241・デラント軍基地にて2
第241話になります。
よろしくお願いします。
僕らは、デラント基地にある工房へと向かった。
工房は、少し離れた建物内にあって、そこに一歩入ると、中にはたくさんの分解された武具が並んでいた。
(わぁ……)
ちょっとした武具店みたいだ。
アルン兵の装備する『炎の剣』が、刀身と柄、歯車、魔法石、その他の部品に分解されていたり、可動式の盾が3つに分かれていたり、鎧が分解されていたりして、それらがいくつも作業テーブルに置いてある。
それらの前には、エプロンと片目に拡大鏡をつけた作業員たちが座っていて、その整備をしていた。
(精密作業だね……)
前世でいう時計職人さんのイメージ。
また奥の空間は、鍛冶場になっているようで、そちらに近づくと強い熱波が感じられた。
トントン
「マール」
色々見入っていると、イルティミナさんに肩を指で叩かれる。
ん?
彼女の指は、鍛冶場の出入口付近の作業台を示している。
(あ)
そこに、あの禿頭の冒険者さんが座っていた。
「おや、どうしたでござるか?」
ガルンさんも僕らに気づく。
拡大鏡を持ち上げる彼に、僕らは「こんにちは」と声をかけた。
「ガルンさんが『タナトス魔法武具』を直すって聞いて、どうやってやるのか気になって見に来ちゃいました」
と、正直に伝える。
ガルンさんは、少し驚いた顔をする。
「そうでござったか」
「見てても大丈夫ですか?」
「構わんでござるよ」
彼は頷き、
「けれど、某もさすがに『タナトス魔法武具』を直すことはできんでござるが」
と苦笑しながら付け加えた。
(え?)
「そうなのか?」
期待していたキルトさんも、驚いたように聞き返している。
「太古の魔法技術の結晶でござるからな。この世に直せる人はおらぬでござろう」
と、ガルンさんは言う。
そんな彼の前の作業テーブルには、いくつもの部品に分解されたガルンさんの黒い鎧が置かれていた。
鎧の各部品には、暴風竜との戦いで生まれた大きな凹みがたくさんある。
「じゃあ、この鎧はどうするんですか?」
「直すでござるよ」
(え……?)
あっさり言うガルンさんに、僕の目は点だ。
だって今、直せないって言ったよね?
みんなも困惑した顔をしている。
そんな視線の集まる中、ガルンさんは、また拡大鏡を片目に当てて、部品の1つを手に取った。
キュッ カチッ
工具を使って、鎧の留め具を外す。
ガランッ
大きな音を立てて、黒い装甲がテーブルに転がった。
(あれ……?)
ふと気づく。
黒い装甲部分は大きく凹んでいるのに、その内側にあった銀色の薄い装甲は無傷だったんだ。
黒い装甲と銀の装甲。
ガルンさんは、鎧の部品を、次々とその2つに分解していく。
…………。
(やっぱり、黒い装甲は損傷しているけど、銀の装甲はみんな無傷だね)
もしかして、
「この銀の装甲だけが、タナトス魔法武具?」
思わず呟いた。
キルトさん、イルティミナさん、フレデリカさんは驚いた顔をする。
ガルンさんは笑った。
「よくわかったでござるな」
(ってことは、やっぱり?)
「その通りでござる。黒い方は、ただの外装で某がするのは、その外装部分の交換だけでござるよ」
作業の手を止めずに、そう教えてくれた。
「このタナトス魔法武具の鎧は、某の家系に代々伝わる家宝でござってな。身体能力を大きく強化してくれるでござる。そのタナトス鎧を守るために、更に普通の鎧を重ねてござってな。いわゆる二重装甲になっているのでござるよ」
(へ~、そうなんだ?)
「その分、重量は100キロ以上になるでござるがな。普段、力を発動していない時は、歩くのも大変でござるよ」
と彼は苦笑した。
なるほど。
(やっぱりガルンさん、鎧の加護がなくても、相当な筋力があるんだろうね)
作業をするため、まくられた袖から見える腕は、とても太い。
首も丸太みたいだ。
全身しっかりと鍛え上げられているのは、誰が見ても、きっとよくわかる。
それぐらいでなければ、やはり『金印の冒険者』になんてなれないんだろうな。
「…………」
思わず、自分の細い腕を見つめてしまう。
『神気』を使わなければ、本当に子供と変わらない筋力だ。……いやまぁ、確かに僕はまだ子供なんだけど。
でも、男の子としては、ちょっと悲しい。
(もっといっぱい食べて、たくさん鍛えよう!)
うん、そうしよう!
