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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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224/825

222・キルトの心

第222話になります。

よろしくお願いします。

 ピ~ヒョロロ


 鳥の鳴き声が、遠い空のどこかから聞こえてくる。


(求婚って……)


「け、けけ、結婚を申し込まれたってこと!?」


 僕は叫んだ。


 ムグッ


「声がでかいっ」


 赤くなったキルトさんの手が、僕の口を慌てて押さえる。


 しばしの沈黙。


 僕は『大声は出さない』と、コクコクと頷く。


 キルトさんの手が離れた。


 すぐに問う。


「それって今朝? アーノルドさんに呼び出されたのは、そのため?」

「う、うむ。どうやらそのようじゃ」


 頷くキルトさん。


(ふわぁあ……)


 大人だ。


 大人な話だ!


 なんという一大事だろう。


「それでそれで? キルトさんは、どう答えたの?」


 顔を近づけ、問いかける。


 間近に迫った僕の顔に、キルトさんはちょっとたじろぎ、視線を外しながら、


「……保留にさせてもらった」


 おぉおお?


 それはつまり、脈ありってこと?


「いや、もちろん最初は断ったのじゃ。しかし、あまりに真剣に頼まれての。食い下がられて、答えは明日にしてもらった」


 キルトさんはそう説明してくれる。


(は~、なるほど)


 今朝、アーノルドさんに会った時、


『伝えるべきは伝えた』


『あとは、彼女の決断次第だ』


 って言っていたのは、そういう意味だったのか。


 と、そこまで考えて、僕はふと冷静になった。


(あれ……ちょっと待って?)


 アーノルドさんって、確か、この国の王子様ですよね?


 いつかはこの国の王様になる人ですよね?


 ということは、


「もし結婚したら、キルトさん、この国の王妃様になっちゃうの?」

「いつかはの」


 キルトさんは、気難しい顔で答えた。


(ひぇええ……)


『金印の魔狩人』ってだけでも凄いのに、次は『一国の王妃様』だなんて、この人は、どこまで行ってしまうのだろう?


 唖然とその美貌を見つめてしまう。


 と、


「たわけ」


 ピシッ


 おでこを軽く指で弾かれた。い、痛い。


「まだ決めたわけではないと言っておろうに」

「う、うん」


 赤くなった額を押さえながら、頷く僕。


 気持ちを落ち着けて、


「じゃあ、キルトさんは、実のところ、アーノルドさんのことをどう思ってるの?」


 と聞いてみた。


 キルトさんは「ふむ」と腕組みして考え込む。


「気の良い男だ。嫌いではない」

「うん」

「波長が合うというのか、話していても楽しいしの。腕っぷしもまずまず、胆力も悪くない。……人種の差はあるが、わらわは、そこまで気にはならん」


(ふぅん?)


 悪く思ってはないみたい。


「しかし、それだけで結婚するかと言われるとな……」

「迷うんだ?」

「うむ」

「アーノルドさんの方は、なんて言っていたの?」


 キルトさんは、少し黙った。


 頬を赤らめながら、


「この世界で、わらわほどの良い女を見たことがないそうじゃ」


 おぉ……。


「美しく、強く、酒の楽しみ方も知っている。何よりも、その強き心に惹かれた。求婚せずにはいられなかった……とな」


 断られるとしても後悔したくはなかった。


 応えてくれるならば、必ずお前を幸せにする。


 少なくとも、お前が隣にいてくれるならば、俺は、この世の誰よりも幸せになるだろう。


 ――彼は、そんなことを言ってくれたそうだ。


(ね、熱烈だね)


 聞いてるこっちがドキドキしてしまう。


 キルトさんも、その時のことを思い出しているのか、熱を抜くように大きく息を吐いた。


「正直に言えば、嬉しかった」

「…………」

「これまで戦士として認められることはあっても、そこまで女として求められたことはなかったからの」


 …………。


 はて?


 今は亡きエルドラド・ローグさんからも、求婚されてなかったっけ?


「ハーレム男の言葉なぞは、信用ならん」


 キルトさん断言。


 哀れ、エルドラドさん……。


 まぁ、今は彼のことは置いておいて、


「それでも、アーノルドさんと結婚するのは、迷ってしまうの?」

「うむ……」


 彼女は、困ったように形の良い眉をしかめた。


「あの男のことを、自分が好いているのかわからぬ……というのもあるが、それ以上に、責任がの」

「責任?」

「わらわは、シュムリアの『金印の魔狩人』じゃ」


 それは強い覚悟の声。


 キルトさんは、自分の右手を見つめた。


「この手は、多くの人々に救いを求められておる。わらわは、それに応えると決めた。それを投げ出すわけにはいかぬ」


 …………。


(そっか)


 結婚するということは、ヴェガ国の人になるということだ。


 それは言い換えれば、シュムリアの人々を見捨てるということ。


(責任感の強いキルトさんに、それはできないよね)


「アーノルドは、待つと言った」

「…………」

「これから数年、シュムリアのために尽くし、心のけじめをつけて嫁いでくれれば良いと」


 ……アーノルドさん、本気だ。


 僕は言った。


「キルトさんは、それじゃ駄目なの?」

「…………」


 キルトさんは答えなかった。


 やがて、


「わからぬ」


 そう迷った声で言った。


 そのまま、黄金の瞳を細めて、空中を見上げる。


 美しい銀髪が、肩から流れ落ちた。


「あの男に惹かれぬわけではない。魔狩人ではない女としての日々も、悪くないとも思える。……じゃが、何かが引っ掛かる」


(何か……?)


