268・朽ちた村
第268話になります。
よろしくお願いします。
緑色の発光信号弾が上がった地点へと、僕らは森を急いだ。
距離は約500メード。
足元の草木を散らしながら、木々の間を通り抜けていく。
(あ……!)
やがて、前方の木々の中に、人影が見えた。
数は5人。
全員、冒険者さんだ。
「お? 鬼姫か」
「こっちだ。来てくれ」
こちらに気づいて、手を上げてくる。
どうやら、信号弾を見て駆けつけたのは、僕らが最初みたいだ。
「どうした? 何があった?」
キルトさんが問う。
彼らは、森の奥の方を指差した。
「説明するよりは、見てもらった方が早いな。来てくれ」
促されて、共に奥へと向かった。
すると、森の木々が突然、途切れた。
「!」
そこにあったのは、木造の建物だ。
1つや2つではない。
10以上の建物が、開けた土地に密集している。
これは……、
「村?」
僕は呟いた。
建物は、かなり古いらしくて、壊れている物も多かった。
敷地内の草木も伸びている。
(もしかして、この大陸の現地人の暮らしていた痕跡かな?)
なんて僕は思ったけれど、
「これを」
発見した冒険者の1人が、布のような物をキルトさんに差し出した。
「村の入り口で発見したんだ」
「む……」
キルトさんが眉をひそめる。
その布を見つめて、それから改めて、朽ちた村を見回した。
「……そういうことか」
何かに納得したように呟く。
(???)
「キルト?」
イルティミナさんも問いかけるように声をかける。
キルトさんは、無言で手にしていた布を、イルティミナさんに渡した。
ボロボロの布だ。
破れたり、穴が開いていたりする。
イルティミナさんは、それを僕らの前で広げた。
「……え?」
そこには、4つ手の女性のような絵が刺繍されていた。
女神シュリアンの国章。
(これって……シュムリアの国旗だ)
そう気づいた。
イルティミナさんとソルティスも気づく。
「ど、どういうこと?」
少女は戸惑いの声をあげた。
イルティミナさんは少し考えてから、
「なるほど。つまり、この村には『シュムリアの人々』が暮らしていたということですね」
と言った。
(…………)
それって、
「もしかして、過去の『開拓団』のこと?」
僕は訊ねた。
キルトさんは頷いた。
「恐らくな。過去にシュムリアより派遣された『開拓団』の人々が、この村を造ったということであろう」
そうなんだ……。
思わず、僕も村を見回してしまう。
朽ちた建物。
暮らしている人々の姿は、当然ない。
…………。
なんだか空気が冷えた気がする。
キルトさんは息を吐く。
「よし、もう少し中を調べてみるぞ」
「あ、うん」
「はい」
「わかったわ」
「…………(コクッ)」
そうして僕らは、この朽ちた村の中へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
発光信号弾を見て集まった人々は、30人ほどだった。
みんなで手分けをして、村を探索する。
そして、
「ここにいたのは、どうやら『第3次開拓団』のようじゃな」
ということが、遺物などからわかった。
『第3次開拓団』というと、今から30年以上前に暗黒大陸へと派遣された『開拓団』だ。
(じゃあ、ここは30年ぐらい前の村か)
建物も壊れるわけだね。
「いえ、壊れているのは、元々の造り方が甘かったからでしょう」
「え?」
イルティミナさんは、建物の外壁に触れながら、
「簡易的な構造です。どうやら長期間の滞在が目的ではなく、一時的な住居としていたようですね」
と言う。
(一時的……?)
首をかしげる僕。
「当時の『開拓団』は、探索して拠点を造りながら、奥へ奥へと移動していったのだと思います」
あ、なるほど。
つまり、そうやって開拓範囲を広げていったんだ。
「じゃあ、この先も同じような拠点が見つかるのかもしれないね」
「はい」
理解した僕に、イルティミナさんも微笑んだ。
と、そこにキルトさん、ソルティス、ポーちゃんの3人がやって来た。
(?)
