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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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255/825

252・懐かしき森の塔にて

第252話になります。

よろしくお願いします。

 深層部の森の中を、僕ら4人は歩いていく。


 やがて1時間ほどすると、木々が途切れて、小高い丘が現れた。


(あ……)


 丘の上に、塔があった。


 横から見ると三角形に見える円錐の屋根をした、古びた石造りの塔だ。


「あれか」


 キルトさんが声を発する。


 僕は「うん」と頷いた。


 そして、僕の足は自然と小走りになって、丘を登っていった。


 …………。


 やがて僕は、塔の正面に辿り着いた。


 3人も遅れてやってくる。


(懐かしいな……)


 風雨に晒された塔の外壁には、緑色の蔦が絡まっている。


 塔の正面には、観音開きとなる金属製の扉があって、そこにも蔦は絡まっていた。


 ソルティスが近づき、扉を開けようとする。


 ググッ


 でも、扉はビクともしない。


「何よ、これ? これじゃ開かないじゃない」


 憎々しげに蔦を睨み、悪態をこぼすソルティス。


 手で掴んで、蔦を千切ろうとするけれど、植物たちは意外なほど強靭で、少女の腕力でも簡単には切れなかった。


(あはは)


 1年前の僕と同じことをしている。


「ふむ、どうしたものかの?」


 キルトさんもあごに手を当て、首を捻った。


 別の入り口を知っている僕とイルティミナさんは、つい顔を見合わせて笑ってしまった。


 それから、


「こっちだよ」


 2人に声をかけて、塔の裏手へと歩きだした。


 やがて辿り着いた塔の裏側は、2階部分が崩落していて、亀裂ができていた。


 堆積した瓦礫が、そこまで続いている。


「なるほどの」


 それを見て、キルトさんは頷いた。


「1階部分からは入れない、天然の要害となっていたのか。これなら、魔物も容易くは侵入できぬ」


 妙に感心した顔だ。


 そして、ソルティスは、


「わかってたんなら、先に教えなさいよね!」


 ゲシッ


(アイタッ)


 頬を膨らませて、僕の足を軽く蹴る。

 ……ひ、ひどいや。


 そんなこんなで、僕らは瓦礫を登った。


 すぐに2階部分へと辿り着く。


(……久しぶりだな、中に入るのも)


 そんなことを思いながら、僕は先頭に立って、塔の亀裂の中へと小さな身体を滑り込ませていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 亀裂の先は、螺旋階段になっていた。


 塔の内側に沿って造られていて、上に向かえば見張り台、下に向かえば、1階へと辿り着くんだ。


(まずは1階かな?)


 僕らは、階段を下へ向かった。


 コツッ コツッ


 足音を反響させながら降りた先は、小さな礼拝堂だ。


 正面には女神像。


 その手からは光る水がこぼれ落ちていて、足元にある貝殻の台座に溜まっていく。


 その台座には排水溝があって、溜まった光る水は、そこから地下へと流れていっているようだった。


 僕は、その女神像の前で立ち止まった。


(…………)


 その石の顔を見上げる。


 そして、


「ただいま帰りました」


 と小さく呟いた。


 イルティミナさんは、真紅の瞳を細めて、そんな僕を見つめている。


 ソルティスは、


「へ~」


 と物珍しそうに、女神像に近づいていった。


「前に見せてもらったマールの絵のまんまね。本当に『癒しの霊水』が湧き出てるんだ?」


 そう言いながら、貝殻の台座を覗く。


 光る水面には、ソルティスの幼い美貌が反射して、彼女を見つめ返していた。


 と、


「あの扉は、なんじゃ?」


 後ろからキルトさんの声がした。


 振り返れば、彼女の視線は、礼拝堂の奥にある2つの扉へと向いている。


 僕は「あぁ」と頷いて、


「あっちは、居住スペースと厨房だよ」


 と答えた。


「行ってみる?」

「うむ」


 キルトさんは頷いて、


「マールの暮らしていた場所というからには、ぜひ、見てみたいの」


 ニヤッと笑った。


 そ、そう言われると、何だか恥ずかしいな。


(まるで友人に、自分の家の中を紹介しているような気分だ)


 苦笑しながら、僕は扉の1つに近づいた。


 ギィィ


 扉を開ける。


 その先にあったのは、机と本棚、あとは壊れたベッドがあるだけの狭い空間――この塔の居住スペースだ。


 3人も入ってくる。


「……なんじゃ、これは?」

「うわ、呪いの部屋!?」


 キルトさんとソルティスの唖然とした声が唱和した。


 ……あ。


 この部屋の壁と床には、33種のタナトス魔法文字がびっしりと刻まれていた。


 1年前も、イルティミナさんが同じものを見て、驚いたんだっけ。


 そのイルティミナさんは、ちゃんと覚えていたのか、2人の仲間の反応に苦笑している。


 僕は白状する。 


「ぼ、僕がやったんだ」


 2人はこちらを振り返った。


「はっ?」

「マールが?」

「う、うん。ほら、ここでの暮らしって退屈で……だから、本にあった文字を刻んで、時間を潰してたんだ」

「…………」

「…………」


 キルトさんとソルティスは、顔を見合わせる。


「……そう」

「ふむ、そうか」


 2人は、どこか神妙な声で頷いた。


(……あれ?)


