221・王宮殿のロマンス
第221話になります。
よろしくお願いします。
翌朝、目を覚ますと、部屋にソルティスがいなかった。
(あれ?)
キョトンとする僕に、イルティミナさんが教えてくれる。
「おはようございます、マール。ソルなら、顔を洗いに外の水場に行きましたよ?」
「あ、そうなんだ?」
僕は頷いて、
「おはよ、イルティミナさん」
と笑った。
彼女は「ふふっ」と柔らかく微笑んで、白い指で僕の髪を梳いてくれる。
「ここ、寝癖になってますね」
あらら?
指で触ると、毛先がピョコンと跳ねている。
(ん~?)
「僕も、ちょっと水場に行って、直してくるよ」
「はい」
少し恥ずかしがる僕に、イルティミナさんは微笑みながら頷いた。
「そういえば、キルトさんは?」
「アーノルドのところです」
「え?」
こんな早朝から?
「なんでも呼び出しがあったとかで、ついさっき部屋を出ていきましたよ」
「そう」
何かあったのかな?
(ま、いいか)
あの2人、馬が合うみたいだし、話し合いはいつものことだしね。
僕は頷いて、
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「はい、マール。いってらっしゃい」
優しく笑うイルティミナさんに見送られながら、客室を出ていった。
◇◇◇◇◇◇◇
王宮殿には、いつも水の流れている水飲み場が、いくつか用意されている。
僕は、その1つに向かった。
朝が早いからか、他に人の姿はなかった。
パシャパシャ
(う~、冷たいね)
ピョコンと跳ねた髪を濡らして、タオルで乾かす。
寝癖を直すついでに、顔も洗って、目も頭もしゃっきりした。
「ふぅ」
タオルで水分を吸い取る。
そうして、タオルが視界から外れた時、ふと同じ廊下を向こうから歩いてくる少女を見つけた。
(あ、ソルティスだ)
「あ」
向こうも、こっちに気づく。
「おはよ、ソルティス」
僕は、笑って声をかける。
ソルティスは、なぜか驚いた顔をしていて、
「お、おはよ、マール」
視線を少しずらしながら、返事をしてくれる。
(?)
なんか、頬が赤いような……? 気のせい?
ま、いいか。
「ソルティスも部屋に帰るところ? じゃあ、一緒に行こうよ」
「う、うん」
彼女は、ぎこちなく頷いた。
そうして僕らは、一緒に廊下を歩いていく。
チラッ
見れば、ソルティスの細くて綺麗な紫色の髪には、左耳の上にオリハルコン製の『蝶々の髪飾り』が飾られている。
…………。
ちょっと嬉しい。
「ありがと、ソルティス」
「え? な、何がよ?」
びっくりしているソルティス。
「僕のプレゼント、使ってくれてるんだと思って」
「…………」
「それが、なんか嬉しくてさ」
と、照れながら、素直に伝えた。
ソルティスは、ポカンと僕の顔を見つめた。
「~~~~」
それから、その顔が真っ赤に染まっていく。
え?
ゲシッ
(アイタッ!?)
突然、足を蹴られました。
「う、うるさい、うるさい、この馬鹿マール!」
真っ赤になって怒鳴られる。
(え? え?)
「わ、私は騙されないんだからね! この無自覚男!」
な、何の話?
「えっと? あの……ソルティス、さん?」
「あ~もう! アンタは、イルナ姉とだけ仲良くやってればいいのよ! 阿呆、間抜け、甲斐性なし!」
え、えぇええ~?
ソルティスさんは、なぜか怒っている。
「ほんと、マールのくせに!」
プイッ タタタッ
真っ赤な顔を逸らして、そのまま廊下を小走りに行ってしまわれた。
残された僕は、呆然だ。
(えっと……?)
プレゼントの話をしたら、怒られてしまった。
どうして?
ポカンとしながら、少女の消えた廊下を見つめてしまう。
と、
「はははっ、お前たち2人は、朝から仲が良いな」
後ろから声をかけられる。
振り返れば、そこには獅子の獣人さんの姿があった。
「アーノルドさん」
「おはよう、マール」
彼は、毛に覆われた片手を上げ、白い牙を見せて笑った。
僕は問う。
「あの……もしかして、今の見てました?」
「あぁ」
わ~、恥ずかしい。
僕は赤面だ。
そのまま、肩を落として打ち明ける。
「なんか、怒られちゃいました……」
「そうだな」
「プレゼント……もしかして気に入らなかったのかな?」
「うん?」
彼は驚いた顔をする。
「違うだろ。むしろ逆だ」
え?
「女は、気に入らないものを身につけたりはしない」
「…………」
「あの子は単に、自分がプレゼントを気に入っている姿を、お前に知られてしまったことが恥ずかしかっただけだ」
……そうなの?
「あぁ。誤解されると可哀相だから伝えるが、あの子は、さっきも水場の水面に映った自分の顔と髪飾りを眺めて、ニヤニヤしていたぞ」
…………。
(そ、そうなんだ)
それを知らされたら、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。
嬉しいんだけど、恥ずかしい。
なんだ、これ?