ポーちゃん以外、なんだか浮かない顔だ。
「どうしたの?」
僕の問いに、ソルティスが答えた。
「村の周囲を、塀が囲んでいたのよ」
「塀?」
「そう。それも削って尖った丸太を、外側に向けてね」
……それって、
「しかも、一部には、壊された跡もあっての」
とキルトさん。
その意味はつまり、この村には『外敵』がいたってこと。
「そうですか……」
イルティミナさんも白い美貌をかすかにしかめている。
「それとの」
キルトさんは続けた。
「村の奥で、墓場のような場所も見つけた」
「!」
息が詰まった。
そこに、当時の『開拓団』の人たちが眠っている。
わかっていた事実のはずなのに、改めて、それを示す事柄が出てくると、心に重く響いた。
しばらく、場を沈黙が支配する。
やがて、
「一度、『砂浜の拠点』に戻ろう。ロベルト将軍やアーゼたちにも、わかったことを知らせねばならぬ」
キルトさんの言葉に、僕らは頷いた。
朽ちた村を見つめる。
すぐに視線を外して、僕らは、村を出るための準備を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇
夕日が、海と砂浜を赤く染めている。
地図に『朽ちた村』の座標を記して、僕らは『砂浜の拠点』に帰還していた。
キルトさんは報告のために本部へ行き、僕ら4人は、簡易テントの中で身を休めている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
4人とも、何も喋らない。
イルティミナさんの手は、なんとなく目の前にいる僕の髪を撫でていた。
と、
「待たせたの」
キルトさんがテント内に帰ってきた。
「おかえり」
「うむ」
言いながら、ベッドに腰を下ろす。
「今日の代表会議で、幾つか、決まったことがあるぞ」
と、キルトさんは言った。
まず、僕らが見つけた『朽ちた村』だけれど、
「明日、そこを新たな拠点として再整備することが決まった」
とのことだ。
かつての『第3次開拓団』のように、奥へと拠点を造りながら探索を進めていく予定らしい。
またそれ以外に、
「王国騎士団の方で、川まで辿り着いた部隊もあっての」
それで、川の状況もわかった。
川幅は、最大約200メード。
中央付近は、かなり流れが急らしく、大型の水生生物もいて、歩いて渡河するのは難しいそうだ。
「そこで、拠点作りと並行して、『吊り橋』を設置する予定じゃ」
となった。
(吊り橋かぁ)
なんだか大変そうだね。
「明日は、この2つに従事する。わかったの」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
「…………(コクッ)」
キルトさんの言葉に、僕らは頷いた。
その日は、そのまま夕食を食べて、すぐに就寝となった。
そして翌日。
僕らは、再び『朽ちた村』を訪れた。
拠点としての再整備のためだ。
『吊り橋』の方は、王国騎士団が担当してくれることになった。
ということで、僕らは、村の拠点整備を進める。
敷地内の雑草を刈り、再利用できそうな建物は修復し、駄目そうなら完全に壊して撤去する。
お墓には手を合わせ、花を供えた。
(どうか、見守っててください)
そう祈った。
作業には、丸々1日かかった。
それでも、なんとか拠点として完成させることができて、ホッとした。
「疲れた~」
夜、ソルティスは速攻で、ベッドに飛び込んだ。
でも、木の家だ。
簡易テントよりも丈夫で、なんだか頼もしい感じがする。
僕も安心感と共に、ベッドに倒れ込んだ。
と、
「吊り橋の方はどうですか?」
イルティミナさんが、キルトさんに訊ねる声がした。
耳だけに意識を送る。
「問題ない。無事に、3本がかけられたそうじゃ」
「そうですか」
わぁ、よかった。
目を閉じたまま、僕も喜ぶ。
「明日は、川向こうの森を探索する。そなたも早めに休んで、備えるがよい」
「わかりました」
答える声。
そして、
ギシッ
同じベッドにイルティミナさんが乗った気配がする。
温かな体温、甘やかな匂いが近くに感じる。
あ、髪が撫でられた。
「ん……マール」
吐息のような声がして、背中から抱きしめられた。
いつもの抱き枕。
「灯りを消すぞ」
苦笑したようなキルトさんの声。
ほぼ同時に、まぶたの奥が暗くなった。
イルティミナさんの匂いと温もりに包まれたまま、暗黒大陸での3日目の夜は過ぎていった――。
◇◇◇◇◇◇◇
4日目の朝、僕らは『朽ちた村・拠点』を出発した。
10分ほど森を進むと、
(あ……水の匂いだ)
僕の嗅覚がそれを捉えた。
それからほどなくして、僕らの歩みは、川へと突き当たった。
対岸までは、かなり距離がある。
川原に近いところは、流れは緩やかだけれど、中央付近には白波が立っているほど水流に勢いがあった。
その川を飛び越えて、『吊り橋』が架けられていた。
ワイヤーと木材で造られていて、かなり頑丈そうだ。
視線を送れば、500メードほど下流にも、同じような『吊り橋』が見えている。
ここからは川が蛇行していて見えないけれど、更に500メード下流にもう1本、『吊り橋』があるそうだ。
合計3本の『吊り橋』。
ここを渡って、今日の僕らは、川向こうの森の探索を行う予定なんだ。
「よし、行くぞ」
キルトさんの号令で、『吊り橋』に足をかける。
(わっ?)
