112・我慢の14日間
第112話になります。
よろしくお願いします。
翌日も、空は、灰色の天気だった。
昨夜より弱まったものの、雨はまだ続いている。
装備を整えた僕ら4人は、天幕の外に出ると、いざ『大迷宮』――灰色の女神コールウッド様の造った遺跡へと、覚悟の足を向けた。
(……大きいな)
50メードはある巨大な崖。
そこに掘られた、大きな女神像と太古の神殿の入り口が、すぐ目の前にある。
闇の奥へと誘うような入口の両脇には、アルン軍の兵士が2人ずつ、雨に濡れながらも直立不動で立っており、彼らは、こちらに向かって敬礼をしてくれる。
会釈を返して、僕らは、神殿内へと入っていった。
入ってすぐは、天井の高い通路だった。
等間隔で設置された魔光灯に照らされて、通路は、遥か奥まで伸びている。
カツン カツン
足音を大きく反響させながら、やがて辿り着いたのは、巨大な広間だった。
(……広いなぁ)
まるでドーム球場のような大きさだ。
照明となる魔光灯が何台もあるのに、暗闇に沈んでしまっている部分もある。
その光に照らされた部分には、すでに、ダルディオス将軍、フレデリカさん、バーランドさん、ラプトとレクトアリス、そして、神帝都アスティリオより行動を共にしてきたアルン軍の精兵300名が、勢揃いしていた。
(うわ? 僕たちが一番、最後だ)
ちょっと焦る。
でも、他の3人は落ち着いた様子で、彼らへと近づいて、
「待たせたの、将軍」
「構わん」
キルトさんの謝罪に、ダルディオス将軍も、特に気にした様子はなかった。
そして、彼は、集まった300名の精兵たちに、広間中に反響する雄々しい声で語りかけた。
「誇り高き、栄光あるアルンの騎士たちよ! これから始まるのは、祖国と人類を守るための第一歩となる戦いである!」
彼は、精兵たちに語る。
この『灰色の女神』の造った遺跡が、どれほど危険であるか。
そして、この『大迷宮の探索』の結果、確実に命を落とす者たちが出るであろうこと、それでも、大義のために為さねばならない使命であることを、聞く者の魂を震わせるような、熱く、力強い声で語り続けた。
(……っっ)
聞いている僕の背筋も、震えた。
まるで『金印の魔狩人』であるキルト・アマンデスの演説の時のような、いや、それ以上に、心に迫る何かがあった。
「――我らがアルンに、栄光あれ!」
最後に、将軍が剣を高く掲げて、叫んだ。
『おぉおおおおお――!』
ビリビリ……ッ
呼応する300名の戦士たちが、雄々しい咆哮を響かせ、太古の広間は激しく震えた。
「っっっ」
肌が粟立つ。
(これが……っ、アルン神皇国、最強と謳われる将軍アドバルト・ダルディオス!)
その姿に、僕の目は釘付けだ。
精兵300名の瞳には、迷いも恐怖もない。
勇敢なる戦士の顔つきで、敬愛する将軍の言葉に、燃えあがる炎のような戦意を昂ぶらせていた。
(僕も、がんばるぞ……っ!)
