114・全滅
第114話になります。
よろしくお願いします。
翌朝、次なる地下11階層を目指すために、268名のアルン騎士たちが、この10階層の前線基地を出立していく。
遺跡の中だから、太陽の光はない。
漆黒の闇の中、魔光灯による人工の光だけに照らされながら、その精鋭たちは、下層に続く階段へと向かって、迷いのない足取りで歩いていく。
(…………)
僕らは、ただ、その背を見送るだけだ。
ギュッ
小さな拳を、きつく握りしめる。
「大丈夫か、マール?」
気づいたキルトさんが、僕に声をかけた。
「うん」
僕は、頷いた。
本当は、昨日も、やっぱりよく眠れなかった。
食事の味もしないし、美味しくも感じない。湧き上がる感情に、突然、大声を出したい時もある。
だから、あまり大丈夫じゃないのかもしれない。
でも、心は折れていなかった。
イルティミナさんもキルトさんも、みんな、僕を心配してくれている。
それが、わかった。
(だから、大丈夫)
『神狗』の本能だって、抑えてみせる――死地へと挑むアルン騎士たちの背中を見て、改めて、そう覚悟を決めた。
僕は、もう1度、言った。
「うん、大丈夫だよ、キルトさん」
「…………」
黄金の瞳が、僕の青い目を覗き込んで、そして頷く。
「そうか」
ポンポン
彼女の手が、僕の頭を軽く叩いた。
そんな僕らに、イルティミナさんは小さく微笑み、その紅い瞳を伏せる。
ソルティスは、軽く肩を竦めた。
その横では、ダルディオス将軍とフレデリカさん、輸送兵の100名が、心臓に拳を当てる敬礼をしながら、去っていく268名のアルン騎士の精鋭たちを見送っていた。
――やがて、全員の姿が、闇の奥に消える。
それでも、僕らはしばらく、その場から誰も動かなかった。
「おい、おっさん」
不意に、ダルディオス将軍に、『神牙羅』の少年ラプトが声をかけた。
隣には、レクトアリスもいる。
珍しく2人は、死地に赴く人間たちの見送りに、参加をしてくれていたんだ。
彼は、睨むように将軍さんを見ていた。
「本当に、いいんやな?」
「?」
何のことだろう?
ダルディオス将軍も、怪訝そうな顔だ。
なんとなく、全員の視線が集まる。
そんな中、ラプトは言う。
「気づいとらんのか? この先は、今までの階層とは、まるで気配が違うやろが。やばい感じがプンプンや」
「…………」
「今、行った連中……きっと全員、死ぬで?」
淡々と、彼はそう告げた。
その声が、全員の鼓膜に響いても、すぐには、誰も何も言えなかった。
(……全員、死ぬ?)
突然、空気が冷え込んだような気がした。
僕は、レクトアリスを見る。
「…………」
「…………」
僕の視線を受けて、彼女は一瞬、痛ましげな顔をする。そして瞳を伏せ、小さく左右に首を振った。
それは、ラプトの言葉を肯定する仕草。
ダルディオス将軍は、武人の瞳で、『神の眷属』である少年を見返した。
「ワシは、あの者たちを信じておる」
「さよか」
ラプトは、短く応じる。
そして、クルッと僕らに背を向けると、
「ほなら、好きにせい」
「…………」
そう言葉を残して、レクトアリスと共に、自分たちの天幕へと去っていった。
『神の眷属』が残した、不吉な予言。
僕らは、アルンの精鋭たちが消えた階段を見る。
「…………」
そこにあるのは、黒一色――ただ全てを飲み込んでしまう深い闇のみだった。
オォオオオォォ……
生暖かい死の風が、そこから吹いてくる気がした。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから、3日が過ぎた。
11階層を踏破したという報告は、まだ届いていない。
(…………)
僕は、階段の前に座って、268名のアルン騎士が通った、地下への闇を見つめていた。
黒曜石のような、美しい石でできた太古の遺跡。
時折、その黒い石の中を、赤く輝く神文字が、まるで血流のように流れていき、僕らを照らして、また消えていく。
とても不思議な空間だ。
「ここにいたのですね、マール?」
ふと声をかけられた。
振り返ると、そこにはやっぱり、あの優しい笑顔を浮かべるイルティミナさんが立っていた。
「キルトが、どこに行ったのかと探していましたよ?」
「そうなんだ……ごめんなさい」
僕は、謝る。
最近のキルトさんは、ダルディオス将軍と話し合う以外の時間は、なるべく僕のそばにいてくれるようになった。
(色々と忙しいはずなのに……)
心配かけて、なんだか申し訳なかった。
でも、一緒に食事をすることも増えたし、会話も多くなって、素直に嬉しくもあった。
なぜだかイルティミナさんは、何かを疑うような目で、しばらく銀髪の美女を見ていたけれど……。
パンパン
僕は、ズボンの埃を払って、立ち上がる。
「うん。それじゃあ、天幕に戻ろうか?」
「はい」
イルティミナさんも笑って、僕に右手を伸ばした。
いつものように手を繋ぐ。
その時、
(――――)
強い血の臭いが、階段の奥から流れ込んできた。
バッ
白い手を振りほどき、『妖精の剣』の柄に指をかけ、階下の闇を睨む。
(……気のせい?)
