138・村での日々2
先日、総合評価が3000ポイントに到達しました。
ブクマ、評価をして下さった皆さん、本当にありがとうございます!
ここまで来れるなんて、夢のようです。
自分なりにではありますが、これからも精一杯、皆さんの期待に応えられるように頑張ります!
本当にありがとうございました!
それでは、第138話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
翌日も、少女イルティミナさんは、魔物の木彫りに挑戦している。
カッ カシッ
木片を膝で挟みつつ、小さなナイフを当てていく。
木屑が、足元の草や服へと散乱する。
でも、今までと違う形で、慣れた掘り方ではないので、なかなか苦戦しているようだ。失敗作も何個か、足下の木屑と一緒に並んでいる。
「ん……」
時々、手を止めると、角度を変えて出来を確かめる。
僕は、彼女の隣に座って、その様子をずっと眺めながら待機中だ。
「マール君、この足の関節は、どうなってるの?」
「こんな感じ」
サラサラ
問われた場所を、木片に筆で描く。
時々、こんな風に、詳しい構造を聞かれるのだ。
(こだわりがあるんだなぁ)
そう思った。
彼女が作っているのは、『赤牙竜』の木彫りだった。
やはり竜だし、他の魔物と比べたら、人気もありそうだという理由である。彼女の彫り物は遊びではなく、買ってくれる人がいなければ話にならないのだ。
(……売れて欲しいな)
こんなにがんばってるんだから。
そう願う僕である。
しばらくして、彼女は手を止めた。
「は~、ちょっと休憩」
ナイフを握っていた手は、力を込めていたため、少し赤くなっている。それを揉みほぐす。
僕は笑った。
「お疲れ様」
「うん」
少女もはにかむ。
ふと気づけば、通りかかった村人たちが、仲良く並んで座る僕ら2人を見ながら、微笑ましそうに笑っていた。
鍬や鋤を片手に、村人たちは、畑の方へと歩いていく。
「…………」
「…………」
その視線に、なんだか2人で照れてしまった。
他の村人たちは、山羊のような家畜の世話をしたり、畑の野菜を収穫をしたりと、周囲には、のどかな風景が広がっている。
みんな、一生懸命、汗を流している。
いい村だと思った。
ルド村の人口は、およそ130人ほど。
全員が『魔血の民』だ。
差別や迫害を受ける彼らだけど、けど実際には、本当に気のいい優しい人ばかりだった。
僕には差別を受ける理由が、本当にわからないし、許せない。
(……でも)
1つだけ疑問があった。
「この村ってさ、子供が少ないよね?」
僕は、呟いた。
実は、10代の子供は、イルティミナさんを含めても少女が3人だけ。10代前半になると、イルティミナさん1人。
更に10歳以下の子になると、もうソルティス1人しかいない。
その上になると、もう20代半ばから後半だ。
僕の言葉に、少女は寂しそうに笑った。
ちょっと言い難そうに、
「……うん。若い人はみんな、2年前に村を出てしまったから」
と教えてくれた。
(え? どういうこと?)
そうしてわかったこと。
実は、若い人たちは、生まれた時からこのルド村で暮らしていた。
外の世界を全く知らないのだ。
差別や迫害のことを口伝されても、実体験として味わった者は少ない。そして、自然に閉ざされた、人目から隠れる村の生活は、決して豊かなものではなかった。
つまり、村の暮らしに不満があったのだ。
大人たちの諭しや窘めも、彼らには届かなかった。
その不満が積もりに積もったある日、ついに若者たちは、皆で村を出ることを決意してしまった。
「その時、実は、私も誘われたの」
少女は、寂しそうに言う。
心惹かれるモノがなかったわけではない。
けれど、彼女には大事な妹がいた。
ソルティスを置いて、村を出たくなかったのだ。
(…………)
そして、彼らは大人の制止を振り切って、村を出ていってしまった。
村を出た若者は、10数人ほど。
10代から20代前半の人が中心だった。
そして今、村に残っている若い人は、皆、何らかの理由があって村を出なかった人だけだそうだ。
(そんなことがあったんだ……)
気持ちはわからなくもない。
僕は、外の世界の残酷さを知っているから、このルド村がいい村だと思えた。
だから大人たちも、色々な我慢ができるのだろう。
イルティミナさんも、幼少期に、額に傷を負うような経験をしていて、それが村に残ろうという理由の1つになったのかもしれない。
僕は訊ねた。
「今、その人たちは?」
「わからない」
彼女は、青い空を見上げた。
「稼げるようになったら、村に仕送りするなんて言っていたけど、それも1度もないわ」
「そっか」
遠い眼差し。
それは、昔の知り合いのことを懐かしんでいるような、過去の決断をいまだ悩んでいるような、どこか複雑な感情を感じさせた。
僕は、ルド村の風景を見る。
(若い人のいなくなった村……か)
少しずつ。
少しずつ、この村は寂れていくのかもしれない。
穏やかで優しい景色が、僕の青い瞳には、なんだか物悲しい色に見えていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「――今日は、ここまでにするわ。ありがとう、マール君」
あれから2時間。
ずっと彫り続けた彼女は、赤牙竜1体を完成させると、息を吐いてそう言った。
このあと、彩色などを済ませて、ようやく売り物となるらしい。
(まるで、本当の職人みたいだ……)
そう思った。
「お疲れ様、イルティミナ」
声をかけると彼女ははにかみ、小さなナイフをしまって、肌や服についた木屑を払う。
パッ パッ
綺麗な髪についた木屑は、僕が指で優しく払ってやる。
少女は、ちょっと照れ臭そうだった。
「ごめんね? 長い時間、付き合わせて」
「ううん」
僕は首を振る。
がんばる彼女の手助けになれたなら、嬉しかった。
「…………」
そんな僕の答えに、彼女は真紅の瞳を細めて、ジッと見つめてくる。
そして、
「なんだか私、マール君に返さなきゃいけない恩が、いっぱいだね」
と言った。
(え?)