ギュッ
小さな拳を握って、僕自身、この『大迷宮』に挑む闘志を燃やすのだった――。
◇◇◇◇◇◇◇
広間の奥には、地下へと続く階段があった。
10人ぐらい並んで降りられそうな、大きな階段だ。長い年月によってか、手すりや柱の一部は、崩れてしまっている。
その階段から、太古の遺跡内部へと精兵300名が降りていく。
だというのに、
「――僕らは、行っちゃ駄目!?」
ダルディオス将軍から告げられたのは、滾る闘志に冷水をかけるような言葉だった。
彼は、巌のような顔を厳しくして、言う。
「今の段階では、だ」
「ど、どういうことですか?」
戸惑う僕に、将軍さんは武人の声で伝えてくれる。
灰色の女神コールウッドの造った『大迷宮』は、推定、地下30階層以上だと思われる。そして、浅層から、多くの罠や魔物が存在しており、過去の調査から、現在、判明している内部の構造などは、10階層までだ。
目的の『神武具』が安置されているのは、恐らく、最下層。
『金印の魔狩人』や『神の眷属』がいる僕らは、今回の調査隊における主力部隊であり、可能な限り、温存しておく人員だそうだ。
つまり、精兵300名は、僕らの露払い役。
「この者たちには、最低でも、10階層までは到達してもらわねばならん。その先も、できうる限り、貴殿らを抜きに踏破してもらうつもりだ」
「…………」
それまで、僕らは、地上で待機だそうだ。
(……納得できない)
過去の調査隊は、10階層までで壊滅している。今回の調査でも、この精兵300名には、必ず犠牲が出るだろう。
僕らが出れば、その犠牲は減るはずだ。
その訴えに、彼は頷く。
「かもしれん」
「なら!」
「だが、そうして貴殿らも消耗し、中層以降での探索が困難になれば、そして、もしも最下層まで到達できなければ、結果として、それまでの犠牲は、全て無駄になるのだぞ?」
…………。
思わず、反論に詰まった。
ダルディオス将軍の大きな身体が、僕の前にしゃがみ、その太い指が、僕の両肩を掴む。
「こうして始まった戦いは、しかし、この遺跡の調査が全てはない」
「…………」
「ここで手に入れた『神武具』で、この先、『神の眷属』である貴殿らには、命がけで『闇の子』と対峙してもらわねばならんのだ。ならば、その前に、我ら人類も命をかけるのは、当然のことだろう」
彼の視線は、真っ直ぐに僕の目を見ている。
「――今はどうか、我らを信じてくれ、『神狗』殿」
僕は、強く唇を噛む。
コクッ
小さく頷いた。
ダルディオス将軍は、男らしい笑みをこぼし、僕の肩を2度、強く叩いてから、立ち上がった。
彼と入れ替わるように、拳を握って立ち尽くす僕の下へと、イルティミナさんがやって来る。
「マール」
「……イルティミナさん」
彼女は優しく笑い、僕を抱きしめた。
「大丈夫。遺跡に向かった300名は、本当に選ばれた精鋭です。ひょっとしたら、彼らだけで最下層まで行ってしまうかもしれませんよ?」
「……うん」
それは、きっと有り得ないことなんだと思う。
でも、その気遣いが嬉しかった。
だから、頷く。
彼女の指は、優しく髪を撫でてくれる。
「私たちの力が必要となるその時まで、今は、しっかりと英気を養いながら、待ちましょう」
「うん、イルティミナさん」
その背に、小さな手を回す。
キルトさんもやって来て、僕の頭に、ポンと軽く手を置いた。ソルティスは何も言わないけれど、ずっと僕らのそばにいてくれる。
その様子を眺めて、フレデリカさんは微笑み、それから、同僚である300名のアルン兵たちの消えた階段を見つめた。
「……人間ってのは、本当に馬鹿ばっかりね」
「せやな」
ラプトとレクトアリスは、僕らから離れた場所に2人きりで立ち、少し複雑な表情で、小さく呟いていた。
――『大迷宮の探索』初日は、こうして過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇
探索開始から、3日目。
僕らは、指揮所となっている一番大きな天幕に集まって、進捗情報を確認していた。
「ふむ、現在は3階層目か」
「1日1階層の制覇、といったところですね」
伝令兵の報告と、テーブル上に広げられた遺跡内部の地図を見ながら、キルトさんとイルティミナさんが会話をしている。
(……この遺跡、こんな複雑な構造だったんだ?)
地図は、まるで迷路だった。
中央の礼拝堂を中心にして、四方に通路が分岐しながら伸び、その先で多くの部屋へと通じて、また四方に通路が伸びていくという構造だった。
しばらく前に、僕とソルティスが潜り込んだディオル遺跡など、比べ物にならない規模だった。
(もしも300人体制でなかったら、1つの階層にどれだけ時間がかかっていたのかな?)
