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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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113/825

113・大迷宮1~10階層

第113話になります。

どうぞ、よろしくお願いします。

 探索開始から14日目の午後、僕らは、前線基地を移動するために、地上部隊の100名と共に『大迷宮』へと入っていくことになった。


 100名は皆、大きな背嚢リュックに荷物を積んだ輸送兵だ。


 隻眼の老騎士バーランドさんは、地上の野営基地に残って、そのまま指揮を執るそうだ。


 地下へと向かう移動部隊には、僕ら4人とダルディオス家の父娘、『神牙羅』の2人も含まれていて、100名の輸送兵は、ダルディオス将軍自らが指揮をすることになっている。


 あと3人のシュムリア騎士さんは、万が一の時に、本国へと連絡する必要があるので地上待機となった。


「どうか、お気をつけて、マール殿」

「うん」


 僕らは、握手を交わして別れた。

 

 そうして、樹海の崖に掘られた太古の神殿、その大広間にある地下への階段前に、100名以上の人員が整列した。


「よし! では皆の者、出発だ!」


 ダルディオス将軍の号令で、全員が闇の奥へと続く階段を降りていく。 


(……ちょっと緊張するな)


 僕も、自分のリュックを背負って、歩きだす。


 カツン カツン


 大勢の足音が、大きく反響する。


 やがて、辿り着いたのは、10人が並べるほど幅の広い通路だ。


 天井までの高さは、30メードはあるだろうか? ランタンをかざしても、光が届かず、頭上は闇に包まれたままだ。


(最下層が、推定30階層だから……えっ!? 地下900メートル!?)


 床や天井の厚みも考えたら、ほぼ1キロだ。

 灰色の女神コールウッド様の造った、この太古の遺跡は、想像以上の規模だった。


 他にも、気になる部分はある。


「これ、何の材質かしら?」


 ソルティスが呟き、通路の壁に触る。


 それは、黒曜石のように表面が滑らかで、まるで黒い鏡のようだった。床も壁も柱も、その石が積み重ねられ、構成されている。


 特に不思議だったのは、その黒い輝きの内部だ。


 前にレクトアリスが見せてくれた『神文字』のような魔法文字の一文が、時折、赤く輝きながら、まるで血管を流れる血液のように、黒い壁や床の中を走り抜けていくのである。


 キルトさんやイルティミナさんも、こんな光景は、初めて見るようだ。


「さすが、神の手による構造物、といったところかの?」

「そうですね」


 眺める2人の美貌を、赤い輝きが照らし、そして通り過ぎていく。


 先行部隊のおかげで、地下10階層までのルートと安全は、確保されていた。最短ルートとなる通路には、魔光灯と呼ばれる照明機が並べられ、床の端には、太いコードが延々と伸びている。

 道を間違えることは、なさそうだ。


(よかった)


 安心しながら、歩いていく。


 でも、それ以外の部分は、完全な闇に包まれていて、少し恐ろしくもあった。もし光もなく、こんな場所で迷子になったら、地上に戻れる気がしない。


 先行部隊の人たちは、こんな闇の中を探索しながら、地下への道を開拓していったんだ。

 そう思ったら、本当に頭が下がる思いだった。


 そのまま2階層、3階層へと進んでいく。


 その頃になると、通路上に、白い人骨が大量に散乱している光景に出会ったりした。


「…………」

「…………」


 思わず、ソルティスと顔を見合わせる。


 かつて、ディオル遺跡でも見た光景――恐らくここで、300名の先行部隊と大量のスケルトンの戦闘があったんだ。通路の大半が人骨で白く埋まっているのだから、相当、大規模な戦闘が行われたんだと思う。


 バキッ パキン


 それらを踏みしめ、100人の輸送兵と共に進む。 


 時折、巨大な蝙蝠やネズミなどの腐乱死体が、通路に転がっているのも目に入る。


(ん?)


 通路の先で、幅半分ほどの大きさの穴が開いていた。

 覗いてみても、真っ暗で何も見えない。


 何だろう?


「気になりますか、マール?」


 答えを知っているのか、イルティミナさんが優しく笑い、あの先生の声で聞いてくる。

 僕は、頷いた。


 すると彼女は、松明に火を点けると、その真っ暗な穴へポイッと投下した。


 ヒュウウ……カラン


 穴の底に、到達する。


 途端、闇が動いた。


(うわっ!?)


