表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

109/825

109・神牙羅ラプトVS鬼姫キルト

転生マールの冒険記を読んで下さって、いつもありがとうございます。


実は、


『日間ファンタジー異世界転生/転移ランキング、69位』

『総合・日間ランキング、260位』


にランキング入りしていました!


またランキング入りできたなんて、夢のようです。

恐らく、正に一夜の夢でしょうが、名前が消えるまでの間、この幸せな時間をしっかりと噛み締めたいと思います。


皆様、本当にありがとうございました!


それでは、本日は、第109話になります。

どうぞ、よろしくお願いします。

 翌日の午前中、僕とイルティミナさん、キルトさん、ソルティスの4人は、案内役のフレデリカさん、3人のシュムリア騎士さんと一緒に、ダルディオス将軍邸の中庭にある稽古場へと、やって来た。


(あ、もう来てる)


 そこには、ダルディオス将軍と共に、あの2人がいる。


 金髪碧眼の美少年、ラプト。

 紫色のウェーブヘアと真紅の瞳の美女、レクトアリス。


 僕に会う時と違って、2人の雰囲気は、なんだか冷たい感じがして、その表情も、まるで機械人形のような無表情だった。そのせいか、人間っぽさがない2人は、妙に神々しくて、人を寄せつけない静かな迫力がある。


(な、なんだか、別人みたいだ)


 ちょっと戸惑う。


 2人の『神牙羅』を初めて見た3人は、


「ほう」

「あれが、マールの同胞ですか」

「……なんか、アンタと違うわね」


 そんな感想をこぼす。


 すでに会ったことのあるフレデリカさんは、沈黙したままで、3人のシュムリア騎士さんは、興味深そうな顔だ。


 僕は、同じ『神の眷属』である2人に近寄って、笑って話しかけた。


「来てくれたんだね、ラプト、レクトアリス」

「おう」

「えぇ」


 短く答える2人。

 そして、彼と彼女の視線は、品定めをするように、僕の仲間3人へと向けられる。


「えっとね、銀髪の人がリーダーのキルトさん。緑色の髪で、一番背の高い人がイルティミナさん。あっちの眼鏡の女の子が、ソルティス」


 そう紹介すると、


「さよか」

「ふぅん」


 あんまり興味なさそうな返事だった。


(う、う~ん?)


 気を取り直して、今度は2人のことを、彼女たち3人に紹介しようとして、


「えっとね、この男の子が――」

「紹介はええ」


 ペシッ


 裏拳で胸を叩かれ、言葉を止められた。


(え?)


 ラプトは、1歩前に出る。

 その後ろで、レクトアリスも腕組みをしながら、その場の人間たちを見つめた。


 キョトンとする人間たち。


 ラプトは言う。


「悪いが、ワイらは、自分ら人間と、そこまで仲良うする気はない。今日、ここに来たんは、自分らに、立場っちゅうもんを教えるためや」

「……へ?」


 僕も唖然だ。


「ち、ちょっと、ラプト? どういうこと?」

「どうもこうもないわ」


 答えたのは、レクトアリス。

 彼女は、冷たい視線で、3人を見返して、


「色々とマールから話は聞いているけれど、どうやら、優しいマールに勘違いして、『神のいぬ』である彼を、まるでペットのように扱っている人もいるそうじゃない?」


 そんなことを言い放つ。

 途端、イルティミナさんは、酷く驚いた顔をして、


「まさか! ペットだなんて、誰が私の可愛いマールにそのようなことを!?」

「…………」

「…………」

「…………」


 思わず、全員の視線が集中する。


(……どうやら、本気っぽいね)


 僕を撫でまわし、お風呂に入れ、抱き枕にするお姉さんは、レクトアリスの言葉に、とても憤慨してらっしゃった。


 コホンッ


 僕は咳払いして、


「レクトアリス、そんなことないよ。みんな、僕に優しいよ?」

「貴方は、人が好すぎるわ、マール」


 僕の両肩を掴んで、心配そうなレクトアリス。


(いやいや)


 困ったように笑う僕に、ラプトは、吐息をこぼす。 

 すぐに顔を上げ、


「まぁ、マールが気にしてないんやったら、ええ。けどな、それで自分らに勘違いされるのも、困るんや」

「ふむ。つまり、どうしたい?」


 キルトさんの黄金の瞳が、少年を見返す。

 神気の力を秘めた少年は、八重歯を見せて、少し獰猛な笑みを浮かべた。


「――ワイと戦え」


 短い一言。


(ラ、ラプト?)