なんだか、想像もつかない。
さすが『大迷宮』などという異名で呼ばれるだけはある。
ダルディオス将軍が唸る。
「10階層までの情報がわかっていても、このペースか」
「最後の調査から、15年が経ち、内部の魔物も、再び繁殖していたようですからな」
バーランドさんは、難しい顔で、そう答えた。
ここまでの報告によると、すでに大量のスケルトンや不死人、そして、骸骨王や不死オーガなどとも遭遇、戦闘が行われたらしい。負傷者も、若干名、出ているそうだ。
(…………)
ギュウッ
無意識に、拳を握っていた。
気づいたイルティミナさんの白い手が、僕の肩に触れた。あ……。
「ご、ごめんなさい」
「いいえ」
優しく笑い、彼女は首を振る。
美しい深緑色の髪も、柔らかく踊った。
「私たちの出番は、いつか来ます。その悔しさは、その時のために取っておきましょうね?」
「うん」
僕は頷き、大きく息を吐く。
割り切ったつもりでも、どうやら、まだ割り切れていなかったみたいだ。
「……ただ待つっていうのも、辛いわね」
「…………」
ソルティスが唇を尖らせ、小さく呟く。
――こうして、また1日が過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇
探索開始から、7日目。
300名の精鋭部隊は、ようやく5階層に到達していた。
どうやら、階層を下りるほどに、攻略の難易度が上がっているらしい。
詳しい話を聞いたところ、精兵300名は、15人1組の20部隊で行動してるそうだ。各部隊には、前衛の戦士、後衛の魔法使いの他に、迷宮に詳しい『真宝家』の能力に秀でた人もいるらしい。
『真宝家』とは、冒険者の称号の1つ。
『魔狩人』が魔物を狩るプロであるように、『真宝家』は迷宮の探索に関するプロだ。
歩いた場所を、立体的な地図として把握できるマッピング能力や、迷宮に仕掛けられた罠を見抜き、解除する能力など、特殊な技能を持った一部の人だけがなれる称号なのだという。
「……この規模の遺跡探索は、『真宝家』のおらぬ、わらわたちだけでは無理だったかもしれぬの」
僕らのリーダーである魔狩人は、地図を見ながら、一度、そうこぼしていた。
また5日目にもなると、負傷者も増えた。
重傷な者は、地上まで運び出されて、地上部隊の魔法使いに治療された。その治療には、ソルティスも参加していた。
僕も協力したかったけれど、
「中途半端な腕で治療すると、後遺症が残るからっ! マールは、引っ込んでて!」
「…………」
そう叱られた。
治療後は、まだ安静が必要な人は、そのまま地上で休まされ、それ以外の人は、また地下遺跡の闇の中へと戻っていった。
(…………)
今の僕らは、その背を見送るしかない。
その夜、300名の精兵の中から、ついに死者が出たと報告があった。
「――どうやら、『石化の魔蛇女』に遭遇したようじゃ」
「…………」
その戦闘時に、『石化の瞳』によって石化させられてしまい、解呪する前に、全身を砕かれてしまったのだ。
犠牲者は、2名。
彼らは2階級特進、遺族には、多額の見舞金が支払われるそうだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
黒い布袋に包まれ、遺跡から丁重に運び出されていく様子を、僕ら4人は、黙って見守った。
――その夜の僕は、イルティミナさんに抱かれているのに、一晩中、眠れなかった。
◇◇◇◇◇◇◇
探索開始から、14日目。
『大迷宮』は、9階層まで踏破したと報告がされている。でも、死者の数も、21名になっていた。
その頃の僕は、あまり眠れなくなっていた。
焦り。
罪悪感。
内側で暴れている、戦いたい気持ち。
それを抑える理性。
色んな物が、この小さな身体の中で、いっぱいに膨れ上がっていた。
「食べられますか、マール?」
「……うん」
今、僕は、自分たちの天幕で、イルティミナさんと2人で食事をしている。
キルトさんは、ダルディオス将軍やバーランドさんと探索状況の確認と、今後の計画についてを話し合っている。
ソルティスは、地上部隊の人と一緒に、『大迷宮』で負傷した人の治療をしに、別の天幕へと行っていた。
差し出されたのは、温かなスープ。
スプーンで、一口、食べる。
(……あまり、味がしないね?)