 馬鹿にされるか、呆れられるかと思ったので、ちょっと予想外。


 ソルティスは、


「つまりは、マールの寂しさの記録、かぁ」


 なんて呟いた。


 …………。


 僕は、どう答えていいのかわからない。


 イルティミナさんは笑って、


「今はもう、私やソルティスがいるのですから、寂しくはありませんね」


 と、妹の肩を優しく叩く。


(う、う~ん)


 なんだか恥ずかしくなってきてしまった僕は、部屋の中へと視線を彷徨わせる。


 と、


「ん?」


 1年前とは違う、本棚の異変に気がついた。


 そんな僕に、


「どうした、マール?」


 キルトさんが問いかけてくる。


「あ、うん」


 僕は頷いて、


「本棚に、本が何にもなくなってて……あれぇ?」


 1年前、旅立つ時に、そこにあった本を何冊か、イルティミナさんと一緒に持ち出した記憶は残っている。


(でも、全部じゃなかったよね?)


 だけど、今は空っぽだ。


 首をかしげていると、キルトさんが、


「それはギルドの調査隊が持ち出したのではないか?」


 と言った。


(え……?)


「忘れたか? 1年前、ムンパに頼んで、この塔や周辺の調査をしてもらったであろう」


 あ……っ!


(そっか。それで僕が『神狗』だってこともわかったんだっけ)


 ここには、僕ら以外も来てたんだ。


 すっかり忘れてました。


 思い出した僕に、キルトさんは今度こそ、呆れた顔で苦笑している。


「アンタって、本当に馬鹿マールね」


 ソルティスもため息だ。


 うぅ……。


「まぁまぁ、そういうこともありますよ」


 イルティミナさんだけが、優しく僕をフォローしてくれる。


 な、なんだか居た堪れない。


「じゃ、じゃあ、今度は厨房の方に行ってみようか?」


 トトトッ


 真っ赤になった僕は、誤魔化すように、そそくさと歩きだす――その後ろ姿に、3人は一緒になって笑ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 厨房にやって来た。


 といっても、ここには食材も何もない。


 あるのは、大きなテーブルと食器棚、石のかまど、あとは空っぽの大きな壺だけだ。


 食器棚には、木製の器やスプーン、フォークが入っている。


(でも、金属製の食器はないんだよね)


 僕のあとに続いたキルトさんとソルティスは、物珍しそうに周囲を眺めた。


「ふむ、何もないの」

「ないわね」


 2人で頷く。


 僕は「そうだね」と笑いながら、食器棚から木製の器を1つだけ取り出した。


「これでね、光る水を飲むんだ。それが僕の食事」

「…………」

「…………」

「あとはね、夜にこれに光る水を入れて、並べて、照明代わりにしていたんだよ。便利でしょ?」


 と、僕は自慢して笑った。


 でも、2人の反応は微妙だった。


 なんだか顔を見合わせて、それから聞いてくる。


「他の食事はしなかったのか?」

「うん」


 僕は頷いた。


「食べられる木の実なんてわからなかったし、刃物もないから獲物も取れなかったもの」

「…………」

「…………」

「だから、光る水以外は、何も口にしてなかったよ」


 僕の答えに、2人は沈黙。


(???)


 心の中で首をかしげつつ、


「それ以外を初めて食べたのは、イルティミナさんの料理だったね」


 と続けた。


 イルティミナさんは「そうでしたね」と懐かしそうに頷いた。


 石のかまどに触れて、


「ここで保存肉や、周辺で採取した木の実や食べられる野草でスープを作りましたね」

「うん!」


 僕は大きく頷いた。


 あの味は、今でも忘れていない。


 その美味しさも、命を頂くことの大切さも、一緒に味わいながら食べたんだ。


(……それも、大切な思い出だね)


 しみじみとそう思った。


 そうして僕とイルティミナさんは、互いの顔を見つめて、笑い合う。


「…………」

「…………」


 でも、キルトさんとソルティスは、微妙な顔のままだ。


 少女は唇を尖らせて、


「……なんていうか、マールの奴、よくこんな環境で暮らしてたわね」

「……そうじゃな」


 キルトさんは頷いた。


「それ以外の世界を知らねばこそ、かの……」


 そうぼやきながら、自らの豊かな銀髪をワシャワシャと乱暴にかいた。


(んん?)


 2人は、なんだか憐れむように僕を見ている。


 なんでだろ?