 驚く僕らの前で、彼は、幼い両手を広げる。


「ここは、稽古場なんやろ? ちょうどええ。これから『神武具』を求めて、一緒に『大迷宮』に潜る仲や。その前に、自分らの実力、この目で確かめたる。ワイらの力も、特別に見せたるわ。――どうや?」

「ふむ」


 キルトさんは、考え込む。


(…………)


 僕らの視線は、自然と、この場で最強であるだろう彼女1人へと向けられてしまった。

 やがて、彼女は頷いた。


「よかろう。1つ、手合せ願うとしよう」

「さよか」


 余裕の笑みを浮かべるラプト。


(い、いいのかな?)


 少し悩んだ。

 でも、これまでの経験から、『剣を合わせる』という行為が、凄く濃密な会話なのだと、僕は学んだ。もしかしたら、普通に会話して、交流するよりもずっと、お互いのことを理解し合えるかもしれない。


 そう思って、僕は、この場の流れに任せることにした。


 ラプトは、金印の魔狩人を見つめる。


「自分が、昨日、マールをコテンパンに泣かしたっちゅう、キルト・アマンデスいう女か?」

「泣かした覚えはないがの」


 僕も、泣いた覚えはないぞ。


「神気を覚えたてのマールに勝ったからて、調子に乗るなや? ホンマモンの『神の眷属』の力を見せちゃるから、全力で来いや」

「うむ」


 ラプトの挑発。

 けれど、キルトさんは落ち着いて頷き、稽古場にある木剣を手にした。


 ラプトの瞳が、細まった。


 細い腕が持ち上がり、小さな指を、パチンッと鳴らす。


 バチッ ガァン


「ぬ!?」


 キルトさんの手にあった木剣が、半ばから吹き飛んだ。


 宙を舞う、木の破片。


 その周囲には、神気の放散による白い火花が散っていた。見れば、ラプトの細い指先にも、白い輝きが残っている。


 恐らくは、『神気』による攻撃。


 驚く僕ら全員の耳に、ラプトの低い声が響いてくる。


()()()、言うたで?」

「…………」

「まずは、装備を整えてこいや、人間。……『神の眷属』を舐めるのも、大概にせえよ」


 少年を中心に、強い『圧』が広がる。

 ただの気配でしかないのに、まるで物理的な圧力があるような圧迫感が、僕ら全員に襲いかかってくる。


 ダルディオス将軍は、その瞳を鋭く細め、イルティミナさんは、よろめくソルティスの背を慌てて支えた。フレデリカさんやシュムリア騎士の3人は、思わず、自分を庇うように身体の前に両手を構える。


 僕自身、もし腰ベルトに『妖精の剣』を差していたら、反射的に抜いていたかもしれない。


 バササ……ッ


 屋敷の中庭や屋根にいた鳥たちが、一斉に飛び立っていく。


 狂乱の羽音が響く中、僕は、ラプトを見つめた。


(……これが、『神の眷属』の本来の実力!?)


 不完全な僕とは違う、完全なる存在としての『神牙羅』の力。

 まるで、噴火寸前の火山のようだ。


 キルトさんも黄金の瞳を見開いて、目の前にいる光の少年を見つめていた。


「わかった。すぐに支度してこよう」

「急げや」


 身を翻し、稽古場から去っていく。


(……なんか、楽しそう?)


 去り際に見たキルトさんは、今までに見たことがないほどに、ワクワクした子供のような表情だった。


 10分ほどして、彼女は戻ってくる。


 黒い全身鎧。

 そして、背負っているのは、『雷の大剣』。


 それはまさに、魔物を狩るための『金印の魔狩人』としての完全装備だった。


(今は、神を狩るために、かな?)


 ガシャッ


 巨大な大剣を、その白い手に握る。


「待たせたの」

「ふん」


 ラプトの態度は、変わらない。


『神の眷属』である光の少年と、5メードほどの距離で、人類最強の『金印の魔狩人』が向かい合う。


(な、なんだろう?)


