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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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190・レヌの願い

第190話になります。

よろしくお願いします。

「――そうして私は、『樹鬼』と呼ばれる魔物になりました」


 レヌさんは、そう締め括った。


(…………)


 あまりに壮絶な過去で、なんと言って良いかわからない。


 隣のソルティスも、苦い料理でも食べたあとのような顔をしている。


 ちなみに『樹鬼』というのは、僕らが目撃した、全身が植物でできているような人型の魔物の名前なんだって。


「それで、復讐は果たせたのですか?」


 イルティミナさんが淡々と問う。


 レヌさんは頷いた。


「はい」


 復讐――つまり、貴重な食料を盗んだ冒険者たちを始末したということだ。


(……彼らに、同情はできないね)


 犯した罪の報いを受けた……僕には、そう思えてしまう。


 ただ、それが魔物の力、『闇の子』の協力によってだというのが、ちょっと複雑な気持ちだった。


 ソルティスが、前に身を乗り出す。


「ね? 魔物になるって、どんな感じだったの?」


 好奇心に満ちた瞳。


(こ、こういう状況で、よく聞けるね?)


 ちょっと感心してしまう。


 呆れる僕だったけれど、優しいレヌさんは、真摯に答えてくれた。


「自分の中に、強い力を感じました。人であった時にはあり得ない力……魔物になった時には、万能感に近い恍惚が生まれます」

「へぇ~?」


 メモを取る眼鏡少女。


「恐怖のような感情も、消えたように思えます。負傷の痛みや死を、あまり恐れなくなりました」

「ふんふん」

「だから、人を殺すことへの躊躇もありませんでした」

「…………」


 ちょっと沈黙。


 それでも問う。


「つまり、人としての価値観が消えたってこと?」

「そう……だと思います」


 レヌさんは、自己嫌悪に陥っているような顔で頷いた。


「特に心の中を占めていたのは、あの『闇の子』に対する愛情のような気持ちです」


(愛情……?)


 驚く僕ら。


 レヌさんは、言葉を選ぶようにしながら、教えてくれる。


「まるで母親であるかのように、彼の望みを叶えるためならば、何でもしてあげたくなり、彼を守るためならば、命さえも惜しくはありませんでした」

「…………」

「同時に、強い畏敬の念もありました。王に、あるいは神に対するように」


 褐色の手は、胸元を押さえる。


 まるで、そこにあった大切な何かを確かめるように。


 大きく息を吐いて、


「その感覚は、他の魔物にされた皆も、同じだったように思えます」


 と続けた。


(……そういえば)


 レヌさんを取り戻した時、『闇の子』は『自分の同胞かぞくを奪った』と激しい怒りを見せていたっけ。


 話を聞き終え、ソルティスは「ふ~ん?」と唸った。


「なるほどね。ただ魔物にするだけじゃなくて、きちんと忠誠心も構築される魔法だったのね」


 またメモを取る少女。


 眼鏡の奥の紅い瞳が、もう一度、レヌさんを見上げて、


「じゃあ、今は?」


 と聞いた。


 レヌさんは、どこか寂しそうに笑った。


「その感情は、ありません。……ただ、胸の奥が空っぽになったような虚しさが残っていますが」


(……レヌさん)


 ソルティスは、「そっか」と呟いて、


 パタン


 メモを閉じた。


「ありがと。色々と貴重な情報が聞けたわ」

「いいえ」


 嬉しそうなソルティスに、レヌさんは複雑そうに笑った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 それからも、聞き取り作業は続いた。


 レヌさんを見つめて、キルトさんが問いかける。


「そなたのように魔物にされた者は、他に何人ぐらいいる?」


 レヌさんは、赤毛の髪を揺らしながら首を傾け、己の記憶を探る。


「50人ほどです」

「ほう」


 50人……結構な人数だ。


(魔物1人1人が、銀印と同じレベルの強さだったから……凄い戦力だね)


 驚く僕。


 けれど、レヌさんは、


「ただし、これは私が認識している範囲の話ですが」


 と付け加えた。


(え……?)


 他の3人も驚いている。


「『闇の子』は各地に拠点を置いているんです。私のいる拠点では50人。ですが、他の拠点に何人いるかまではわかりません」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ちょっと待って欲しい。


(アイツは、もうそんなに勢力を拡大してるの!?)


