161・王への報告
第161話になります。
よろしくお願いします。
生命力に溢れた緑の木々と綺麗な花々の咲き乱れる空中庭園には、真っ白なガゼボが建てられている。
シュムリア王国を率いる一族の父娘は、そこにある椅子へと座った。
僕らは、一段下がった庭園に控えている。
「まさか、国王様までいらっしゃるとは、驚きました」
彼らが落ち着いたのを見計らい、金印の魔狩人が口を開いた。
レクリア王女が口元を押さえ、優雅に笑う。
「ふふっ、お父様がどうしても、会いたいとおっしゃるものですから」
「左様ですか」
キルトさんは、チラリと僕を見る。
(会いたいって……僕のこと?)
そう理解すると、妙な緊張感が沸いてくる。
シューベルト王を間近で見るのは、初めてだった。
凛々しい顔立ち、逞しい髭、鋭い眼光、威風堂々たる姿は、『王様』という単語から誰もが思い描く理想像と重なるだろう。
それほどに、王様らしい王様だ。
アルン神皇国の皇帝陛下は、神々しかった。
でも、シュムリア王国の国王様は、武の国の王らしく雄々しくて、圧迫を伴う威圧感があった。
(まるで、真剣勝負の場にいるみたいだ)
そんな緊張感。
白髪の混じり始めた白金の髪を揺らして、シューベルト王は、僕らを見回した。
「皆、此度のアルンまでの旅、大儀であったな」
厳かな声。
低くて太くて、でも、通りの良い声は、『王国の父』とでもいうべき頼もしさが宿っていた。
「はは」
キルトさんが頭を下げる。
僕ら3人も、慌ててそれに倣った。
国王様は続ける。
「アルンで起きた出来事については、全て報告を受けている。お前たちの為したこともな。だが、それは全て、書面上での話だ」
「…………」
「今日は、それを、この目で直に見たい」
睥睨する視線。
その言葉に、否といえる雰囲気は欠片もなかった。
「承知いたしました」
キルトさんは頷き、僕を見る。
(え?)
「マール、シューベルト王は、そなたの『神なる力』を見せろと仰せなのじゃ」
あ、そうか。
今回のアルン神皇国までの旅の目的は、僕の『神狗』の力の解放と、『神武具』の貸与、あるいは贈与を受けること。
僕らはそれを見事に両方、達成している。
(それを見せればいいんだね?)
僕は頷き、1歩前に出た。
イルティミナさんは、なんだか心配そうに僕を見ている。まるで、授業参観で発表する息子を見守る母親のような雰囲気だ。
ソルティスは知らん顔。
マールが失敗しても、私は無関係ですって感じ。
キルトさんだけは、落ち着いた様子だ。
他方、僕らの依頼主であるレクリア王女は、興味津々の表情で身を乗り出し、美しいオッドアイの瞳を輝かせている。
そしてシューベルト王は、足を組みながらテーブルに片肘をつき、頬杖を突きながら、僕の姿を鋭い視線で見つめている。その姿は、冷徹に裁定を下す試験官のような雰囲気だった。
僕は、大きく深呼吸して、
「……神気、解放っ」
ギュオオッ
体内にある力の蛇口を開き、大いなる力を肉体に流し込む。
獣耳が生え、フサフサの長い尻尾が伸びてくる。
神気の白い火花が、周囲で弾ける。
(……『神武具』っ!)
心の声に応えて、ポケットに収まっていた虹色の球体が砕け、光の粒子となって僕を中心に渦を巻く。
やがて、それは僕の背中で、虹色に輝く金属の翼を形作った。
オォォォン
『神体モード』になった波動が、同心円状に広がり、庭園の草花を揺らしていく。
翼を生やした神なる狗の少年。
空中庭園に現れたその姿に、
「まぁ!」
レクリア王女は、顔の前で両手を合わせ、感嘆の声を上げた。
「…………」
けれど、シューベルト王は無言だった。
いや、それどころか、その眉間には、不快そうなしわが強く寄っている。
その視線が、鋭さを増した。
「……この程度か?」
彼の口調には、強い苛立ちが宿っていた。
(……え?)