美味しくない。
元々、そういう味なのか、僕の舌が可笑しくなったのか、わからない。
ザアア……
天幕の外は、雨だった。
ここに来てから、空は、雨か曇りの2種類だけだ。ちょっと太陽が恋しい。
スープを、もう一口。
「……無理はしなくていいですよ?」
「残すのは、嫌なんだ」
僕が口にしているのは、他の生命なのだから。
美味しくない。
……でも、食べないと。
イルティミナさんは、困ったような顔で僕を見つめ、そして、自分の分のスープを食べ始める。彼女の方が先に食べ終わってしまい、けれど、僕が食べ終わるまで、ずっとそばにいてくれた。
「ごちそうさま」
「はい、がんばりましたね」
頭を撫でられる。
(…………)
気持ちいいけど、でも、素直に喜ぶ気持ちになれなかった。
今も『大迷宮』の中では、280名近くのアルン騎士たちが戦っている。恐ろしい戦場で、命を落としている。
僕は、何をしてるんだろう?
わかってる。
僕の出番は、まだ先だ。
その時に、全力を出せばいい。
――頭ではわかっているのに、全然、心がついて来てくれなかった。
「…………」
「…………」
イルティミナさんは、色々と話しかけてくれた。
でも、僕の反応は乏しくて、その声も消えていく。ただ、それでも彼女は、ここ数日間、ずっと僕を心配して、そばに居続けてくれた。
(ごめんね)
そして、ありがとう、イルティミナさん。
彼女のためにも、しっかりしないとっ。
そう自分を叱っていると、天幕の入り口の布が開いて、軍服姿のフレデリカさんが顔を出した。
雨避けのローブを羽織ってこなかったのか、頭の後ろでお団子にまとめられた青い髪が、雨で濡れている。ここまで走ってきたのか、息も少し乱れていた。
彼女は、少し興奮した声で、
「先行部隊が、ついに10階層を踏破したそうだ! ――すまないが、貴殿らも1度、指揮所まで来てくれないか?」
「!」
「わかりました」
僕らは頷き、急いで立ち上がると、天幕の外へと出ていった。
指揮所には、全員が集まっていた。
キルトさん、ソルティス、ダルディオス将軍、バーランドさん、ラプトとレクトアリス、みんなの視線が、天幕内に入ってきた僕ら3人に向けられる。
「来たの、マール、イルティミナ」
「うん」
「遅れて、すみません」
僕らも、彼らの輪に加わる。
「……マール? 自分、大丈夫か?」
「ちょっと顔色、悪そうよ?」
「平気」
心配してくれる『神牙羅』の2人に、僕は小さく笑った。
心の中には、強い感情が溢れている。
(――ついに、出番だ)
全員が集まったのを見て、ダルディオス将軍の視線が、バーランドさんに向く。
彼は頷き、
「ようやくではありますが、第1目標であった10階層まで到達いたしました。つきましては、そこに前線基地を移そうと思います」
と告げた。
(……基地の移動?)
「これよりは、その10階層の前線基地を拠点として、『大迷宮の探索』を行います。主力部隊となる皆様にも、そちらに移動して頂きますので、よろしくお願いします」
そうなんだ。
僕らは全員、頷いた。
「あの……そこからは、僕らも戦っていいんですよね?」
恐る恐る、訊ねる。
みんな、僕を見た。
「いいえ」
バーランドさんが首を横に振った。
え?
ダルディオス将軍が、彼の代わりに、僕へと言う。
「先行部隊は、まだ270名以上残っている。損耗は、1割だ。まだ貴殿らの出番ではないわい」
「で、でも!」
その理屈だと、先行部隊の犠牲が増えるまで、僕らは出られない。
(……みんなが、戦線を維持できない人数まで死ぬのを、待てってこと?)