 強い焦燥感が沸き上がってきた。


 キルトさんも険しい顔である。


「ソル、荷物の中から地図と筆を取ってくれるか?」

「あ、うん。わかったわ」


 少女は、すぐに言われた物を用意する。


 受け取ったキルトさんは、折りたたまれていた地図を、レヌさんの目の前のベッドに広げた。


 それはアルバック大陸全土の地図だ。


「わかる範囲で良い。そなたの知る拠点の場所を教えてくれ」


 そう言いながら、レヌさんの手に筆を握らせる。


「はい」


 頷いたレヌさんは、地図を見つめた。


 筆先をインク壺につけて、


 スッ スッ スッ……


 地図の上に丸を書いていく。


(……嘘でしょ?)


 書かれるたびに、僕らの表情が強張っていく。


 筆が止まった。


「……私が知っているのは、これだけです」


 レヌさんは、重い声で言った。


 丸の数は、なんと21ヶ所もあった。


 それも国を超え、シュムリア王国のみならず、アルン神皇国、テテト連合国にまで位置が及んでいる。


「……これほどか」


 キルトさんの声には、強い驚嘆が滲んでいた。


 1ヶ所の拠点に、50人。


 21ヶ所の拠点なら、1050人。


 あの恐ろしい『刺青の人』たちが、そのぐらいいる計算になる。


 しかも、これはレヌさんが把握しているだけで、実際には、それ以上の拠点が存在する可能性もあるのだ。


「さすがに、まず過ぎない……これ?」


 ソルティスが青い顔で呟く。


 無言で頷いたイルティミナさんも、硬い表情だった。


「さすがに想定以上じゃの」


 歴戦の『金印の魔狩人』は、低い声で言う。


 そんな僕らに、レヌさんは語る。


「『闇の子』自身は、これら各地の拠点を転々としています。その所在は、私たちにもわかりません」


 ……なるほど。


 居場所がわからない。


 それはつまり、僕らに奇襲されないためだ。


(……仲間が捕らえられ、尋問される可能性も考えていた……ってことかな?) 


「奴め、相当の知恵者じゃの」


 あの鬼姫キルト・アマンデスが賞賛の悪態を口にしている。


 それほどの知略の持ち主。


 僕は、改めて、褐色の美女を見た。


「レヌさん。アイツは……『闇の子』は、いったい何をしようとして動いていたのか、わかる?」


 レヌさんと3人が、僕を見る。


 レヌさんは少し考えて、


「基本的に私たちは、彼の指示に従うのみです。その先に何があるのかは、彼本人しか見えていなかったと思います」

「…………」

「ただ、私がしていたのは仲間を集めること」


(仲間を……?)


 レヌさんは、瞳を伏せる。


「そのために、人為的な不幸を作りだし、憎しみを抱く人々を大勢作りだすための活動をしていました……」


 …………。


 その告白に、空気が重くなった。


 刺青の人たちは、心にある負の感情が強いほど、より強力な魔物になるという。


(そのために……)


 そんな目的のために、いったい、どれほどの人々が苦しめられ、殺されたんだろう?


 レヌさんは、罪悪感に押し潰されそうな顔をしている。


 僕は、その手を握った。


「嫌なことを思い出させて、ごめんなさい。でも、貴方は何も悪くない」

「…………」

「教えてくれて、ありがとう」


 彼女を安心させようと、笑いかけた。


 レヌさんは、僕を見つめた。


 なんだか、泣きそうな顔だった。


 キュッ


 すがるように、握った手を握り返される。


 そんな僕らを、イルティミナさんは、ちょっと複雑そうに見つめていた。


 ソルティスが、自分たちのリーダーを振り返る。


「仲間を増やすってことは、つまり、他の『悪魔』……というか、他の『闇の子』との戦いに備えてるってこと?」


 キルトさんは、難しい顔で答えた。


「それもあるであろうが、奴はもっと先も見ているのであろう」

「もっと先?」

「自分以外の全ての『闇の子』を滅ぼしたあと、つまり、『人類との戦い』についても備えているということじゃ」


 …………。


 だからこそ、1000人を超える『刺青の者』たちを用意しているのか。


(なんて奴だ)


 停戦と共闘を持ちかけながら、裏では、すでに殺し合う準備をしている。


「奴め……まともにやり合うよりも、よほど手強いの」


 キルトさんは、遠くを睨みながら呟く。


(本気なんだね……)


 自分の世界を手に入れる――普通なら、ただの戯言とされるような言葉を、アイツは本気で為そうとしているんだ。


 負けられない。


 絶対に負けられない。


 そのために、多くの人を不幸にしていいなんて考え方は、僕には受け入れられない。


 ギュッ


 小さな拳を握る。


(アイツの野望は、絶対に阻止してみせる!)