 2人のいる場所だけが、濃密な空気によって、歪んで感じる。


 ブルルッ


 手足が、勝手に震えだした。


「しっかりと見届けましょう、マール」


 静かな声で囁くイルティミナさんの白い手が、僕の心を支えるように、肩に触れてくる。

 無言で、頷く。


 僕は、青い両目に力を込めて、これから始まる出来事の一挙手一投足を見逃すまいと、2人の姿を睨むように見つめた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 宝石のエメラルドみたいなラプトの瞳が、キルトさんの『雷の大剣』を――巨大な黒い鉱石のような刀身と、その内部で弾けている青い雷を見つめる。


「はんっ。なかなか強力そうな武器、持っとるやんけ、自分?」

「…………」

「それ使うんは、ここじゃ、ちと狭いか? ――おい、レクトアリス」


 ラプトの呼びかけ。

 レクトアリスは頷くと、その白い額に、キュルリと第3の眼球を覗かせた。


「ほう?」


 キルトさんの驚きの声。


「おや、3つ目ですか?」

「な、何それ!?」


 イルティミナさんやフレデリカさん、3人のシュムリア騎士さんたちも、その人ならざる姿を凝視し、研究少女のソルティスに至っては、興味津々の眼差しで前のめりになっている。


 それらに構わず、レクトアリスの第3の目は、紅い光を放つ。


 ボウッ


 キルトさんとラプト、2人の立つ地面が照らされると、そこに巨大な魔法陣が浮かび上がった。直径30メードほどの半球状の紅い光が、2人を包み込んでいる。光の表面には、不可思議な魔法文字が流れていた。


「む?」

「安心せい、ただの結界や」


 警戒するキルトさんに、ラプトは教えた。


「これで、力は漏れん。外の連中が巻き込まれることもない。――どや? これで全力、出せるやろ」

「ふむ」


 しばらく眺め、銀髪の美女は笑った。


「すまんな、助かる」

「阿呆ぅ。これで、負けても言い訳できひんからな?」

「で、あるな」


 ギシッ


 手にした大剣の柄を、強く握りしめる。


 ソルティスは、呆けたように、レクトアリスの紅い結界を見上げていた。思わず、小さな指で触れると、表面には、光の波紋のようなものが生まれて、跳ね返される。


「何よ、これ? こんな魔法陣も、魔法文字も、初めて見たわ」


 震える声。

 レクトアリスが「ふっ」と、鼻で笑う。


「神文字による神術よ」

「神文字!? 神術!? そんなのがあるの!?」


 少女の見開かれた瞳は、キラキラだ。


「あ、あとでもいいから、教えてくんない!?」

「……いいけど」


 第3の目を開いたレクトアリスは、物怖じしない少女の姿に、少々戸惑い気味だ。


(ソ、ソルティス、凄いね?)


 人見知りの心も、溢れる知的好奇心の前には負けるみたいだ。


 と、


「――貴殿ら、そこまでにせい」


 ダルディオス将軍が、低い武人の声でたしなめる。


 僕らは、ハッとした。


 神術による紅い結界の中で、『神牙羅』と『金印の魔狩人』が、凄まじい闘気を放っている。気づいた全員の意識が、一瞬で、そちらに吸い込まれた。


 キルトさんは、大剣を、ゆっくりと上段に構えた。


「鬼剣――」


 静かな声。


 無手のラプトは、構えもせず、ただそれを見ている。


「――雷光斬」


 声の終わりと共に、激しい稲妻が刀身から迸った。


 シッ


 瞬間、剣が消える。

 神速の振り下ろしは、ラプトという名の『神牙羅』の頭部に、正確に落ちていく。


 直撃。


 バチィイイン


 青い稲光が、結界の内側にぶつかり、無数の波紋を広げた。


(ラ、ラプト!?)


