259・陰影の闇より
今話は、次話との区切りを考えて、文字数が少し控えめです。
どうかお許し下さいね。
それでは、第259話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
『第5次開拓団』が王都ムーリアを出発して、10日間が経った。
目的地は、王国最南端の港町ウェルカ。
到着までは、およそ2~3週間の予定となっている。
現在は、目的地までちょうど半分の距離となるパーガニアという街にやって来たところなんだ。
「わぁ、大きな街だね!」
僕は、思わず歓声をあげる。
竜車から降りた先にあったのは、王都ムーリアほどではないけれど、それぐらい発展した巨大都市だったんだ。
城壁も大きい。
(30メード以上あるかな?)
壁の近くの家では、日当たりがとても悪そうだ、なんて余計な心配をしてしまう。
そして僕らは、本日の宿に泊まることになった。
(ほえ~)
宿と言っても、前世のホテルみたいな大きさだ。
僕が今まで泊まってきた宿屋とは、ちょっと規模が違う。
驚く僕に、
「まぁ、400人以上が泊まる宿ですからね」
とイルティミナさんは笑った。
ちなみに、このホテルみたいな宿は、今晩は僕ら『第5次開拓団』の貸し切りなんだって。
(王国の権威って奴だね)
僕らの安全のためもあるとはいえ、なんとも贅沢なことだ。
「ほれ、見惚れてないで行くぞ?」
「あ、うん」
キルトさんに言われて、あんぐり口を開けていた僕は、慌てて荷物を背負って彼女たちのあとを追いかけた。
中に入っても、チェックインなども必要ない。
ロベルト将軍から伝達された部屋番号の部屋へと向かうだけだった。
(手配はバッチリだね)
ちなみに、歩いている廊下は、絨毯敷き。
それもかなり高級そうで、なんだか汚れた僕の靴で踏んでしまうのが申し訳なくなってくる。
「ここは、王侯貴族も利用する宿だからの」
とは、キルトさんのお言葉。
う~ん。
「……こっそり、別の宿に泊まりに行ったら駄目なのかな?」
「駄目じゃ」
キルトさんは呆れながら断言なさる。
(うぅ、落ち着かないなぁ)
ソルティスなんかは、
「ウヒョウ♪ ただで、こんな高級宿に泊まれるなんて最高だわぁ♪」
なんて喜んでいるけど。
イルティミナさんはクスクスと笑う。
「これは、私たちの疲れを少しでもなくそうという王国なりの配慮ですから。素直に受けましょう?」
「……うん」
仕方ないか。
ポンッ
そんな僕を慰めるように、無表情のポーちゃんが、僕の肩に手を乗せる。
あはは……。
そんなわけで、今夜の僕らは、パーガニアの高級宿に泊まることになったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
(ひょええ……高いなぁ)
指定された部屋は、宿の最上階でした。
階数は、7階。
部屋の窓からは、パーガニアの町並みが一望できる。
夕日に赤く染まった、煌めく街だ。
眺めていると、キルトさんが隣にやって来た。
彼女は、すでに装備を外して、ポニーテール姿の普通の女性に戻っている。
その黄金の瞳を細めながら、彼女は教えてくれた。
「このパーガニアは、歓楽街としても栄えていての。カジノもあれば、花街もある」
「そうなんだ?」
「時間があれば、そなたにも色々と教えてやれたがの」
そう、からかうように笑った。
イルティミナさんが慌てて、
「だ、駄目ですよ。マールに悪いことを教えないでください!」
と怒る。
キルトさんは肩を竦めて、「冗談じゃ」と苦笑した。
(本当かな?)
僕らがそんなことを話している間、ソルティスは、自分のためのベッドの上で遊んでいた。
「ひゃ~、このベッド、フカフカだわ!」
ポヨン ポヨン
言葉通り、座った彼女の身体が、上下に弾む。
「…………」
ポヨン ポヨン
ポーちゃんも真似をして、隣のベッドで、横になった状態で跳ねていた。
(無表情だけど、ちょっと楽しそう……かな?)
女子たちは、この宿が気に入ったようだ。
僕は、改めて窓の方を見る。
(まぁ、眺めも悪くないしね)
僕も少しだけ、この高級宿に慣れてきたようだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夕食は、大きなホールで『第5次開拓団』400名が集まって、食事をした。
(うん、美味しい!)
さすが王侯貴族御用達の宿、料理の味も最高だ。
そうして食事をしていると、他の冒険者や騎士さんたちが僕らのテーブルへと集まってきたりもした。
目当ては、キルトさんとイルティミナさん。
2人の『金印』だ。
キルトさんは慣れているのか、楽しそうに歓談し、イルティミナさんは落ち着いて対処している感じだった。
たまに、僕らにも話しかけられるけど、
(2人に話しかける口実作りな感じだね……)
だった。
特に、人見知りなソルティスや無口なポーちゃんもいるので、会話が盛り上がらない。
(年齢差もあるから、かな?)
多くは、簡単な挨拶のみだった。
ま、僕としては、食事がメインだからいいけどね。
ソルティスも、気心の知れない人と話すよりは、美味しい料理を楽しむ方が大事みたいだった。
そうして、夕食の時間が過ぎていく。
(…………)
僕は、ふと椅子から立ち上がった。
「あら、マール? どちらへ?」
気づいたイルティミナさんが声をかけてくる。
僕は、照れ笑いを浮かべて、
「ごめんね、ちょっとトイレ」
「あら」
果実ジュースが美味しくて、飲み過ぎてしまったみたいだ。
「すぐ戻るね」
「はい、気をつけて」
イルティミナさんは微笑み、見送ってくれる。
トコトコ
僕は、みんなの集まった大ホールをあとにする。
近くにいた宿の人に、トイレの場所を聞いて、そこへと向かった。
…………。
…………。
…………。
ふぅ、すっきり。
用を済ませた僕は、大ホールへ帰ろうとしていた。
外は、もうすっかり夜だ。
歩いている廊下は、中庭に面している。
前世でいう枯山水みたいな庭で、春の木々が植えられ、美しくライトアップもされていた。
(綺麗だな……)
夜の闇と、灯りの光の陰影が生まれている。
春の夜風も心地好かった。
熱気に満ちた大ホールとは違って、少し静かな空間だ。
少しだけ立ち止まって、その中庭を眺める。
「…………」
穏やかな時間だ。
静かな世界に、身も心も浸していると、
ゾクッ
不意に、寒気が走った。
(えっ?)
胸の奥が不快に揺らめき、思わず、手で押さえてしまう。
な、何……っ?
ドクッ ドクッ
鼓動が早くなっている。
呆然となる僕。
その耳に、
「――暗黒大陸には行くなって、ボクは言ったよね?」
歪な感情の滲む声がぶつかった。
(!?)
愕然と顔をあげる。
中庭にある木々。
その生みだした黒い影の世界が、微妙に揺らめいた気がした。
そして、その中から滲み出るように、
「……あ」
黒い子供が姿を現した。
――春の夜風が吹き抜ける、パーガニアの宿の中庭に、あの恐ろしい『闇の子』が立っていた。
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