 赤い炎に照らされたのは、穴の底を埋め尽くすほど大量の百足や毒蜘蛛の姿だった。炎の周りだけ、その毒虫たちは逃げている。


「ダンジョントラップの定番、落とし穴です」

「…………」


 僕は、しばらく声も出ない。


(き、気持ち悪い……)


 暗闇の底で蠢く毒虫たちに、怖気が走っている。


 よく見たら、穴の底には、リュックを背負い、服を着たままの人骨が数人分、存在していた。

 かつての調査隊の人だろうか?


 頭蓋骨の眼球部分から、モゾモゾと毒蜘蛛が這い出てくる。


「――わっ!」


 ドンッ


(ひぃ!?)


 突然、背中を押されて、穴に落ちそうになった。

 全力で、穴の縁に踏みとどまる。


 心臓が止まりそうになりながら、振り返ると、


「ニャハハッ、必死な顔しちゃってっ!」

「…………」


 大笑いしているソルティスさん。

 こ、この子は~!


 ゴチンッ


 すぐに姉から拳骨が落とされて、思いっきり叱られていました。


「ず、ずっと固い顔してるから、ちょっとマールの緊張、ほぐしてやろうと思ったのよぅ」


 涙目で、そんな弁解。


(…………)


 思わず、自分の頬に触る。

 僕、ずっとそんな顔、してたのかな?


 不器用な気遣いだったと思うことにして、僕は、まだまだ叱りたそうなイルティミナさんを説得して、これぐらいで許してあげることにした。


 ふと見たら、キルトさんが苦笑いしていた。

 僕らの様子を見ていた輸送兵の皆さんも、なんだか微笑ましそうな顔をしていた。


 柔らかな空気。


『大迷宮』に入ってから、しばらくなかった感覚に、僕もちょっと笑ってしまった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 4階層から5階層に降りる階段の途中、ふと妙な臭いがした。


(……なんだろう?)


 何かが腐ったような、嫌な臭いだ。


「どうしました、マール?」


 僕に気づいたイルティミナさんに伝えると、彼女はすぐ、キルトさんやダルディオス将軍にも連絡してくれた。


「マールの鼻は、確かじゃ」

「ふむ。ならば、行軍速度を落として、しばし周囲を警戒しながら進もうぞ」


『金印の魔狩人』の証言に、将軍さんも頷いてくれた。


(ありがとう、信じてくれて) 


 心の中で、礼を言う。


 本来は、先行部隊が『魔物の駆除』をしてくれているので、危険はないはずだった。それでも、ここは『大迷宮』の中、何が起こるかわからない。

 万が一に備えて、警戒はしておくに、越したことはないだろう。


 僕も、『妖精の剣』の柄に手を当てて、いつでも抜刀できるようにしながら進んだ。


 やがて、原因がわかった。


「……どうやら、あれじゃな?」


 キルトさんが呟く。


 僕ら100名を超す全員の視線は、5階層の通路にある柱を見上げていた。


 カシッ カシャッ


 そこに、腐乱した人喰鬼オーガの上半身がぶら下がっていた。


 下半身と右腕はなく、頭部と左手、胸部の3ヶ所を、アルン騎士たちの使う金属槍によって、柱の黒い石ごと貫かれ、縫いつけられていたのだ。


 千切れた腹部からは、内臓が細長く垂れている。


 本来なら、絶命していておかしくない損傷――だというのに、その半身のみのオーガは、なんと、まだ動いていた。


 グジュッ カシシッ


 腐った肉片と血をこぼしながら、身をよじり、その左手の爪で、恨めしそうに柱を力なくかいている。


不死アンデッドオーガじゃな」


 地上7メードほどにある、照明に照らされた魔物の姿を見上げながら、キルトさんが呟いた。


 不死オーガ。


 その名の通り、決して死なない魔物だという。

 肉体損傷では、決して倒せず、討伐するには、浄化魔法か、炎魔法で焼きつくすしか方法がないそうだ。


「もしくは、動けぬほど細切れにするか、あのように拘束するしかありません」

「…………」


 イルティミナ先生のそんな説明。


 ちなみに、どんな小さな細切れにされても、生きているんだって。


 そして、『不死』と名のつく魔物は、みんな同じ特性。

 だから、()()()に関しては、できる限り、浄化魔法や炎魔法で倒し、魂を救済するのが望ましいそうだ。


(不死……か)