違う。
確かに血の臭いがする。
「マール?」
イルティミナさんの困惑した声。
彼女には、この臭いは感じられないのだろうか?
「……血の臭いがするんだ、この階段の奥から」
「血の臭い、ですか?」
驚いた顔。
でも、彼女はすぐに魔狩人の顔になって、ランタンを片手に、白い槍を構えながら、僕の前に出た。
「…………」
コツッ
1段。
コツッ コツッ
2段、3段。
彼女は、階段を降りていく。
5段目まで到達して、数十秒、イルティミナさんは闇を見つめていた。そのまま動かない。
「……イルティミナさん?」
声をかけ、近づこうとする。
「――来てはなりません」
「え?」
「すぐに、キルトと将軍を呼んで来てください。――早く!」
硬質な声での命令。
言われるがまま、僕は弾かれるように身を翻した。
天幕にいる2人の元へと辿り着いて、事情を話すと、2人は怪訝な顔をしながらも、すぐについて来てくれた。
「イルティミナさん!」
「…………」
階段に近づく。
(!)
さっきより強い血の臭いがした。
イルティミナさんは、階段上に戻っていて、そこに膝をついていた。そんな彼女の目の前に、何かがある。
「どうした、イル――」
キルトさんのかける声が、止まった。
気づいた僕の足も、止まる。
イルティミナさんの鎧の前面と両手は、血だらけだった。きっと、彼女の足元にあるそれを、階段の上まで引き上げたからだろう。
ダルディオス将軍が、表情を険しくさせ、
「治療兵、すぐに来い! 急げ、急ぐのだ!」
焦ったような怒声を響かせる。
ソルティスとフレデリカさんも天幕から顔を出し、やがて、基地中が騒然となった。
「イ、イルティミナさん……」
「…………」
震える声で呼びかける。
彼女は、答えない。
彼女の足元にあるのは、右腕が肩から千切れ、腹部の傷から内臓をこぼし、全身をかじられ、左半身を石化させた瀕死のアルン騎士の肉体だった。
……まだ生きているのが不思議な状態だ。
太古の神殿の闇が、少しずつ、僕らに牙を剥き始めていた――。
◇◇◇◇◇◇◇
瀕死のアルン騎士は、すぐに救護用の天幕へと運び込まれた。
キルトさんと将軍さんは、一緒にその天幕へと入っていき、けれど、何もできることのない僕らは、自分たちの天幕に戻ることになった。
「…………」
「…………」
「…………」
3人とも、一言も喋らなかった。
イルティミナさんは、ただ黙々と白い鎧についた真っ赤な血を落としていて、僕とソルティスは、それを手伝う。
(……いったい、何があったんだろう?)
