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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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110/825

110・アルンで過ごす短い日常

更新時点ですが、『日間ファンタジー異世界転生/転移ランキング、93位』に辛うじて入っていました。

すぐにランキング外だと思っていたので、とても嬉しいです!


皆さん、本当にありがとうございます!


それでは本日の更新、第110話になります。

どうぞ、よろしくお願いします。


※今話も、1万文字を超えてしまいました。どうか、お読みになる際は、お時間にご注意ください。

 ラプトとキルトさんの対決が終わっても、『大迷宮の探索』までは、まだ10日以上の時間があった。


 ――束の間の平穏。


 そんな命がけの冒険が始まるまでの少ない日々を、僕らは皆、思い思いに過ごしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ただいま~」

「あ、おかえり、マール」


 ダルディオス将軍の屋敷であてがわれた、僕ら4人のための客室に帰ってくると、眼鏡少女のソルティスが出迎えてくれた。


 広い室内には、4つのベッドがある。


 ベッドの脇には、それぞれのための机と椅子が用意されていて、そこに座っていた少女は、わざわざ立ち上がって僕の前まで来ると、「ん」と、小さな右手を突きだしてきた。


(はいはい)


 心の中で苦笑しながら、預かって来た手紙を渡す。


「はい、レクトアリスからの返事」

「ありがと! ――ひっひっひ~♪」


 女の子らしからぬ笑い方をして、上機嫌の彼女は、机に戻っていく。


 机の上には、たくさんの魔法陣や文字の描かれた紙が、乱雑に広がっていた。机に乗り切らなかったのか、目の前の壁にも、何枚も、ペタペタと画鋲で貼りつけてある。え……ここ、将軍さんの家だよね?


(壁に穴を開けて、大丈夫なのかな?)


 貴族の家の壁、修理代も高そうである。


 ……うん、見なかったことにしよう。


 そう心の中で決めながら、ソルティスの隣に近づく。


 彼女は、3~4枚の手紙の中身を、夢中で読んでいた。


「ふんふん、なるほど~!」

「…………」


 カキカキ


 読みながら、机の上の用紙に、また色々と書き加えていく。


 実は、ソルティスは今、レクトアリスから『神術』と『神文字』についてを教わっていた。

 そう、ラプトとキルトさんが対決した時、その約束をしたからだ。


 でも、レクトアリスは、人間嫌い。


 少女の催促を伝えると、彼女は、『神術』と『神文字』に関する基礎知識を、サラサラと手紙に書いて、


「これ、その子に渡して」


 と、僕に、配達を頼んだのだ。


「人間には、理解の難しい内容だから、きっとすぐに諦めるわ」

「…………」


 レクトアリスは、鼻で笑うような感じだった。


 事実、ソルティスに手紙を届けた時、僕とイルティミナさん、キルトさんも、一緒に内容を読んだ。


『光子量の増減』

『神気の変換率』

『魔法の発動率の調整』

『余剰神気の処置方法』


 などなど、難しい言葉と一緒に、訳の分からない長さの計算式がズラズラと並んでいた。


「…………」

「…………」

「…………」


 その結果、2人の大人は、音もなく席を離れていった。


 僕にも、意味がわからない。


 なのに、天才少女は、目を輝かせながら、


「ふむふむ、そういうこと? ほ~? じゃあ、この計算式で算出した値が、そうなるのか~」

「…………」


 そんなことをおっしゃっている。


 やがて、彼女は、手近な用紙に、何やら文章を書きだして、


「これ、彼女に渡してきてくれる?」

「…………」

「ちょっと疑問に思った点と、もっと詳しい内容を知りたい部分、書いておいたから」


 そんなわけで、また手紙の配達。


 受け取ったレクトアリスは、その内容を見て、真紅の細い瞳を限界まで見開いていた。


「……やるわね」


 小さな呟き。

 そして、再び、ソルティス宛の手紙を書き始める。


「レクトアリスの知識は、半端やない。その人間も、なかなか優秀やないか」

「……うん」


 ラプトも感心した顔だ。


「ちなみにラプトは、2人の手紙の内容、全部わかるの?」

「…………」


 無言で顔を逸らされた。


(よかった)


