225・上陸と再会
第225話になります。
よろしくお願いします。
「なかなか、良きものであった……」
翌朝、ベッドに座ったキルトさんは、しみじみと言った。
僕の抱き枕としての評価である。
(……喜ぶべきなのかな?)
ちょっと複雑だったけれど、イルティミナさんは『うんうん』と満足げに頷いている。
「そうでしょう、そうでしょう。マールは最高なのです」
「うむ」
キルトさんは頷いて、
「また、貸してもらっても良いかの?」
と訊ねた。
……僕ではなく、なぜかイルティミナさんに。
「駄目ですよ。この子は、私のマールです」
「むぅ」
「どうしてもというならば、また来年の誕生日まで待ちなさい」
キルトさんはため息をこぼす。
「仕方あるまい」
……何が仕方あるまいなのかな?
(というか、そもそも僕の意思はどうなってるの?)
2人のお姉さんを、僕は思わず、遠い目で見つめてしまう。
ポンッ
そんな僕の肩に、小さな手が乗った。
振り返れば、そこにはソルティスがいて、
「……(フルフル)」
彼女は無言のまま、沈痛な面持ちで首を左右に振った。
(…………)
そ、そうですか。
肩を落とす僕に同情の視線を送って、それから少女は、2人のお姉さんたちに声をかける。
「そういえば、昨日がキルトの誕生日ってことは、もう年越しね」
(え?)
「そういえば、そうであるな」
「でしたね」
2人は頷いている。
それからイルティミナさんが僕の視線に気づいて、
「キルトの誕生日は、年末の1日前なんです。なので、明日からはもう新年ですよ」
え……。
えぇええ!?
(ってことは、今日、大晦日?)
僕はびっくりだ。
ソルティスは、ベッドに座って、足をプラプラさせながら、
「私、キルトの次は、すぐイルナ姉の誕生日よ」
「そ、そうなの?」
「そうよ。私たちの誕生日って順番に、3ヶ月続いているんだもの」
(へ~、そうなんだ?)
なんか覚えやすいね。
ちなみに僕の誕生日は、イルティミナさんの誕生日の翌月だ。
(それも入れたら、4ヶ月連続だね)
ソルティスは、窓の外を見ながら、
「でも、去年の今頃は、まさか海の上で年越しするなんて思わなかったわよねぇ」
とため息をこぼす。
「イルナ姉の作る新年の料理、毎年、楽しみだったんだけどなぁ。さすがに海の上じゃ、無理よね……」
「まぁ、そうですね」
食いしん坊少女の姉は、苦笑する。
キルトさんも吐息をこぼして、
「わらわも、王家の振る舞い酒が飲めんのは残念じゃの」
と天井を見上げた。
(……ふぅん?)
こっちの異世界でも、新年のお祝いはあるんだね。
僕は、訊ねた。
「シュムリア王国での新年って、どんな感じなの?」
「え?」
「む?」
「は?」
3人は驚いたように僕を見る。
「僕、そういう新年のお祝いとかやったことないから」
と答えた。
「そっか。マールにとっては初めてなのね」
「うん」
頷く僕に、3人は優しい顔をする。
イルティミナさんが微笑んで、
「そうですね。イメージをするなら、国王の生誕50周年式典の様な感じでしょうか?」
へ~?
「お祭りみたいな感じ?」
「そうそう」
ソルティスが頷いた。
「街中が人であふれ返ってね。通りには屋台がいっぱい並ぶの! あちこちの地方の名物料理が色々食べれるのよ!」
「ほうほう?」
それは美味しそうだ。
姉の手を引っ張りながら、その屋台の料理を食べ歩く少女の姿を想像してしまう。
「わらわは、王城の新年パーティーに招かれるの」
「へぇ?」
さすが『金印の魔狩人』!
キルトさんは、手で何かを持つ仕草をして、それをクイッと持ち上げ、
「高い酒がいっぱい飲める」
と笑った。
きっと美味しそうな高級料理には目もくれず、お酒ばかり飲んでいくんだ。
「年越しの夜には、花火が上がります」
とイルティミナさん。
「私たちの家は、高台にありますので、家の窓から夜空に打ちあがる花火が良く見えますよ」
「わぁ、それは綺麗そうだね」
「はい」
彼女は頷いて、
「来年は、一緒に楽しみましょう」
と、僕の髪を優しく撫でてくれた。
うん!