あまりにも酷い怪我だった。
正直、助かるとは思えない。
彼の身に何が起きたのか、そして、他の200名以上のアルン騎士たちは無事なのか、色々な考えと感情が、頭と心の中でグルグルと回っている。
「手、止まってるわよ?」
「……あ、ごめん」
ソルティスに肘でつつかれ、僕は、布で鎧を擦る手を動かす。
作業に集中した方が、余計なことは考えない――ぶっきら棒だけど優しい少女の気遣いに、僕は『しっかりしなきゃ』と自分を叱り、心を強くする。
「…………」
イルティミナさんは、僕らの様子に、優しく微笑んだ。
ガサッ
と、天幕の布が動いた。
「すまんな。今、戻ったぞ」
僕らのリーダーである金印の魔狩人が、そう言いながら、入ってくる。
その表情には、静かな緊張感があった。
「おかえりなさい、キルトさん」
「おかりなさい」
「おかえり、キルト」
そう彼女を迎えて、
「あの人は?」
僕は、真っ先にそれを質問した。
「…………」
彼女は、銀髪を散らし、静かに首を横に振った。
(あぁ……)
予想はしていたはずなのに、天幕の中が、なぜか暗くなったように感じた。
僕らは白い鎧を脇に片づけ、キルトさんは椅子に座る。
一度、大きく息を吐いてから、
「元々、助かる怪我ではなかったのじゃ。じゃが、情報を聞き出すために、回復魔法で無理矢理に延命し、苦しみの中で話をさせた。……どうか、皆、彼の者の冥福を祈ってやってくれ」
辛そうな声で、最初にそう言った。
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは頷き、黙祷する。
(神界に在られるヤーコウル様、どうか、その者の魂に安らぎをお与えください……っ)
ギュウ……ッ
手を強く握り合わせて、必死に祈った。
やがて、僕らは目を開ける。
僕ら3人の視線はキルトさんに集中し、それを受け止めて、金印の魔狩人は話しだした。
「まずは、先行部隊の状況を、伝えておく」
そこで数秒、息を止め、
「――全滅だそうじゃ」
彼女は告げた。
(――――)
僕らは、唇を噛みしめる。
もしかしたらと想定していた分、衝撃は少なかったかもしれない。それでも、動揺は心に荒れ狂い、世界が斜めに傾いていくような錯覚があった。
キルトさんは続ける。
「11階層には、水没した区画があり、その先に12階層へと続く階段があったそうじゃ。12階層へは、10部隊150名が先行、しかし定時報告なく、もう3部隊45名が偵察に出たが、帰らなかった」
「…………」
「その時点で、残された5部隊73名は、10階層へ退却を決定。じゃが、突如、大量の魔物の襲撃を受け、壊滅」
ポタッ
気づけば、語るキルトさんの右手が強く握られ、皮膚を爪で切ったのか、そこから血が垂れていた。
「せめて我らに状況を伝えねばと、60名が犠牲の盾となり、そこから逃された13名が10階層を目指した」
「…………」
「だが、その13名も、11階層を抜ける間に犠牲が生まれ……そして、辿り着いたのは、あの1人のみ」
…………。
なんて、ことだ……っ。
(その最後の1人も亡くなった。……つまり、アルンの精鋭268名、全員が亡くなったんだっ!)
ソルティスが、もう聞きたくないというように、きつく目を閉じていた。
イルティミナさんの白い手が、そんな少女を支えるように、その背中に触れている。
僕は、感情のない声で呟く。
「……ラプトの言った通りになったね?」
「そうじゃな」
キルトさんは頷いた。
そして、僕を見ながら、こう続けた。
「正直に言うぞ、マール? ここまで大規模な準備をしておきながら、しかし、かつての調査隊と同じく10階層までしか到達できぬとは、わらわも将軍も、想像していなかった。そこからたった2階層で、270名の選ばれたアルン騎士の精鋭が全滅するとは、完全に想定外の事態なのじゃ」
「…………」
「ゆえに、ダルディオス将軍は、『撤退』の選択肢も考えている」
撤退?
(……今更!? こんなに犠牲を出しておいて?)
呆然となる僕に、キルトさんは言う。
「そなたら『神の眷属』は、人類の希望じゃ。『神武具』の入手は、『闇の子』に対抗するための『手段』にすぎぬ。『手段』のために、ここで、そなたらまで失うわけにはいかぬ」
「…………」
「わらわ個人としても、そなたを死なせたくはない」
彼女の視線は、真っ直ぐだ。
誤魔化しも何もなく、本音だけを話してくれているのが、伝わってくる。
(……キルトさん)
その心は、とても嬉しい。
でも、
「そんなの駄目だよ」
僕は答えた。
「ここまで多くの人が死んで、僕だけ逃げるなんて、駄目だよ。そんなことしたら、僕は自分が許せない。そうなったらもう、僕は戦えない」
「…………」
「…………」
「…………」
僕の声を、3人が聞いている。
僕は、自分の右手を見つめて、
「僕の中のアークインが言っている。『神武具』もなく『闇の子』には抗えないって。……そして、このコールウッド遺跡を踏破することもできないなら、到底、『闇の子』には勝てないって!」
拳を握った。
パシッ パシシッ
抑えきれない感情と共に、神気が溢れて、白い火花を散らす。
僕の青い瞳は、キルトさんを見返した。
「僕は、逃げない」
「そうか」
彼女は、静かに頷いた。
ひょっとしたら、僕の答えがわかっていたのかもしれない。
「マールの気持ちは、わかった」
「…………」
「そなたらは、どうする?」
キルトさんは、姉妹の方を見る。
「マールが残るというのに、私が帰ると思いますか?」
イルティミナさんは、金印の魔狩人を見返し、当たり前のように答えた。
「私は帰りたいけどね~」
ソルティスは、肩を竦めている。
帰りたいけど。
けど、彼女は、残ってやると言っていた。
(2人とも……)
胸が熱くなる。
キルトさんは、笑った。
「ふむ、決まりじゃな。わらわたち4人は、このまま『大迷宮の探索』を続けようぞ」
僕らは頷く。
それから互いの顔を見て、そして笑い合った。
大切な仲間たち。
僕の大好きな3人の女性たち。
(……絶対に、1人も死なせないよ)
死なせてたまるもんか!