思わず、決意を新たにする僕なのでした。
それからもガルンさんは、太い指で工具を扱い、手慣れた様子で二重鎧を2つに分け、新品の新しい装甲を取り付けていく。
カチッ ガチャン
「ふむ、器用なものじゃな」
キルトさんが感心したように呟いた。
「なに、慣れているだけでござるよ」
ガルンさんはそう謙遜する。
「武人として、この鎧とも長く連れ添ってきたでござるからな。死を迎えるその時も、武人として、この鎧を身にまとっていたいものでござる」
そう語り、愛用の鎧を見つめる彼の目は、とても穏やかだった。
…………。
(……ちょっとだけ、気持ちがわかるかも)
妖精の剣。
妖精鉄の鎧。
亡くしてしまった短剣『マールの牙』も、今の『マールの牙・弐号』も、旅服も、魔法発動体の腕輪も。
大地の精霊さんの宿った『白銀の手甲』も。
これらの装備があったから、僕は生き残れてる。
(みんな大切だよ)
しみじみと思いながら、小さな指で装備に触れる。
ガチャン
「うむ、こんなものでござるな」
僕が感慨にふけっている間に、ガルンさんは修理作業を終えた。
テーブルの上には、黒く輝くピカピカの鎧ができあがっている。最後の調整をするためか、ガルンさんは早速、それを身に着けていく。
ガチン
黒鉄の兜を被る。
途端、鎧から魔力の波動のようなものがブワッと感じられた。
ガルンさんは、馴染ませるように、両手の指を開閉し、軽く屈伸する。それから、片手で作業テーブルの足を1本、手に掴むと、
グンッ
(わぁ……!)
重そうなテーブルが、軽々と持ち上がった。
凄い力!
これがタナトス魔法武具の鎧の力なんだね……。
ドスン
「うむ」
テーブルを戻し、ガルンさんは満足そうに頷く。
(ん?)
その時、僕のポケットの中で何かが動いた。
(神武具?)
小さな手のひらに載せて、虹色の球体を取り出す。
ヴォンヴォン
何かを訴えるような明滅。
…………。
(あはは……うん、いいよ)
なんとなく、その気持ちがわかった気がして、僕はコロの望むままに神気を与えてやった。
パァン
虹色の球体が砕け、光の粒子となって僕に集まる。
「ぬっ!?」
「え?」
「マール殿!?」
3人のお姉さんたちの驚く声がする。
ガルンさんも兜を持ち上げると、その瞳を見開いて僕を見つめた。いや、工房にいたみんなが、僕を見ていた。
ヴォオン
そこに立っていたのは、全身外骨格のような『虹色の鎧』に身を包んだ僕の姿だ。
究極神体モード。
神なる狗の姿となった僕は、自慢するように両手を左右に広げた。
キリリン
人工筋肉のような鎧が擦れて、澄んだ金属音を響かせる。
「どう?」
「…………」
「僕の鎧も負けてないよね。格好いいでしょ?」
狗の形をした兜の奥で、僕は笑った。
みんな、呆気に取られた。
小さな対抗意識を発揮した僕とコロに、次の瞬間、みんなは大笑いした。
「うむ、美しい鎧でござるな」
ガルンさんは力強く頷いた。
えっへん。
ちょっと胸を張る。
工房の人たちも興味を惹かれたのか集まってきて、強化外骨格みたいな『虹色の鎧』を見つめてくる。調べたそうにしていたので、「どうぞ」と言うと、すぐにサイズを測ったり、拡大鏡越しに構造を確認してくる。
ガルンさんも、
「これほどの軽さで、某の鎧よりも高性能なのは羨ましいでござるな」
と呟いた。
それからは、なんとなく集まった人全員で、武具談議になってしまった。
ワイワイ ガヤガヤ
僕とガルンさんを中心にして、みんなで輪になって座り、話に華を咲かせる。
3人のお姉さんたちは、少し離れた場所から、それを見守っていた。
そして、
「やっぱり、マールも男の子なのですね」
イルティミナさんが穏やかに呟き、他の2人のお姉さんも苦笑しながら頷いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
夕食も食べ終えて、就寝前に、僕らはお風呂に行くことにした。
「マールと一緒に入れなくて残念です……」
この軍の施設のお風呂は、当たり前だけど男女別――イルティミナさんは、頬に手をついて吐息をこぼしていた。
僕は苦笑し、
「ちょ……何言ってるのよ、イルナ姉!?」
ソルティスは真っ赤になっている。
妹に連行されるようにしながら、イルティミナさんは時折、名残惜しそうにこちらを振り返りつつも廊下を歩いていく。
キルトさんは苦笑して、
「では、またあとでの」
ポン
僕の頭に白い手を乗せてから、2人のあとに続いていった。
「…………」
僕は撫でられた頭を手で触ると、男風呂の方へと回れ右をして歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
脱衣所で着替えて、浴室の方へ。
軍の施設なので、他にも何人かアルンの軍人さんの姿もある。
鍛え上げられた肉体の男たちの中で、1人だけ子供というのも奇妙な光景に思える。皆さんも、なんだか僕を見ている気がする。
(ま、気にしたら負けだよね)
僕はのん気に、洗い場の椅子に座った。
ジャボジャボ
頭を洗い、身体を洗って、お湯で泡を洗い流す。
ふぅ、さっぱり。
身を綺麗にした僕は、かけ湯してお湯の温度に身体を慣らすと、ゆっくりと湯船の中に沈んだ。
(あぁ~、気持ちいい~)
手足の指が、じんわりと痺れる。
その心地好さに浸っていると、
「おや、マール君」
「これは奇遇でござるな」
(ん?)