僕は、笑って頷いた。
もちろん来年の今頃まで、僕らが無事に生きていられる保証なんてないけれど、それでも、その約束ができたことが嬉しかった。
「みんなで一緒にね!」
「はい」
「うむ」
「えぇ!」
みんなも笑って、約束してくれた。
◇◇◇◇◇◇◇
――そうして僕らは、今年は海の上での年越しをした。
いつもより豪勢な料理とお酒が振る舞われて、夜になったら、
「……ほ~い」
パァン パパァン
コロンチュードさんが、魔法で、花火のような光を何個も夜空に生みだしてくれた。
(綺麗だなぁ)
真っ暗な海の世界だから、とても美しい光の花だった。
ポーちゃんも、水色の瞳で見上げていた。
僕も、イルティミナさんと一緒に手を繋ぎながら眺めていた。
ソルティスは尊敬の眼差しで、キルトさんはお酒を楽しみながら、夜空に咲く魔法の花火たちを見上げていた。
(こういうのも悪くないかな?)
王都の新年もいいけれど、みんなと一緒ならこれでもいいかと思えちゃったよ。
ヴェガ国の船員さんたちも、花火を見上げて、その光に照らされている。
異世界での初めての年越し。
その夜は、僕にとって忘れられない夜になった。
そうして船の旅は続く。
そして数日後、遠い水平線の向こうに、僕らの目指していたアルバック大陸が見えてきた――。
◇◇◇◇◇◇◇
ヴェガ国の高速船は、防波堤の中へと入っていく。
僕ら6人は甲板に集まって、近づく港を見ていた。
(大きい港だね?)
どうやら港町ではなく、軍の施設みたいだ。
でも、港湾施設が立ち並び、ちょっとした町ぐらいの規模がある。
大きな船が何艘か停泊してる。
でも、
「ちょっと閑散としてる……?」
そう思った。
港の規模に対して、船の数が少ない。
「ヴェガ国からの魔法石の輸入が止まっているからの」
とキルトさん。
そっか。
本来なら、ここにはヴェガ国から輸入された魔法石が運び込まれるんだ。
(でも、悪魔騒動があったから……)
ヴェガ国からの輸出は、一時的に停止されていた。
結果として、アルン神皇国の方にも影響が出ていたんだね。
「…………」
経済って、本当に繋がっている。
アルン神皇国が、魔法石産業がなくなるヴェガ国への支援を約束してくれたのも、結局は、善意だけでなく、自国にとってのデメリットを減らすためなのかもしれない。
(大人の世界って、凄いなぁ)
そんな風に感心していると、
「あ」
ソルティスが、声をあげた。
小さな指が陸を指差して、
「ちょっと、あれ! 前にアルンで乗った飛行船じゃない!?」
(えっ?)
僕らも、少女の指が示す先を追いかける。
本当だ。
港にある広い空間に、見たことのある飛行船が停まっていた。
大きな気嚢に、プロペラのついた翼。
アルン神皇国でも、3台しか存在しない『飛行船』だ。
好奇心の強いコロンチュードさんも、「……ほほお?」と物珍しそうに見つめていた。
キルトさんは頷いて、
「書簡にもあったが、ラプトたちは直接、マールを出迎えに来てくれるそうじゃ。そのために連中が乗ってきたのであろう」
(そうなんだ?)
「じゃあ、この港で会えるってこと?」
「うむ」
わぁ!