固い決意を抱いた僕の耳に、ふと、神界にいるだろう灰色の女神コールウッド様の嘲笑するような笑い声が聞こえた気がした。
◇◇◇◇◇◇◇
「――貴殿らは、本当にそれで良いのだな?」
指揮所となる天幕内、僕ら4人は、ダルディオス将軍の前に立っていた。
同じ天幕にいたフレデリカさんは、突然、やって来た僕ら4人に戸惑った様子だった。
けれど、僕らと将軍さん、どちらにも声をかけれないようだ。
そして、彼の問いに対して、僕は頷く。
「僕らは、探索を続ける」
「…………」
将軍さんの表情には、アルン騎士300名の死によってだろう深い苦悩の影が落ちていた。
けれど、その眼光の鋭さは変わらない。
キルトさん、イルティミナさん、ソルティス――歴戦の猛者である将軍の眼光が、その1人1人の目を、真っ直ぐに見つめてくる。
でも3人とも、表情は変わらない。
「…………」
「…………」
僕にも、視線が向いた。
殺意があるのかと思えるほどの強い眼差し――僕は、それを真っ向から受け止める。
もう覚悟は決まっていた。
「そうか」
彼は納得したように頷き、大きく息を吐いた。
フレデリカさんが「いいのですか、父上!?」と、思わず声を発し、けれど、ダルディオス将軍は手を上げて、それを制する。
もう1度、僕らを見て、
「先行部隊が200名になった段階で、貴殿らにも共に戦ってもらう予定であった。その200名のサポートもなく、アルンの精兵300名が全滅した遺跡を、たった4人で攻略するつもりなのだな?」
「うん」
「地上部隊から100名を、新たに呼ぶこともできるのだぞ?」
「いらない」
その目を見ながら、僕は答える。
キルトさんが笑った。
「少数であればこそ、できる戦い方もあるのじゃ、将軍」
「…………」
「そもそも、地上部隊の連中は、300名ほどの実力はあるまい? 肉の壁にする気かもしれぬが、それはかえって、我らの邪魔になる。無駄死にを増やす必要はないのじゃ、やめておけ」
最後の声には、強い警告の意志が込められていた。
将軍さんは、目を閉じる。
「わかった、貴殿らの意志に任せるわい」
「父上!」
フレデリカさんが非難するように、声を荒げる。
「しかし、行くならば、ワシも同行しようぞ」
え?
驚く僕らに、彼は武人の顔で笑った。
「アルンの騎士として、貴殿らのみに任せるわけにはいくまいよ? それに、彼ら300名の尊い犠牲を無駄にはできん。何より、仲間の仇を討たねば、アルン騎士の名が廃るわい」
「……将軍さん」
その表情を見れば、わかる。
彼の決意は、もう固まっている。きっと僕らが何を言っても、考えは変えないだろう。
「わかったよ、将軍さん」
僕は諦め、笑う。
そして僕は、将軍さんの太い手と、ガッチリ握手を交わした。
と、そこにもう1つ、白い手が重なる。
え?
(フレデリカさん……?)
