149・謁見の時2
第149話になります。
よろしくお願いします。
僕は、キルトさんたちより前に出て、皇帝陛下の玉座から10メードほど離れた正面に立つ。
左にラプト。
右にレクトアリス。
僕ら3人、並んでいる。
周囲からは、大勢の貴族様や騎士様たちからの視線が、痛いほどに感じられた。
(き、緊張するよ……)
と、その時、皇帝陛下の視線に気づいた。
美しい蒼色の瞳。
そこには、穏やかな慈しみの光があった。
こちらを気遣い、励ますような眼差し。
ここで一番偉い人からのその優しい視線に、不思議と心が軽くなるのを感じた。
(うん、がんばろう)
僕は気持ちを入れ直す。
前もって言われていた通り、予定された段取りを行うために、ポケットから虹色に輝く球体を取り出す。
直径3センチほどの球体――『神武具』。
それを僕ら3人は右手のひらに乗せて、一緒に前に出す。
(いくよ、『神武具』)
視線でラプト、レクトアリスと息を合わせて、『神武具』に『神気』を流し込む。
ヴォン
虹色の輝きが強くなった。
次の瞬間、光の球体は砕け散り、無数の光の粒子となって僕らの周囲で渦を巻く。やがて、それは僕ら3人の背中に集束し、金属でできた美しい『虹色の翼』を形成した。
『……おぉ!』
周囲の人々から、感嘆の声があがる。
光の翼を生やした少年2人と美女。
特に、金髪碧眼の美少年であるラプト、紫色のウェーブヘアと紅い瞳の美女であるレクトアリス、2人のまさに天使のような姿は、神々しささえ覚える美しさだった。
皇帝陛下の瞳にも、感嘆の光がある。
「見事だ」
彼は言った。
「多くの犠牲を払い、そちたちが命懸けで手に入れてきてくれた『力』、しかと見させてもらった。どうか、その神なる力によって、人類の守護者たらんことを願う」
誠意ある陛下の声。
僕らは、これに首肯して、謁見という名の報告会は終わり――というのが段取りだった。
ところが、
「人類の守護者……か」
ラプトが皮肉そうに呟いた。
(え?)
そして彼は顔を上げ、皇帝陛下を正面から鋭く見つめると、
「ワイらは、人間が嫌いや」
謁見の間中に聞こえるような大声で、そう宣言したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
(ラ、ラプト?)
突然のことに戸惑う僕。
ザワザワ
周囲からもざわめきが聞こえてくる。
将軍さんやキルトさんも、ちょっと焦った顔だった。
けれど、皇帝陛下は落ち着いた表情だった。ただ静かに、蒼色の瞳でラプトのことを見つめている。
そんな陛下を見つめ返し、ラプトは言う。
「自分らは知らんかもしれん」
「…………」
「けどな、ワイらは、自分ら人間に裏切られ、多くの同胞が殺されたことを昨日のことのように覚えとる。そんなワイらに、『人類の守護者になれ』言うんか?」
嫌悪のこもった声。
さすがにまずい。
僕は慌てて止めようとしたけれど、
(!?)