 死ねないというのも、ある種の恐ろしい事象だと思った。


 ソルティスが、大杖を手にしながら、リーダーを見る。


「焼いとく?」

「構わぬ。相手は魔物じゃ、放っておけ」


 炎魔法の魔力が惜しいと、キルトさん。


「そ。わかったわ」


 少女は頷き、大杖を引く。 


 そうして僕らは、また『大迷宮』の中を歩きだす。


 カシッ カシュ……ッ


 背後の闇の中から、永遠に止むことのない不死オーガの蠢く音が、僕らの耳へと聞こえ続けていた――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 出発から数時間、僕らは、ついに10階層へと到達した。


 そこにある広間の1つに、先行していたアルン騎士の精鋭たち300名の生き残りが集まり、天幕を設営して待機していた。


「皆、ご苦労だった!」


『――はっ』


 ダルディオス将軍の労いに、彼らは、鋭く敬礼で応じる。


 この2週間、太古の遺跡の中、恐ろしい暗闇で戦い続けた彼らは、皆、その肉体や鎧に幾つもの傷を刻まれ、自身や仲間、あるいは魔物の血で汚れていた。

 しかも、10階層(ここ)に至るまで、部隊の約1割、32名の同胞が亡くなっている。


 だというのに、彼らの士気は落ちていない。


 ダルディオス将軍を見返す眼差しと表情には、強い覇気が満ちていた。


「これがアルンの騎士なのだ、マール殿」

「…………」


 フレデリカさんが誇らしげに言う。


 確かに、整列する彼らの姿からは、心を震わせる熱い何かが感じられた。


 将軍さんは、全員に身体を休めるように伝え、僕らと一緒にやって来た100名の輸送兵さんたちが、すぐに荷解きをして、前線基地の設営を開始する。


「今夜は、酒を飲むことも許そうぞ! がっはっはっ!」


 その言葉に、皆が湧いた。


 明日からは、未知なる11階層の探索が始まる。

 また死人が出るだろう。


 だからこそ、今夜は、保存食ではなく、地上から持ってきた美味しい食事やお酒などで、存分に英気を養ってもらうつもりなのだ。


 僕ら4人も、精一杯、先行部隊の人たちのために準備を手伝った。


(……本当に、お疲れ様でした)


 心の中で声をかけながら、大鍋で作ったシチューを、並んだ彼らのお皿によそっていく。


 仲間の元に戻り、美味しそうに食べてくれる姿には、とても嬉しくなる。


 やがて、人手が足りてくると、僕らも食事を取れるようになって、湯気を上げるシチューのお皿を抱えながら、自分たちの天幕へと戻った。


 残念ながら、キルトさんは、ダルディオス将軍との作戦の話があるそうで、僕と姉妹3人だけの食事。


「2人とも、熱いから、気をつけてくださいね?」

「うん」

「いただきま~す♪」


 ハムッ


「!? あちち……っ!」


 かじった芋の中は、高温でした。

 ひ~。


「だ、大丈夫ですか、マール?」

「馬鹿ねぇ」


 心配してくれるイルティミナさん、呆れるソルティス。


「あはは……」


 僕は、笑って誤魔化した。


 そんな風にして、僕らは食事を続ける。


 それも終わりに差し掛かった頃、


「明日から、ようやく11階層、か。……最下層に辿り着くのは、いつになるんだろうね?」


 僕は、ポツリと呟いた。


 2人の食事の手も止まる。


 シュムリア王国を出発して、もう3ヶ月以上経つ。


 神帝都アスティリオを発つ前に、王都ムーリアからの翼竜便が来て、シュムリア国内では『闇の子』の動向に関して、特に新しい情報がないことは伝わっていた。

 でも、その静けさが、逆に恐ろしい。


(……いったい、『闇の子』は今、何をしてるんだろう?)