 まさかの直撃に、硬直する僕。


 けれど、


「なんや、こんなもんか?」

「っっっ」


 額に大剣を叩きつけられ、青い放電を浴びながら、けれど、ラプトは無傷のまま、平然としていた。そして、その額には、いつの間にか2本の角が生えている。


「馬鹿な……? キルトの剣が」


 イルティミナさんの驚愕の呟き。


 ソルティスも、ダルディオス将軍もフレデリカさんも、みんな、驚いている。

 僕も、そうだ。


(……こんなの、有り得ないよ)


 現実とは、思えなかった。


 赤牙竜ガドも、オーガも、刺青の女も、あの『闇の子』だって、『鬼剣・雷光斬』の直撃を受ければ、無傷では済まなかった。なのにラプトは、防ぐでも、かわすでもなく、再生もせずに、ただ無傷。


 レクトアリスは、言う。


「私たちは、『神牙羅』よ? これぐらい当然だわ」


 淡々とした声。


(……これが、完全なる『神の眷属』の実力なの?)


 不完全な僕とは、あまりに違いすぎる。


 キルトさんも、信じられない存在ものを見る目で、大剣を引く。けれど、その表情には、どこか嬉しそうな喜色が宿っていた。


「そなた、化け物か?」

「はっ……ただの『神様の使い』や」


 鼻で笑うラプト。

 片手を腰に当てて、自分より背の高いキルトさんを、見下ろして(・・・・・)


「どうした? もう、しまいか?」

「……いや」


 キルトさんは、ゆっくり首を横に振った。

 もう1度、上段に構えて、


「すまぬな。つい癖で、そなたの力量を計ろうとしてしまった。――次こそは、このキルト・アマンデスの全力じゃ」


 そう言った。


「ほうか。なら、さっさとしいや」

「うむ」


 気楽に促すラプト。


『金印の魔狩人』は、小さく笑い――そして、その白い美貌から、あらゆる表情が消えた。


 極限集中。


 大気が濃密に集まり始め、時の流れが歪む。


「……む」


 ラプトの表情が変わった。

 レクトアリスも、いつも糸のような瞳を見開き、驚いた顔をしている。


『雷の大剣』の放電が、静かに集束する。


 青い光球が、刀身の前に浮かんでいる。


(――あれは)


 前に、1度だけ見た。


 星々の煌めく夜、広大な砂海を割り、岩山を砕き、魔の刺青を宿した男を一刀両断した、金印の魔狩人キルト・アマンデスの最終奥義。


 その唇が、かすかに動く。




「――鬼神剣・絶斬」



 リィン



 大剣が振り落とされ――直後、紅い結界の内部が、全て青い光で埋め尽くされた。

 あまりの輝きに、目が眩む。


「……くっ!?」


 レクトアリスの焦った声。


 紅い結界の何ヶ所にも亀裂が走り、青い稲妻が、暴れる巨大な竜となって溢れだす。それはダルディオス将軍の屋敷のあちこちを破壊して、瓦礫を飛ばし、僕らの立つ大地にもぶつかって、地面を吹き飛ばしていく。


(うわ、うわわっ!?)


 爆風が荒れ狂う。


「マール、ソル!」


 イルティミナさんが、子供の僕ら2人を強く抱きしめる。


 ダルディオス将軍も、娘のフレデリカさんの前に立って、飛んでくる瓦礫や樹木などから、彼女を守っていた。

 3人のシュムリア騎士さんは、1人が吹き飛ばされそうになり、もう2人がその両手を掴んで、必死に地面に伏せている。


 ゴゴ……ッ ガガァン


「ちっ」


 レクトアリスが、第3の目を輝かせ、両手を広げる。


 僕らの前に、紅い魔法陣の盾が現れ、光の波紋と共に飛んでくる物体を弾いて、僕らを守ってくれる。太い石の柱も、跳ね返されて、屋根の向こうに跳んでいった。

 おぉ……。


 ガン ガララ……


 やがて、放電も止んで、土煙が風に流されていく。


 その向こうにあったのは、


「…………」

「残念やったな?」


 先ほどと変わらぬ光景、『金印の魔狩人』の大剣を、その額で受け止めている『神牙羅』の少年の無傷な姿だった。


(……嘘でしょ?)