僕は、青い目を瞬く。
彼女は、なぜか楽しそうに、
「私とソルのこと、2度も助けてくれたでしょう? それに、木彫りのアイディアや、細かい造形の説明もしてくれて」
「…………」
あぁ、そのこと?
僕は、正直に言った。
「別に、忘れてくれていいよ」
それらは全部、恩に着せるつもりでやったわけじゃないんだ。
でも、
「それは駄目」
彼女は、はっきりと拒絶した。
「恩人には、必ず報いよ。――父様の教えよ。だから私、マール君に必ず報いるから」
「…………」
その譲らない姿に、懐かしさを覚えた。
(……そっか)
アルドリア大森林で、僕に生命を救われた大人のイルティミナさんが、必死に恩を返そうとしてくれたのは、幼少期に教え込まれた、この父の教えもあったからなんだ。
その事実に気づいて、つい笑ってしまった。
「? 何?」
「ううん」
僕は、湧き上がる笑みを飲み込んで、
「わかったよ。じゃあ、その内に」
「うん」
少女イルティミナさんは、大きく頷いてくれた。
そうして、僕らは2人で、木彫り作業の後片付けをしていると、
キィ……
(ん?)
小さな物音がした。
背後を振り返ると、そこには、扉を開けて家から出てきたオルティマさんが立っていた。
背中には、弓と矢筒を負っている。
「父様」
「…………」
彼の手は、娘が作ったばかりの木彫りの『赤牙竜』を持ち上げた。
少女は笑う。
「それ、マール君に教えてもらったの。どう?」
「悪くない」
短い答え。
それから、彼はこちらを見た。
「お前は、このような竜とも戦ったことがあるのか?」
「ううん」
僕は、首を振る。
「でも、襲われたことはある」
「…………」
「それを助けてくれたのが、冒険者たちだったんだ。だから、僕も冒険者になった」
そう答えて、剣の柄に触れる。
(…………)
あの時の3人の姿を、イルティミナさんの姿を、僕は忘れていない。
きっと一生、忘れないだろう。
オルティマさんの紅い瞳は、しばらく僕を見つめた。
やがて、
「そうか」
何かに納得したように、彼は頷いた。
それは、いつもより、少し優しい表情に見えた。……気のせいかな?
(ま、いいか)
「それより、オルティマさん、また森の見回りに行くんだよね? 僕も行くよ」
「あぁ」
素っ気なく答えて、彼は歩きだす。
僕は、少女を振り返る。
「行ってくるね」
「うん。……気をつけてね?」
心配そうな彼女に、僕は安心させようと笑ってみた。
それに気づいて、彼女も微笑む。
「いってらっしゃい、マール君」
「うん」
頷き、オルティマさんを追って、走りだす。
(なんか、いいな)
若かりし姿とはいえ、大好きな人に見送られて仕事に向かうのは、なんだか新婚夫婦みたいな感じで、恥ずかしいけど嬉しかった。
(……このまま、この村で暮らすのも悪くないかな?)
なんて思っちゃう。
と、その時、ふと頭上が曇った気がした。
(ん?)
見上げると、青い空に、小さな黒い影があった。
また飛竜だ。
少女イルティミナさんは、『珍しいこと』と言っていたけれど、昨日に続いて2日連続だった。あの影が、一瞬、太陽を遮ったのだろう。
(…………)
奇妙な感覚が、胸の中に生まれた。
でもそれが何なのか、自分でも、よくわからない。
「マール、置いていくぞ?」
と、先を行くオルティマさんが立ち止まって、僕を呼んだ。
「あ、ごめんなさい」
慌てて謝り、追いかける。
そして、もう一度、空を見上げた。
けれど、その時にはもう、飛竜の姿は、青い空のどこにも見えなくなっていた――。
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