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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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112/825

112・我慢の14日間

第112話になります。

よろしくお願いします。

 翌日も、空は、灰色の天気だった。

 昨夜より弱まったものの、雨はまだ続いている。


 装備を整えた僕ら4人は、天幕の外に出ると、いざ『大迷宮』――灰色の女神コールウッド様の造った遺跡へと、覚悟の足を向けた。


(……大きいな)


 50メードはある巨大な崖。

 そこに掘られた、大きな女神像と太古の神殿の入り口が、すぐ目の前にある。


 闇の奥へと誘うような入口の両脇には、アルン軍の兵士が2人ずつ、雨に濡れながらも直立不動で立っており、彼らは、こちらに向かって敬礼をしてくれる。

 会釈を返して、僕らは、神殿内へと入っていった。


 入ってすぐは、天井の高い通路だった。


 等間隔で設置された魔光灯に照らされて、通路は、遥か奥まで伸びている。


 カツン カツン


 足音を大きく反響させながら、やがて辿り着いたのは、巨大な広間だった。


(……広いなぁ)


 まるでドーム球場のような大きさだ。

 照明となる魔光灯が何台もあるのに、暗闇に沈んでしまっている部分もある。


 その光に照らされた部分には、すでに、ダルディオス将軍、フレデリカさん、バーランドさん、ラプトとレクトアリス、そして、神帝都アスティリオより行動を共にしてきたアルン軍の精兵300名が、勢揃いしていた。


(うわ? 僕たちが一番、最後だ)


 ちょっと焦る。

 でも、他の3人は落ち着いた様子で、彼らへと近づいて、


「待たせたの、将軍」

「構わん」


 キルトさんの謝罪に、ダルディオス将軍も、特に気にした様子はなかった。


 そして、彼は、集まった300名の精兵たちに、広間中に反響する雄々しい声で語りかけた。


「誇り高き、栄光あるアルンの騎士たちよ! これから始まるのは、祖国と人類を守るための第一歩となる戦いである!」


 彼は、精兵たちに語る。


 この『灰色の女神』の造った遺跡が、どれほど危険であるか。

 そして、この『大迷宮の探索』の結果、確実に命を落とす者たちが出るであろうこと、それでも、大義のために為さねばならない使命であることを、聞く者の魂を震わせるような、熱く、力強い声で語り続けた。


(……っっ)


 聞いている僕の背筋も、震えた。

 まるで『金印の魔狩人』であるキルト・アマンデスの演説の時のような、いや、それ以上に、心に迫る何かがあった。


「――我らがアルンに、栄光あれ!」


 最後に、将軍が剣を高く掲げて、叫んだ。


『おぉおおおおお――!』


 ビリビリ……ッ


 呼応する300名の戦士たちが、雄々しい咆哮を響かせ、太古の広間は激しく震えた。


「っっっ」


 肌が粟立つ。


(これが……っ、アルン神皇国、最強と謳われる将軍アドバルト・ダルディオス!)


 その姿に、僕の目は釘付けだ。


 精兵300名の瞳には、迷いも恐怖もない。

 勇敢なる戦士の顔つきで、敬愛する将軍の言葉に、燃えあがる炎のような戦意を昂ぶらせていた。


(僕も、がんばるぞ……っ!)


 ギュッ


 小さな拳を握って、僕自身、この『大迷宮』に挑む闘志を燃やすのだった――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 広間の奥には、地下へと続く階段があった。


 10人ぐらい並んで降りられそうな、大きな階段だ。長い年月によってか、手すりや柱の一部は、崩れてしまっている。


 その階段から、太古の遺跡内部へと精兵300名が降りていく。


 だというのに、


「――僕らは、行っちゃ駄目!?」


 ダルディオス将軍から告げられたのは、滾る闘志に冷水をかけるような言葉だった。


 彼は、巌のような顔を厳しくして、言う。


「今の段階では、だ」

「ど、どういうことですか?」


 戸惑う僕に、将軍さんは武人の声で伝えてくれる。


 灰色の女神コールウッドの造った『大迷宮』は、推定、地下30階層以上だと思われる。そして、浅層から、多くの罠や魔物が存在しており、過去の調査から、現在、判明している内部の構造などは、10階層までだ。