 改めて、そう固く心に誓ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 気がつけば、夕方になっていた。


 窓の外では、ツペットの町並みや白銀の世界が赤く染まっている。


 レヌさんは、その輝きに瞳を細め、それから、その瞳を僕らへと向けた。


「私は……これから、どうなるのでしょう?」


 不安げな声。


 僕と姉妹の視線は、自然とキルトさんへと向けられる。


「その身柄は、シュムリア王国で保護することになるであろうの」


(そうなんだ?)


「そなたの持つ『闇の子』に関する情報は、とても貴重なものじゃ。王国では、より詳しく話を聞かれることになるであろう」

「……はい」

「また魔物から人間に戻ったというのも、そなたが初めてのケースじゃ。再び魔物に戻る可能性や、その心身の影響なども調べねばならぬ。もしもに備え、経過観察を受けねばならぬということじゃ」

「……わかりました」


 レヌさんは、頷いた。


 ソルティスは唇を尖らせる。


「コロンチュード様の魔法よ? 問題なんて起きないわよ」

「今はの」


 キルトさんは、そう答えた。


(今は……?)


「『闇の子』は切れ者じゃ。自身の仲間を減らされる魔法の存在を知った以上、次の手を打ってくるかもしれぬ」

「次の手?」

「魔法を無効化する対抗魔法を、作りだすやもしれぬ」


 …………。


「ま、まさか」

「わらわも、まさかと思う」


 少女を見つめながら、キルトさんは言う。


「しかし奴は、わらわたちの予想の数歩先を行っていた。有り得ぬ話ではない」

「…………」

「コロンには、レヌの肉体を調べてもらう。魔物から人に戻った現物じゃ、そこから、魔物を人に戻すための新たな方法、その可能性も探してもらいたい」


 黄金の瞳は、鋭い光を放っている。


「こちらも打てる手を打たねば、いつか奴に喰い殺される気がするのじゃ」


 …………。


 まるで戦場に立っているような静かな闘志を、キルトさんから感じる。


 ソルティスは、それ以上、何も言うことはできなかった。


 その姉が、褐色の美女を見ながら、


「『闇の子』は、レヌを奪われたことに憤慨しておりました。取り返しに来ることはないでしょうか?」


 と問う。


 それに答えたのは、レヌさん本人だった。


「それはないと思います」


 僕らの視線が集まる。


「彼の怒りは、自分の所有物を奪われたことによるものです。私個人を欲してではありません」

「…………」

「私と同じ刺青を宿した者でも、作戦の捨て駒として使用されることもありました。『同胞かぞく』と表現してはいましたが、その意味は、私たち人間の使うそれとは、だいぶ違うと思います」


 ……そうなんだ。


 レヌさんは、少し寂しげな顔だった。


 まだ魔物であった頃の感情は、記憶として残っているんだろう。


「話が逸れたの」


 キルトさんは、銀髪を手でかいた。


「どちらにせよ、レヌはシュムリア王国へと連れていく」

「……はい」

「魔物であった頃の行いは、罪には問われぬと思う。しかし、人の感情とは厄介なものじゃ。すまぬが、心ない者たちからの言葉など、多少の覚悟はしておくのじゃぞ」


 レヌさんは、少し怯えた顔をする。


 けれど、すぐに覚悟を決めた顔で、


「はい」


 と頷いた。


「レクリア王女にも、その辺は、しっかりと口添えしておく。そう心配するでない」


 キルトさんは、そう優しく笑った。


(そういえば……)


 僕は、ふと思った。


 クイッ クイッ


 イルティミナさんの袖を引っ張って、「?」と顔を寄せてくれる耳元に、小声で訊ねる。


「レヌさんってテテト出身の人なのに、勝手にシュムリアに連れて行っていいの?」

「もちろん駄目ですよ」


(……え?)