結構、揺れる。
同時に、他の冒険者の人たちも10人ぐらい渡っているから、余計に揺れているみたいだ。
「ゆっくりでいいですよ。慎重に」
イルティミナさんが優しく声をかけてくれる。
う、うん。
しっかりとワイヤーに手をかけながら、1歩1歩進んでいく。
中央付近まで来ると、足元の川は、かなりの急流となっていた。
その水の中に、体長1~2メードほどの魚影が見える。
(……怖っ)
落ちたら、食べられてしまうのかな?
その想像にブルッと身を震わせて、それから僕は、前だけを見ながら進んだ。
やがて、無事に『吊り橋』を通過だ。
(ふぅぅ)
ホッと一息。
見れば、ソルティスも胸を押さえて、大きく息を吐いていた。
視線が合って、苦笑し合う。
キルトさんは太陽を見上げていた。
「よし、ここから、わらわたちは南西方面へと向かう」
と宣言。
どうやら太陽で位置を確認していたみたいだ。
ちなみに、暗黒大陸は南半球にあるようなので、アルバック大陸とは南北が逆になるので要注意だ。
「ではの」
他の冒険者たちに軽く挨拶して、僕らはそれぞれのルートに分かれて森へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
僕らの前には、川を渡る前と同じような森の景色が広がっていた。
森の木々。
足元には草花。
木々の向こうには、峻険な山脈が遠くに見え、更に高く青い空が広がっている。
ザッ ザッ
僕ら5人は、その景色の中を歩いていく。
(…………)
代わり映えのない世界だ。
「ここ、本当に魔物とかいるのかな?」
つい、呟いた。
だって、あまりに平和すぎるんだもの。
と、
「いる」
先頭を歩くキルトさんが、そう断言した。
「この世界の全ての土地は、人、動物、魔物、それらの生態系で成り立っている」
「…………」
「今、わらわたちのいる場所も、何者かの縄張りじゃ。そして、わらわたちは、それを犯す侵入者じゃ」
声は固く、鉄のようだ。
冷然とした言葉に、僕は息を呑む。
「油断するな、マール」
「…………」
「奴らは必ず、わらわたちの動向を見ている。向こうがその気になった時、すぐに動けるように心構えだけは忘れるでない」
それは師匠の声。
僕は、
「はい」
と、いつもの稽古の時のように返事をしていた。
(気が緩んでたね、僕)
ちょっと反省だ。
と、その時、
ザッ
急にポーちゃんが立ち止まった。
(え?)
僕ら全体の歩みも止まる。
「どうしたの、ポー?」
幼女のすぐ後ろのソルティスが問う。
ポーちゃんは答えない。
吹く風に、柔らかそうな癖のある金髪が揺れる。
と、その細い腕が持ち上がった。
「あっち」
と斜め前方を指で示す。
(???)
視線を送るけれど、そこにあるのは、やはり特に何もない森の景色だ。
でも、
「向こうに、何かがいる」
ポーちゃんは、はっきりと口にした。
…………。
僕らは全員、武器に手を添えた。
目に見える状況よりも、仲間であるポーちゃんの言葉を信じたんだ。
(どこだ?)
どこにいる?
視線を走らせる。
小さな異変1つでも、見逃さないように。
と、
ギギン……
「!」
ポーちゃんの示した方向の遠くから、金属同士のぶつかるような音がした。
今のは、
「戦闘音じゃ」
キルトさんが黄金の瞳を細めた。
「向こうで、何者かが戦っているの」
何者かって、冒険者団と王国騎士団以外には考えられない。
つまり、
(魔物!?)
「キルトさん!」
僕の声に、彼女は頷いた。
「皆、援護に向かうぞ。心身共に、戦闘に備えよ」
「うん!」
「はい」
「えぇ」
「…………(コクッ)」
僕らは武器を手にして、音の聞こえた方へ、森の中を駆けだした。
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※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




