109・神牙羅ラプトVS鬼姫キルト
転生マールの冒険記を読んで下さって、いつもありがとうございます。
実は、
『日間ファンタジー異世界転生/転移ランキング、69位』
『総合・日間ランキング、260位』
にランキング入りしていました!
またランキング入りできたなんて、夢のようです。
恐らく、正に一夜の夢でしょうが、名前が消えるまでの間、この幸せな時間をしっかりと噛み締めたいと思います。
皆様、本当にありがとうございました!
それでは、本日は、第109話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
翌日の午前中、僕とイルティミナさん、キルトさん、ソルティスの4人は、案内役のフレデリカさん、3人のシュムリア騎士さんと一緒に、ダルディオス将軍邸の中庭にある稽古場へと、やって来た。
(あ、もう来てる)
そこには、ダルディオス将軍と共に、あの2人がいる。
金髪碧眼の美少年、ラプト。
紫色のウェーブヘアと真紅の瞳の美女、レクトアリス。
僕に会う時と違って、2人の雰囲気は、なんだか冷たい感じがして、その表情も、まるで機械人形のような無表情だった。そのせいか、人間っぽさがない2人は、妙に神々しくて、人を寄せつけない静かな迫力がある。
(な、なんだか、別人みたいだ)
ちょっと戸惑う。
2人の『神牙羅』を初めて見た3人は、
「ほう」
「あれが、マールの同胞ですか」
「……なんか、アンタと違うわね」
そんな感想をこぼす。
すでに会ったことのあるフレデリカさんは、沈黙したままで、3人のシュムリア騎士さんは、興味深そうな顔だ。
僕は、同じ『神の眷属』である2人に近寄って、笑って話しかけた。
「来てくれたんだね、ラプト、レクトアリス」
「おう」
「えぇ」
短く答える2人。
そして、彼と彼女の視線は、品定めをするように、僕の仲間3人へと向けられる。
「えっとね、銀髪の人がリーダーのキルトさん。緑色の髪で、一番背の高い人がイルティミナさん。あっちの眼鏡の女の子が、ソルティス」
そう紹介すると、
「さよか」
「ふぅん」
あんまり興味なさそうな返事だった。
(う、う~ん?)
気を取り直して、今度は2人のことを、彼女たち3人に紹介しようとして、
「えっとね、この男の子が――」
「紹介はええ」
ペシッ
裏拳で胸を叩かれ、言葉を止められた。
(え?)
ラプトは、1歩前に出る。
その後ろで、レクトアリスも腕組みをしながら、その場の人間たちを見つめた。
キョトンとする人間たち。
ラプトは言う。
「悪いが、ワイらは、自分ら人間と、そこまで仲良うする気はない。今日、ここに来たんは、自分らに、立場っちゅうもんを教えるためや」
「……へ?」
僕も唖然だ。
「ち、ちょっと、ラプト? どういうこと?」
「どうもこうもないわ」
答えたのは、レクトアリス。
彼女は、冷たい視線で、3人を見返して、
「色々とマールから話は聞いているけれど、どうやら、優しいマールに勘違いして、『神の狗』である彼を、まるでペットのように扱っている人もいるそうじゃない?」
そんなことを言い放つ。
途端、イルティミナさんは、酷く驚いた顔をして、
「まさか! ペットだなんて、誰が私の可愛いマールにそのようなことを!?」
「…………」
「…………」
「…………」
思わず、全員の視線が集中する。
(……どうやら、本気っぽいね)
僕を撫でまわし、お風呂に入れ、抱き枕にするお姉さんは、レクトアリスの言葉に、とても憤慨してらっしゃった。
コホンッ
僕は咳払いして、
「レクトアリス、そんなことないよ。みんな、僕に優しいよ?」
「貴方は、人が好すぎるわ、マール」
僕の両肩を掴んで、心配そうなレクトアリス。
(いやいや)
困ったように笑う僕に、ラプトは、吐息をこぼす。
すぐに顔を上げ、
「まぁ、マールが気にしてないんやったら、ええ。けどな、それで自分らに勘違いされるのも、困るんや」
「ふむ。つまり、どうしたい?」
キルトさんの黄金の瞳が、少年を見返す。
神気の力を秘めた少年は、八重歯を見せて、少し獰猛な笑みを浮かべた。
「――ワイと戦え」
短い一言。
(ラ、ラプト?)