「なので、テテト連合国政府に知られる前に、出国しなければいけません」

「…………」

「正直、テテト連合国にレヌの身柄を預けたとして、大した成果は期待できません。テテト政府の人々も無能ではありませんが、やはり、シュムリア、アルンに比べれば、国力が劣りますからね」


 そ、そうなんだ?


(……ついに僕も、国境破りに加担するのかぁ)


 理解はできても、脱法行為をすることには、ちょっと遠い目になってしまう。


 そんな僕に、イルティミナさんは、


「法律はルールであって、正義ではありません。これは必要悪ですよ」


 と朗らかに笑っていらっしゃったけど。


「あの……1つお願いがあるのですが」


 ふと、レヌさんが口を開いた。


(ん?)


 僕らの見つめる先で、彼女は、シーツを強く握り締めながら、


「シュムリアに行く前に、故郷の村へと行かせてはもらえませんか?」


(え……?)


「シュムリアに行ったら、二度とこのテテトの大地には戻って来れないかもしれません。なら、その前に、最後に両親と妹の墓参りをしたいのです」


 必死の表情だった。


(そっか)


 その気持ちはわかるし、僕は叶えてあげたいと思った。


 でも、キルトさんとイルティミナさんは、ちょっと難しい表情をしていた。

 ……え?


「すまぬ。それは無理じゃ」


 キルトさんが鉄の声で告げた。


「滞在許可証の日数がある。3日後、『妖精鉄』を手に入れたと同時に、わらわたちは、シュムリアに発たねばならぬ。それ以上の日数は、無理なのじゃ。そしてギタルカ領までは、とても3日で往復はできぬ」

「…………」


 そんな……。


「テテト政府に、貴方のことを知られる前に出国する必要もありますので」


 イルティミナさんも、申し訳なさそうに付け加えた。


 レヌさんは、絶望の表情を浮かべていた。


 でも、唇を噛み締めて、


「わかり、ました。……勝手を言って、すみません」 


 そう頭を下げる。


 僕とソルティスは顔を見合わせ、なんとも言えない表情になってしまう。


 僕は、隣のお姉さんを見上げる。


「本当にどうしようもないの?」

「ごめんなさい、マール」


 答えるイルティミナさんも辛そうだった。


 精神的なショックもあったのか、レヌさんは『少し疲れた』と訴え、またベッドで休ませることにした。


 お粥は、半分ぐらい残ったままだ。


 それから僕らは、夕食を取り、自分たちも今日ツペットの町に帰ってきたばかりで疲れていたので、早めに就寝することにした。


(…………)


 日が暮れて、窓の外には星空が広がる。


 イルティミナさんに抱き枕にされて、ベッドに横になりながら、けれど僕は、どうしても眠れなかった。


 レヌさんの悲しそうな顔。


 魔物のままであった方が良かったとは思わない。


 けれど、僕らのために、彼女の人生は、またも大きく揺り動かされることになったんだ。


(お墓参り……かぁ)


 僕は、しばらく考えて、


「うん」


 それから眠っているイルティミナさんを起こさないように、ベッドから静かに起き上がった。


 足音を忍ばせ、荷物をまとめる。


 それから、レヌさんの寝ている寝室へと移動した。


 キィ……


 小さく扉の軋む音がしてしまう。


「……誰?」


 眠れていなかったのか、薄暗い室内で、ベッドの上のレヌさんが上体を動かした。


 窓からは、紅白の月明かりが差し込んでいる。


 僕は、その光の中へと進み出る。


「マール……さん?」


 レヌさんは驚いたような声を漏らした。


 大きく見開かれた瑠璃色の瞳には、キラキラと輝く虹色の翼を生やした子供の姿が映り込んでいた。


 僕は、笑って手を伸ばす。


「僕が、貴方を村まで連れていってあげる。だから……僕と一緒に行こう、レヌさん?」

「…………」


 呆けたような表情。


 まるで信じられないものを見つけたように、レヌさんは、どこか陶然と僕を見つめていた。


 そして、その褐色の手が持ち上がり、


 キュッ


 伸ばされた僕の手を、しっかりと握ったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※現在は、週2回更新です。次回更新は、3日後の金曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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