 目的の『神武具』が安置されているのは、恐らく、最下層。


『金印の魔狩人』や『神の眷属』がいる僕らは、今回の調査隊における主力部隊であり、可能な限り、温存しておく人員だそうだ。


 つまり、精兵300名は、僕らの露払い役。


「この者たちには、最低でも、10階層までは到達してもらわねばならん。その先も、できうる限り、貴殿らを抜きに踏破してもらうつもりだ」

「…………」


 それまで、僕らは、地上で待機だそうだ。


(……納得できない)


 過去の調査隊は、10階層までで壊滅している。今回の調査でも、この精兵300名には、必ず犠牲が出るだろう。


 僕らが出れば、その犠牲は減るはずだ。


 その訴えに、彼は頷く。


「かもしれん」

「なら!」

「だが、そうして貴殿らも消耗し、中層以降での探索が困難になれば、そして、もしも最下層まで到達できなければ、結果として、それまでの犠牲は、全て無駄になるのだぞ?」


 …………。

 思わず、反論に詰まった。


 ダルディオス将軍の大きな身体が、僕の前にしゃがみ、その太い指が、僕の両肩を掴む。


「こうして始まった戦いは、しかし、この遺跡の調査が全てはない」

「…………」

「ここで手に入れた『神武具』で、この先、『神の眷属』である貴殿らには、命がけで『闇の子』と対峙してもらわねばならんのだ。ならば、その前に、我ら人類も命をかけるのは、当然のことだろう」


 彼の視線は、真っ直ぐに僕の目を見ている。


「――今はどうか、我らを信じてくれ、『神狗』殿」


 僕は、強く唇を噛む。


 コクッ


 小さく頷いた。 


 ダルディオス将軍は、男らしい笑みをこぼし、僕の肩を2度、強く叩いてから、立ち上がった。


 彼と入れ替わるように、拳を握って立ち尽くす僕の下へと、イルティミナさんがやって来る。


「マール」

「……イルティミナさん」


 彼女は優しく笑い、僕を抱きしめた。


「大丈夫。遺跡に向かった300名は、本当に選ばれた精鋭です。ひょっとしたら、彼らだけで最下層まで行ってしまうかもしれませんよ?」

「……うん」


 それは、きっと有り得ないことなんだと思う。


 でも、その気遣いが嬉しかった。

 だから、頷く。


 彼女の指は、優しく髪を撫でてくれる。


「私たちの力が必要となるその時まで、今は、しっかりと英気を養いながら、待ちましょう」

「うん、イルティミナさん」


 その背に、小さな手を回す。


 キルトさんもやって来て、僕の頭に、ポンと軽く手を置いた。ソルティスは何も言わないけれど、ずっと僕らのそばにいてくれる。


 その様子を眺めて、フレデリカさんは微笑み、それから、同僚である300名のアルン兵たちの消えた階段を見つめた。


「……人間ってのは、本当に馬鹿ばっかりね」

「せやな」


 ラプトとレクトアリスは、僕らから離れた場所に2人きりで立ち、少し複雑な表情で、小さく呟いていた。


 ――『大迷宮の探索』初日は、こうして過ぎていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 探索開始から、3日目。


 僕らは、指揮所となっている一番大きな天幕に集まって、進捗情報を確認していた。


「ふむ、現在は3階層目か」

「1日1階層の制覇、といったところですね」


 伝令兵の報告と、テーブル上に広げられた遺跡内部の地図を見ながら、キルトさんとイルティミナさんが会話をしている。


(……この遺跡、こんな複雑な構造だったんだ?)


 地図は、まるで迷路だった。

 中央の礼拝堂を中心にして、四方に通路が分岐しながら伸び、その先で多くの部屋へと通じて、また四方に通路が伸びていくという構造だった。


 しばらく前に、僕とソルティスが潜り込んだディオル遺跡など、比べ物にならない規模だった。


(もしも300人体制でなかったら、1つの階層にどれだけ時間がかかっていたのかな?)


