240・デラント軍基地にて1
第240話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
僕らは、デラントの街へ帰還した。
都市の半分は普通の街であり、もう半分は軍施設となっている。
その軍の建物にある一室で、僕の小さな手は窓ガラスに触れながら、そこから見える灰色の空を見上げていた。
ガタッ ガタタ……ッ
ガラスの振動が、手のひらに伝わる。
雨は降っていないけれど、空は一面の雲に覆われていて、それも凄い速さで動いている。風が強いんだ。
同じ室内には、フレデリカさんを除いて、一緒に旅をした12人が集まっていた。
みんな、それぞれにソファーでくつろいでいる。
と、
コンコンコン
扉がノックされて、
「失礼する」
軍服姿となって、青髪を頭の後ろでまとめたフレデリカさんが入ってきた。
皆の視線が集まる。
「どうであった?」
キルトさんが、代表するように訊ねた。
それに対して、軍服のお姉さんは、首を左右に動かす。
「残念ながら、この強風では飛行船は飛べないそうだ」
と告げた。
「ハロルド殿の言葉によれば、この荒天は3日ほど続くらしい。貴殿らをシュムリア国境まで送り届けるのは、もうしばらく待って欲しい」
(そうなんだ……)
でも、天気が相手なら仕方がないよね。
「ふむ、そうか」
キルトさんも頷いた。
「まぁ、仕方あるまい。その3日は、ゆっくりと静養させてもらうかの」
そう笑う。
うん、『万竜の山』から帰ったばかりだもんね。少しぐらい休んでもいいと思うんだ。
他のみんなも頷いている。
フレデリカさんも、少し安心したように微笑んだ。
それから軍人の顔に戻って、
「王都ムーリア、神帝都アスティリオには、此度の件を記した翼竜便を出しておく。天候が回復するまでは、全員、この基地で待機をしていてくれ」
僕らを見回しながら、そう言ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「マール、お昼を食べに行きませんか?」
基地内のあてがわれた客室のベッドで休んでいると、同室のイルティミナさんとキルトさんにそう誘われた。
基地内には食堂があるそうで、そこに向かうつもりのようだ。
「うん、行く」
僕は笑って、ピョンとベッドから跳ね起きた。
2人は笑う。
ちなみに、僕ら4人にあてがわれた部屋だけど、室内にはソルティスの姿はない。
(きっとあそこだね)
予想がついている僕らは、廊下に出ると、少女も誘うためにとある部屋へと向かった。
コンコン
扉をノックすると、すぐに反応があった。
「はいよー」
ガチャッ
開いた扉の向こうに現れたのは、金髪碧眼の美少年――ラプトだ。
「なんや、マールかいな」
「うん」
驚く彼に、僕は笑う。
「ソルティス、いる?」
「いるで~。もう、朝からずっと居座っとるわ」
ラプトは肩を竦めて、諦めたように言う。
扉を大きく開きながら、彼が脇にどくと、机に向かって座っている少女の背中と、そのそばで何やら解説しているレクトアリスの姿があった。
「じゃあ、こっちの計算式は、使わないの?」
「そうね。より精度を求めるなら、この2つの式を当てはめた方が正確な座標になるわ」
「ふ~ん」
カキカキ
少女は懸命にメモを取っている。
(やっぱりいた)
3日間の休養が決まった途端、ソルティスは、レクトアリスの部屋に入り浸りだった。
『神術』と『神文字』の勉強だ。
そして今回は、その博識少女以外にももう1人、
「……なら、ハルパスの魔導定理は、意味なし?」
「そうね。神気と魔力では、体内の回路を流れる速度が違うわ」
「……およそ、2・2倍」
「あら、よくわかったわね」
レクトアリスの感心した声が送られたのは、少女を挟んで反対側から机を覗き込んでいる猫背のハイエルフ――コロンチュードさんだった。
ラプトはため息をこぼす。
「あっちの耳長の姉ちゃんも、朝からずっとやで」
「そうなんだ」
さすが好奇心旺盛な『金印の魔学者』様だ。
見たら、近くのベッドの上にチョコンと座っている金髪幼女の姿も見える。
(ポーちゃんだ)
「…………」