 同士を得られて、安心する僕だった。


 そんなわけで、ほぼ毎日、2人の手紙によるやり取りは続いている。


(いい加減、直接、会って話しなよ……)


 そう思わなくもないけれど、でも、この距離感が、2人にとっては、ちょうどいいのかもしれない。

 ……配達するのは、僕だけどね。


 でも、ソルティスと僕のやり取りは、それだけではなかった。


「ねぇ、マール?」

「ん?」

「レクトアリスの手紙でわかったんだけど、『神気』って『魔力』にも変換できるのね」


 手紙から僕へと視線を移す少女。


「それならさ、『光鳥』や『微小回復』以外の、もっと魔力消費の大きな魔法も、今のマールなら使えるんじゃない? 私、また教えてあげよっか?」

「え? いいの?」


 思わぬ提案に、ちょっと驚いた。


 ソルティスは、少し照れ臭そうに視線を外して、


「ま、マールのおかげで、新しい知識を覚えられてるからね。一方的にもらいっぱなしって、なんか嫌じゃない」

「……ソルティス」


 要するに、彼女なりのお礼のようだ。


(素直に、一言・・、言ってくれればいいのに……)


 でも、ちょっと意地っ張りな彼女は、きっと言ってくれないだろうから、こちらから。


ありがとう(・・・・・)、ソルティス」

「ん。どーいたしまして」


 笑顔の僕に、眼鏡少女はぶっきら棒に、でも、耳まで赤くして答えた。


 そうして僕は、『大迷宮の探索』までの間に、いくつかの新しいタナトス魔法を覚えることができたのだった――。



 ◇◇◇◇◇◇◇ 



 ソルティスと魔法の勉強をする以外にも、僕には、剣の修行もあった。


 修繕が行われるダルディオス将軍のお屋敷、その中庭にある稽古場で、僕はいつものように、剣の師匠キルト・アマンデスと一緒にいる。


 でも、今日はそこに、熊みたいな大男――ダルディオス将軍その人も、やって来ていた。


「――今日は、将軍と手合せしてもらえ」


 師匠の一言。


(おおお……アルン最強の将軍さんとですか?)


 ゴクッ


 思わず、唾を飲む。


 歴戦の雄である将軍さんは、驚く僕を見ながら、楽しそうにあご髭を撫でている。


 強さはキルトさんと同じぐらい、とはいえ、見た目のインパクトからして、身長2メード越え、全身傷だらけで筋骨隆々、厳つい顔立ちと、その風貌の迫力は桁違いだった。

 正直、恐ろしいです……。


「将軍は、『魔血のない人間』として、最高峰に到達した御仁の1人じゃろう。よう学べよ?」

「う、うん」


 緊張する僕。

 人類最強の1人である彼は、「がっはっはっ」と豪快に笑いながら、


「そう、かしこまるな。『神狗』殿と手合せできることは、ワシにとっても光栄じゃわい。――お互い、存分に楽しもうぞ?」

「は、はい!」


 楽しめる……かなぁ?


 そんな疑問を抱えながらも、僕らは、木剣を手にして、稽古場で向き合った。


(……大きい)


 見た目以上に見えるとか、そういう印象の話じゃない。


 実際に。


 子供の僕にとっては、少し大きすぎる木剣。

 でも、身長2メード以上、熊みたいに大きな将軍さんが持つと、まるで小剣ショートソードのようだった。


「よし、始めよ!」


 師匠の号令が飛ぶ。


 僕は、いつもの正眼の構え。


 ダルディオス将軍も、同じ構えだった。


(まるで、大海原を見てるみたいだね……?)


 広大な大自然。

 でも、ひとたび猛威を振るい始めたら、人間の手には負えない存在――それが、アルン最強の将軍アドバルト・ダルディオスから感じる気配だった。


(呑まれるな、マール!)