 闇の沈黙は、ただただ不気味だった。


 またシュムリア王国に召喚されている、もう1人の『神の眷属』も、まだ発見されていないそうだ。


(なんだか、色々と悩ましいな……)


 思わず、ため息がこぼれてしまう。


 イルティミナさんの白い手が、そんな僕の肩に優しく触れた。


「考えすぎてはいけませんよ、マール?」

「…………」

「大丈夫。シュムリア王国には、王国最強の8騎のシュムリア竜騎隊が存在します。また聖シュリアン教の神殿騎士たちも。――例え、『闇の子』が何かを仕掛けてきたとしても、容易く為せるとは思えません」


 ソルティスも頷いた。


「そうよ? 今は、目の前に集中しましょ?」

「…………」

「どうせ考えたって、すぐシュムリアに帰れるわけじゃないんだもの。無駄よ、無駄」

「……うん、そうだね」


 パタパタ手を振る少女に、僕も笑って、頷いた。


(うん、今は『神武具』を手に入れることに、集中しよう)


 最下層に到達するまで、あと何十日かかるかわからないけれど、今はもう、これが最善の手だと信じるしかない。


 僕の様子に、イルティミナさんも微笑んだ。


「……それにしても、キルト、遅いわね?」


 ふと、ソルティスが呟いた。


 思わず、3人で、天幕の出入り口を見てしまう。もちろん、そこが開いて、誰かが入ってくる気配はない。


(将軍さんとの話が、長引いているのかな?)


 食事をしたら、あとは眠るだけだ。

 今夜は、彼女を待たずに、先に寝てしまうことになりそうだった。


(う~ん?)


 僕は、空のお皿を置いて、立ち上がる。


「マール?」

「僕、ちょっと、キルトさんの様子を見てくるよ」


 驚く2人にそう言い残すと、僕は、出入り口の布を抜けて、天幕の外へと出ていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇ 



「――どうした、マール殿?」


 たくさんの天幕と食事中の人たちの間を縫って歩いていると、軍服の麗人フレデリカさんに出会った。


「こんばんは、フレデリカさん」

「あぁ、こんばんは」


 頷く彼女は、小脇に、紐で縛られた大量の紙束を抱えている。

 僕の視線に気づいて、


「これか? これは、補給に関する計画書だ」


 と、教えてくれた。


(補給に関する計画書?)


「そうだ。これからの探索で、どれだけの日数がかかるかわからない。食糧や装備品などが足りなくならないよう、消耗速度を計算して、野営基地や神帝都からの補給ペースを、複数案、用意したんだ。――これを父に、いや、ダルディオス将軍に届けるところでな」

「そうなんだ」


 ちょうど、よかった。


「僕も、キルトさんが戻ってこないから、様子を見に行くところだったんだ」

「そうなのか?」

「うん。もしよかったら、一緒に行かない?」


 フレデリカさんは驚き、そして、ちょっと嬉しそうに笑ってくれた。


「もちろんだ。一緒に行こう」

「よかった」


 僕も笑う。

 そして、2人で一緒に、一番大きな天幕を目指して歩きだした。 


 やがて辿り着いた、前線基地の指揮所となる設営されたばかりの天幕に、けれど、僕らの会いたかった2人の姿はなかった。


「……いないね?」

「あぁ」


 天幕の中、彼女と一緒に困ってしまう。

 と、その時、


(……ん?)


 天幕の外から、かすかな話し声が聞こえた。

 フレデリカさんも聞こえたようで、僕らはお互いに顔を見合わせると、すぐに、そちらに向かった。


(あ、いた)


 天幕の外、焚き火の前に、キルトさんとダルディオス将軍2人の背中が見えた。 

 声をかけようとした時、


「――わらわは、マールのことを、ちゃんと見ていなかったのかもしれぬな」


 その呟きが聞こえた。


(――――)


 思わず、急停止して、フレデリカさんの腰に抱きつき、その歩みを強引に止める。


「マ、マール殿!?」

「しーっ」


 なぜか顔を赤くし、慌てているフレデリカさんに、静かにするようお願いして、一緒に天幕の陰に隠れて、気配を殺しながら様子を窺う。


 幸い、こちらに気づいた様子はない。


 キルトさんは、コップに入ったお酒を一気にあおると、大きく息を吐く。

 その横顔には、僕が今まで見たことがないような、弱々しい笑みが浮かんでいて、ちょっと驚いた。


 その唇が、震えて動く。


「昼間の、あのラプトたちの言葉が、ずっと胸に刺さっておる」

「…………」

「人間、エルフ、獣人、ドワーフ、竜人など、見た目は似ていても、種族により、価値観や本能に差異はある。それは当然じゃ。……しかし、わらわは、マールが『神狗』であると知りながら、ただの『人間』としてしか扱っておらなんだ」


