243・絶対の剣
メリークリスマス♪
本日の更新、第243話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
出発の日の空は、小雨が降っていた。
けれど、風は強くない。
飛行船にとっては、雨よりも風の方が重要みたいで、だから、僕らを乗せた飛行船は、無事に空へと飛び立つことができたんだ。
(相変わらず、いい景色……)
だんだんと小さくなる、眼下の軍基地とデラントの街。
対照的に、視界は広がり、広大なアルン神皇国の大地が見渡せるようになる。
客室の窓ガラスに張り付いた僕は、その光景を、しっかりと目に焼きつけていた。
「一月半ほどで、国境に着くそうですよ」
そばにいたイルティミナさんが教えてくれる。
この飛行船は、その一ヶ月半でシュムリア王国に一番近い街まで、僕らを運んでくれるそうだ。そこで僕らを降ろしたあとに、アルン神皇国の首都・神帝都アスティリオへと帰還するんだって。
フレデリカさんたちにとっては、ちょっと遠回り。
僕らのために、本当にありがたい話だ。
と、ソルティスが、
「じゃあ、私、レクトアリスのところ行ってくるからね」
筆記具を抱えて、客室を出ていった。
パタン
扉が閉まる。
空の旅の間も、彼女は勉強漬けのつもりらしい。
(本当、尊敬するよ……)
残された僕ら3人は、思わず、顔を見合わせて、苦笑してしまった。
やがて、高度を上げた飛行船は、雨雲の中へと突入する。
ボフッ ゴォオオ
窓の外は、乳白色だけになった。
やがて、雲を突き抜けて、
「わ……?」
久しぶりの太陽光が、僕の目を焼いた。
ま、眩しい。
けれど、白い雲海と蒼い空、そして、そこに輝く太陽は、本当に美しかった。
(…………)
なんだか、涙が出そうだ。
空の旅は、始まったばかり。
僕は、青い瞳を細めながら、その空の景色をいつまでも見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇
――空の旅が始まって、1週間ほどがした。
僕とキルトさんは今、飛行船の外縁部にある通路に2人きりで立っていた。手すりの向こう側は、完全な外だ。
吹き抜ける風は、とても冷たい。
でも、西に傾いた太陽が、雲海と空を赤く染めていて、とても綺麗だった。
今は夕暮れ。
僕らは、ちょうど夕飯を食べに食堂に向かう途中だった。
イルティミナさんは、レクトアリスの部屋にいる妹を呼びに行っていて、僕らは、廊下の分岐地点であるここで待っているんだ。
と、
「傷の具合は、大丈夫かの?」
茜色の景色を見ている僕に、キルトさんが問いかけてきた。
傷の具合。
それは、先日、ガルンさんとの稽古でやられた打ち身のことだろう。
「うん」
僕は頷いた。
まだ青くなっているところはあるけれど、腫れはないし、痛みも消えた。
キルトさんは、
「そうか」
と安心したように笑った。
僕も笑顔を返す。
また夕暮れの景色を眺めて、
「…………」
でも、ふとあの時のガルンさんの剣と、キルトさんの言葉を思い出して、キルトさんに訊ねてみた。
「ねぇ、キルトさん?」
「ん?」
「僕は、ガルンさんのような剣を覚えなくて、本当にいいの?」
そう言いながら、振り返る。
夕日に染まるキルトさんを、ジッと見つめる。
彼女は、驚いた顔をしていた。
それから、
「覚えなくてよい」
と真剣な表情で断言した。
(……どうして?)