 僕は今、こんなに幸せなのにね。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 礼拝堂の窓から差し込む西日が、赤く僕らを照らしている。


 もうすぐ夜だ。


「今夜は、ここに泊まるとするかの」


 キルトさんが言った。


 ソルティスも頷く。


「そうね。外で野宿とか、あんまりしたくないし」


 …………。


 その言葉を聞いて、僕は目を瞬いた。思わず、2人の顔を凝視してしまう。


 そして、


「駄目だよ、外に出たら」


 きつく言った。


 2人がキョトンと僕を見る。


 イルティミナさんと顔を見合わせ、頷き合ってから、僕の青い瞳は2人を見つめ返す。


 大きく息を吸って、


「夜は、アイツらの世界だから」


 そう真剣に続けたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 2人が困惑していたので、完全に日が暮れてから、みんなで見張り台に上がった。


 そこから外の森を見て、


「ひっ!?」


 ソルティスが引き攣った悲鳴を漏らした。


 キルトさんも「これは……」と表情を強張らせている。


 僕とイルティミナさんは、ただ静かに、眼下の森の世界を見つめていた。


 黒い海のような大森林。


 そこに、紫色の光がたくさん、たくさん輝いていた。


 その光は、その場に留まることなく、広大な黒い森の世界をゆっくり、ゆっくりと動いている。


「骸骨王だよ」


 僕は言った。


 2人は、驚いたように僕を見た。


「骸骨王じゃと?」

「あれ全部!?」

「うん」


 僕は頷いて、


「それも、闇のオーラをまとった奴」


 と付け加えた。


 ソルティスの口は開いたままだ。


「……嘘でしょ」


 もちろん嘘じゃない。


「前に話したことがあったでしょ? 僕は骸骨王に一度、殺されたって」

「お、覚えてるけど……」


 ソルティスは言いながら、森を見る。


「でも、まさか、こんな大量の数だとは思わなかったわよ」


 と唇を尖らせた。


(まぁ、そうだよね)


 僕だって、その事実を理解した時には、震えあがったもんだよ。


 キルトさんも難しい顔で、森にある紫の光たちを睨んでいる。


 そんな彼女に、イルティミナさんが言った。


「私も初めて見た時は、驚きました」

「…………」

「しかし、昼間が平和なので忘れてしまいがちですが、ここはアルドリア大森林・深層部。いまだ生還率1割という魔境の1つなのです」

「……そうじゃな」


 キルトさんは、重々しく頷いた。


「どうやら、わらわも平和ボケをしていたらしい。しかし目が覚めた」


 そう言って、彼女は銀髪をひるがえし、僕らを振り返る。


「マール」

「ん?」

「この塔に、奴らはやっては来ぬのか?」

「うん」


 僕は頷いた。


「来たことないよ。少なくとも、こうして僕は生きてる」

「そうか」


 キルトさんは少し考え、


「わかった。夜は全員、ここから出てはならぬ」


 と告げた。


「明日からは女神ヤーコウルの神託の意味を知るため、この塔を拠点に周辺の探索を行おう。しかし、それは昼間のみじゃ。日が暮れる前には、必ずここに戻ることにする」

「うん」

「はい」

「わかったわ」


 その言葉に、僕らは同意する。


 それを見届け、キルトさんも満足そうに頷く。


 それから彼女の黄金の瞳は、再び眼下の真っ暗な森へと向いた。


「…………」


 しばしの沈黙。


 やがて、独り言のように、


「周辺には水場もなく、夜になれば、数千もの骸骨王が蠢く森……か。これは、そうそう生き残れぬな」


 と、こぼした。


 それから、僕を振り返る。


 月光に照らされる瞳は、とても優しい光を灯していた。


「そなたはよく生き延びたの、マール」


 その白い手が、僕の頬に触れる。


(……温かい)


 思わず、キルトさんの顔を見上げる。


 彼女は微笑んだ。


「このような恐ろしい死地にて、1人こうして生き抜いたこと、このキルト・アマンデス、素直に感嘆したぞ」

「…………」

「よく生きていてくれた」


 力強くて、優しい声。


「しかし、これからは1人ではない。いや、もう1人にはせぬぞ」


 ギュッ


 その胸に、僕を片手で抱きしめる。


(…………)


 なんだか、泣きそうだ。


 イルティミナさんは大きく頷いているし、ソルティスは仏頂面だけど、反論はしなかった。


「うん」


 キルトさんの胸の中で、僕は頷いた。


 この3人に出会えたことは、アルドリア大森林・深層部で生き延びた自分へのご褒美なのかもしれない――ふと、そんな風に思った。


 眼下の森では、紫色の光たちが蠢いている。


 それでも、今、こうしてみんなと一緒にいる僕は、とても安心してしまっていた。


 …………。


 探索は明日から。


 その明日に備えるために、僕ら4人は、一緒に礼拝堂へと戻っていった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ ソルティスの、“マールの寂しさ記録”発言から始まるマールのボッチぶり象徴する数々の痕跡を目にして、同情する余り比喩する暇すら与えない完璧な布陣! ……改めて見る…
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