 そう言って、うなだれる。

 拍子に、炎に照らされ煌めく銀髪が、細い肩からサラサラとこぼれ落ちた。


 ダルディオス将軍は、言う。


「『神狗』の特性など、誰も知らなかったのだ。仕方なかろう?」

「言い訳じゃ」


 キルトさんは、首を振る。


「イルティミナから、『最近、マールの心身のバランスが、崩れてきている』と報告は受けていたのじゃ。しかし、わらわは対策をしなかった。ただマールに我慢をさせただけじゃったのじゃ」

「正しい選択だわい」


 将軍さんの答えは、武人の声だ。


「マール殿たちを温存するのは、戦略として正解だろうて。そして、それが何よりも、マール殿の命を守ることに直結しておる」

「…………」

「貴殿は何も間違っておらんのだ、鬼娘」


 バンッ


 大きな手のひらが、キルトさんの背中を叩く。

 その痛みに、彼女は苦笑した。


 そして、その黄金の瞳は、天井を見上げる。


「しかしの、将軍。本当は、もう少し何か手があったのではと思うのじゃ」

「…………」

「わらわは、正しいことを押しつけるばかりで、結局は、あやつの物わかりの良さに甘えて、理性と本能の板挟みにさせ、その心を苦しめてしもうた。……ラプトたちの言葉は、まるでマールの心の悲鳴の代弁に聞こえての」


 しばしの沈黙が流れた。


 パチッ パチチッ


 焚き火の炎が揺れ、2人の上空へと火の粉が舞っていく。


(……キルトさん)


 彼女に、そんな風に責任を感じさせてしまったのかと、僕は驚いた。いや、むしろ僕自身の心の弱さのせいで、みんなに迷惑をかけていると思っていたのに……。


 フレデリカさんは困惑したように、僕とキルトさんの顔を、交互に見ていた。


 ダルディオス将軍は、コップのお酒を、グイッと喉に流し込む。

 そして、笑った。


「くははっ……あの鬼娘が、まるで母親のようなことを言うようになったわい」

「む?」


 キルトさんは、心外そうだ。

 それに構わず、彼は言う。


「だが、そう心配するな」

「…………」

「ワシも、妻を早くに亡くし、幼い娘にどう接して良いか、わからなかった。今もそうだ。ワシは、フィディにとっては、いい親ではないだろう。……しかし、あれは人として、騎士として、立派に育った。女としては……まぁ、器量はいいのだ、問題なかろう」


 突然、自分の話題が出て、触れているフレデリカさんの身体が固くなった。


(…………)


 その表情は、少し泣きそうだった。


 自分が知らないところで、偉大なる父親に、ちゃんと認められていた――その事実が、彼女の心に染みているのだとわかった。


(……よかったね、フレデリカさん)


 心の中で、祝福する。

 そして、僕は、また聞き耳を立てた。


 将軍は、少し寂しそうに、けれど、嬉しそうに語る。


「結局、親がどうあれ、子は子で、きちんと育つのだ。……あまり思い悩むな、鬼娘?」

「……うむ」


 キルトさんは、頷いた。

 そして、自分のコップに入ったお酒を見つめる。


 短く息を吐き、苦笑して、


「まさか、将軍とこのような話をするとはのぅ」

「ワシも驚いとるわい。……あの鬼娘が、このような過保護な母親になるとは、夢にも思っておらなんだわい」


 がっはっはっ、と将軍さん。

 キルトさんは渋い顔だ。


「その母と呼ぶのはやめい。まだ、そのような年ではないわ」

「いや、年であろうが?」


 うん、今年30歳。


 キルトさんは、「……くっ」と、ちょっと悔しそうだ。

 ダルディオス将軍は、ふと気づいた顔をして、


「なんじゃ? 貴殿はもしや、あのような年頃の男子を好――」


 ガツンッ


 言い切る前に、その顔面に、キルトさんの拳が叩き込まれた。 

 うわぁ!?


「阿呆ぅ。殴るぞ?」

「……もう殴っとるではないか? 全く」


 鼻から流れる血を擦って、けれど、ダルディオス将軍は気にした様子もなく、笑ってみせる。


 そして2人は、お互いのコップにお酒を注いで、また飲み始めた。


(…………)


 もう、声をかけてもいいかな?