その視線がぶつけられ、僕は戸惑う。
「これでは、人間であるキルト・アマンデスの方が上回っているだろう。『神狗』とは、この程度の力しか持たぬ存在なのか?」
「!」
その指摘を受けた瞬間、僕は硬直した。
言葉と合わせて、その眼光に強い闘気を宿して、凄まじい『圧』が僕へと叩きつけられたのだ。それは、あの金印の魔狩人キルト・アマンデスと比べても遜色のないレベルの凄まじさ。
(う、あ……)
シューベルト・グレイグ・アド・シュムリア国王は、武人だった。
それも、女神シュリアンの血を引いた人間の戦士。
彼の放つ圧力に、僕はまさに蛇に睨まれた蛙状態だった。
「お父様」
レクリア王女が、たしなめるように父を呼ぶ。
「ふん」
国王様は、小さく鼻を鳴らし、『圧』を収めた。
ドクンドクン
僕の心臓の鼓動は、早鐘を鳴らしている。
「かつて、女神ヤーコウルに仕える7匹の猟犬は、かの悪魔でさえも噛み殺したと聞いた。伝承は眉唾であったか、あるいは、これが不完全な召喚の代償か……どちらにしても、これでは役に立たんな。期待外れだ」
冷酷な声。
まるで興味を失ったような軽薄さが、そこにある。
「恐れながら、王よ。このマールがおらねば、わらわも含め、この場にいる者たちは皆、このシュムリアに生きて帰っておりませぬ」
キルトさんが口を開いた。
レクリア王女も、たおやかに頷き、
「それにコキュード地区に生まれた、新しき『悪魔の欠片』は、この者が討滅せしめたのだと、わたくしも聞きましたわ」
そう口添えしてくれる。
最後にキルトさんは、シューベルト王の鋭い眼光を、真正面から見返しながら、こう告げた。
「それにマールの真価は、その戦闘力にありませぬ」
「では、なんだ?」
王の言葉に、キルトさんは答えた。
「人と人を繋ぐ力にございます」
…………。
(人と人を繋ぐ……力?)
意味がわからず、僕は、銀髪の美女の横顔を凝視してしまう。
けれど、シューベルト王は険しい表情を変えず、
「何にせよ、それは、今、余の求めるものとは違っている」
「…………」
「『神の眷属』と『魔の眷属』……どちらも過大評価をし過ぎたかもしれんな。今後の考え方については、修正する必要がありそうだ」
そう言って、立ち上がる。
「シューベルト王」
キルトさんの呼びかけを、国王様は片手を上げて遮る。
「この者に原石の価値を見出しているというならば、その輝きが余の期待に応えられるレベルまで、お前が鍛え上げてみせよ、金印の魔狩人キルト・アマンデスよ」
「……はっ!」
キルトさんは深々と首肯した。
シューベルト王の蒼い瞳は、僕らをゆっくりと見回して、
「此度の遠征で、一定の成果を上げたことは認めよう。だが、この先は、しばし静養するがいい」
「…………」
「この目で見て、お前たち抜きでも、充分に戦えると把握できた」
そう告げると、彼は、頭上に広がる青い空を見上げる。
「我が国の誇るシュムリア竜騎隊、そして、聖シュリアン教の神殿騎士たち……お前たちと同等に戦える実力者は、数多くいるのだからな」
バササァッ
その時、ちょうど頭上を、巨大な飛竜が舞っていった。
(あ……)
竜の頭部には鞍がしつらえられ、そこに騎士が座している。
――シュムリア竜騎隊。
シュムリア王国最強の呼び声高い、飛竜を駆る8名の騎士たち。
その大きな翼が陽光を遮り、庭園にいる僕らに影を落とす。
偶然、任務で飛び立っていったのか、そのシュムリア竜騎隊の飛竜は、王城の頭上を越えると、遥か遠方の空へと素晴らしい速度で飛翔していった。
光が戻る。
「これ以上の言葉は必要ない。あとは、結果で示せ」
ザッ
国章の刺繍された豪華な外套を翻し、シューベルト王は、僕らを残して歩きだす。
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは、何も言えなかった。
ただ、1人だけ。
「その時には、自身の目が曇っていたと、きっと後悔いたしますよ」
静かに告げる、銀印の魔狩人。
国王様の足が止まった。
(イ、イルティミナさん……!?)
