180・雨夜の出立
第180話になります。
よろしくお願いします。
聖シュリアン大聖堂の式典から、3日が経った。
今日の天気は、曇り。
そんな灰色の空の下を、僕は今、キルトさんと2人で、王都ムーリアの通りを歩いていた。
目的は、ベナス防具店に、修理を頼んでおいた僕の『妖精の剣』の受け取りに行くためだ。
キルトさんが歩きながら、ふと訊ねてくる。
「イルナは、どうしておる?」
「キルトさんのアドバイス通り、ずっと家にいるよ」
僕は、そう答えた。
実は、式典のあとから、イルティミナさんは3日間、ずっと家に引きこもっていた。
理由は、『有名になり過ぎた』から。
式典以来、冒険者ギルド『月光の風』には、連日、大勢の見物人が押し寄せていた。
本来の客であるクエスト依頼人も入れない状況で、現在は、ギルド職員が5人交代で見物人の整理をして対応している。
「10年前のわらわの時も、そうであったの」
キルトさんは懐かしそうに、そう言っていた。
ムンパさんはすぐに、イルティミナさんに、冒険者ギルドには顔を出さないように命令を出した。
これ以上の混乱を起こさないため。
そして何より、イルティミナさん自身を守るため。
家から出ないのも、自宅の場所を把握されないためなんだ。
(まるで芸能人みたい……)
そう思った。
もちろん、いつまでも家に引きこもっているわけにはいかないけれど、
「何、1月もすれば収まる」
キルトさんの経験上、そうらしい。
この世界には、前世のようなテレビや写真が存在しない。
だから、イルティミナさん自身の顔というものは、あまり世間には知られていないんだ。
式典の時も、濃い化粧で素顔を隠していたんだって。
(なるほど、色々と考えてたんだね)
ちょっと感心したよ。
そんなわけで、しばらくの辛抱だ。
ということで、今の僕は、キルトさんと2人きりで歩いているんだ。
え、ソルティス?
あの子も家にこもって、今も、コロンチュードさんの新魔法を覚えるためにがんばっているよ。
今朝の朝食の時には、柔らかそうな髪に寝癖があって、でも、気にもしてなかった。
うん、完全に研究者モードだった。
「ちょっと出かけてくるね」
「ん~、いってら」
出る時も、こっちを見ずに、そんな感じ。
「そうか。ソルらしいの」
教えると、キルトさんも苦笑してた。
そんな風に話していると、いつの間にか、僕らはベナス防具店に到着していた。
◇◇◇◇◇◇◇
「おう、来たか。出来上がってるぜ」
右目が白く濁ったドワーフの老人、ベナスさんが、入店した僕らにそう声をかけた。
すぐに『妖精の剣』を持ってきてくれる。
受け取った僕は、それを鞘から抜いた。
シュッ
美しい半透明の青い刀身が現れる。
(ん……?)
柄を握った手に伝わる感覚が、前よりも馴染んでいる気がした。
僕の表情に、ベナスさんが気づく。
ニィッと笑った。
「振ってみな」
「うん」
ヒュッ
軽く上段から振り落とした。
あ……。
「ほう?」
キルトさんも驚いた顔をする。
その剣閃は、思った通りのラインを走り抜けていった。
まるで、剣が自分から動いたみたいに。
(……何これ?)
ヒュッ ヒヒュン
うわ?
本当に自分の手の延長みたい。
(いや、それより扱い易いかも……)
不思議な感覚だった。
ベナスさんが頷いて、満足そうに笑った。
「色々と刃が狂っていたからな。正しい位置に直して、重心が整ったんだ」
「…………」
それだけで?
