184・白雪の戦い
第184話になります。
よろしくお願いします。
3体の巨大蟻が迫ってくる。
(速い!)
2メード近い巨体なのに、6本の足を駆使する動きは、とても素早い。
相手は、昆虫だ。
動物とは違って、その運動能力は凄まじい。
体重の何十倍もの重さの物体を動かしたりできるし、移動速度だって、人間の目では追えないものもたくさんいる。
それが人間サイズ。
(油断なんて、絶対にできない!)
先行していたテテトの冒険者さんや兵士さんたちが、僕らより先に、3体の巨大蟻に立ち向かった。
ガツッ ギィン
振るわれた刃が、火花を散らして、黒い外皮に弾かれる。
ガシュッ ブチチッ
「ぎゃあああ!」
噛みつかれた兵士さんが、そのまま腕を引き千切られた。
(いけない!)
「マールは右! イルナは左じゃ!」
兵士さんを襲っている巨大蟻に走りながら、キルトさんが指示を出す。
僕らは頷き、3方向に分かれた。
タタッ
牽制している冒険者さんたちの間をすり抜けて、僕は、1体の巨大蟻へと『妖精の剣』で斬りかかる。
「やぁ!」
ギィン
激しい火花が散る。
(! 硬い!)
刃は、足の半分ほどしか切断できなかった。
動きがある分、盾を斬るより難しい。
その負傷に構わず、巨大蟻の顎にある大きな鋏が襲いかかってきた。
(くっ!)
ガキンッ
左腕の『白銀の手甲』で、辛うじて受け止める。
グオン
「わ!?」
瞬間、挟まれた腕ごと、僕の身体は軽々と持ち上げられた。
なんて力だ!
慌てる僕の真下で、感情のない黒い複眼が、こちらを見つめている。
ドパパァン
そこに『炎の蝶』が直撃した。
堪らず、巨大蟻は鋏を開放して、僕は地面に着地する。
後ろを見れば、赤く輝く大杖をこちら向けている少女の姿があった。
(ソルティス、ありがと!)
心の中で感謝して、僕は、巨大蟻に向き直る。
ドドッ
巨大蟻は、地面の雪を散らして、正面から襲いかかってきた。
舐めるな!
「コロ、力を貸して!」
僕の叫びに応じて、ポケットに入っていた『神武具』が、虹色の粒子となって『妖精の剣』に集まっていく。
完成したのは『虹色の鉈剣』。
それを上段に構える。
重い。
もしも外したら、振り直すのは間に合わない。
(一撃必倒だ!)
極限集中。
灰色になっていく世界の中で、巨大な黒い魔物が接近してくる。
応じて、1歩、踏み込んだ。
巨大な鋏が僕を挟み込もうとした瞬間、
「やっ!」
僕は『虹色の鉈剣』を振り落とす。
キュドン
鋏の間をすり抜けた虹色の剣閃は、巨大な頭部を切断し、そのまま叩き落とした。
残された胴体は、僕の横を走り抜け、近くの石にぶつかる。
ガゴォン
衝突音が響く。
胴体は、しばらくもがいて、やがて動きを止めた。
世界に色が戻る。
(ふぅぅ)
純白の雪の大地には、魔物の緑色の血液が撒き散らされている。
ピクッ ピククッ
持ち上がった巨大蟻の足は、細かく痙攣していた。
「な、なんだ、あの子供は?」
「凄い……」
見ていたテテトの人たちが、驚いた顔をしている。
その視線を感じながら、僕は、他の2人の方へと顔を巡らせた。
「鬼剣・雷光斬!」
ズガァアン
青い雷光と共に、キルトさんが巨大蟻を焼き殺していた。
(――強い)
さすがキルトさん、余裕の勝利だ。
そして、イルティミナさんの方も決着がついていた。
ヒュン
回転させる白い槍。
その先端から、緑の血が飛んでいく。
彼女の正面には、6本の足を切断された巨大蟻が、更に、頭部、胸部、腹部の3つに分かれて、絶命していた。
足元の雪の痕跡を見る。
どうやら彼女は、1歩も動いていないようだ。
その場で迎え撃ち、巨大蟻の接近さえ許さずに倒してしまったらしい。
(さすが、イルティミナさん)
『金印の魔狩人』の称号に恥じない戦闘力だ。
僕の視線に気づいて、彼女は、小さく微笑んだ。
「はい、これで大丈夫よ」
ふと見れば、ソルティスの回復魔法で、腕を噛み切られた兵士さんが治療されていた。
兵士さんは、驚いた顔で、繋がった自分の手を開閉する。
(うん、よかった)
ソルティスも満足そうに笑っている。