不敬といえば、あまりに不敬な物言いに、僕だけでなく、キルトさんの顔色も真っ青になった。
シューベルト王の眼光が、彼女を捉える。
「…………」
「…………」
イルティミナ・ウォンの真紅の瞳は、1歩も引かずに、自国の王の視線を受け止め、逆に貫くように見つめ返した。
「そなたが、イルティミナ・ウォンか」
国王様が呟いた。
「なるほど、良き眼をしている。アルンの名将アドバルト・ダルディオスのみならず、皇帝アザナッドまでが書状をしたため、このキルト・アマンデスが推薦するわけだ」
(……書状? 推薦?)
なんのことだろう?
けれど、その疑問を問いかけることなどできる雰囲気でもなく、国王様は、この場に来て初めての薄い笑みをこぼした。
「充分な力量もあるようだ。よかろう」
「……何の話ですか?」
怪訝に表情をしかめるイルティミナさん。
「キルトに聞け」
シューベルト王は、表情を改めるとそう言い残し、今度こそ、空中庭園を去っていった。
…………。
彼の姿が消えた瞬間、空気が和らぎ、風が流れ出した。
(ふ、うぅ……)
思わず、止まっていた息を吐く。
あれが、シュムリア王国の国王様か……。
想像していた以上に、王様らしい王様で怖いぐらいだった。
ふと見れば、ソルティスも大きく息を吐いていた。
目が合ったら、なんだか『やばかったね~』と互いに視線で会話をしてしまう。
そして大人たちは、
「冷や冷やしたぞ、イルナ。もう少し言動に気をつけよ」
「私は、本当のことをお伝えしただけです」
キルトさんが小声で叱り、イルティミナさんは澄ました顔で聞き流している。
と、その時、
「クスクス」
鈴を転がしたような涼やかな笑い声が、空中庭園に流れた。
レクリア王女だ。
国王様の圧力に圧倒されていて、彼女の存在を忘れかけていた。
僕らは慌てて、跪く。
「失礼しました、王女」
キルトさんが謝罪する。
レクリア王女は、水色の髪を揺らして、「いいえ」と首を左右に振った。
「お父様のこと、許してやってくださいましね。小心なものですから、ついつい、マール様に対する期待値が高くなっていたのですわ」
(小心……って、あれで?)