「腕がない奴にはわからんさ。だが、マールには、その違いがわかるだけの剣の腕がある。そういうことだな」
「…………」
「満足してくれたかい?」
「うん!」
僕は、全力で頷いた。
ベナスさんも嬉しそうだった。
キルトさんも笑っている。
気を良くした僕は、腰ベルトに差してあった『マールの牙・弐号』を外した。
「あのベナスさん」
「あん?」
「この剣も、もう一度、診てもらえませんか?」
「なんでい、この間、売った短剣じゃねえか」
「はい」
僕は頷いて、
「でも、この間、物凄い硬いゴーレムを斬りまくっちゃって」
「はぁ、ゴーレム!?」
あごを落とすドワーフの鍛冶屋さん。
「大丈夫だとは思うんですけど、一応」
「…………」
「……ベナスさん?」
彼は、大きくため息をこぼした。
「ゴーレムの肉体ってのは、魔力で強化された石だろが。なんで、そんなもの斬ってんだよ」
「えっと……色々あって」
「…………」
「…………」
「なぁ、キルト嬢ちゃん? この小僧には、もう少し常識つうのを教えてやってくれや」
キルトさんは、軽く肩を竦めて、
「こやつは、わらわの弟子ぞ?」
「マジかよ……」
ベナスさんは、顔を手で押さえた。
「……わかった。貸せ」
「は、はい」
僕は、ドワーフさんのゴツゴツした手に『マールの牙・弐号』を渡す。
鞘から抜いて、
「…………。多少の傷はあるが、大きな問題はねえな」
「…………」
「20分ほど待ってな。すぐ研いでやる」
「あ、ありがとうございます!」
僕は、勢い良く頭を下げた。
ベナスさんは、ため息だ。
「やれやれ、師が師なら、弟子も弟子だな。ゴーレムを斬る子供なんざ、末恐ろしいや」
「…………」
「…………」
僕とキルトさんは、顔を見合わせる。
20分後、僕は修理された『妖精の剣』と『マールの牙・弐号』を受け取って、そして、2人でベナス防具店をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
防具店を出たあとは、食材の買い出しを行った。
イルティミナさんが家にこもっているから、僕1人で買うことになったのだ。
「重くないか?」
「大丈夫」
パンパンになった僕のリュックを見て、キルトさんは心配そうだ。
でも、平気。
半年前に比べて、僕自身、だいぶ体力もついている。
(それに、いつもお世話になってるんだから、これぐらいはがんばらないとね)
うんうん。
そうして歩く僕を見かねたのか、
「少し、茶でも飲んでいくか」
キルトさんは、そう言って、僕を喫茶店へと連れて行ってくれた。
ちょっとお洒落なお店。
僕とキルトさんは、窓際の席に座った。
空は相変わらず灰色で、店前の通りを行き交う人たちは、雨の心配をしているのか、足早に通り過ぎていく。
注文したのは、僕は、ミルクティーとケーキ。
キルトさんは、ただの紅茶。
「今日は、おごってやるぞ」
「いいの?」
太っ腹なキルトさん。
ちょっと迷ったけれど、ここは素直に甘えることにした。
……実は、ベナス防具店の修理費用が、結構、高かったのもあるしね。
(ま、あれだけの凄腕鍛冶師さんだから、仕方ないんだろうけど)
そうして、ちょっとしたお茶を楽しむ。
(うん、美味しい)
ミルクティーもケーキも、とても美味しかった。
僕の様子に、キルトさんも満足そうだ。
「美味いか?」
「うん!」
大きく頷く。
そして、ふと思って、
「こうして2人でお茶してると、何だかデートみたいだね?」
と笑った。
「…………」
キルトさんの黄金の瞳は、しばらく僕の顔を見つめた。
「キルトさん?」
「いや、なんでもない」
首を振って、大きく息を吐く。
それから紅茶をすすって、
「このこと、イルナには言うでないぞ」
「え?」
「言うでないぞ」
「う、うん」
妙な迫力で二度も言われたので、素直に頷いた。
それからの僕らは、他愛ない話をする。
かつて『金印』になったことで、毎日、押しかける見物人により、買ったばかりの家を手放したこと。
イルナには、そうなって欲しくないこと。
実は、コロンチュードさんのいる冒険者ギルド『草原の歌う耳』にも、滅多に王都にいない『金印の魔学者』がいるということで、見物客が押し寄せていること。
色々と話した。
そして最後に、
「例の件だがの。王家から許可が下りた」
と、キルトさんが言った。
(あ、そうなんだ)
僕は頷いた。
「いつ?」
キルトさんは、灰色の空を見上げる。
「今夜が良いかもしれぬの」
「わかった。イルティミナさんにも伝えておくね」
「うむ、頼むぞ」
僕らは頷き合った。
そうして喫茶店を出ると、キルトさんとは、冒険者ギルド近くの通りで別れた。
「ではの」
少し重そうな声。
(?)
話通り、ギルド前の通りには、たくさんの人が集まっていた。
キルトさんが建物に入ろうとすると、すぐに気づかれて、あっという間に囲まれてしまう。
(うわぁ……)
有名人ていうのは、本当に大変だ。
ご愁傷様。
その隙に、僕は、たまたま通りがかった子供のつもりで、そそくさとその場を離れた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま」
「おかえりなさい、マール」
玄関に入ると、すぐにイルティミナさんが出迎えに来てくれた。
「ごめんなさいね、重かったでしょう?」
「ううん」
笑う僕から、重いリュックを受け取ってくれる。
『金印の魔狩人』となってからも、イルティミナさん自身は、特に変わらなかった。
当たり前なのかもしれない。
でも、遠い人になったと感じていた僕には、とても安心できることだった。
変わったのは、周囲の環境だけ。
イルティミナさんは、相変わらず、僕にはとても優しくしてくれる。