気づいた幼女は、こちらに小さな手を軽く上げた。
僕も笑って、手をあげ返す。
キルトさんは片手を腰に当てながら、仲間の少女に声をかけた。
「ソル。飯を食いに行かぬか?」
「ん?」
気づいて、彼女はこちらを見る。
でも、すぐに机の方を向き直って、
「私はあとでいいわ~」
ヒラヒラ
持ち上げた手を、軽く左右に揺らした。
「…………」
「…………」
「…………」
僕は、キルトさん、イルティミナさんと顔を見合わせる。
「これは駄目かなぁ?」
「……ですね」
「うむ、仕方ないの」
少女の姉はため息をこぼし、キルトさんは苦笑する。
一連の流れを見ていたラプトも苦笑いだ。
「ま、あのお嬢ちゃんは、こっちで面倒見ておくわ」
「ごめんね、頼むよ」
「おう、任せとき」
彼は、自分の胸をポンと叩く。
それから、机に集まっている3人を振り返って、
「……レクトアリスも久しぶりに楽しそうな顔しとるしの」
と呟いた。
(…………)
確かに、紫色の髪をした美女は、2人の生徒を相手に生き生きとした顔をしていた。
そういえば400年前も、彼女は、人間を相手に教師のようなことをしていたんだったっけ。
今回の生徒は、人の中でも飛び切り優秀で吸収の早い生徒たちだ。
(教えるのも、余計に楽しいのかもね)
そのレクトアリスの横顔を見ていたら、こっちまで幸せな気持ちになってしまった。
見たら、ラプトもポーちゃんも同じ優しい眼差しだった。
勉強する3人も、夢中になって机に向かっている。
「では行きましょう」
イルティミナさんがソッと声をかけてくる。
(あ、うん)
僕は頷いて、ラプトと軽く視線を合わせる。
コクッ
ラプトは微笑み、頷いた。
僕らも頷きを返して、なるべく音を立てないようにしながら、その部屋をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
軍服を着たアルン兵さんたちの集まった食堂へとやって来た。
僕ら3人は、仕切りのついたプレートを手にして、配膳を待つ兵士さんたちの列に並ぶ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
厨房の給仕さんから、カウンター越しに料理を載せてもらった僕は、お礼を述べてテーブルへと戻った。
(うわぁ、美味しそう)
改めて料理を見て、心を弾ませる。
焼きたてのパン2つにホカホカの湯気をあげるスクランブルエッグ、ポテトサラダ、白身魚のフライにミートボール、野菜炒め、それにヨーグルト。飲み物は、たっぷりコップに入ったフルーツジュースだ。
僕は両手を合わせた。
「いただきま~す」
イルティミナさんとキルトさんも微笑む。
「いただきます」
「いただこう」
3人で声を出して、食事を開始する。
モグモグ ムグムグ
うん、美味しい!
栄養バランスだけでなく、味も考慮されている。軍人だから食事は味にこだわっていないかと思っていたけれど、むしろ過酷な仕事だから、よりストレス緩和のために料理はしっかりしているのかもしれないね。
成長期の僕にとっても、実にありがたいよ。
モグモグ ハグハグ
そうして夢中で食べていると、
「ふふっ、マールったら。頬にケチャップがついてますよ?」
キュッ
イルティミナさんが笑いながら、僕の頬を布巾で拭いてくれた。
(あ……)
「あ、ありがと」
「いいえ」
照れる僕に、はにかむイルティミナさん。
キルトさんは、そんな僕らに微笑みながら、手にしたコップを傾ける。
「ふむ、料理は美味い。しかし、酒がないのが残念じゃの」
「…………」
「…………」
まだ昼間だよ?
相変わらずのお酒大好きお姉さんに、呆れる僕とイルティミナさんなのでした。
◇◇◇◇◇◇◇
「やぁ、マール殿」
そろそろ食事も終わろうかという頃、フレデリカさんが食堂にやって来た。
手にしたプレートには、料理が載っている。どうやら、彼女はこれから食事らしい。
「相席しても良いか?」
「うん、もちろん」
僕は笑って答えた。
イルティミナさんは何かを言いたそうだったけれど、それを飲み込んで「はぁ」とため息をこぼす。
キルトさんは、そんな彼女を見て苦笑していた。
(はて?)