青い髪の軍服の麗人は、思い詰めた瞳で、僕を見つめた。
「私も同行する」
「…………」
「決して、足手まといにはならない。どうか、マール殿と一緒にいさせてくれ」
瞳の中に、強い覚悟の光があった。
(……父娘なんだね、本当に)
何を言っても聞く気がない、父親そっくりの頑固な意志が感じられた。
僕は、3人を見る。
彼女の覚悟が、みんなにも伝わったのだろう。
3人とも頷いた。
ただ、イルティミナさんは、本当にちょっとだけ不満そうだったけれど。
「フィディ……」
「聞きませんよ、父上」
父親の心配を、娘は完璧に跳ね返す。
そんなお転婆な娘の固い意志には、さすがのダルディオス将軍も、もう苦笑するしかなかった。
そうして6人での探索が決まりかけた時、
「なんや、ずいぶん騒がしいの」
「本当に」
天幕の出入り口の布を潜って、『神の眷属』である光をまとった少年と美女が入ってきた。
神々しい光が僕らを照らす。
「ラプト、レクトアリス」
「よう、マール? ようやく、ワイらの出番のようやな?」
軽く伸びをして、ラプトは言う。
ちょっと驚いた。
「一緒に行ってくれるの?」
「当然でしょ」
答えたのは、レクトアリス。
「大切な神界の仲間だもの。マールが行くのなら、私たちも行くわ」
「せやせや」
頷くラプト。
それから彼は、僕以外の人間たちを見つめて、
「まったく、ワイらは昔から、人間たちの尻拭いばっかり、やらされとるな」
「…………」
確かに。
400年前は、魔界への穴を開けてしまった人間の尻拭いで、この人界へとやって来た。
現在では、良かれと思った結果、『神武具』を死なせてしまった人間の尻拭いで、この恐ろしい遺跡にやって来た。
そして、これからは、生きた『神武具』を手に入れようとして全滅した人間の尻拭いで、その遺跡の奥へと向かおうとしている。
ダルディオス将軍もキルトさんも、何も言えなかった。
それを見て、ラプトは笑う。
「ま、しゃーない。人間に、そこまで期待してへんわ」
「そうね」
レクトアリスも、澄まして肩を竦める。
そして表情を改めて、
「それに私たちの役目は、『災いの種』を――『闇の子』を倒すこと。そのためには、どうしても『神武具』は必要だもの。尻拭いどうこうは抜きにしても、遺跡の奥へ行かないわけにはいかないわ」
「ま、そういうこっちゃ」
ラプトも、両手を腰に当てて、大きく頷いた。
2人の気持ちは、わかった。
でも、2人の服装は、僕がアルドリア大森林に転生した時のような、白地に金糸の模様が入った布の服のままだった。
ちょっと心配になった僕は、聞く。
「あの、2人とも、鎧とか装備しなくていいの?」
「あん?」
キョトンとするラプト。
同じく驚いていたレクトアリスは、後ろにいる金印の魔狩人を、軽く指差して、
「あの化け物女の攻撃でも、無傷だったのに?」
と、からかうように笑った。
(あ……)
そうだった。
「2人は、『神牙羅』だもんね」
「せや」
「そういうこと」
防御特化の『神の眷属』。
2人を傷つけられるほどの存在は、そうそう、この世に存在しないのだ。
そんな頼もしい笑顔の2人の一方で、
「……むぅ」
突然、酷い呼ばれ方をしたキルトさんは、ちょっと傷ついた顔になっていた。
それに気づいて、
「おい、自分?」
かつて戦ったラプトが、キルトさんを呼んだ。
「む?」
「先に言っとくわ。ワイらは、防御は得意や。……けど、攻撃はそこまでやない」
あ……。
「ワイらは、自分らの盾になったる。そこは安心せい。せやから、その分、攻撃に関しては、自分らに任せたからな?」
ラプトは、キルトさんを見つめて、そう言った。
驚いた。
(あのラプトが、自分の弱点を話して、嫌いだった人間に頼るなんて……)
きっと彼はあの戦いで、すでに『金印の魔狩人』のことを、ちゃんと認めていたんだ。
キルトさんも驚いていた。
でも、
「わかった、任せるがよい」
黄金の瞳で彼を見つめ返して、大きく頷いた。
信頼には、信頼を。
ラプトとレクトアリスも、その眼差しを受けて、満足そうに頷きを返していた。
(……うん)
集まった7人を見て、僕は思った。
きっとやれる。
僕ら8人なら、必ず、この『大迷宮』を踏破して、最下層にあるはずの生きた『神武具』を手に入れられるはずだ。
「みんな、やろう!」
勇気に満ちた僕は、右手を伸ばす。
最初は、みんな、びっくりした顔をしていた。
でも、すぐにイルティミナさんが笑って、
「はい、マール」
僕の伸ばした右手に、自分の美しい右手を重ねてくれた。
「うむ」
「へいへい」
すぐに笑って、キルトさんが、そしてソルティスが続いてくれる。
「よろしく頼む、マール殿」
「やってみせようぞ」
そして、フレデリカさんの白い手と、ダルディオス将軍の大きな手が、重なった。
「ほな、きばろか、マール」
「えぇ、がんばりましょう」
八重歯を覗かせ、笑うラプトに、大人の笑みを見せるレクトアリス、2人の光輝く手も、人間たちの手と共に重ねられた。
天幕の中、8人の視線が絡まる。
(うん、負けるもんか!)
みんなと一緒なら、このコールウッド様の遺跡にだって勝ってみせる。
地下300メートルに位置する『大迷宮』の10階層――その漆黒の闇に包まれた空間で、僕らは心を1つに重ねて、この死の遺跡の踏破を誓うのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次話にて、ようやくマールたちの出陣です。相変わらずのスロー展開、申し訳ありません……。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