 僕も、イルティミナさんもソルティスも、唖然だ。


「……ありえません」

「……キ、キルト……?」


 大剣を引いたキルトさんは、それを背中に戻すと、天に向かって大きく息を吐いた。


「わらわの完敗じゃな」

「さよか」


 ラプトは、どうでも良さそうに応じる。


 ……初めて、見た。


 あのキルト・アマンデスが敗北するところを、僕は……いや、僕らは、初めて目撃したんだと思う。


 でも、キルトさんは、妙に清々しい表情だった。


「けど、自分、人間にしては中々やったで? そこだけは、褒めたるわ」

「ふむ、そうか」


 ラプトは、手を揺らすと、彼女に背を向けて歩きだす。


 角が消える。

 レクトアリスの額でも、第3の目が閉じられて、僕らの前からも魔法陣の盾が消えていった。


 2人は並び、僕らを見て、


「自分らの力は、ようわかったわ。――ほなら、ワイらは部屋に戻る。行こか、レクトアリス」

「えぇ、ラプト」


 最後に僕を一瞬だけ見つめて、2人は、その場から去っていった。


 その光る姿が、廊下の奥に消える。


「キルトさん!」

「キルト」

「キ、キルトぉ~!」


 途端、僕ら3人は、自分たちのパーティーリーダーの下に駆け寄った。


 僕らに気づくと、彼女は、恥ずかしそうに銀髪をかく。


「やれやれ、負けてしもうたわ」

「…………」

「…………」

「…………」


 う……っ。


(ど、どうしよう?)


 こういう時、かける言葉が見つからない。


「け、怪我はないの? 回復魔法は?」

「いや、大丈夫じゃ」


 ソルティスの問いに、彼女は笑う。

 イルティミナさんは、少し呆然自失になりながらも、こう呟いた。


「貴方でも、その……負けることがあるのですね?」

「当たり前であろ?」


 キルトさんは、苦笑する。


 でも多分、イルティミナさんの言葉は、きっと僕ら全員の気持ちの代弁だ。

 心のどこかで、僕らはきっと、キルト・アマンデスという人物は、誰にも絶対に負けないと思っていたんだ。


(……なんか、悔しいよ)


 でも、当のキルトさんは、さばさばしている。


「しかし、あれが『神牙羅』か。敵であれば恐ろしいが、あれが味方であるならば、頼もしいの」

「う、うん」


 正直、僕と同じ『神の眷属』とは思えない強さ。


 彼女は、2人の消えた方を見ながら、


「あの領域に辿り着くのは、なかなか大変そうじゃの。わらわも、まだまだ精進せねばな」


 と笑った。


(…………)


 僕は、訊ねた。


「キルトさん、まだ強くなる気なの?」

「当たり前であろ」


 こちらを見返して、彼女は当然のように頷いた。


「わらわもまだ未熟、それを痛感させられた。ならば、これから、また鍛えるしかあるまい?」


 拳を握り、笑う。

 その笑顔に曇りはなく、全身からは、覇気が満ちている。


 僕ら3人は、思わず、顔を見合わせた。


「……キルトさんって、凄いね」

「本当に」

「ま、それでこそ、私らのキルト・アマンデスってことよ」


 うん、そうだね。


 僕らもようやく笑って、頷いた。


 と、そこに、


「やれやれ、屋敷の修繕が大変じゃわい。やってくれたの、鬼娘?」

「大丈夫か、キルト殿?」


 ダルディオス将軍とフレデリカさんが、やって来る。


「すまんの、将軍」


 申し訳なさそうに謝るキルトさんに、将軍さんは苦笑する。


「相手が悪かったな。正直、あれで傷1つないとは、我が目で見ても、信じられん」

「まあの」


 頷き、


「しかし、次は勝つ」


 金印の魔狩人キルト・アマンデスは、そう力強く断言した。


(うん、きっとやってくれるよ)


 僕も、そう信じる。


 それから、キルトさんとイルティミナさんは、ダルディオス将軍と共に、屋敷の瓦礫撤去の手伝いをし、ソルティスは、屋敷の中で怪我をした人がいないか、その治療のため、フレデリカさんや3人のシュムリア騎士さんと一緒に、屋敷内へと入っていった。


 結論として、屋敷の皆さんは、突然、目の前に現れた紅い魔法陣の盾に守られて、全員無事だったという。


(……レクトアリス)


 その優しさに感謝する。


 そして、みんなと別れた僕は、1人、あの2人の『神牙羅』の戻った客室へと向かうのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 客室に入ると、ラプトが、ベッドにうつ伏せになって倒れていた。


(え?)