廊下を歩きながら、
「道中、何事もありませんでしたか?」
と聞いてきた。
僕は笑った。
「うん。キルトさんもいたしね」
「そうですか。でも、途中で別れたのでしょう。そこから1人で、怖くありませんでしたか?」
「全然、平気だよ」
「そうですか。よかった」
安心したようなイルティミナさん。
相変わらず、過保護なお姉さんですね。
でも、前世の日本と違って、この王都ムーリアでは、スリや誘拐などの犯罪行為も起きている。
確かに、油断はできないんだ。
まぁ、それでも、
「これでも僕、『白印の魔狩人』だよ?」
と胸を張る。
イルティミナさんは、「ふふっ、そうでしたね」と微笑んだ。
やがて、台所で食材を広げて、イルティミナさんはそのまま昼食の準備に取り掛かった。
「すぐできますので、ソルを呼んできてもらえますか?」
「うん」
僕は頷いて、彼女の部屋に向かった。
コンコン
「ソルティス~、ごはん~」
…………。
ガチャ
「……へ~い」
くたびれた様子の少女が、開いたドアから出てくる。
紫色の髪はボサボサで、眼鏡の奥の紅い瞳は充血し、疲れからか猫背になっている。
まるで小型版コロンチュードさんだ。
「大丈夫?」
「……何とかね」
相当、根を詰めてたみたい。
「コロンチュード様の新魔法には、緻密な制御が必要なのよ……。まだ成功率3割ぐらいなの……」
「そっか」
「もっと練習しないと……」
「うん。でも、無理しすぎて、身体を壊さないようにね」
「わかってるわ……」
フラフラと歩いていく少女。
僕は、いつでも支えられるように備えながら、その後ろをついていった。
◇◇◇◇◇◇◇
昼食を食べながら、僕は言った。
「例の件、許可が下りたって」
姉妹の食事の手が止まる。
「そうですか。では、本当に、テテト連合国へ行けるのですね」
「うん」
僕は頷いた。
妖精鉄を手に入れるため、テテト連合国へ行く許可を求めていたんだけれど、その許可が、ようやく王家や関係各所から下りたんだ。
僕の代わりの4人目ポーちゃんが見つかったこと。
そして、イルティミナさんのことで世間が落ち着くまで、少し時間を置く必要があったこと。
これらが決め手になったみたい。
「いつ頃、出発になるのでしょう?」
そう訊ねるイルティミナさんの真紅の瞳が、キラキラと輝いている。
(…………)
やっぱり外出できないことが、ストレスになっていたのかな?
「今夜だって」
僕は答えた。
「空が曇ってるから、月明かりもないし、人目を避けて移動するにはいいんじゃないかな」
「そうですね」
頷くイルティミナさん。
ソルティスは、「今夜か~」と吐息をこぼしている。
「結構、急ね」
「うん。ソルティス、研究の方は大丈夫?」
「……ま、平気よ。魔法の練習は、移動しながらがんばるわ」
小さな肩を竦めて、了承する。
「では、食べ終わったら、早速、今夜の出発準備をしましょうね」
「うん」
「へ~い」
イルティミナさんの言葉に、僕らは頷いて、昼食を食べ進めた。
◇◇◇◇◇◇◇
夜になった。
空には厚い雲がかかり、案の定、月の姿は見えなかった。
小雨もパラパラと降っている。
旅支度を整えた僕らは、雨除けのローブを羽織りながら、家を出る。
(またね)
我が家を見上げて、心の中で声をかける。
この家で過ごせたのは、2週間ほどだ。
アルン神皇国から帰って、また出国。
魔狩人というのは、本当に旅から旅の生活なのだと思い知らされる。
「んん~」
久しぶりの外なので、雨だというのにイルティミナさんは、気持ち良さそうに手足を伸ばしている。
ソルティスは、新魔法の資料の紙束を持ってきたそうで、
「……重いわぁ」
と、いつもよりリュックが重そうだった。
そうして僕ら3人は、夜の通りを歩いていく。
この辺は、王都の郊外なので、さすがに人通りもなく、他の人の姿も見えない。
約束の場所に向かうと、通りに1台の馬車が止まっていた。
(あれかな?)
近づくと、馬車の扉が開いた。
車内には明かりが灯っており、そこには、あの銀髪の美女キルトさんが座っていた。
「乗れ」
短い声。
僕らは、すぐに乗り込んだ。
扉を閉め、車内で濡れたローブを外して、大きく息を吐く。
「お待たせしました、キルト」
美しい深緑色の髪を肩からこぼして、イルティミナさんが言う。
キルトさんは笑った。
「何、時間通りじゃ」
それから、雨粒の当たる窓の外を見上げて、
「しかし、夜逃げするには、絶好の天気であったの」
「ふふっ、ですね」
2人の大人たちは、おかしそうに笑い合った。
(……まぁ、夜逃げみたいだよね)
人目を避けて出国するんだから。
ソルティスは、濡れた自分の髪をタオルで拭きながら、ちょっと呆れた顔である。
ガラッ ガララッ
やがて車輪が回り、馬車が動きだした。
目指すのは、テテト連合国。
20の小国で形成された国だという。
(いったい、どんな国なのかな?)
移動時間も含めて、滞在するのは1ヶ月半ほどの予定だった。
「楽しみですね、マール?」
「うん」
久しぶりの外出に笑うイルティミナさん。
僕も笑顔で頷いた。
こうして僕らを乗せた馬車は、真っ暗な王都ムーリアの中を、人目を避けて走り抜けていく。
さぁ、次に目指すのは、北の地にあるテテト連合国だ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次話からは、テテト連合国が舞台での物語になります。
マールにとって3ヶ国目の場所。
そこで、いったい何が待ち受けているのか、もしよかったら、皆さん、また読んでやって下さいね~。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