驚く僕らの前で、彼は、幼い両手を広げる。
「ここは、稽古場なんやろ? ちょうどええ。これから『神武具』を求めて、一緒に『大迷宮』に潜る仲や。その前に、自分らの実力、この目で確かめたる。ワイらの力も、特別に見せたるわ。――どうや?」
「ふむ」
キルトさんは、考え込む。
(…………)
僕らの視線は、自然と、この場で最強であるだろう彼女1人へと向けられてしまった。
やがて、彼女は頷いた。
「よかろう。1つ、手合せ願うとしよう」
「さよか」
余裕の笑みを浮かべるラプト。
(い、いいのかな?)
少し悩んだ。
でも、これまでの経験から、『剣を合わせる』という行為が、凄く濃密な会話なのだと、僕は学んだ。もしかしたら、普通に会話して、交流するよりもずっと、お互いのことを理解し合えるかもしれない。
そう思って、僕は、この場の流れに任せることにした。
ラプトは、金印の魔狩人を見つめる。
「自分が、昨日、マールをコテンパンに泣かしたっちゅう、キルト・アマンデスいう女か?」
「泣かした覚えはないがの」
僕も、泣いた覚えはないぞ。
「神気を覚えたてのマールに勝ったからて、調子に乗るなや? ホンマモンの『神の眷属』の力を見せちゃるから、全力で来いや」
「うむ」
ラプトの挑発。
けれど、キルトさんは落ち着いて頷き、稽古場にある木剣を手にした。
ラプトの瞳が、細まった。
細い腕が持ち上がり、小さな指を、パチンッと鳴らす。
バチッ ガァン
「ぬ!?」
キルトさんの手にあった木剣が、半ばから吹き飛んだ。
宙を舞う、木の破片。
その周囲には、神気の放散による白い火花が散っていた。見れば、ラプトの細い指先にも、白い輝きが残っている。
恐らくは、『神気』による攻撃。
驚く僕ら全員の耳に、ラプトの低い声が響いてくる。
「全力で、言うたで?」
「…………」
「まずは、装備を整えてこいや、人間。……『神の眷属』を舐めるのも、大概にせえよ」
少年を中心に、強い『圧』が広がる。
ただの気配でしかないのに、まるで物理的な圧力があるような圧迫感が、僕ら全員に襲いかかってくる。
ダルディオス将軍は、その瞳を鋭く細め、イルティミナさんは、よろめくソルティスの背を慌てて支えた。フレデリカさんやシュムリア騎士の3人は、思わず、自分を庇うように身体の前に両手を構える。
僕自身、もし腰ベルトに『妖精の剣』を差していたら、反射的に抜いていたかもしれない。
バササ……ッ
屋敷の中庭や屋根にいた鳥たちが、一斉に飛び立っていく。
狂乱の羽音が響く中、僕は、ラプトを見つめた。
(……これが、『神の眷属』の本来の実力!?)
不完全な僕とは違う、完全なる存在としての『神牙羅』の力。
まるで、噴火寸前の火山のようだ。
キルトさんも黄金の瞳を見開いて、目の前にいる光の少年を見つめていた。
「わかった。すぐに支度してこよう」
「急げや」
身を翻し、稽古場から去っていく。
(……なんか、楽しそう?)
去り際に見たキルトさんは、今までに見たことがないほどに、ワクワクした子供のような表情だった。
10分ほどして、彼女は戻ってくる。
黒い全身鎧。
そして、背負っているのは、『雷の大剣』。
それはまさに、魔物を狩るための『金印の魔狩人』としての完全装備だった。
(今は、神を狩るために、かな?)
