165・再会する冒険者
第165話になります。
よろしくお願いします。
『ベナス防具店』をあとにした僕らは、『魔血の民』も利用可能な青果店や精肉店などを回って、食材を購入していった。
(よいっしょ……っと)
旅の間、冒険の道具が入っていたリュックには、今、大量の食材が詰まっている。
隣にいるイルティミナさんやソルティスの背負うリュックも、同様にパンパンだ。
お店を出た僕らを、キルトさんは唖然と見つめる。
「……そなたら、なぜ、そんなに買い込む?」
イルティミナさんは、キョトンとした。
「なぜと言われても、ソルティスはいつも3人前は食べますし、最近は、マールもよく食べて、2人前ぐらいは平気で平らげますから」
「…………。そ、そうか」
キルトさんは、何とも言えない表情をしている。
(???)
何か問題あるのかな?
あ……。
「ご、ごめんね、イルティミナさん! 僕、これからは、ちゃんと食費も払うよ!」
ようやく気づき、慌てる居候マールである。
でも、イルティミナさんはびっくりしたように僕を見返して、
「何を言っているのですか、そんなお金は必要ありません。差し出されても、私は受け取りませんよ」
「で、でも……」
「前にも言ったでしょう、マール?」
そういうと彼女はしゃがんで、僕と目線の高さを合わせる。
「貴方のことは、私が一生、面倒を見ると」
…………。
真紅の瞳の宿した真剣な眼差しに、言葉を返せない。
そんな僕に、彼女は、柔らかく笑った。
「私の家で、貴方を預かろうと決めた時に、私はそれだけの覚悟をしていたのです。だから、この気持ちを汲んで、どうか諦めてくださいな」
「……イルティミナさん」
名を呼ぶ僕の頬を、彼女の白い手は優しく撫でる。
「このイルティミナの自己満足のためのわがままを、どうか許してくださいね」
僕は、青い目を伏せる。
「……わかったよ」
心苦しさはあったけれど、彼女の気持ちが嬉しくて、その心を尊重したくて、僕は頷いた。
そんな僕らに、ソルティスは肩を竦める。
キルトさんは苦笑しながら、
「まぁ、今のイルナの稼ぎを考えれば、大した出費ではないであろうしの」
「えぇ」
澄まして頷く『銀印の魔狩人』さん。
キルトさんは笑って、僕とソルティスの年少組を見た。
「ま、成長期なのじゃから、食いたいだけ食わせてもらえ。そうして健やかに成長することが、何よりイルナへの恩返しとなろう」
「うん」
「そんなの、わかってるわよ」
頷く僕と、少し唇を尖らせるソルティス。
少女の反応に気づき、キルトさんは謝った。
「すまんの、口煩いことを言った。……ふむ、わらわも年かのぉ?」
(年って……)
まだ30歳でしょ、キルトさん。
僕は、呆れて言う。
「そんな年寄りみたいなこと言ってると、美人が台無しだよ?」
「ほう?」
キルトさんは、驚いたように僕を見ると、からかうように笑った。
「そなたの目には、わらわは美人に見えるか」
「うん」
僕は頷いた。
「とっても美人だと思うよ」
彼女の目を見て、正直に答えた。
キルトさん、なんだか意表を突かれた顔をして、少し慌てたように目を逸らす。
「そ、そうか」
答える頬が、少し赤い。
「…………」
その反応に、イルティミナさんは何かを疑うような視線を、キルトさんの横顔に送る。
年上2人の様子を見つめ、ソルティスが呆れたように僕を見た。
「マールってさ、そういうところあるよね」
「???」
そういうところ?
「自覚ないのが最悪だわ」
大きなため息を1つこぼして、彼女は、自宅を目指して歩き始めた。
「あ、待ってよ」
慌てて追いかける。
先行しだした子供2人に気づいて、イルティミナさんとキルトさんも、すぐに追いかけてきた。
――そうして僕ら4人の姿は、王都ムーリアの人波の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇
このまま4人でイルティミナさんの家に帰るのかと思っていたけれど、キルトさんは用事があるとかで、帰路の途中で別れることになった。
「ちと、冒険者ギルド『黒鉄の指』のギルド長に用があっての」
とのこと。
この国、最大手の冒険者ギルドに何の用事だろうと思ったけど、
「ま、根回しという奴じゃ。マールはともかく、イルナには必要なことでの。大人の世界には色々とあるのじゃよ」
「私に必要……ですか?」
イルティミナさんには、身に覚えがないらしい。
「こちらが勝手にやっていることじゃ。時が来たら、詳しく話す」
キルトさんは、そう笑った。
僕ら3人は、顔を見合わせてしまう。
(何を企んでいるのかな?)