声のした方を振り向けば、アルンが誇る『金印の冒険者』が2人、仲良くお湯に浸かっていた。
おや、珍しい。
「ゲルフォンベルクさん、ガルンさん」
チャポ チャポ
僕はお湯をかきながら、2人へと近づいた。
「お2人もいたんですね?」
「うん」
「たまたま廊下で出会って、そのまま一緒に来たでござるよ」
そうなんだ。
ゲルフォンベルクさんは左右を見回して、
「麗しい君の仲間の花たちは、どこに咲いているのかな?」
…………。
(それって、イルティミナさんたちのこと?)
「えっと、女湯です」
「おや、そうなのかい。それは残念だ」
「…………」
いやいや、当たり前でしょう。
ちょっと呆れてしまう僕。
ガルンさんも苦笑している。
それにしても、2人も凄く鍛えられた身体をしている。
ガルンさんは筋骨隆々で、腕回りも、僕の太ももよりも太いぐらいだ。そして、その肉体にはいくつもの傷痕が刻まれていて、まさに歴戦の勇士といった雰囲気だった。
(…………)
お湯の中で、こっそり力こぶを作ってみる。
……うぅ。
あまりの細さに、なんだか悲しくなってしまいました。
これでも鍛えてるんだけどなぁ……。
一方のゲルフォンベルクさんも、細身に見えたのに、とても鍛えられた身体だった。
隠れマッチョさん。
ガルンさんみたいに筋肉の鎧みたいな感じではないけれど、まるでネコ科の大型肉食獣みたいなしなやかさを感じる。
(やっぱり、『金印の冒険者』なんだね)
そう感じる肉体だ。
と、よくよく見ていたら、なんだか彼の顔色があまり良くないのに気づいた。
なんというか、
(とても疲れている感じ……?)
だった。
「ゲルフォンベルクさん、大丈夫ですか?」
「ん?」
彼はキョトンとする。
「なんだか、とても疲れているみたいに見えるんですけど……」
と正直に言うと、
「あぁ」
彼は納得したように頷いた。
それから照れたように笑って、
「実は、『ご褒美タイム』でがんばり過ぎてしまってね。いやはや、3人とも加減を知らないよ」
「…………」
(ご、ご褒美タイムって、大人なアレですよね?)
うひゃあぁぁ……。
お湯のせいだけでなく、僕の顔は真っ赤になってしまう。
ガルンさんが苦笑した。
「ゲルフ殿、子供に聞かせる話ではなかろう?」
「いやいや、彼も立派な男だよ」
ゲルフォンベルクさんは爽やかに笑う。
「マール君の仲間も3人とも女性なのだし、こういうことを、このぐらいの年齢からしっかりと知っておくのも、悪くないと思うよ」
と続けた。
(そ、そうですか?)
戸惑う僕に、彼は1本指を立てて、おっしゃる。
「いいかい、マール君」
「…………」
「ハーレムで大事なのは、何よりも美しい花たちを平等に愛でることだ」
「…………」
「そうしていなければ、みんな、すぐに萎れてしまうんだ。喜びも悲しみも、良いことも悪いことも、平等に与える。それが何よりも大事なんだよ」
…………。
ゲルフォンベルクさん、凄く真面目な顔だ。
端正な美貌にある銀の瞳は、とても真剣に僕の顔を見つめている。
ちょっとドキドキしてしまうぐらい。
彼は息を吐いて、
「ただ、これはとても難しい」
「…………」
「どうしても無理ならば、しっかりとした順位付けをはっきりと伝えておくことだ」
順位?