ガシャッ
巨大な大剣を、その白い手に握る。
「待たせたの」
「ふん」
ラプトの態度は、変わらない。
『神の眷属』である光の少年と、5メードほどの距離で、人類最強の『金印の魔狩人』が向かい合う。
(な、なんだろう?)
2人のいる場所だけが、濃密な空気によって、歪んで感じる。
ブルルッ
手足が、勝手に震えだした。
「しっかりと見届けましょう、マール」
静かな声で囁くイルティミナさんの白い手が、僕の心を支えるように、肩に触れてくる。
無言で、頷く。
僕は、青い両目に力を込めて、これから始まる出来事の一挙手一投足を見逃すまいと、2人の姿を睨むように見つめた。
◇◇◇◇◇◇◇
宝石のエメラルドみたいなラプトの瞳が、キルトさんの『雷の大剣』を――巨大な黒い鉱石のような刀身と、その内部で弾けている青い雷を見つめる。
「はんっ。なかなか強力そうな武器、持っとるやんけ、自分?」
「…………」
「それ使うんは、ここじゃ、ちと狭いか? ――おい、レクトアリス」
ラプトの呼びかけ。
レクトアリスは頷くと、その白い額に、キュルリと第3の眼球を覗かせた。
「ほう?」
キルトさんの驚きの声。
「おや、3つ目ですか?」
「な、何それ!?」
イルティミナさんやフレデリカさん、3人のシュムリア騎士さんたちも、その人ならざる姿を凝視し、研究少女のソルティスに至っては、興味津々の眼差しで前のめりになっている。
それらに構わず、レクトアリスの第3の目は、紅い光を放つ。
ボウッ
キルトさんとラプト、2人の立つ地面が照らされると、そこに巨大な魔法陣が浮かび上がった。直径30メードほどの半球状の紅い光が、2人を包み込んでいる。光の表面には、不可思議な魔法文字が流れていた。
「む?」
「安心せい、ただの結界や」
警戒するキルトさんに、ラプトは教えた。
「これで、力は漏れん。外の連中が巻き込まれることもない。――どや? これで全力、出せるやろ」
「ふむ」
しばらく眺め、銀髪の美女は笑った。
「すまんな、助かる」
「阿呆ぅ。これで、負けても言い訳できひんからな?」
「で、あるな」
ギシッ
手にした大剣の柄を、強く握りしめる。
ソルティスは、呆けたように、レクトアリスの紅い結界を見上げていた。思わず、小さな指で触れると、表面には、光の波紋のようなものが生まれて、跳ね返される。
「何よ、これ? こんな魔法陣も、魔法文字も、初めて見たわ」
震える声。
レクトアリスが「ふっ」と、鼻で笑う。
「神文字による神術よ」
「神文字!? 神術!? そんなのがあるの!?」
少女の見開かれた瞳は、キラキラだ。
「あ、あとでもいいから、教えてくんない!?」
「……いいけど」
第3の目を開いたレクトアリスは、物怖じしない少女の姿に、少々戸惑い気味だ。
(ソ、ソルティス、凄いね?)
人見知りの心も、溢れる知的好奇心の前には負けるみたいだ。
と、
「――貴殿ら、そこまでにせい」
ダルディオス将軍が、低い武人の声でたしなめる。
僕らは、ハッとした。
神術による紅い結界の中で、『神牙羅』と『金印の魔狩人』が、凄まじい闘気を放っている。気づいた全員の意識が、一瞬で、そちらに吸い込まれた。
キルトさんは、大剣を、ゆっくりと上段に構えた。
「鬼剣――」
静かな声。
無手のラプトは、構えもせず、ただそれを見ている。
「――雷光斬」
声の終わりと共に、激しい稲妻が刀身から迸った。
シッ
瞬間、剣が消える。
神速の振り下ろしは、ラプトという名の『神牙羅』の頭部に、正確に落ちていく。
直撃。
バチィイイン
青い稲光が、結界の内側にぶつかり、無数の波紋を広げた。
(ラ、ラプト!?)