フレデリカさんは、僕の対面の席に座る。
「ずいぶんと遅い食事じゃな」
キルトさんが問いかける。
「まぁ、色々とな」
フレデリカさんは、苦笑いしながら答え、料理を口にしだした。
(やっぱり、お仕事が大変なんだよね)
今回のカリギュア霊峰へと向かった冒険も、アルンの責任者はフレデリカさんだ。
その報告書を書いたり、それを各地に送ったり、基地の責任者さんと話したり、ハロルドさんと飛行船の予定についても相談したり、全て彼女1人が窓口となってやってくれている。
僕らがのんびりできるのも、そのおかげなんだ。
「そんな大したことではないさ」
フレデリカさんはそう笑った。
「今回の作戦でも、私は戦いに関しては、役に立たなかったからな。これぐらいはさせてもらわないと……。要するに、適材適所ということだ」
そんなわけないのに……。
(本当に、格好いいお姉さんだよ)
僕は尊敬である。
キルトさんも笑って、それから訊ねた。
「そういえば、ゲルフはどうした? 今日は姿を見ておらんが」
「あぁ……」
フレデリカさんは頷き、それから沈黙した。
(???)
なんだか、遠い目をしている。
キルトさんが怪訝に眉をひそめた。
「フレデリカ?」
「いや、その……あの男はな。今回がんばった分、3人の仲間たちへ『ご褒美タイム』をしているそうだ」
「…………」
「…………」
キルトさんとイルティミナさんが固まった。
(えっと……?)
「ご褒美タイムって何?」
僕は訊ねた。
3人ともギョッとしたように僕を見る。
それから、互いに答えを押し付け合うように、それぞれの顔を見つめ合った。
やがて、キルトさんが咳払いして、
「コホンッ……その、わからぬなら、そなたはまだ知らなくて良い」
コクッ コクッ
他の2人のお姉さんも頷いている。
3人とも、なぜか頬が少し赤い。
(なんで……?)
イルティミナさんは困ったように美貌をしかめながら、
「あの男の存在は、なんだかマールの情操教育に良くない気がいたします」
と呟いた。
キルトさんは呆れた顔をする。
「マールと一線を越えそうになったそなたが、言うのか?」
「何っ!?」
ガタンッ
フレデリカさんが愕然として立ち上がった。
「イルティミナ殿、貴殿はまさか、このような年端も行かぬマール殿に……っ」
イルティミナさんは真っ赤になった顔を逸らして、
「……貴方には関係ないでしょう」
と素っ気なく言う。
「か、関係ないが、1人の大人として見過ごすことはできん!」
「それこそ余計なお世話です」
「何っ!?」
「なんですか?」
バチチッ
睨み合う2人のお姉さん。
キルトさんは『やれやれ』という顔で額を押さえた。
…………。
(あ、あ~、なるほど)
ご、ご褒美って、そういう大人な意味ね。
ようやく悟った僕も、なんだか顔中が熱くなってしまったよ。きっと僕の顔も真っ赤になっているかもしれない。
コホン
キルトさんが、また咳払いをした。
「ゲルフはわかった。では、ガルンはどうしているのかの?」
まるで話題を変えるみたいに、そう訊ねる。
フレデリカさんは、ハッとして頷いた。
「そ、そうだな。その、ガルン殿は今、基地にある工房にいるぞ」
(工房……?)
「此度の戦いで、彼の鎧が損傷していたからな。その修繕に当たるそうだ」
へ~、そうなんだ?
(ん?)
僕はふと思い出した。
「あれ、でも、ガルンさんの鎧って、タナトス魔法武具なんだよね? 修理ってできるものなの?」
前に修理できないって聞いた気がするんだけど。
フレデリカさんは頷いて、
「私も疑問なのだが、彼はそのつもりのようだ」
「ふぅん……」
「気になるならば、工房へと行ってみるか?」
いいの?
「行きたい!」
「そうか」
好奇心に瞳をキラキラさせる僕に、フレデリカさんは穏やかに笑った。
イルティミナさんとキルトさんも顔を見合わせ、
「私たちもぜひ」
「そのようなことが可能なら、ぜひ教えてもらいたいの」
と答えた。
2人もタナトス魔法武具を扱うからか、興味があるみたいだ。
フレデリカさんは「わかった」と頷いて、残った料理をあっという間に食べてしまう。
それから僕らは、フレデリカさんに案内されて、ガルンさんがいるという基地の工房へと向かった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