 気合で、臆病な心を吹き飛ばす。


「いやああ!」


 踏み込みと共に、上段に構え――木製の刃を、振り落とす。


 僕の最も得意な、最強の剣技。


 カシッ


 それは、将軍さんの剣によって横にずらされ、虚しく空を斬る。

 あっさり、いなされた。


(うわぁ……)


 1合でわかった。


 本当に、キルトさんと同じだ。

 彼の技量が、それだけの高みにあるのだと、はっきり確信した。


(でも、諦めるか!)


 なんとか、1本。

 昨日までできなかったことでも、今日の僕ならできるかもしれない!


 そう心を奮い立たせ、挑みかかる。


「ほほう?」


 将軍さんは、余裕の笑みだ。


 カッ ギシッ カツン ガギィイ


 全力で剣を打ち込み、あるいは、防いでいく。

 その中で見えてきたのは、


(な、なんて、繊細な剣なんだ!?)


 ダルディオス将軍の外見からは想像もできなかった、その剣質だった。


 正確無比。


 巨躯を生かしたパワーファイターだと思っていたのに、まるで違う。


 効率だけを重視し、最短距離を、最小の力だけで走らせる剣。


 剣の速度、威力だけなら、『魔血の民』であるキルトさんの方が上回る。けれど、ダルディオス将軍の、その繊細な剣の制御は、ミリ単位の狂いもなく、ひょっとしたらキルトさんよりも上かも知れない。


「むん!」


 バキィン


 うわっ!?

 ついに木剣を弾かれて、僕は、鳩尾に重い一撃を食らった。


 息ができず、堪らず、地面に倒れ込む。


「そこまでじゃ!」


 キルトさんの合図で、戦いは終了。 


「がっはっはっ。中々に筋が良い。よく鍛えておるの、鬼娘」


 ダルディオス将軍は、感心した顔で、僕へと大きな右手を差し出してくる。


(……うぅ)


 痛みを堪えて、その手を握ると、太い腕は軽々と僕を引き起こした。


 改めて、将軍さんを見る。


 巨大な体躯。

 それに見合わぬ、小さな剣。


 ……なんとなく、『マールの牙』と名付けた短剣を使っていた頃の自分を、思い出した。


(なるほどね)


 僕は、何かを掴んだ気がした。


「わかったか、マール?」


 そんな僕に気づいて、師匠が嬉しそうに問いかけてくる。

 僕は、頷いた。


「将軍さんの剣は、僕の剣が、ずっと進化した先にあるものな気がする」

「うむ」


 キルトさんは笑う。

 将軍さんも、「ほう?」と驚いた。


「その通りじゃ、マール。将軍はの、自身の体格に比べて、一回り小さな剣を使っておる。その理由は、より速く、より正確な剣とするためじゃ」

「うん」


 師匠の解説によると、こうだ。


 ダルディオス将軍は、とても体格に恵まれた人物だ。


 けれど、この世界では、それでも『魔血の民』には、力と速さで劣ってしまう。それを補うためにあるのが、小さな剣による繊細な剣技だ。


 小さな剣は、当然、軽い。


 その軽さによって、剣速を上げ、『魔血の民』との差異を減らす。


 また軽さは、制御の容易さも生み、より正確無比な剣技を繰り出せる。


 恵まれた体格の恩恵に奢ることなく、その2つを極めたダルディオス将軍は、ついに『魔血の民』すら凌駕する強さへと到達したのだという。


(キルトさんは、ずっと、この剣を僕に教えてくれてたんだね?)