複雑な表情の僕に、彼女はまた笑った。
「わたくしとしては、マール様は充分、期待に応えてくれたと思いましたわ。この短期間で、本当に成長なさって」
「ど、どうも」
素直に褒められると、それはそれで照れくさい。
……それも国王様に、あんな風に言われたあとだから、尚更に。
トン
レクリア王女は、ガゼボの段差を下りると、僕の前にやって来て、僕の両手を包み込むように握る。
「お疲れ様でしたわ。わたくしの頼みを叶えてくださって、ありがとうございました、マール様」
「レクリア王女……」
「皆様も、本当にお疲れ様でしたわ」
彼女は、他の3人にも大輪の花のような美しい笑顔を送る。
3人は、「ははっ」と頭を下げた。
「長旅の疲れも蓄積しているでしょうし、お父様もああ言っていましたから、しばらくはゆっくりなさってくださいな」
「はい」
「必要な時には、招集をかけますわ。それまでは、どうかご自由にお過ごしくださいませ」
レクリア王女は、そう言ってくれる。
確かに、アルンでは戦いの連続する日々だったから、ゆっくりするのもいいと思った。
でも、
「あの、王女様?」
「はい?」
「その、連絡があったと思うんですが、4人目の『神の眷属』は見つかりましたか?」
僕は、ずっと気になっていたことを聞く。
僕だけでなく、ラプトとレクトアリスも見たという不思議な夢。
それによれば、シュムリア王国内に、もうすでに4人目の『神の眷属』が召喚されているというのだ。
僕らがアルンにいる間、その捜索を、レクリア王女に頼んでいたのだけれど、
「残念ながら」
彼女は、左右に首を振った。
「王都の近隣10万メード範囲まで、捜索をかけたのですけれど、それらしい人物は発見できませんでしたの」
10万メードというと、およそ100キロだ。
かなりの捜索範囲。
王女の話によると、町や村だけでなく、僕みたいに人気のない場所に召喚されてる場合もあるので、結構な時間と人員をかけて、全ての土地を調べてくれているそうだ。
(でも、それって砂浜で、1つの砂粒を見つけるみたいな話だよね)
外見的にも、僕らは、一目で『神の眷属』とわかる容姿でもないから。
「この『シュリアンの瞳』にも、まだ視えておりませんの」
レクリア王女は、右目を閉じ、黄金の左目だけを僕らに向ける。
「引き続き、捜索は続けます」
「はい」
「ただ、この瞳にも視えないということは、何か理由がある気もしますわ」
理由?
「その『神の眷属』自体が、わたくしたちに見つかることを望んでいない」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは4人とも黙った。
300年前の裏切りによって、ラプトやレクトアリスも、人間の味方になることを悩んでいた。
(もしかしたら、4人目も?)
思いを馳せる僕の耳に、レクリア王女の柔らかな声が届く。
「だからこそ、マール様には、見つけて頂ける気がしますわ」
「え?」
「人と人を繋ぐ力……お持ちなのでしょう?」
彼女は、優雅に笑う。
キルトさんが驚き、イルティミナさんは、大きく頷いた。ソルティスは、相変わらず、私は知らない~って顔。
(き、期待されてもなぁ)
「旅の休養がてら、マール様たちには、しばらく4人目の探索もお願いいたしますわね」
「……はい」
「ふふっ、そんな顔をなさらずに」
ポンッ
彼女は、柔らかく、僕の腕を軽く叩いた。
「マール様たちの聞いた『闇の子』の計画とやらの詳細については、こちらでも考えてみますわ」
「…………」
「とはいえ、人間を憎んだ『魔の眷属』が賛同する計画など、わたくしたち人間にとって、碌なものとは思えませんけれども」
形の良い顎に指を当て、レクリア王女は小さく呟く。
(うん、確かにね)
「やるべきことは山積みですわ。けれど、味方は大勢いるのです。皆で手分けをして、がんばりましょう?」
「はい」
そうだ、別に僕1人で戦ってるんじゃないんだ。
そう思った時、ふと気づく。
(僕たち抜きでも、充分、戦える……あの国王様の言葉は、そういう意味でもあったのかな?)
僕は、気負いすぎていたのかもしれない。
「ふふっ」
ふとレクリア王女に笑われた。
「マール様は、そのように力の抜けた顔をなさっている方が可愛いですわね」
(……え?)
僕の後ろで、イルティミナさんが『うんうん』と大きく頷いている。
そ、そうかな?
思わず、自分の頬を手で揉んでしまう。
キルトさんが苦笑し、ソルティスは肩を竦めた。
そして、レクリア王女は、表情を改めると、その美しいオッドアイの瞳で真っ直ぐに僕らを見つめた。
「暗黒大陸への遠征も、7ヶ月後に控えておりますわ」
「…………」
「皆様、どうか精進なさってくださいましね。そして、それまでの日々を1日1日大切になさってくださいましね」
…………。
僕ら4人は、大きく頷いた。
見上げる僕らの頭上には、青い空が広がっている。
アルン神皇国より帰還して、5ヶ月ぶりの僕らのシュムリア王国での生活が、再び幕を開けようとしていた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