赤くなってしまう僕に、アーノルドさんは目を丸くする。
それから喉を晒して笑った。
「はははっ! お前たちは初々しいな」
「…………」
「お前たちを見ていると、なんだか懐かしい気持ちを思い出してしまうぞ」
そ、そうですか。
ちょっと戸惑ってしまった僕だけど、ふと思い出した。
「あ……そういえば」
「ん?」
「アーノルドさん、キルトさんと一緒じゃなかったんですか? 朝、呼び出したって聞いたけど」
僕の問いに、彼は、獅子の瞳を細めた。
「あぁ、伝えるべきことは、もう伝えた」
「…………」
「あとは、彼女の決断次第だ」
決断……?
ポンッ
見上げる僕の頭に、大きな獅子の手が乗せられた。
「ではな、マール」
「あ、はい」
白い牙を見せて笑うと、彼は廊下を歩き去っていった。
…………。
撫でられた頭を、なんとなく触ってしまう。
それから僕は、気を取り直して、イルティミナさんの待っている客室へと、1人で廊下を歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇
部屋に戻っても、ソルティスはあまり口をきいてくれませんでした。
「ふぅん」
「あっそ」
「ん」
こんな感じの返答しか、してこない。
…………。
「大丈夫。しばらくすれば、元に戻りますよ」
少女の姉は、そう言ってくれる。
うん……。
僕もそう信じたい。
そんな風にして時間を過ごし、その日の午後になった。
午後はいつも、キルトさんと稽古の時間。
「キルトさん、稽古しよう」
「……あ、うむ」
銀髪のお姉さんを誘って、王宮殿の中にある訓練場へと向かった。
真っ白な大理石で造られた空間だ。
白い石は滑らかで、指で触るとキュッと音がする。
広さは、体育館ぐらい。
そんな中で、僕らは木剣を手にして、2人きりで向き合った。
「じゃあ、行くよ」
「…………」
返事がない。
(?)
キルトさんは木剣も構えず、ぼんやりと空中を見ている。
「? キルトさん?」
「あ……」
もう一度、声をかけたら、彼女はハッと我に返った。
「う、うむ、いつでも来い」
木剣を構える。
「…………。うん」
僕は頷いて、銀髪の美女へと斬りかかっていった。
ヒュッ カンッ
打ち込みは、あっさり弾かれる。
(まだまだ)
ヒュッ ヒヒュン カン カカン
連撃も、あっさり防がれる。
さすが。
と、いつもなら思うんだけど、
「…………」
「…………」
キルトさんの剣が、なんだかおかしい。
上手く言えないんだけど、覇気がないというか、ぶつかる剣から意志を感じない。
カンッ カィン
いつもなら、意思を感じる。
『打ち込みが甘い』
『もっと速く』
『今のはよかったぞ』
言葉にはしていないけれど、剣が、彼女の声をそう教えてくれるんだ。
それが、
『…………』
今日は何もなくて、空白だった。
(???)
気のせい?
いや、でも……やっぱりおかしい。
まるで上の空のまま、機械的に僕の剣を受けているだけみたいに感じたんだ。
「…………」
なんとなく、打ち込みをやめる。
キルトさんは、ぼんやりしていた。
5秒ぐらいして、「!?」という顔になり、
「どうした、マール?」
と、ようやく問いかけてくる。
僕は言った。
「キルトさん、何かあった?」
「……何?」
キルトさんは、黄金の瞳を丸くする。
僕は、言葉を重ねる。
「今日のキルトさんの剣、なんだかおかしいよ? 剣から何も聞こえない。……もしかして、僕と稽古したくない?」
「…………」
「…………」
「そうか……。マールも、剣の声が伝わるようになっていたか」
キルトさんは、優しい顔で笑った。
それから、
「すまぬ」
豊かな銀髪を揺らして、深く頭を下げてくる。
え?
ちょっと慌てた。
そんな僕に、彼女は謝る。
「稽古をすると言いながら、稽古をしてやらなんだ。本当にすまなかった、マール」
「う、ううん」
僕は、慌ててブルブルと首を振る。
「それよりも、何かあったの、キルトさん?」
「…………」
「心配事? 僕で良ければ、相談に乗るよ? ……まぁ、役に立つかはわからないけれど」
最後に自信なく付け加える。
「ふっ」
キルトさんは笑った。
木剣を杖のようにして寄りかかり、大きく息を吐く。
「わらわも、弟子に心配されるようになってしまったか」
「…………」
「しかし、そうじゃな。話せば楽になることもあるかもしれぬ。……少し、話を聞いてもらえるか?」
「うん」
(もちろんだよ)
僕は、大きく頷いた。
いったん、稽古を中断して、僕らは大理石の真っ白な床へと座った。
「…………」
「…………」
並んで座り、ぼんやりと天井を見上げる。
話すと言ったけれど、キルトさんは、しばらく何も言わなかった。
僕も、辛抱強く待つことにする。
5分ぐらいして、ようやく気持ちの整理がついたのか、キルトさんは口を開いた。
「今朝、アーノルドに呼びされた」
「うん」
知っている。
僕が起きた時には、もういなかった。
「時間は早かったが、いつものように国の未来についてを相談されるのだと思っていた」
「うん」
「しかし、今朝は違っての」
「…………」
その時、キルトさんの瞳の中で、色々な感情の光が流れた。
そして、
「――わらわは今朝、アーノルドに求婚されてしまった」
と爆弾発言を落としたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