 実物を目にして、初めて実感した。


 僕は改めて、感謝の視線を、美しき師匠へと送る。


「ふふっ」


 それを受け、満足そうな笑顔。

 そんな僕ら2人を見て、将軍さんは、「がっはっはっ!」と大笑いだ。


「貴殿らは、なかなか、良い師弟関係を作れているようじゃな?」

「うむ、自慢の弟子じゃ」


 はっきり答えるキルトさん。

 うわ。


(……凄く嬉しい)


 ちょっと泣きそうだ。 


「マール、まだ行けるの?」

「うん!」


 大好きな師匠に言われ、僕は元気よく答えた。


 そして、木剣を構える。


「ダルディオス将軍、もう1本、お願いします!」

「がっはっはっ、よかろう!」


 豪快に笑いながら、けれど、繊細に木剣を構える将軍さん。


「よし、始めい!」


 キルトさんの合図と共に、僕は、再び、アルン最強の将軍へと挑みかかった。


 ――もちろん、コテンパンに負けた。


 でも、凄く勉強になって、楽しくて、とても充実した時間だった。


 やがて、疲労で動けなくなった僕に代わって、師匠であるキルトさんが、ダルディオス将軍と手合せをすることになった。


 人類最高峰同士の戦い。


 たった1人の観客である僕には、勿体ないほど贅沢な戦いは、しっかりとこの青い目に焼き付けさせてもらった。


 ちなみに結果は、キルトさんの勝ち。


「くっ……弟子を先に戦わせ、ワシを疲労させておいて勝つとは、この卑怯者め!」

「なんじゃと!?」


 2人とも負けず嫌いで、最終決着は、今夜の酒盛りでつけることになった。


(……実はただ、お酒が飲みたいだけじゃないのかな?)


 思わず、苦笑してしまう僕。


 ギャアギャアと騒がしい2人の最強たちの声を聞きながら、ふと見上げた青い空は、僕には、とても綺麗に見えたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 魔法を覚えたり、剣の稽古をしてる合間に、僕は、神帝都アスティリオの城下町を出歩くこともあった。


「……なぜ、貴方もいるのですか?」


 人の多い大通り。

 僕と手を繋いで歩くイルティミナさんは、けれど、僕を挟んで反対側にいる人物に、不満そうな視線を向けていた。


 そこにいるのは、軍服姿のフレデリカさん。


「仕方ないだろう。貴殿らの護衛も、私の任務なのだ」

「……くっ」


 腰のある炎の剣の柄に手をかけ、澄まして答える男装の麗人に、銀印のお姉さんは悔しそう。


「……せっかく、マールと2人きりのデートでしたのに」

「あはは……」


 僕も、ちょっと残念。


 でも、外出中の僕らに万が一、何かあったら、責任を問われるのは、アルン騎士であるフレデリカさんだ。

 彼女の立場を考えたら、しょうがないと思う。


(ま、不慣れな街だしね)


 案内してもらえるのが助かるのも、事実なのだ。


 そんなわけで、僕とイルティミナさんは、神帝都アスティリオの美しい景観を眺めながら、地元民であるフレデリカさんの案内で、洋服屋さんへと案内してもらった。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、従業員さんが声を揃えて、一斉にお辞儀をする。


(むむ……ちょっと高級そう?)


 商品の展示の仕方も、見栄えに工夫が凝らされているし、種類も豊富。しかも、ちょっと触ってみると、凄くいい生地だ。


 何より怖いのは、値札がない。


「…………」

「…………」


 イルティミナさんも、沈黙している。


 一方のフレデリカさんは、常連客なのか、従業員のおじ様に、丁寧なお辞儀をされている。


「これはこれは、フレデリカ様。お久しぶりに御座います。――今日は、どのようなご用件で?」

「あぁ、あの子の服を頼みたくてな」


 示されるのは、後ろの僕。

 従業員さんたちの視線が、一斉に集まる。


(ど、どうも)