『人をだます』という言い方をしていたけれど、ガルンさんの剣は、高度な技術に裏打ちされたフェイントだった。
覚えた方が、より強くなる――僕には、そう思えた。
僕の視線や表情から、それを感じたのかもしれない。
キルトさんは、手すりに寄りかからせていた身体を起こして、真っ直ぐに僕へと向き直った。
「あれは、マールの目指す剣ではない」
と言い切った。
僕の目指す剣……。
キルトさんは、美しい師匠の顔で、
「ガルンの剣は、確かに高度な技じゃ。それを覚えれば、そなたは強くなろう。しかし、その強さは、すぐに行き止まる。ガルンの剣は、わらわがそなたに教えたい剣とは、また別の方向を向いておるのじゃ」
と言う。
なんとなく、意味がわかるような、わからないような感じ。
僕は、少し考えて、
「キルトさんの教えたい剣って?」
と訊ねる。
キルトさんは、数秒間、沈黙した。
美しい銀の髪が、夕日にキラキラと輝きながら、風に長くたなびいている。
そして、
「放てば必ず当たり、そして全てを断つ――そんな『絶対の剣』じゃ」
重い覚悟のこもった声で告げた。
……絶対の剣?
キルトさんの言葉の意味を反芻して、僕は、迷いながら訊ねた。
「それって、あの時のガルンさんの剣みたいな?」
あの稽古で、ガルンさんの放った剣は、全て僕に命中した。
わかっているのに、避けられなかった。
だから、キルトさんの言葉に重なるように思えたんだ。
でも、
「違う」
キルトさんは首を横に動かし、断言した。
美しい銀髪も揺れる。
「あのような小手先の技ではない。わらわが言っているのは、もっと絶対的な剣じゃ」
白い手が持ち上がり、
トン
その形の良い指先が、僕の額に押し当てられた。
「そなたの意志が『剣を放つ』と決める、その瞬間に剣は届くことが確定し、相手が何をしようと関係なく、もはや勝敗は決してしまう――そんな剣じゃ」
…………。
(何それ?)
「そんなの無理だよ」
あまりに現実離れした話に、僕はそう言ってしまった。
キルトさんは笑った。
「そうじゃな」
あっさり認めた。
あれ?
「この鬼姫でも届かぬ境地じゃ。無理かもしれぬ」
「…………」
「じゃがの、今もわらわは、その『絶対の剣』を追い求めておる。そのために剣を振り続けておる」
それは鉄の意志の宿った声だった。
揺るがない。
今は無理であっても、いつか絶対に手を届かせるという覚悟があった。
その遠大なる思いに、僕は動けない。
美しい師匠は言う。
「鬼神剣・絶斬」
「…………」
「あれは『絶対の剣』を追い求める過程で生まれた、不完全な剣技の1つにすぎぬ」
(!?)
あのキルト・アマンデスの奥義の様な技が、『悪魔の欠片』さえ倒した剣が、不完全!?
もはや、言葉も出ない。
いったい、キルトさんは、どんな高みを目指しているのか……。
「わかるか、マール?」
「…………」
「わらわが追い求め、そなたに教えているのは、そのような剣じゃ。目先の強さに囚われて、他の剣を覚えている暇はない。わらわたちが目指すのは、もっと先なのじゃ」
僕の剣の師は、言う。
キルトさんと僕の師弟が目指している剣は、本当に遥か高みにあった。
それこそ、頂上も見えないぐらい。
でも、キルトさんはそこを目指し、僕にも共に歩めと言っているんだ。
その意味が伝わり、胸の中が熱くなる。
「はい、キルトさん」
震える声で、でもはっきりと答えた。
キルトさんは、満足そうに頷く。
それから、僕の頭をクシャクシャと少し乱暴に撫でた。
「そなたの剣の才能は、この鬼姫キルトよりも上じゃ」
「…………」
「ゆえに、わらわの届かぬ高みにも、そなたならば届くと信じておるよ。のう、マール?」
キ、キルトさん……。
頭を撫でる手から伝わる、厚い信頼、そして愛情……なんだか、泣いてしまいそうだ。
ギュッ
僕は、小さな両拳を握る。
(キルトさんを信じよう)
彼女と共に剣の道を歩んで、僕ら2人の目指す境地へといつか辿り着くんだ!
そう覚悟を決める僕を、
「…………」
キルトさんは何も言わず、ただ本当に優しい眼差しで見つめていた。
――夕日に赤く染まった天空で、師匠と弟子である僕ら2人は、歩むべき剣の道をこうして誓い合ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。また次回更新が年内最後の更新となります。どうぞ、よろしくお願いします。