まさかの直撃に、硬直する僕。
けれど、
「なんや、こんなもんか?」
「っっっ」
額に大剣を叩きつけられ、青い放電を浴びながら、けれど、ラプトは無傷のまま、平然としていた。そして、その額には、いつの間にか2本の角が生えている。
「馬鹿な……? キルトの剣が」
イルティミナさんの驚愕の呟き。
ソルティスも、ダルディオス将軍もフレデリカさんも、みんな、驚いている。
僕も、そうだ。
(……こんなの、有り得ないよ)
現実とは、思えなかった。
赤牙竜ガドも、オーガも、刺青の女も、あの『闇の子』だって、『鬼剣・雷光斬』の直撃を受ければ、無傷では済まなかった。なのにラプトは、防ぐでも、かわすでもなく、再生もせずに、ただ無傷。
レクトアリスは、言う。
「私たちは、『神牙羅』よ? これぐらい当然だわ」
淡々とした声。
(……これが、完全なる『神の眷属』の実力なの?)
不完全な僕とは、あまりに違いすぎる。
キルトさんも、信じられない存在を見る目で、大剣を引く。けれど、その表情には、どこか嬉しそうな喜色が宿っていた。
「そなた、化け物か?」
「はっ……ただの『神様の使い』や」
鼻で笑うラプト。
片手を腰に当てて、自分より背の高いキルトさんを、見下ろして、
「どうした? もう、しまいか?」
「……いや」
キルトさんは、ゆっくり首を横に振った。
もう1度、上段に構えて、
「すまぬな。つい癖で、そなたの力量を計ろうとしてしまった。――次こそは、このキルト・アマンデスの全力じゃ」
そう言った。
「ほうか。なら、さっさとしいや」
「うむ」
気楽に促すラプト。
『金印の魔狩人』は、小さく笑い――そして、その白い美貌から、あらゆる表情が消えた。
極限集中。
大気が濃密に集まり始め、時の流れが歪む。
「……む」
ラプトの表情が変わった。
レクトアリスも、いつも糸のような瞳を見開き、驚いた顔をしている。
『雷の大剣』の放電が、静かに集束する。
青い光球が、刀身の前に浮かんでいる。
(――あれは)
前に、1度だけ見た。
星々の煌めく夜、広大な砂海を割り、岩山を砕き、魔の刺青を宿した男を一刀両断した、金印の魔狩人キルト・アマンデスの最終奥義。
その唇が、かすかに動く。
「――鬼神剣・絶斬」
リィン
大剣が振り落とされ――直後、紅い結界の内部が、全て青い光で埋め尽くされた。
あまりの輝きに、目が眩む。
「……くっ!?」
レクトアリスの焦った声。
紅い結界の何ヶ所にも亀裂が走り、青い稲妻が、暴れる巨大な竜となって溢れだす。それはダルディオス将軍の屋敷のあちこちを破壊して、瓦礫を飛ばし、僕らの立つ大地にもぶつかって、地面を吹き飛ばしていく。
(うわ、うわわっ!?)
爆風が荒れ狂う。
「マール、ソル!」
イルティミナさんが、子供の僕ら2人を強く抱きしめる。
ダルディオス将軍も、娘のフレデリカさんの前に立って、飛んでくる瓦礫や樹木などから、彼女を守っていた。
3人のシュムリア騎士さんは、1人が吹き飛ばされそうになり、もう2人がその両手を掴んで、必死に地面に伏せている。
ゴゴ……ッ ガガァン
「ちっ」
レクトアリスが、第3の目を輝かせ、両手を広げる。
僕らの前に、紅い魔法陣の盾が現れ、光の波紋と共に飛んでくる物体を弾いて、僕らを守ってくれる。太い石の柱も、跳ね返されて、屋根の向こうに跳んでいった。
おぉ……。
ガン ガララ……
やがて、放電も止んで、土煙が風に流されていく。
その向こうにあったのは、
「…………」
「残念やったな?」
先ほどと変わらぬ光景、『金印の魔狩人』の大剣を、その額で受け止めている『神牙羅』の少年の無傷な姿だった。
(……嘘でしょ?)