 ペコッ


 軽くお辞儀する。

 みんなの表情が、ちょっと柔らかくなった気がした。


 そうして僕は、従業員さんに相談する。


「あの……獣人用の、お尻から尻尾が出せるズボンって、ありますか?」

「獣人用、ですか?」


 ちょっと驚いた顔。 


 それはそうだ。

 僕の見た目は、普通の人間の子供だから。


 でも、『神体モード』になると、僕には尻尾が生えるのだ。


 おかげで、ズボンと下着に、穴を開けてしまった。

 なので、それなら最初から穴のある、獣人用の服を用意すればいいんじゃないかと思ったのだ。


「あと、尻尾を出さない時は、普通のズボンに見える奴がいいんです」


 とお願いする。

 従業員さんは、珍しい注文なのか、少し困っていた。


「そうですね。既製品を加工するか、あるいはオーダーメイドで作ることは可能ですが……」


 あぁ、よかった。

 これからは、ズボンの損傷問題に悩まなくて済みそうで、ホッと一安心。


 でも、イルティミナさんは、少し表情をしかめて、 


「それは、どのくらいの金額になりますか?」

「あ……」


 僕は、顔を上げる。


 従業員のおじ様は、爽やかなスマイルで、お答えくださった。


「加工品で、800リド、オーダーメイドですと、1500リドになります」


 …………。


(8万円と15万円?)


 た、高いよ!

 しかも買うなら、着替えの分も含めて、数着は必要になる計算だ。


 天国から地獄へと落とされて、僕は呆然。


「なるほど」


 イルティミナさんは、嘆息する。


「仕方がありませんね。可愛いマールのためです。オーダーメイド品をお願いしましょう」


 突然、そんなことを言い出した。


(いやいやいや!)


 ブンブン


 僕は、猛烈に首を振る。


「僕、そんなお金ないよ!」

「大丈夫ですよ、マール。全て、私がお支払いしますから、心配は要りません」


 にっこり笑う、優しいお姉さん。


(そ、そういうの駄目だって!)


 そんな風に甘やかされると、僕は、駄目人間に一直線になれる自信があるんだ。


「いいんですよ。もしもの時は、私が一生、マールを養っていくと言ったでしょう?」


 あ、あれは、冗談じゃなかったのかな?


 そんな恐ろしい誘惑を、甘やかしたがりなお姉さんにされていると、


「いや、これらの支払いは、全て、ダルディオス家につけておいてくれ」

「かしこまりました」


 フレデリカさんが、従業員のおじ様に、そんな指示を出していた。


(……え?)


 呆然となる僕らに、軍服のお姉さんが、当たり前のように口にする。


「貴殿らのアルン神皇国での暮らしに関しては、全て、ダルディオス家に一任されている。当然、生活に必要な衣類についても、こちらで支払わせてもらう。――これは神皇国としての義務でもある。拒否権はないと思ってくれ」

「…………」

「…………」


 シュムリア出身の僕らは、沈黙である。


 そうして、僕は従業員さんたちに採寸され、やがて2時間ほど店内のラウンジスペースで、紅茶やお茶菓子などを出されながら、ズボンの完成を待つことになった。


「…………」

「…………」


 なんとなく勝利の余韻に浸っているようなフレデリカさんと、なんとなく悔しそうなイルティミナさん。

 2人の対照的な表情が、ちょっと印象的だった。


 やがて、完成したオーダーメイドのズボンと下着、3着ずつがやって来る。


「お待たせいたしました」

「ど、どうも」 


(……こ、これが、45万円のズボンかぁ)


 受け取る手が、ちょっと震えちゃったよ。


 試着してみると、うん、ばっちりだ。


 サイズも合っているし、着心地も良くて動き易い。

 試しに『神気』を流して、犬耳と尻尾を生やしてみたら、ちゃんとお尻の部分に切れ目があって、そこからポロンと狐みたいな尾が出せる。


(うん、きつくもないね)


 尻尾を消したら、切れ目に布が重なって、ちゃんと穴が隠れてくれた。


 突然、犬耳と尻尾が生えた僕に、従業員さんたちは、ちょっと驚いていたけれど、こういう貴族御用達の高級店ならば、他言はしないと思う。


 そして、2人のお姉さんは、


「……あぁ……さすが、私のマールです」

「うむ……尊いな」


 なんだか、とても幸せそうな表情で、僕のことを眺めていた。


(…………)


 まぁ、仲が良さそうだから、いっか。


 そうして従業員さんたちにお礼を言って、僕らは、その高級そうな洋服屋さんをあとにした。


 それから、3時のおやつを喫茶店で取ったりして、また屋敷までの道のりを3人で歩いていく。


(今日は、楽しい時間だったな)


 空は、もう夕暮れ。


 でも、2人のお姉さんも、どこか満足そうだ。


 やがて、貴族たちの暮らす高級住宅地となる区画との堺である、第1の城壁が見えてくる。

 そういえば、


「ねぇ、フレデリカさん? 向こうの第2と第3の城壁の間には、何があるの?」


 後方を振り返り、遥か遠方にある壁を見ながら、そう彼女に訊ねた。


「ん? やはり、街があるな」


 との答え。


(そうなんだ?)