 なんだか、想像もつかない。

 さすが『大迷宮』などという異名で呼ばれるだけはある。


 ダルディオス将軍が唸る。


「10階層までの情報がわかっていても、このペースか」

「最後の調査から、15年が経ち、内部の魔物も、再び繁殖していたようですからな」


 バーランドさんは、難しい顔で、そう答えた。


 ここまでの報告によると、すでに大量のスケルトンや不死人アンデッド、そして、骸骨王や不死アンデッドオーガなどとも遭遇、戦闘が行われたらしい。負傷者も、若干名、出ているそうだ。


(…………)


 ギュウッ


 無意識に、拳を握っていた。


 気づいたイルティミナさんの白い手が、僕の肩に触れた。あ……。


「ご、ごめんなさい」

「いいえ」


 優しく笑い、彼女は首を振る。

 美しい深緑色の髪も、柔らかく踊った。


「私たちの出番は、いつか来ます。その悔しさは、その時のために取っておきましょうね?」

「うん」


 僕は頷き、大きく息を吐く。

 割り切ったつもりでも、どうやら、まだ割り切れていなかったみたいだ。


「……ただ待つっていうのも、辛いわね」

「…………」


 ソルティスが唇を尖らせ、小さく呟く。


 ――こうして、また1日が過ぎていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 探索開始から、7日目。


 300名の精鋭部隊は、ようやく5階層に到達していた。


 どうやら、階層を下りるほどに、攻略の難易度が上がっているらしい。


 詳しい話を聞いたところ、精兵300名は、15人1組の20部隊で行動してるそうだ。各部隊には、前衛の戦士、後衛の魔法使いの他に、迷宮に詳しい『真宝家まほうか』の能力に秀でた人もいるらしい。


『真宝家』とは、冒険者の称号の1つ。


『魔狩人』が魔物を狩るプロであるように、『真宝家』は迷宮の探索に関するプロだ。


 歩いた場所を、立体的な地図として把握できるマッピング能力や、迷宮に仕掛けられた罠を見抜き、解除する能力など、特殊な技能を持った一部の人だけがなれる称号なのだという。


「……この規模の遺跡探索は、『真宝家』のおらぬ、わらわたちだけでは無理だったかもしれぬの」


 僕らのリーダーである魔狩人は、地図を見ながら、一度、そうこぼしていた。


 また5日目にもなると、負傷者も増えた。


 重傷な者は、地上まで運び出されて、地上部隊の魔法使いに治療された。その治療には、ソルティスも参加していた。

 僕も協力したかったけれど、


「中途半端な腕で治療すると、後遺症が残るからっ! マールは、引っ込んでて!」

「…………」


 そう叱られた。


 治療後は、まだ安静が必要な人は、そのまま地上で休まされ、それ以外の人は、また地下遺跡の闇の中へと戻っていった。


(…………)


 今の僕らは、その背を見送るしかない。


 その夜、300名の精兵の中から、ついに死者が出たと報告があった。


「――どうやら、『石化の魔蛇女(メデューサ)』に遭遇したようじゃ」

「…………」


 その戦闘時に、『石化の瞳』によって石化させられてしまい、解呪する前に、全身を砕かれてしまったのだ。


 犠牲者は、2名。


 彼らは2階級特進、遺族には、多額の見舞金が支払われるそうだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 黒い布袋に包まれ、遺跡から丁重に運び出されていく様子を、僕ら4人は、黙って見守った。


 ――その夜の僕は、イルティミナさんに抱かれているのに、一晩中、眠れなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 探索開始から、14日目。


『大迷宮』は、9階層まで踏破したと報告がされている。でも、死者の数も、21名になっていた。


 その頃の僕は、あまり眠れなくなっていた。


 焦り。

 罪悪感。


 内側で暴れている、戦いたい気持ち。

 それを抑える理性。


 色んな物が、この小さな身体の中で、いっぱいに膨れ上がっていた。


「食べられますか、マール?」

「……うん」


 今、僕は、自分たちの天幕で、イルティミナさんと2人で食事をしている。


 キルトさんは、ダルディオス将軍やバーランドさんと探索状況の確認と、今後の計画についてを話し合っている。


 ソルティスは、地上部隊の人と一緒に、『大迷宮』で負傷した人の治療をしに、別の天幕へと行っていた。


 差し出されたのは、温かなスープ。

 スプーンで、一口、食べる。


(……あまり、味がしないね?)