「会えるのは、もう少しあとになると思ってたから嬉しいよ!」
笑う僕に、みんなも笑った。
ポーちゃんも、懐かしい『神界の同胞』に会えるからか、水色の瞳を細めている。
高速船は、港の中を進む。
やがて、桟橋を覆うように造られた、大きな建物内へと入っていく。
ザザァン
錨を下ろして、ロープを港の人たちに渡して、無事、停泊。
(まるで、船の家だね)
天井まで、50メードはありそうな港湾施設だ。
滑車やクレーンなど、貨物を下ろすための設備もたくさん作られている。
「よし、では行くぞ」
「うん」
「はい」
「わかったわ」
「……ん」
「……(コクッ)」
キルトさんの号令で、僕らはそれぞれの荷物を担ぎ、高速船から下船していった。
◇◇◇◇◇◇◇
アルンの軍服を着た港湾職員さんに案内されて、僕ら6人は、建物内の廊下を歩いていく。
辿り着いたのは、来賓用控室だ。
コンコンコン
職員さんが扉をノックする。
「――開いとるで」
中から、妙な訛りのある、美しい少年の声が返った。
(あ……)
とても、懐かしい声。
職員さんは、僕らに微笑みかけると、一礼して脇にどく。
(…………)
僕は、ドアノブに手を伸ばした。
ゆっくりと力を込めて、扉を開く。
ガチャッ
そこには、2人の先客がいた。
「――――」
金髪碧眼の美少年。
紫色のウェーブヘアと真紅の瞳をした美女。
窓辺のソファーに座る2人の肉体は、神気の白い光をぼんやりと発光させている。
少年が立ち上がり、
「あぁ、やっと来たな、マール」
両手を広げて、白い八重歯を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。
美女も微笑み、立ち上がる。
「待っていたわよ」
大人びた微笑みを浮かべる瞳は、昂る感情に少しだけ潤んでいる。
「ラプト、レクトアリス!」
僕らは、お互いに駆け寄った。
ラプトとギュッと抱き合う。
「ははっ、久しぶりやな、マール!」
「うん」
「自分、元気やったか?」
「うん、元気。そっちは?」
「こっちも元気や」
「そっか」
僕は笑った。
ラプトも笑って、パンパンと僕の腕を叩いてくる。
「マール、久しぶりね」
「レクトアリス」
今度は、レクトアリスが抱擁を求めてくる。
大人びた彼女と抱き合う。
「あら? 少し背が伸びた?」
彼女は、驚いたように言った。
「え、そう?」
「えぇ、前より大人っぽくなった気がするわ」
ふぅん?
2人と別れてから、半年近く経っているからね。
(そういうこともあるかも)
ちょっと嬉しくなって笑う。
そんな僕の表情を見て、レクトアリスも穏やかに微笑んだ。
キルトさんが、そんな僕らに声をかける。
「久しぶりじゃな、2人とも」
「お、化け物女か?」
「化け物とはなんじゃ。相変わらず口が悪いの」
「ははっ、すまんすまん、キルトやったな。そっちの白い槍の姉ちゃんも元気そうやな」
「どうも」
イルティミナさんは軽く会釈。
レクトアリスは、その隣にいる少女に笑いかける。
「久しぶりね、ソル。あれからも、ちゃんと勉強してる?」
「してるわよ」
ソルティスは軽く肩を竦め、
「でも、独力だと大変なのよね。せっかく会えたんだし、また色々と教えてよね」
そう言って、ニヤッと笑った。
レクトアリスも、笑って頷く。
それから、その後ろに立っているハイエルフさんに気づいた。
「貴方が、報告にあった『神術』を使ったハイエルフ?」
「……ん、そう」
「ふぅん?」
真紅の瞳がまじまじと見つめる。
「まさか、人の身で使えるなんてね」
「…………」
「貴方たち人類は、本当に私たちの想像を簡単に超えてくるのね」
呆れと称賛の混じったような声。
コロンチュードさんは、よくわかっていないのか、寝癖だらけの金髪を揺らして、首をカクンと斜めに倒した。
そして、
「…………」
「…………」
2人の『神牙羅』は、最後の1人を見つめた。
金髪の幼女。
その水色の瞳も、静かに『神界の同胞』へと向けられている。
「ナーガイア」
ラプトが呟いた。
レクトアリスは、紅い瞳を細め、涙で潤ませる。
「また会えたわね、ナーガイア」
少しだけ声が震えていた。
カチッ
ポーちゃんの中の何かが噛み合った気配がした。
そして、
「ラプト、レクトアリス。2人に会えたことを、ナーガイアはとても嬉しく思っている、と、ポーは伝える」
その幼女は、そう答えた。
ラプトとレクトアリスは、少し驚いた顔をした。
けれど、すぐに納得したように頷いて、
「……そうか。自分、ほんまに脳をやられたんやなぁ」
と痛ましそうに言った。
(あぁ……そうか)
ポーちゃんは、負傷した神龍ナーガイアの創った疑似人格だ。