 ただ、彼女が教えてくれたところ、この第2区画ほど立派ではなく、もう少し収入の少ない人々が暮らしているそうだ。


 しかも、そこには、城壁内であるのに、農耕地も広がっているとのこと。

 どうやら、農家さんが多いようだ。


「実は、アスティリオで一番広いのは、第3区画なんだ」


 フレデリカさん曰く、昔は、城壁も2つしかなかったらしい。


 けれど、その外に集まった人々が、そこで暮らし始め、農耕生活まで始めてしまった。心優しい皇帝陛下は、彼らを追い払うどころか、更に第3の城壁を建築し、彼らを迎え入れると同時に、守ることにしたのだそうだ。


(皇帝陛下……本当に、いい人だ)


 語る時のフレデリカさんも、ちょっと熱っぽかった。


 ちなみに、第3の城壁の外にも、また人々が集まり始めていて、その内、第4の城壁も造られるのではないかと彼女は言っていた。ただ、このままでは際限がないので、何らかの対策が必要だろう、とも。


 シュムリア王国の王都ムーリア、その3倍近い大きさの神帝都アスティリオ。


 なんとなく、その理由がわかった気がする。


 ちなみに人口は、50万人。


 王都ムーリアが30万人なので、規模に比べて、人数が少ない。つまり、農耕地の占める面積が、かなりあるんだろう。


(まだまだ、発展しそうだなぁ)


 世界最大の国の首都は、まだ未完成のようである。


「さて、行こうか、マール殿」

「あ、うん」


 手続きが終わったようで、皇帝城もある高級住宅地の第1区画へと入っていく。


 フレデリカさんの背中を追いながら、


「今日はいっぱい歩きましたね、マール」

「うん、そうだね」


 手を繋ぐイルティミナさんが、声をかけてくる。


「疲れたのなら、おんぶしますよ?」

「あはは」


 僕は笑って、


「ありがと。でも、大丈夫だよ」

「そうですか」

「うん。――だけど、大きくなったら、いつか僕の方が、イルティミナさんをおんぶしてあげるからね?」

「まぁ」


 彼女は驚き、そして、甘い微笑みをこぼれさせた。


「では私も、いつか、その日が来るのを楽しみにしていますね」

「うん!」


 繋いだ手を大きく揺らしながら、僕らは、クスクスと笑い合う。


(……あぁ、こんな時間が、いつまでも続くといいなぁ)


 そう願いながら、夕暮れの赤い光に照らされるアスティリオの城下町を、僕は、大好きな彼女と一緒に、どこまでも歩いていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 色んな人と過ごす日々で、今日の僕は、ラプトとレクトアリスがいる客室にいた。


「しかし、マールも手広いのぉ?」

「ん?」


 光る水の入ったグラスを一緒に傾けていると、不意に、ラプトがそんなことを言った。


「何のこと?」

「何のこと、や、あらへんよ。『タナトス魔法』に『精霊魔法』を使えて、おまけに『剣士』とか……自分、節操なさすぎやろ?」


 苦笑するラプト。 


(あ~、そういうこと)


 言われてみると、そんな気もする。


 でも、実は先日、僕はソルティスに頼んで、『神術』についても教わろうとしたんだよね。


 最初は、レクトアリスに聞こうと思ってたんだけど、ソルティスへの手紙を見て、あまりの難解さに諦めた。でも、その内容を理解したソルティスなら、タナトス魔法の時のように、わかり易く教えてもらえるかと思ったんだ。


(それに、あの子、人に教えるの上手なんだよね)