「皇族や王族の方々のように、正室、側室のような位置を決めるんだよ。どの花を多く愛でるか、それを伝えておく。他の麗しい花たちに悲しみは与えてしまうけれど、それが最も傷が少ないんだ」
(……はぁ)
と言われましても。
思わず聞き入ってしまったけれど、どう答えていいのかわからないよ。
(僕、ハーレムなんていないし)
3人は家族だもの。
そして僕が好きなのは、イルティミナさん1人だ。
と、そんな僕の表情に気づいたのか、ゲルフォンベルクさんは笑って、こう付け加えた。
「もし1輪の花だけを愛でるつもりならば、気をつけて。決して他の花に優しくしてはいけないよ」
「…………」
「思わせぶりな言葉や態度は、絶対にいけない。君の大事にしたい花だけでなく、多くの花たちまで萎れさせてしまい、たくさんの不幸を招いてしまうからね」
彼は笑顔だ。
でも、その銀色の瞳には、真剣な光が宿っていた。
彼は言う。
「マール君は、とても優しそうだ」
…………。
「君の周りには、たくさんの花たちが咲いている。でも、どうか選択を誤らないで欲しいな」
パチッ
そう告げて、彼は、今までの空気を緩ませるように片目を閉じた。
(…………)
僕の周りの花……か。
ゲルフォンベルクさんの話は、わかるような、わからないような感じだった。
でも、確かに僕のために語ってくれたと思う。
(……う~ん?)
悩んでしまう僕に、彼は笑った。
「ま、深く考えすぎてもよくないさ。ただ誠意をもって愛でようね……って話だよ」
「……はい」
僕は、曖昧に頷く。
ガルンさんは、わかっているのか、いないのか、判断のつかない顔でウンウンと頷いている。
それから、
「時に、マール殿?」
「はい?」
「明日、時間があるようならば、某と手合わせしてはもらえぬか?」
え……?
「『神狗』殿と手合わせできる機会は、そうござらぬからの。どうでござるか?」
(えっと……)
「僕はいいですけど」
「おぉ! これはかたじけない」
ガルンさんは、表情を明るくして、頭を下げてくる。
ゲルフォンベルクさんは苦笑した。
「ガルンさんは、本当に武人だねぇ」
感心しているようにも、皮肉を言っているようにも聞こえるけど、不思議と嫌味には聞こえない。
ガルンさんは「はっはっは」と快活に笑っていた。
つられて、僕も苦笑してしまった。
そんな風にして、僕らは男3人、裸で語り合っていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ、お先です」
「うん」
「また明日でござる」
やがて、2人はまだ残るというので、僕だけ先にお風呂から上がらせてもらった。
火照った身体をタオルで拭いて、脱衣所で着替えて廊下に出る。
廊下に置かれていた長椅子に座って、ぼんやり5分ほど待っていると、
「お待たせしました、マール」
向こうから、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人がやって来た。
「うむ、いいお湯であったの」
「本当ね~」
3人ともお風呂上がりだ。
白い肌はほんのり赤く色づいていて、濡れた髪はいつもよりも艶を放って輝いている。
石鹸の香りもする。
吐息も、とても熱そうだった。
(…………)
見慣れてるはずなのに、今日は3人がいつもと違って見える。
なぜだろう?
(……ゲルフォンベルクさんの話を聞いたからかなぁ)
そう思った。
心の中で首をかしげていると、
「? ……マール? どうかしましたか?」
イルティミナさんが不思議そうに問いかけてきた。
彼女はいつも、すぐに僕の異変に気づいてくれる。
…………。
思わず見つめ返していると、イルティミナさんは、なんだか落ち着かない様子で、自分の濡れ髪を指で整えたりする。
「そ、その……マール?」
不安そうな声。
(…………)
「ううん、なんでもないよ」
僕は答えて、首を横に振った。
自分でも、今の自分の感情がよくわからない。
そのまま、なんとなく、キルトさんとソルティスの方を見る。
…………。
「な、何よ?」
「どうした、マール?」
見つめられて、ソルティスはなんだか焦ったように、キルトさんは心配そうに問いかけてくる。
(…………)
僕は息を吐いて、
「ううん、なんでもない」
「…………」
「…………」
「…………」
「じゃあ、部屋に戻ろうか?」
そう笑って、廊下を歩きだした。
3人は、お互いの顔を見合わせる。
(今はまだ……このままの関係でいいよね?)
心の中で、そう呟く。
そんな僕の背中を、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人は、すぐに追いかけてきてくれた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