本来のナーガイアとは、違う。
そして2人は、ポーちゃんではない頃の神龍ナーガイアを知っているんだ。
「私たちのことは、覚えてる?」
レクトアリスが、不安そうに訊ねる。
ポーちゃんは頷いた。
「ポーは、ポーの記憶の中に2人を見つけていると答える」
「そう」
『よかったわ』と微笑むレクトアリス。
ラプトは、少し辛そうに笑った。
「マールもナーガイアも、人界に召喚されて本当に大変やったな」
「…………」
「…………」
「肉体も、人間と同じように変質してまうしの。けど、生きとってくれて何よりやわ」
ギュッ
小さなポーちゃんの身体を、彼は抱きしめる。
レクトアリスも、同じように身を寄せた。
(…………)
ポーちゃんの水色の瞳は、2人を見つめて、とても優しい光を灯していた。
ポンポン
小さな幼女の手が、2人の背中を軽く叩く。
「2人が生きていてくれて、ポーも、ナーガイアも嬉しいと伝える」
「さよか」
「そう」
2人も笑った。
再会を喜ぶ3人の姿に、僕はちょっとだけ涙ぐんだ。
イルティミナさんたち人類4人も、その抱擁を、黙って見守っていてくれる。
窓からの光が、3人の『神の眷属』の姿をキラキラと照らしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
再会の空気が落ち着いてきた頃、僕は、改めて室内を見回した。
(…………)
この部屋には、2人の姿しか見つけられない。
「マール?」
気づいたイルティミナさんが声をかけてくる。
その声で、みんなの視線もこっちに向いた。
「あ、いや」
僕はちょっと戸惑いつつ、
「ラプトとレクトアリス以外は、いないんだなぁ……と思って」
と答えた。
アルン神皇国でお世話になったもう2人の姿を、つい探してしまったんだ。
ラプトが「あぁ」と頷いた。
「あのでっかい将軍さんは、来てないで」
「そうなの?」
でっかい将軍さん。
つまり、ダルディオス将軍のことだと思うけど、
「なんや、外せん任務があるそうや。自分らに会えなくて、残念がっとったぞ」
と教えてくれた。
(そっか)
キルトさんも、少し残念そうな顔だ。
でも、将軍なんだもんね。別の任務があるんじゃ仕方がないよ。
と、
「あのでっかい将軍は……ということは、もう1人のあの女は来ている、ということですか?」
イルティミナさんが、少し表情を固くして問いかける。
レクトアリスは頷いた。
「来てるわよ」
「…………」
「私とラプトの保護者というか、監視役というか、あれからずっと一緒にいるもの。今日も付き添いで来ているわ」
……来ている。
あの人が。
ドクン
その事実に、ちょっと胸が高鳴った。
「じゃあ、今、どこにいんのよ?」
ソルティスが問う。
「自分らの入国手続きのためとかで、そっちの船長さんやら、港の責任者やらと書類仕事があるらしいで。んで、今は席を外しとる」
「そうなの?」
じゃあ……?
「あぁ。せやから、すぐに戻ってくるやろ」
ラプトがそう言った時だ。
フワッ
(!)
僕の鋭い嗅覚が、あの懐かしい匂いをかすかに捉えた。
バッと扉の方を振り返る。
「マール、どうした?」
キルトさんたちが不思議そうな顔をする。
「…………」
イルティミナさんだけが何かに気づいて、扉を睨むように見つめた。
コツ コツ
遠くから、規則正しい足音が聞こえてくる。
でも、ちょっと早足。
だんだんと廊下を近づいて、それは扉の前で止まった。
「スーハー」
深呼吸するような気配。
コンコンコン
3回ノック。
「失礼する」
凛とした美しい声が告げて、ドアノブが回転した。
ガチャッ
扉が開く。
その向こうから、あの人が姿を現した。
(…………)
軍服に身を包んだ男装の麗人。
長く美しい青髪は結い上げられて、頭の後ろでまとめられている。
澄んだ碧色の瞳。
その美貌には、別れている間に負ったのか、左頬に白い傷跡ができていた。
「……フレデリカさん」
僕は、震える声で名を呼んだ。
彼女の視線が、こちらを見つける。
かすかに瞳孔が開いて、彼女は、凛とした美貌に甘く溶けるような微笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、マール殿。……ずっと会いたかったぞ」
その唇が、花咲くように綻んだ。
フレデリカ・ダルディオス。
アルン神皇国にいる間、ずっとお世話になった黒騎士のお姉さん。
――こうして、僕らはフレデリカさんとも再会したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