 で、頼んだ結果、


「マールじゃ、まだ無理よ」

「…………」


 とのお返事でした。


 なんでも『神術』は、『タナトス魔法』よりも構造式が複雑なんだそうだ。『タナトス魔法』でさえ覚えるのに苦労している僕が今、手を出すと、絶対に混乱するからやめなさい、と忠告された。


(残念……)


「ま、私もまだ勉強中だしね。でも、いつか簡単に説明できるようになったら、ちゃんと教えてあげるから」


 落ち込む僕に、優しい少女は、そんな約束もしてくれた。 

 本当、いい子。


 そんなわけで、現在、『神術』の習得については保留中なのだ。


 ゴクゴク プハッ


「あ~、美味しい」

「せやろ、せやろ。ほれ、もう1杯」

「お~、どもども」


 2人で、楽しい飲み時間。


 ちなみに、もう1人の『神の眷属』であるレクトアリスは、今、テーブルにかじりついて、あの天才少女への手紙を書いている。


 最初は、3~4枚だった手紙が、最近では、10枚を超えることも珍しくない。

 運ぶ量が多くなって、僕は、大変だ。


 だけど、なんやかんや、2人の相性は悪くないのかもしれないね。


(ここに、コロンチュードさんもいたら、凄かったろうなぁ)


 そんな想像もしてしまう僕だった。 


「それにしても……いよいよ、明日やな」


 ラプトの口調が、少し変わる。


「うん」


 僕も、神妙に頷いた。


 そう、『大迷宮の探索』の決行日は、ついに明日となったのだ。


「明日の朝、日の出と一緒に、神帝都アスティリオを出発して、2日後に『大迷宮』に到着予定だって」

「さよか」


 将軍さんからの伝言を伝えると、彼は頷き、またグラスをあおる。


 空になったそれに、ボトルから『癒しの霊水』を注ごうとしたら、彼の小さな手に止められた。


「マール、最後に1つ、いいか?」

「ん?」


 ラプトの碧色の美しい瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。


「――ワイらは、本当に、人間を信じてもええんか?」


 静かな声。


 300年前の裏切りで味わった、心の痛み。


 絶望。

 憎しみ。

 憤怒。

 悲しみ。


 色々な感情が、彼の中に荒れ狂っているのがわかる。


 僕は、正直に答えた。


「イルティミナ・ウォン、キルト・アマンデス、ソルティス・ウォン。――この3人だけは、どんなことがあっても、絶対に裏切らない。僕が確信しているのは、それだけ」

「…………」

「でも僕は、他の人間のことも、結構、信じてる」


 ラプトは、僕の声を、ただ静かに聞いている。


「もちろん、裏切る人もいると思うよ。それは覚悟してる」

「…………」

「だけど、その中には、僕らが信じることで、裏切らなくなる人もいるかもしれないよね」


 僕は、そう笑った。


 ラプトは、苦笑した。


「マール、自分、損な性格しとるな?」

「そう?」


 僕は、首をかしげる。

 そんな僕のグラスに、彼は、『癒しの霊水』をトプトプ……と注いでいく。


「このお人好しが。……ま、しゃーない。ここまで来たら、一蓮托生や。どこまでも付き合ったる」

「……うん」


 八重歯を見せて笑うラプトの笑顔は、とても眩しかった。


「あら? どうかしたの?」


 ちょうど手紙を書き終えたらしいレクトアリスが、こちらに気づいた。


「い~や、なんでもあらへん」

「うん」


 僕らは、笑い合った。


「レクトアリスも、こっちで一緒に飲まない?」

「あら、いいわね」


 レクトアリスは、美しい微笑を浮かべ、僕らと一緒にソファーに座る。


「はい、マール。この手紙、お願いね?」

「はいはい」

「マールは、本当に損な性格やなぁ……」

「あはは」


 手紙を受け取り、僕は笑う。

 ラプトは苦笑し、レクトアリスはキョトンとなる。


 すぐに、3人一緒になって、笑った。


 その日の夜は、『神界の同胞』として、2人と共に、とても楽しい時間を過ごせたのだった――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 朝靄に白く煙る早朝、神帝都アスティリオの城門前には、たくさんの竜車が集まっていた。