ギュウッ
僕は拳を握りしめ、将軍さんを睨んだ。
「その通りだ」
「――――」
心を読んだ彼は、頷いた。
思わず、殴りかかろうとしてしまう僕の前に、キルトさんが立った。
「マール」
「……どいて」
「落ち着け、マール。そなたも、本当はわかっているのじゃろう? ――ここは、戦場なのじゃ」
わからない。
(みんな、それで平気なの!?)
そんな僕に、彼女は言った。
「平気なわけがなかろう。……何より、同胞の死を覚悟しなければならぬダルディオス将軍が、誰よりも辛い立場なのじゃぞ?」
「――――」
ガツンと、心に衝撃があった。
(あ……)
怒りが萎む。
そして、羞恥が心に溢れてくる。
彼は、代わらぬ武人の声で言う。
「時間をかけられるならば、別の手段もある。しかし、『闇の子』の脅威がある今は、時間との戦いでもあるのだ。人類の未来のために、時間を得るための代償を払わねばならん」
「…………」
「ここに集った者は皆、すでに、その覚悟と共に戦場に立っている」
僕は、馬鹿だった。
情けなくて、恥ずかしくて、俯きながら、言う。
「……ごめんなさい」
「構わん」
彼は、笑う。
「貴殿の心は、正しいわい」
「…………」
「どうか、マール殿には、この先も、我らのように染まって欲しくはないものだ」
キルトさんやバーランドさんは、どこか自虐的に苦笑して、頷いた。
(…………)
何と言っていいのか、わからない。
将軍さんは、すぐに表情を引き締めて、全員を見る。
「しかし、10階層より先は、もはや未知の領域である。この先、どのような不測の事態が起きるか、予想もできん。皆、いつでも戦えるよう、備えだけはしておいてもらいたい」
僕らは、頷いた。
そして、基地の移動のため、各人、自分たちの荷物を取りに天幕まで戻ろうとする。
「おい、化け物女」
その時、ラプトとレクトアリスが、キルトさんに声をかけた。
(ん?)
なんか、酷い呼び方だ。
そばにいたダルディオス将軍が噴き出すように笑い、キルトさん本人は、そちらに威嚇する顔を見せてから、ラプトたちには気にした様子もなく振り返る。
「なんじゃ?」
「あまり、マールを苦しめんなや」
彼は、そんなことを言った。
(え?)
思わず、天幕の出入り口付近で、立ち止まる。
隣にいたイルティミナさんとソルティスも、一緒にそっちを見ていた。
キルトさんは、困った顔をする。
「わらわたちも、苦しめたいわけではないのじゃがの」
「知っとる」
頷き、
「でもな、あれは『神の狗』やぞ? 群れに対する愛情は、人一倍、本能に刻み込まれとるんや。……仲間の死に対する痛みは、自分らより何倍も感じてるはずやで」
「…………」
「同時に、『神狗』は闘争本能の塊や。マールの奴、それを抑えるんに、相当、消耗しとるぞ」
……そう、なのかな?
(自分じゃ、わからないよ)
思わず、神狗アークインの右手を見つめてしまう。
レクトアリスも、淡々とした声で続ける。
「群れと共に生き、群れと共に戦ってこその『神狗』。その本能は、どんな姿になっても、変わらない」
「…………」
「あまり、人間部分のマールに甘えないことね」
キルトさん、ダルディオス将軍、バーランドさんは、黙ってしまっていた。
2人の『神牙羅』は、そんな人間たちの姿を見つめ、そして、奥の出入り口から天幕を出て行った。
(…………)
なんだか、キルトさんの背中が、いつもより小さく見える。
クイッ
「行きましょう、マール、ソル」
イルティミナさんに優しく声をかけられ、手を引かれた。
僕とソルティスは、素直について行く。
ザアア……
雨は、いつまでも振り続けている。
世界は、どこまでも灰色だ。
そのくすんだ色の世界の中で、ただ繋いだイルティミナさんの手の熱さだけが、とても鮮明だった――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
今話は、少し我慢の回でした。申し訳ありません。
次話にて、ようやくダンジョン内に入ります。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