「それがわからぬ」

「…………」

「ゆえに、こうしてわらわは、マールに話しているのかもしれぬな」


 う、う~ん。


 何かと言われても、僕には、皆目見当もつかない。


 キルトさんは、僕を見た。


「そなたは、どうして欲しい?」

「え?」

「わらわに結婚して欲しいと思うか? それとも、まだそばにいて欲しいと思うか?」


 僕……?


(僕は……)


 自分の心を覗いてみる。


 それから、青い瞳でキルトさんの目を真っ直ぐ見つめて、正直に答えた。


「寂しい」

「…………」

「キルトさんには、幸せになって欲しい。だから、結婚したいなら応援する。……でも、お別れになってしまうのは、やっぱり寂しいよ」

「…………」


 キルトさんの黄金の瞳に、訴える僕の顔が映り込んでいる。


 その瞳が伏せられた。


「そうか」


 彼女は、短く言った。


 なんだか安心したような声だった。


 キルトさんの手が伸びてきて、僕の髪を慈しむように撫でてくれる。


「わらわは、怖かったのかもしれぬ」

「え?」

「今までの自分とは異なる自分になることが……そういう人生に突然、切り替わることが……受け止め切れなかったのであろうの」

「…………」

「意外と臆病であったな、わらわも」


 自分でも気づいていなかった、とキルトさんは苦笑した。


 髪を撫でる指は、気持ちいい。


「よくわかった」


 その指が離れた。


 キルトさんは、ようやく心の定まった顔をしていて、


「アーノルドには悪いが、やはり断ることにする」


 えっ!?


 突然の断言に、僕は驚いた。


 すぐに慌てた。


「あ、あの……もし僕の言ったことが気になったなら、忘れてね?」


 僕の発言のせいで断るのだとしたら、アーノルドさんに申し訳ない。


 キルトさんは笑った。


「違う。マールは関係ない」

「…………」

「自分の心を見定めることができたというだけじゃ」


 そう、なの?


「こう見えて、わらわは自分が思ったよりも『弱い女』であったようじゃ。その事実を受け入れようと思った」

「…………」

「無理をすれば、やがて、()()が壊れる」


 自身の豊かな胸元を押さえて、そう呟く。


 …………。


「本当にいいの?」


 僕は確認した。


 僕から見ても、アーノルドさんは良い人だし、格好いい。


 結婚したら、キルトさんとお似合いで、きっと全身全霊で幸せにしてくれると思えた。


「うむ」


 キルトさんは頷いた。


「わらわは、そなたが思うほどに『良い女』ではない」

「…………」

「あの男にも、勿体なかろう」


 そうかなぁ?


 でも、キルトさん自身がそう感じてしまったなら、それはもう仕方がないことなんだろう。


(なんだか、アーノルドさんに申し訳ないことしちゃったかな?)


 でも、それでも無理をして結婚する方が、キルトさんには不幸だったのかもしれないし……。


 答えは出ない。


 考え込む僕に、キルトさんは笑う。


「そう気にするな。これはわらわとアーノルドの問題じゃ」

「…………」

「そして、これがわらわの決断であっただけのこと」

「……うん」


 僕は、力なく頷く。


 キルトさんは困ったように笑った。


 そして、白い手が僕の後頭部を押さえて、引っ張った。


 コツッ


(わっ?)


 おでこ同士がぶつかった。


 驚くほどの至近距離から、キルトさんの美貌が僕を見つめている。


 柑橘系の甘やかな匂い。


 ちょっとドキドキした。 


 見つめ合いながら、彼女は言った。


「結婚するのであれば、わらわには、マールのような男がちょうど良いのであろう」


 …………。

 …………。

 …………。


(えっ!?)


 その言葉の意味に、僕はびっくりした。


 顔が熱を帯びてくる。


 キルトさんは白い歯を見せて笑い、手を離した。


 顔の距離も離れる。


「キ、キルトさん?」

「冗談じゃ」


 戸惑う僕に、キルトさんは軽やかに笑う。


(冗談……)


 そりゃそうだ。


 そう理解して、でも、ちょっとだけ落胆している自分を感じた。


「どうした?」


 キルトさんが問いかけてくる。


 僕は苦笑して、


「ううん。冗談だったのが、ちょっと残念だっただけ」


 と、正直に答えた。


 キルトさんは、パチパチと目を瞬いた。


「そ、そうか」


 少しどもりながら頷く。


 それから、どこか不思議そうな表情で、自分の胸の辺りを手で押さえた。


「? キルトさん?」

「…………」

「…………」

「いや、気のせいじゃろうな」


 彼女は呟いた。


 少しだけ頬が赤くなっている。はて?


 首をかしげる僕を、彼女は見つめた。


「存外、アーノルドよりも、そなたの方が良い男なのかもしれぬな」


 はい?


 ポカンとする僕に、彼女は笑った。


「なんでもない。それより、話は終わった。今度こそ、稽古をするとするか?」

「あ、うん!」


 僕は、元気よく頷く。


(そうこなくっちゃ)


 木剣を手に立ち上がった。


 そんな僕を見つめて、キルトさんは、優しい笑みで頷いている。


「結婚するならば、マールの方が……か」


 と呟いた。


 それから、すぐに表情を師匠のそれに戻して、


「では、始めるぞ!」

「はい、キルトさん!」


 僕らは互いの手にした木剣を構える。


 意志が感じられる。


 向き合うだけでもわかる。


 信頼があって、安心があって、もっと熱い何かがあった。


 それが伝わる。


「やぁああ!」


 己の心を剣に乗せて、僕は踏み込んだ。


 王宮殿の真っ白な稽古場で、僕らのぶつけ合う木剣が、澄んだ音色を軽やかに響かせた――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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