そして、そんな僕らの活躍に、
『――ワァアアア!』
雪に包まれた『妖精の郷』では、テテトの兵士さんや冒険者さんたちの歓声が、大きく響き渡った。
◇◇◇◇◇◇◇
地上に出てきた巨大蟻は、なんとか駆除できた。
今までも『妖精の郷』にいる兵士さん、冒険者さんは、こうして水際で、地上への拡散を食い止めていたらしい。
とはいえ、
「地下ではどうなってるか、わからないけどね」
ソルティスは、そう呟く。
うん、
(だからこそ、一刻も早く女王蟻を倒して、全滅させないと)
僕は、決意を新たにする。
「やはり、正面突破しかあるまいか」
キルトさんは、図面を見ながら悩んでいる。
女王蟻のいると予測される空間まで、坑道入り口から、およそ2キロ。
無限に湧いてくる巨大蟻を倒しながら、2キロも移動するのは、かなり困難だろう。
「けれど、他に方法がない」
「そうですね」
「やるしかないかぁ」
3人は、覚悟を決めたようだ。
隊長さんや冒険者さんたちも、悲壮な顔で『できる限りの援護はする』と語っている。
(…………)
僕は、その様子を見ながら言った。
「2000メードより、200メードの方が良くない?」
「む?」
「え?」
「は?」
キョトンとしたみんなの顔が、僕へと向けられた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ここがそうだ」
テテト軍の隊長さんに案内されて、僕らは、もう少し山を登った場所に来た。
目の前の地面には、大きな穴が開いている。
空気穴だ。
坑道内は、空気の流れが悪くなって、人が作業をしていると酸欠になってしまう。
この穴は、それを防ぐための、空気の流れを作るための穴である。
(思ったより、大きいね)
直径は、3メードぐらいある。
地上部分には、大型の滑車が設置されていた。
「資材の搬入路にも使っているからな」
なるほど。
この真下には、女王蟻がいるとされる空間があるけれど、そこは元々、採掘した資材の保管場所だと言っていたっけ。
ソルティスが、暗く深い穴を覗き込む。
ヒュオオオ……
冷たい風が吹き上がり、少女の紫色の髪を揺らしていく。
「ここから、巨大蟻は出てこないの?」
「あぁ」
隊長さんは頷いた。
「ここの地上付近の岩盤は、滑らかなんだ。連中でも登れないらしい」
(へぇ?)
しゃがんで、穴の壁に触ってみると、確かにツルツルだ。
まるで磨かれた金属みたい。
これでは、あの巨大蟻のギザギザした足でもとっかかりがなく、あの重量を支えられないだろう。
コンコン
イルティミナさんも、白い手で軽く叩いて、感触を確かめている。
「それで、マール」
キルトさんが、僕の名を呼んだ。
「この穴をどうやって降りる?」
「ん?」
「滑車を使って降りるつもりならば、さすがに厳しいぞ。地上付近はともかく、地下に向かえば、地層も変わる。空気穴の途中までは、巨大蟻たちも登れている可能性が高い。そこで滑車のロープを切られれば、終わりじゃぞ」
(うん、そうだね)
僕も、その可能性には同意だ。
でも、問題ないよ。
「キルトさん、忘れてるでしょ?」
僕は笑った。
キルトさんは「何?」と眉をひそめた。
姉妹も不思議そうな顔である。
僕は、ポケットから直径1センチほどの虹色の球体――『神武具』を取り出して、それを握り締める。
(お願い、コロ)
心の中で願うと、虹色の球体は光輝き、細かい粒子となって砕けた。
それは、僕の背中に集束する。
ヴォオン
虹色に輝く金属の翼が生みだされ、それは陽光を反射しながら、大きく広げられていった。
3人と隊長さんが、呆気に取られた顔をする。
それに笑って、
「僕は、これでも空を飛べるんだよ?」
ご覧いただき、ありがとうございました。
また次回更新からなのですが、作者の体調不良が長引いてしまっているのとストックの問題で、しばらくは週1回更新とすることにしました。
楽しみにしている皆さんには、本当に申し訳ありません。
次回更新は、7月12日の金曜日0時以降を予定しています。どうぞ、よろしくお願い致します。