ま、キルトさんのことだから、悪いことではないと信じているんだけど。
ソルティスが問う。
「用が済んだら、またうちに来る?」
「……いや」
キルトさんは少し考え、豊かな銀髪を揺らしながら、首を横に振った。
「『黒鉄の指』を出たら、そのままエルの墓参りにも行きたいしの。そなたらの家に行くならば、かなり遅い時間になってしまうであろ。今夜はやめておく」
エルさん。
今は亡き、金印の魔狩人エルドラド・ローグさん。
キルトさんが戦友と称した古き友人だ。
その名前を口にする時のキルトさんは、いつも少しだけ悲しい目をするんだ。
「そう」
さすがのソルティスも、そういう理由だと強引には誘えない。
「すまんの。また明日、顔を出す」
クシャクシャ
少女の柔らかそうな紫色の髪を、キルトさんの手が乱暴に撫でる。
そうして彼女は「ではの」と言葉を残して、僕らとは別の道を歩きだした。
(……ちょっと寂しいな)
そう思いながら、その背中を見送る。
ソルティスの横顔も、どことなく寂しそうだ。
やがて姿が見えなくなると、イルティミナさんが気を取り直したように、僕らへと声をかけた。
「さぁ、マール、ソル。私たちの家に帰りましょう?」
「うん」
「えぇ」
僕らも気持ちを切り替え、再び帰路を歩きだした。
他愛ない話をしながら、道を進む。
そうして会話に意識が向いていたのが、いけなかったのかもしれない。
ドンッ
(わっ?)
交差する道の角で、僕は出合い頭に、人とぶつかってしまった。
重い荷物を背負っていたので、バランスを崩し、そのまま尻もちをついてしまう。
「マール」
イルティミナさんが慌てて、僕のそばにしゃがんだ。
「おっと、すまない。大丈夫か?」
ぶつかった相手は転ぶこともなく、倒れた僕に驚きながらも、謝罪の声をかけてきた。
「いえ、僕がよそ見をしていたので――」
そう答えながら、相手を見る。
(あ)
「あ」
驚く僕と、ぶつかった相手も同じ表情を浮かべている。
その相手の後ろには、連れらしい2人がいた。そちらも僕に気づいて、驚いた顔だった。
いや、イルティミナさんとソルティスも、驚きの表情だ。
ぶつかった彼は言う。
「お前、マールか?」
僕は言う。
「アスベルさん?」
そう、ぶつかった相手は、青い髪に茶色い瞳をした長身の青年アスベルさんだったんだ。
「嘘、マール君なの? 久しぶり!」
「なんだ、マールの餓鬼んちょか」
その後ろには、アスベルさんの冒険者仲間であるダークエルフの少女リュタさんに、筋骨隆々な青年ガリオンさんもいる。
(うわぁ、懐かしい!)
一緒にディオル遺跡から生還した3人だ。
最後に会ったのは、アルンに出立する前日だったから、再開するのは、ほぼ5ヶ月ぶりになる。
「おや、アスベルですか?」
「イルナさん!」
気づいたイルティミナさんに声をかけられ、アスベルさんの整った顔に喜色が浮かぶ。
「やっほ~、リュタ」
「ソルティスちゃん! 久しぶりね、元気だった?」
声をかけたソルティスに、リュタさんは感激したようにその手を取っている。
ガリオンさんが僕の手を握って、引っ張り起こしてくれた。
「……お前、マールだよな?」
「?」
顔を忘れられてしまったのだろうか?
ガリオンさんはジロジロと、僕の顔や身体を見つめてくる。
元々、目つきの鋭い人なので、ちょっと怖い。
「前と、ずいぶん雰囲気が違うな」
「……そう?」
「あぁ。背が伸びたのか……? 前より、だいぶ、でかくなったように見えるぜ」
そう、かな?
たった数ヶ月で、そこまで背が伸びた気はしないんだけど。
(でも、本当だったらいいな)
チラッと隣にいる大人の女性を見る。
いつか彼女に似合うような、隣に立っても釣り合うだけの大人の男になりたいから、背も高くなって欲しいんだ。
がんばれ、僕の身体っ!
そう自分を励ましていると、
「アスベル、リュタ、ガリオン、3人とも久しぶりですね。ずいぶんと急いでいたようですが、どうしたのですか?」
イルティミナさんが、そう声をかけた。
彼女に恋する青年、アスベルさんが慌てたように答える。
「ぶつかってしまって、すみません。実は、孤児院のデラ母さんから、『相談したいことがある』と手紙が届きまして、それで」
孤児院とは、この3人の育った孤児院のことだろう。
そこの院長さんが、デラさんだ。
(そのデラさんからの相談? なんだろう?)