 同じベッドには、レクトアリスが腰かけて、少し心配そうな表情で、彼の背中を撫でてやっている。


「ど、どうしたの、ラプト?」


 2人は顔をあげる。


「……お~、マールか?」

「ありがとう、来てくれたのね」


 近寄ると、彼は重そうに上半身を起こして、その少し乱れた金髪を、乱暴に手でかいた。

 そして、大きなため息。


「……さっきは、ほんま、やばかったわ」

「え?」

「なんやねん、あの女? あとちょっとで、ワイ、死んでたで? あれ、ほんまに人間か!?」


 両手を広げ、突然、吠えるように言う。


 ちょっと唖然とした。 


(もしかして)


「あの時のラプト、そんなに余裕なかったの?」

「あるかい!」


 怒られた。


「あんな攻撃力、1人の人間が出せたら、あかん奴やろ!? レクトアリスの結界も、破壊されとるんやで!」

「…………」


 レクトアリスを見る。

 彼女は、神妙に頷いた。


「正直、ショックよ」


 そ、そうなんだ?


 ラプトは親指の爪を噛みながら、悔しそうに言う。


「くっそ~。人間だからって、舐めとったわ。あの強さは、正直、侮れん」

「そうね」


 レクトアリスも頷く。


「もし、私たちが『神牙羅』じゃなかったら、あの1撃で確実に死んでいたでしょうね」

「???」


 神牙羅じゃなかったら?


 不思議そうな僕に、彼女は教えてくれた。


 実は、同じ『神の眷属』でも、『神狗』と『神牙羅』では特性が違うんだって。


 神の敵を狩る猟犬の『神狗』。

 神を敵から守る衣である『神牙羅』。


 要するに、攻撃特化の『神狗』と、防御特化の『神牙羅』になるんだ。


(じゃあ、僕だったら?)


「あの1撃で、確実に死んでるわ」

「…………」


 ということらしい。


(キルトさんって、やっぱり凄すぎるよ……)


 誇らしさを通り越して、なんだか呆れさえ覚えてしまう僕だった。

 ラプトは唇を尖らせる。


「全く、いつの時代にも『英雄』っちゅう奴は、いるもんやな」

「本当にね」


 苦笑するレクトアリス。


 懐かしそうな2人の声から察するに、400年前の『神魔戦争』や300年前の『災厄の戦い』においても、その時代の『英雄』と呼ばれる人間が存在したのかもしれない。


(この時代では、それがキルトさんなのかな?)


 思った以上に凄い人と、僕は一緒にいるようだ。


 ラプトは、ベッドから立ち上がろうとして、


「アイタタタ……!」

「だ、大丈夫?」


 腰を押さえて、ベッドに突っ伏した。


「あかん、腰やってるわ……」

「しばらく、安静にしているしかなさそうね」

「くっそぅ」


 多少の怪我なら、自動回復する彼の肉体が、こうまでダメージを負っているなんて。


(ソルティス、呼んできた方がいいかな?)


 あの子は、回復魔法のスペシャリストだ。

 でも、


「いやや、人間に知られとーない!」

「…………」

「…………」


 意地っ張りのラプト君である。

 僕とレクトアリスは、顔を見合わせ、苦笑した。


 仕方がないので、僕は、気休めにしかならないだろう『ヒーリオ』の魔法をかけてやりながら、もうしばらく、この『神界の同胞』たちと一緒の時間を過ごしたのだった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミックファイア様よりコミック1~2巻が発売中です!
i000000

i000000

ご購入して下さった皆さんは、本当にありがとうございます♪

もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひご検討をよろしくお願いします。どうかその手に取って楽しんで下さいね♪

HJノベルス様より小説の書籍1~3巻、発売中です!
i000000

i000000

i000000

こちらも楽しんで頂けたら幸いです♪

『小説家になろう 勝手にランキング』に参加しています。もしよかったら、クリックして下さいね~。
『小説家になろう 勝手にランキング』
― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、パワーバランス的に結界壊れたんだし同じくらいの強さならそうなるのか……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