 美味しくない。


 元々、そういう味なのか、僕の舌が可笑しくなったのか、わからない。


 ザアア……


 天幕の外は、雨だった。

 ここに来てから、空は、雨か曇りの2種類だけだ。ちょっと太陽が恋しい。


 スープを、もう一口。


「……無理はしなくていいですよ?」

「残すのは、嫌なんだ」


 僕が口にしているのは、他の生命なのだから。


 美味しくない。

 ……でも、食べないと。


 イルティミナさんは、困ったような顔で僕を見つめ、そして、自分の分のスープを食べ始める。彼女の方が先に食べ終わってしまい、けれど、僕が食べ終わるまで、ずっとそばにいてくれた。


「ごちそうさま」

「はい、がんばりましたね」


 頭を撫でられる。


(…………)


 気持ちいいけど、でも、素直に喜ぶ気持ちになれなかった。


 今も『大迷宮』の中では、280名近くのアルン騎士たちが戦っている。恐ろしい戦場で、命を落としている。


 僕は、何をしてるんだろう?


 わかってる。

 僕の出番は、まだ先だ。


 その時に、全力を出せばいい。


 ――頭ではわかっているのに、全然、心がついて来てくれなかった。


「…………」

「…………」


 イルティミナさんは、色々と話しかけてくれた。


 でも、僕の反応は乏しくて、その声も消えていく。ただ、それでも彼女は、ここ数日間、ずっと僕を心配して、そばに居続けてくれた。


(ごめんね)


 そして、ありがとう、イルティミナさん。


 彼女のためにも、しっかりしないとっ。


 そう自分を叱っていると、天幕の入り口の布が開いて、軍服姿のフレデリカさんが顔を出した。


 雨避けのローブを羽織ってこなかったのか、頭の後ろでお団子にまとめられた青い髪が、雨で濡れている。ここまで走ってきたのか、息も少し乱れていた。

 彼女は、少し興奮した声で、


「先行部隊が、ついに10階層を踏破したそうだ! ――すまないが、貴殿らも1度、指揮所まで来てくれないか?」

「!」

「わかりました」


 僕らは頷き、急いで立ち上がると、天幕の外へと出ていった。


 指揮所には、全員が集まっていた。


 キルトさん、ソルティス、ダルディオス将軍、バーランドさん、ラプトとレクトアリス、みんなの視線が、天幕内に入ってきた僕ら3人に向けられる。


「来たの、マール、イルティミナ」

「うん」

「遅れて、すみません」


 僕らも、彼らの輪に加わる。


「……マール? 自分、大丈夫か?」

「ちょっと顔色、悪そうよ?」

「平気」


 心配してくれる『神牙羅』の2人に、僕は小さく笑った。 


 心の中には、強い感情が溢れている。


(――ついに、出番だ)


 全員が集まったのを見て、ダルディオス将軍の視線が、バーランドさんに向く。

 彼は頷き、


「ようやくではありますが、第1目標であった10階層まで到達いたしました。つきましては、そこに前線基地を移そうと思います」


 と告げた。


(……基地の移動?)


「これよりは、その10階層の前線基地を拠点として、『大迷宮の探索』を行います。主力部隊となる皆様にも、そちらに移動して頂きますので、よろしくお願いします」


 そうなんだ。

 僕らは全員、頷いた。


「あの……そこからは、僕らも戦っていいんですよね?」


 恐る恐る、訊ねる。


 みんな、僕を見た。


「いいえ」


 バーランドさんが首を横に振った。

 え?


 ダルディオス将軍が、彼の代わりに、僕へと言う。


「先行部隊は、まだ270名以上残っている。損耗は、1割だ。まだ貴殿らの出番ではないわい」

「で、でも!」


 その理屈だと、先行部隊の犠牲が増えるまで、僕らは出られない。


(……みんなが、戦線を維持できない人数まで死ぬのを、待てってこと?)


 ギュウッ


 僕は拳を握りしめ、将軍さんを睨んだ。


「その通りだ」

「――――」


 心を読んだ彼は、頷いた。


 思わず、殴りかかろうとしてしまう僕の前に、キルトさんが立った。


「マール」

「……どいて」

「落ち着け、マール。そなたも、本当はわかっているのじゃろう? ――ここは、戦場なのじゃ」


 わからない。


(みんな、それで平気なの!?)