僕も、イルティミナさんもソルティスも、唖然だ。
「……ありえません」
「……キ、キルト……?」
大剣を引いたキルトさんは、それを背中に戻すと、天に向かって大きく息を吐いた。
「わらわの完敗じゃな」
「さよか」
ラプトは、どうでも良さそうに応じる。
……初めて、見た。
あのキルト・アマンデスが敗北するところを、僕は……いや、僕らは、初めて目撃したんだと思う。
でも、キルトさんは、妙に清々しい表情だった。
「けど、自分、人間にしては中々やったで? そこだけは、褒めたるわ」
「ふむ、そうか」
ラプトは、手を揺らすと、彼女に背を向けて歩きだす。
角が消える。
レクトアリスの額でも、第3の目が閉じられて、僕らの前からも魔法陣の盾が消えていった。
2人は並び、僕らを見て、
「自分らの力は、ようわかったわ。――ほなら、ワイらは部屋に戻る。行こか、レクトアリス」
「えぇ、ラプト」
最後に僕を一瞬だけ見つめて、2人は、その場から去っていった。
その光る姿が、廊下の奥に消える。
「キルトさん!」
「キルト」
「キ、キルトぉ~!」
途端、僕ら3人は、自分たちのパーティーリーダーの下に駆け寄った。
僕らに気づくと、彼女は、恥ずかしそうに銀髪をかく。
「やれやれ、負けてしもうたわ」
「…………」
「…………」
「…………」
う……っ。
(ど、どうしよう?)
こういう時、かける言葉が見つからない。
「け、怪我はないの? 回復魔法は?」
「いや、大丈夫じゃ」
ソルティスの問いに、彼女は笑う。
イルティミナさんは、少し呆然自失になりながらも、こう呟いた。
「貴方でも、その……負けることがあるのですね?」
「当たり前であろ?」
キルトさんは、苦笑する。
でも多分、イルティミナさんの言葉は、きっと僕ら全員の気持ちの代弁だ。
心のどこかで、僕らはきっと、キルト・アマンデスという人物は、誰にも絶対に負けないと思っていたんだ。
(……なんか、悔しいよ)
でも、当のキルトさんは、さばさばしている。
「しかし、あれが『神牙羅』か。敵であれば恐ろしいが、あれが味方であるならば、頼もしいの」
「う、うん」
正直、僕と同じ『神の眷属』とは思えない強さ。
彼女は、2人の消えた方を見ながら、
「あの領域に辿り着くのは、なかなか大変そうじゃの。わらわも、まだまだ精進せねばな」
と笑った。
(…………)
僕は、訊ねた。
「キルトさん、まだ強くなる気なの?」
「当たり前であろ」
こちらを見返して、彼女は当然のように頷いた。
「わらわもまだ未熟、それを痛感させられた。ならば、これから、また鍛えるしかあるまい?」
拳を握り、笑う。
その笑顔に曇りはなく、全身からは、覇気が満ちている。
僕ら3人は、思わず、顔を見合わせた。
「……キルトさんって、凄いね」
「本当に」
「ま、それでこそ、私らのキルト・アマンデスってことよ」
うん、そうだね。
僕らもようやく笑って、頷いた。
と、そこに、
「やれやれ、屋敷の修繕が大変じゃわい。やってくれたの、鬼娘?」
「大丈夫か、キルト殿?」
ダルディオス将軍とフレデリカさんが、やって来る。
「すまんの、将軍」
申し訳なさそうに謝るキルトさんに、将軍さんは苦笑する。
「相手が悪かったな。正直、あれで傷1つないとは、我が目で見ても、信じられん」
「まあの」
頷き、
「しかし、次は勝つ」
金印の魔狩人キルト・アマンデスは、そう力強く断言した。
(うん、きっとやってくれるよ)
僕も、そう信じる。
それから、キルトさんとイルティミナさんは、ダルディオス将軍と共に、屋敷の瓦礫撤去の手伝いをし、ソルティスは、屋敷の中で怪我をした人がいないか、その治療のため、フレデリカさんや3人のシュムリア騎士さんと一緒に、屋敷内へと入っていった。
結論として、屋敷の皆さんは、突然、目の前に現れた紅い魔法陣の盾に守られて、全員無事だったという。
(……レクトアリス)
その優しさに感謝する。
そして、みんなと別れた僕は、1人、あの2人の『神牙羅』の戻った客室へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
客室に入ると、ラプトが、ベッドにうつ伏せになって倒れていた。
(え?)