ラプトと反対側の隣にいたレクトアリスが、僕の袖を押さえていた。
驚き、見返す。
彼女は、強い視線で僕を見ていた。
『――黙っていて』
そう紅い瞳が訴えている。
「…………」
「…………」
わかった。
彼女がそこまで同意しているなら、僕もラプトを信じて、成り行きに任せよう。
レクトアリスは『ありがとう』と微笑んだ。
僕も笑い返す。
そして、2人でラプトと皇帝陛下を見た。
陛下は、静かに応じた。
「お前たちは、それを望まぬか?」
「当たり前や」
ラプトは頷いた。
「自分らにとっては、遥か過去。けど、ワイらは当事者や。その光景を目の当たりにしてる。望むと思うんか?」
「思う」
陛下は、はっきりと言った。
ラプトが驚いた顔をする。
「確かに、余らは厚顔な願いを、そちたちに求めているのだろう」
陛下は、吐息のようにそうこぼす。
「けれど、それでも、そちたちは恐ろしい大迷宮の深部へと、その身を投じてくれた。その尊き命を危険に晒してまで、今の神々しい御姿を手にした。――そこに余は、そちたちの人ならざる、大いなる慈悲深さを感じている」
「…………」
「余の眼は、濁っているだろうか?」
陛下の澄んだ瞳が、ラプトを見つめている。
ラプトは口元を歪めた。
やがて、彼は大きく息を吐き、
「さすが皇帝様、大したもんや」
そう苦笑した。
「確かにな。ワイらも阿呆やない。300年前に生まれてもいなかった自分らにまで、恨み辛みを訴え、責任を求める気もないわ」
「…………」
「けどな、知っといて欲しかったんや」
ラプトは、真剣に言う。
「ワイらは、人間に裏切られた。それでも、戦うんやって」
その瞳は、泣きそうだった。
荒れ狂う感情を、心の奥で抑え込みながら、必死に紡いだ言葉――だからこそ、その熱は、謁見の間に集まった皆に伝わった気がする。
アルンの頂点に立つ皇帝陛下は、
「あいわかった。しかと心に刻もう」
人類の罪を訴える彼の言葉を真摯に受け止め、しっかりと頷きを返した。
ラプトは笑った。
どこかすっきりしたような、肩の荷を下ろした顔だった。
ようやく、
彼の中でようやく、人間に対する感情の整理が終わったのかもしれない。
(……ラプト)
僕は、良かったと思う反面、まだ申し訳なさもあった。
でも彼の思いを受け入れ、ただ微笑んだ。
ふとレクトアリスを見れば、彼女も静かに瞳を伏せて、同胞の決断を受け入れているようだった。
――和解。
きっと今日この場では、『神の眷属』と『人類』の間で、それが行われたんだと思う。
ラプトは腰に片手を当て、
「今はまだ、神様方も人類に失望しとる方が多い。けど、これからの行い次第では、それも変わるやろ。ワイらの仲間を、また地上に降ろしてくれるかもしれん。せやから、自分ら、しっかりやるんやで?」
謁見の間に集まった皆を見ながら、そう大きな声で言った。
まさに、神は見ている――だ。
皇帝陛下は、大きく頷いた。
「大いなる神々の信頼を取り戻せるよう、余らも懸命に努めると誓おう」
「おう」
ラプトは笑った。
拍子に、背中の美しい翼が動いて、キラキラした虹色の光を反射する。
その輝きに、皆が目を細めた。
そして、
パチ パチ
どこからともなく、拍手が生まれ、
パチパチ パチパチパチパチ
それは、謁見の間中に広がっていく。
僕ら3人は、驚いた。
集まった人々は、笑顔と決意の滲んだ顔で、僕らに向かって何度も手を叩き続けている。
彼らの思いも伝わってくる。
「……さよか」
「…………」
ラプトは呟き、レクトアリスはどこか嬉しそうに微笑んだ。
(あぁ、いい謁見だったね)
僕は何もしてなかったけど。
でも、そう思った。
そうして、謁見はこのまま終わると思っていた――その時、
ゴゴォン
突然、謁見の間の大扉が開いた。
(え?)
皆が驚き、そちらを見る。
そこから、傷だらけの兵士が1人、他の兵士に支えられながら、転がるように謁見の間に飛び込んできた。
「ぶ、無礼を承知で失礼します。緊急の報告が――」
咎める声が湧く前に、彼は言った。
血がボタボタと絨毯に落ちている。
かなりの負傷。
そこに皆が驚愕し、彼の行為を止める意思がなくなった。
皇帝陛下が静かに言う。
「申せ」
「はっ」
彼は、こぼれる血と共に返答する。
「コキュード地区にある第7監視所からの報告です。北部より多数の魔物を確認。その数は、およそ3万」
……は?
唖然となる僕。
いや、周囲には同じような表情の人たちも大勢いる。
「また、その魔物たちの中に、神血教団ネークスと思わる集団を確認。彼らが、魔物たちを先導しているものと思われます」
ドクンッ
心臓が跳ねた。
(神血教団ネークス……奴らが!?)
イルティミナさんが表情を凍らせ、手を強く握りしめる。
そして、負傷した彼の報告は続いた。
その言葉に、僕らは戦慄する。
「また魔物たちの進路は、コキュード地区にある『封印の地』! かつての神魔戦争において封印された、9体の悪魔の1体が封じられた禁断の地だと思われます!」
――この日、世界に大いなる危機が迫っていることを告げられた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
アルン神皇国でのマールたちの物語、最後の一波乱となります。もしよかったら、どうか最後まで見守ってやってくださいね。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