 そんな僕に、彼女は言った。


「平気なわけがなかろう。……何より、同胞の死を覚悟しなければならぬダルディオス将軍が、誰よりも辛い立場なのじゃぞ?」

「――――」


 ガツンと、心に衝撃があった。


(あ……)


 怒りが萎む。

 そして、羞恥が心に溢れてくる。


 彼は、代わらぬ武人の声で言う。


「時間をかけられるならば、別の手段もある。しかし、『闇の子』の脅威がある今は、時間との戦いでもあるのだ。人類の未来のために、時間を得るための代償を払わねばならん」

「…………」

「ここに集った者は皆、すでに、その覚悟と共に戦場に立っている」


 僕は、馬鹿だった。

 情けなくて、恥ずかしくて、俯きながら、言う。


「……ごめんなさい」

「構わん」


 彼は、笑う。


「貴殿の心は、正しいわい」

「…………」

「どうか、マール殿には、この先も、我らのように染まって欲しくはないものだ」


 キルトさんやバーランドさんは、どこか自虐的に苦笑して、頷いた。


(…………)


 何と言っていいのか、わからない。


 将軍さんは、すぐに表情を引き締めて、全員を見る。


「しかし、10階層より先は、もはや未知の領域である。この先、どのような不測の事態が起きるか、予想もできん。皆、いつでも戦えるよう、備えだけはしておいてもらいたい」


 僕らは、頷いた。

 そして、基地の移動のため、各人、自分たちの荷物を取りに天幕まで戻ろうとする。


「おい、化け物女」


 その時、ラプトとレクトアリスが、キルトさんに声をかけた。


(ん?)


 なんか、酷い呼び方だ。


 そばにいたダルディオス将軍が噴き出すように笑い、キルトさん本人は、そちらに威嚇する顔を見せてから、ラプトたちには気にした様子もなく振り返る。


「なんじゃ?」

「あまり、マールを苦しめんなや」


 彼は、そんなことを言った。


(え?)


 思わず、天幕の出入り口付近で、立ち止まる。

 隣にいたイルティミナさんとソルティスも、一緒にそっちを見ていた。


 キルトさんは、困った顔をする。


「わらわたちも、苦しめたいわけではないのじゃがの」

「知っとる」


 頷き、


「でもな、あれは『神のいぬ』やぞ? 群れに対する愛情は、人一倍、本能に刻み込まれとるんや。……仲間の死に対する痛みは、自分らより何倍も感じてるはずやで」

「…………」

「同時に、『神狗』は闘争本能の塊や。マールの奴、それを抑えるんに、相当、消耗しとるぞ」


 ……そう、なのかな?


(自分じゃ、わからないよ)


 思わず、神狗アークインの右手を見つめてしまう。


 レクトアリスも、淡々とした声で続ける。


「群れと共に生き、群れと共に戦ってこその『神狗』。その本能は、どんな姿になっても、変わらない」

「…………」

「あまり、人間部分のマールに甘えないことね」


 キルトさん、ダルディオス将軍、バーランドさんは、黙ってしまっていた。


 2人の『神牙羅』は、そんな人間たちの姿を見つめ、そして、奥の出入り口から天幕を出て行った。


(…………)


 なんだか、キルトさんの背中が、いつもより小さく見える。


 クイッ


「行きましょう、マール、ソル」


 イルティミナさんに優しく声をかけられ、手を引かれた。

 僕とソルティスは、素直について行く。


 ザアア……


 雨は、いつまでも振り続けている。


 世界は、どこまでも灰色だ。


 そのくすんだ色の世界の中で、ただ繋いだイルティミナさんの手の熱さだけが、とても鮮明だった――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


今話は、少し我慢の回でした。申し訳ありません。

次話にて、ようやくダンジョン内に入ります。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほどなぁ。 何処まで行っても群れで生きる狗なんですね。 6人の仲間たちが、人間によって殺されたのに耐え切れなかったから、今のマールになったのか。 それでも人間を守る為に闘うんだから、…
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