同じベッドには、レクトアリスが腰かけて、少し心配そうな表情で、彼の背中を撫でてやっている。
「ど、どうしたの、ラプト?」
2人は顔をあげる。
「……お~、マールか?」
「ありがとう、来てくれたのね」
近寄ると、彼は重そうに上半身を起こして、その少し乱れた金髪を、乱暴に手でかいた。
そして、大きなため息。
「……さっきは、ほんま、やばかったわ」
「え?」
「なんやねん、あの女? あとちょっとで、ワイ、死んでたで? あれ、ほんまに人間か!?」
両手を広げ、突然、吠えるように言う。
ちょっと唖然とした。
(もしかして)
「あの時のラプト、そんなに余裕なかったの?」
「あるかい!」
怒られた。
「あんな攻撃力、1人の人間が出せたら、あかん奴やろ!? レクトアリスの結界も、破壊されとるんやで!」
「…………」
レクトアリスを見る。
彼女は、神妙に頷いた。
「正直、ショックよ」
そ、そうなんだ?
ラプトは親指の爪を噛みながら、悔しそうに言う。
「くっそ~。人間だからって、舐めとったわ。あの強さは、正直、侮れん」
「そうね」
レクトアリスも頷く。
「もし、私たちが『神牙羅』じゃなかったら、あの1撃で確実に死んでいたでしょうね」
「???」
神牙羅じゃなかったら?
不思議そうな僕に、彼女は教えてくれた。
実は、同じ『神の眷属』でも、『神狗』と『神牙羅』では特性が違うんだって。
神の敵を狩る猟犬の『神狗』。
神を敵から守る衣である『神牙羅』。
要するに、攻撃特化の『神狗』と、防御特化の『神牙羅』になるんだ。
(じゃあ、僕だったら?)
「あの1撃で、確実に死んでるわ」
「…………」
ということらしい。
(キルトさんって、やっぱり凄すぎるよ……)
誇らしさを通り越して、なんだか呆れさえ覚えてしまう僕だった。
ラプトは唇を尖らせる。
「全く、いつの時代にも『英雄』っちゅう奴は、いるもんやな」
「本当にね」
苦笑するレクトアリス。
懐かしそうな2人の声から察するに、400年前の『神魔戦争』や300年前の『災厄の戦い』においても、その時代の『英雄』と呼ばれる人間が存在したのかもしれない。
(この時代では、それがキルトさんなのかな?)
思った以上に凄い人と、僕は一緒にいるようだ。
ラプトは、ベッドから立ち上がろうとして、
「アイタタタ……!」
「だ、大丈夫?」
腰を押さえて、ベッドに突っ伏した。
「あかん、腰やってるわ……」
「しばらく、安静にしているしかなさそうね」
「くっそぅ」
多少の怪我なら、自動回復する彼の肉体が、こうまでダメージを負っているなんて。
(ソルティス、呼んできた方がいいかな?)
あの子は、回復魔法のスペシャリストだ。
でも、
「いやや、人間に知られとーない!」
「…………」
「…………」
意地っ張りのラプト君である。
僕とレクトアリスは、顔を見合わせ、苦笑した。
仕方がないので、僕は、気休めにしかならないだろう『ヒーリオ』の魔法をかけてやりながら、もうしばらく、この『神界の同胞』たちと一緒の時間を過ごしたのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