 確認するように、フレデリカさんの顔を見上げると、彼女も頷いた。


(あ)


 気づいたら、まだ彼女の腰に抱きついたままだった。


 意識したら、フレデリカさんの身体は、見た目以上に細くて、いい匂いだった。

 ちょっと赤くなってしまう。


「…………」

「…………」


 僕の様子に気づいて、フレデリカさんも、なぜか赤くなった。


 いかんいかん。


 僕らは深呼吸してから、天幕の陰から出て、酒盛りをしている2人に近づいていった。

 気配に気づいて、2人は、すぐ振り返る。


「む? フィディか?」

「マール?」


 驚いた顔が出迎える。

 僕らは笑い、フレデリカさんは、手にしていた紙束を掲げてみせた。


「父上、頼まれていた補給計画の草案書を作って参りました。ご確認いただけますか?」

「む、そうか」


 大きな手が、娘から書類を受け取る。

 キルトさんは、僕を見つめた。


「マールは、どうした?」

「僕は、キルトさんが遅いから、迎えに来たんだよ」

「わらわを?」


 少し驚いた顔。

 僕は、笑って、頷いた。


「…………」


 キルトさんは、将軍さんを見る。

 彼は頷いた。


 こちらに向き直って、彼女は、黄金の瞳を細めて微笑み、そして頷いた。


「わかった。共に天幕へと帰ろうかの」

「うん」


 僕は右手を差し出して、彼女が立ち上がるのを手伝った。

 小柄なキルトさんは、見た目以上に軽くて、思ったより簡単に引っ張れて、ちょっと驚いてしまった。


「…………」

「…………」


 僕は、フレデリカさんと視線を交わした。

 小さく笑う。


 そして彼女は、焚き火のそばで、父親と補給計画についての話をし始め、僕とキルトさんは、それに背を向け、自分たちの天幕へと歩き始めた。

 

 手は繋いだままだ。


 キルトさんの手は、イルティミナさんより小さくて、少し固い手だった。


「わざわざ、すまんの。迎えに来させて」

「ううん」


 申し訳なさそうなキルトさんに、僕は、首を横に振る。


「僕こそ、ごめんね。将軍さんとお酒を飲むのを、邪魔しちゃって」

「……いや」

「でも、キルトさんいないと寂しいから」


 正直に言った。

 なぜか、キルトさんは、小さく息を飲んだ。


 繋いだ手に、少し力がこもる。


「そうか」


 短い言葉。

 でも、とても安心したような声だった。


「なぁ、マール?」

「ん?」

「そなたにとって、わらわは何じゃ? 剣の師匠か? パーティーリーダーか? それとも……母か?」


 ふと、そんな質問をされた。


(ん~?)


 僕は、しばらく悩んでから、こう答えた。


「憧れの人、かな」

「……憧れ?」


 キルトさんは、意外そうだ。


「強くて、綺麗で、格好良くて、将来、こうなれたらいいなっていう憧れの人」

「…………」


 嘘じゃない。


 人々を守るために魔物を狩り続け、多くの人に尊敬されて、けれど、偉ぶることなく、恐怖に負けることもなく、その戦いの強さ以上に、何よりも強い心を持っている人。


 それが、金印の魔狩人。

 それが、キルト・アマンデス。


(いつか僕も、彼女みたいに強くなりたい)


 その色々な強さを、見習いたいんだ。


「わらわなぞ、そんな大した者ではないぞ?」


 キルトさんは、困ったように言う。


(……本人は、そういう風に思えるのかな?)


 僕は、その綺麗な横顔を見つめる。


「じゃあ、母親みたいに思って欲しいの?」

「む?」

「――キルトお母さん?」


 冗談で言ってみた。


 ボッ


 キルトさんの美貌が、一瞬で真っ赤になった。あ、あれ?


「や、やめい、この阿呆」


 ゴツッ


(い、痛い)


 頭を軽く殴られた。


「ごめんなさい」

「まったく……」


 怒った顔をしてみせ、でも、すぐに許すように笑ってくれた。

 僕も、つられて笑う。


「じゃあ、2人が待ってるから、早く帰ろう、キルトさん」

「そうじゃな」


 笑いながら、頷き合った。


 そうして僕らは手を繋いだまま、太古の神殿の中を、イルティミナさんとソルティスが待つ天幕へ、歩む足を急がせるのだった――。


ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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