斬!」
鋭い叫び。
同時に、青い雷が大気へと放出される。
バヂッ バヂヂィン
世界が青く染まると同時に、泥でできた6つの巨体が空中へと弾け飛んだ。
(あ……)
舞い上がった大量の泥に中に、『黒く光る石』が6つ見えた。
瞬間、
「ぬん!」
カカッ
巨大な大剣の刃が、正確無比に『黒く光る石』を切断した。
ボタッ ボタタッ
空中に飛んでいた泥の塊たちは、そのまま『大湿原』の地面へと落下する。
もはや再生することもない。
(さすが、キルトさんだ)
弱点さえ把握してしまえば、あの『泥の怪物』たちもまるで相手にならない。
「ふむ」
魔物が動かぬことを確認して、彼女は銀髪を揺らし、大きく頷いた。
と、ソルティスが地面に落ちていた、砕けた『黒く光る石』を拾い上げた。
「ふ~ん?」
その黒い表面を眺めて、
「タナトス魔法文字だけど、今まで見たことのない術式ね。どういう原理になってるのかしら? ちょっと興味深いわ」
なんて瞳をランランと輝かせた。
(あはは……)
さすが、知的好奇心旺盛少女。
直前まで自分たちを殺そうとした魔法でさえも、即、興味の対象になるんだね。
半ば感心、半ば呆れていると、イルティミナさんの白い手が、僕の髪を撫でた。
「お手柄でしたね、マール」
優しい微笑み。
僕は思わず、彼女の顔を見つめる。
「うん」
それから笑った。
『大湿原』に現れた『不死の人形』を、僕らは撃退することに成功したんだ。
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※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