 アルン国章の描かれた、黒い竜車。


 前世でいう大型バスのような、15メード級の黒い装甲に覆われた竜車には、選ばれたアルン騎士たち15名が搭乗している。それが、城門前の広場に、20台――計300名が集合していた。


(……圧巻だね)


 窓の外に広がる光景に、僕は、思わずため息だ。


 シュムリア王国から来た僕らの騎竜車も、この中では、小さく見えてしまう。


 整列する車列の周りには、この竜車の300名を護衛する2足竜に跨ったアルン騎士が、200騎ばかり――総勢500名の大軍団だ。   


「ずいぶんと大袈裟なことじゃの」


 窓枠に頬杖をつき、苦笑するキルトさん。


(うん、本当に)


 普段、少人数で動き回る冒険者の僕らからすると、この人数は、いささか多すぎるように感じる。


「ま、『大迷宮の探索』に成功するかしないかで、今後の『闇の子』との戦いに、大きく影響ありそうだもの。仕方ないんじゃないかしら?」


 と、ソルティス。


 そう言いながらも、座席に座る眼鏡少女の視線は、手元の『神術に関するレポート』へと落とされている。


(相変わらず、この子は、ぶれないね?)


 いつか彼女は、『神術』まで使えるようになりそうだ。


 僕の青い瞳は、再び、窓の外へと向く。


 僕らの騎竜車は、20台の車列の中央付近に位置している。

 そして、すぐ隣にいるアルン国章の描かれた黒い巨大竜車は、他の20台の竜車と比べても、一際大きく、立派な車両だった。


(あ……)


 その窓のカーテンが揺れて、中の人物が顔を出す。


 紫色のウェーブヘアと真紅の瞳をした美女――『神牙羅』のレクトアリスだ。


(お~い)


 ブンブン


 手を振った。


 向こうもこちらに気づき、笑った。

 そして、小さく手を振り返してくれる。


 奥からラプトも顔を出し、八重歯を覗かせて笑いながら、彼も手を振ってくれた。


 隣の竜車には、2人の『神牙羅』が乗っていた。


 ここから姿は見えないけれど、ダルディオス将軍とフレデリカさんも同乗しているはずだった。


「マール」


 ふと、隣のイルティミナさんに呼ばれた。

 ん?


 彼女の白い人差し指は、窓の外、車列の前方を示していた。


「そろそろ、出発のようです」


 先頭の竜車に、国章の描かれた巨大な旗が掲げられている。


 ドォン ドォン ドォン


 下っ腹に響く、凄まじい太鼓の音。


 ギギギギィ……


 高さ30メードはありそうな城門が開いていき、先頭の竜車から、神帝都アスティリオの外へと動きだしていく。


(あぁ、いよいよだ)


 しばらくすると、僕らの騎竜車も動きだした。


 ゴトゴトト……ッ


 竜車たちの軋む音が重なって、凄まじい騒音になっている。


 大量の土煙が、早朝の空に舞い上がった。


「…………」


 僕は、改めて、座席に深くもたれかかった。


 キルトさんは、窓の外を眺めている。


 ソルティスは、レポート用紙に夢中なままだ。


 ギュッ


 ふと、僕の手が握られた。


「…………」

「…………」


 イルティミナさんの手だった。

 彼女は、いつものように優しく微笑み、僕のことだけを見つめていてくれた。


 笑って、彼女の手を握り返す。


 大きく息を吐いた。


 僕らが『闇の子』に対抗するためには、生きた『神武具』が必要だった。


 それを手に入れるために『大迷宮』へ。


 早朝の光が、神帝都アスティリオを照らす中、僕らの長い戦いの旅が、ついに始まろうとしていた――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


次話からは、『大迷宮』編になります。

太古の遺跡に挑むマールたちの物語を、もしよければ、また見守ってやってくださいね。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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