ダークエルフのリュタさんが、水色の瞳を心配そうに細める。
「なんだか、文面や筆跡を見るに、かなり緊急事態みたいなんです。それで急いでて……ごめんね、マール君」
「ううん」
僕は、首を左右に振る。
ぶつかったのは、こっちの不注意のせいでもあるんだから。
「緊急事態ですか」
イルティミナさんの美貌も、気遣わしげにしかめられる。
ガリオンさんは、会話をしている時間も惜しいのか、すぐに行きたそうにソワソワしている。見た目は乱暴者そうだけど、実は仲間思いの人なんだよね。
(……でも、緊急か)
ふと、前に孤児院に行った時のことを思い出す。
僕と同い年や、年下の子もいっぱいだった。
孤児という境遇であるけれど、暗くはなく、みんなで助け合いながら明るく元気に暮らしていた。
そしてその中に、1人、忘れられない子もいた。
ポーちゃん。
柔らかく癖のある金髪に、水色の瞳をした10歳ぐらいの少女。
いつもポーとしているから、そのままポーという名前になってしまったという、とても無口で、けれど、みんなから愛される不思議な子だった。
(……ポーちゃん、大丈夫かな?)
緊急事態ということで、ちょっと胸がざわついた。
なぜだろう?
前回、会った時も、騒動に巻き込まれていた。だから、今回も、こんなに心配になるのかな?
(…………)
その心の内側まで見通すような瞳を思い出して、
「ね? 僕も、一緒に孤児院に行っていい?」
気づいたら、僕の口からそんな言葉が漏れていた。
みんなが驚いたように僕を見る。
僕だって驚いた。
でも、なんだか凄く気になるんだ。
アスベルさんをジッと見つめ返す。
「別に、俺たちは構わないが……」
戸惑いながらも、彼は頷いた。
ソルティスは、不満そうに僕を睨み、その幼い唇を尖らせる。
「ちょっとマールっ?」
「ごめん。悪いけど、2人は先に帰っててくれる?」
僕は謝る。
イルティミナさんが困ったように「……マール」と僕の名前を呼んだ。
それから息を吐き、
「わかりました。では、私も共に参りましょう」
と言う。
(え?)
「イ、イルナさんもですか?」
喜びの混じった声で、困惑を口にするアスベルさん。
「マールを1人にするわけにはいきません。帰り道で何かあっても心配ですからね」
相変わらず、過保護なお姉さんだ。
アスベルさんもリュタさんも「はぁ」と曖昧に頷いている。
ガリオンさんは「けっ」と呆れ顔だ。
「ちょっと、イルナ姉までっ?」
「すみませんが、ソルも一緒に来てください。貴方だけ1人にするというのも、やはり不安ですので」
驚く妹にも同行を命じる姉。
僕は慌てた。
「あの、これは僕のわがままだから、別に僕1人でも……」
「駄目ですよ」
イルティミナさんは、ピシャリと反論を絶った。
「マールの保護者として、それは許容できません。それに、マールのしたいことを、私はできる限り、させてあげたいのです」
「でも……」
いいのかな?
迷う僕に、苛立ったようなガリオンさんの声がぶつけられた。
「おい、俺らは急いでるんだ。さっさと決めろや!」
…………。
「わかった。ごめんね、イルティミナさん、ソルティス」
「いいえ」
「まじか~」
イルティミナさんは優しく微笑み、ソルティスは顔を手で覆って、天を仰いだ。
アスベルさんが問う。
「いいんですか? 俺らとしたら、イルナさんも来てくれるなら、本当に心強いですが」
「えぇ」
頼もしき銀印の魔狩人は、大きく頷いた。
「マールの望みですからね」
「…………」
アスベルさん、複雑そうな表情だ。
リュタさんは苦笑し、すぐに表情を改めると、白い三つ編みの髪を揺らして頭を下げた。
「ありがとうございます。じゃあ、急ぎましょう」
「うん」
「はい」
「へ~い……」
僕ら6人は頷き合うと、孤児院があるという城壁近くの区画を目指して、王都の道を足早に歩き始めた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
皆さん、『転生マールの冒険記』を読んで頂き、いつもありがとうございます。
実は、この作品の序盤部分を改稿するため、また2週間ほどお休みを頂くことにしました。更新を楽しみにして下さる方には、本当に申し訳ありません。
どうかご理解のほど、よろしくお願いします。
詳しくは、4月27日の活動報告に書いてありますので、もし興味があられる方は、そちらをご覧下さいね。
また次回更新は、2週間後の5月13日月曜日、0時以降の予定です。




