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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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101/825

101・アルン皇帝との謁見!

初レビューを頂きました!

きら幸運さん、ありがとうございます!


前日の同時刻に比べまして、30人ほどの方にブクマをして頂けたようです。なんと60ポイントほど増えていました。皆さん、ありがとうございます。


一瞬、ランキング入りを夢見てしまいましたが、100位でも70ポイント以上みたいですので、あと10ポイントほど足りませんでしたね……。


いや、でもいい夢でした(笑)。


高望みはせずに、また自分なりの精一杯で、これからも頑張りたいと思います。


これまでにブクマ、感想、評価をしてくださった皆様にも、本当にありがとうございました!


長い前書きになって、すみません。


それでは、第101話になります。

どうぞ、よろしくお願いします。


 王都ムーリアを出発して35日目、ついに僕らを乗せた飛行船は、アルン神皇国の首都、神帝都アスティリオの上空へと到着した。


(うわっ、大きいな)


 眼下に広がるのは、巨大な都市だ。


 煌びやかな皇帝城を中心に、三重になった五角形の城壁に包まれた広大な街並みが、どこまでも続いている。城壁間にも、もちろん街がある。

 もし端から端まで徒歩で移動するとしたら、1日ではとても足りないと思う。


 シュムリア王国の王都ムーリアと比べても、多分、3倍以上の規模があった。


(あれは、砲台かな?)


 五角形になった城壁の頂点には、高い塔がそびえており、そこに巨大な砲塔が見えている。


 そんな城壁と砲台に守られる神帝都アスティリオ――その中心である皇帝城は、都市全体を見下ろす丘の上にあった。


 そして、僕らの飛行船は、その皇帝城の敷地内へと降下する。


 ゴゴン


 重い音がして、飛行船から長い鎖が落ちていく。


 地上にいる人たちが、それを掴んで、地上の金具と固定。鎖が巻き取られて、飛行船はゆっくりと降下していき、やがて車輪が着陸して、船体はしっかり地上に係留された。


「さて、行くぞ」

「うん」

「はい」

「なんか、緊張するわ~」


 キルトさんの声に、僕らは客室を出る。


 船長のハロルドさんに「お世話になりました」と挨拶して、フレデリカさんたち第7騎士隊の皆さんに前後を挟まれながら、騎竜車と共に歩いて下船する。


 下りた先には、たくさんのアルン騎士様や文官様が、僕らの出迎えに立っていた。


(うわ~)


 こういうのは苦手だよ。

 視線が痛い。


 他の3人は、堂々と歩いている。

 シュムリア騎士さんたち3人も、同じくだ。


 小心者な僕は、なるべく、みんなの陰に隠れるようにしながら、城内へと入った。


「…………」


 城内も煌びやかだ。

 天井は高く、装飾も美しく、その荘厳さに威圧され、なんだか圧倒される。


 やがて通されたのは、控室。


 これから僕らは、この広大なアルン神皇国を治める人物――『アルン皇帝陛下』に謁見するんだ。


 当然、僕らの武装は解除され、粗相がないようお風呂で汚れを落としてから、シュムリア王国から用意された上質な衣装に着替えをする。


 やがて、到着から2時間ほどして、ようやく謁見の準備が整ったようで、僕らは、呼び出しを受けた。


(さて、いよいよだね)


 深呼吸して、覚悟を決める。


 ついに、アルン神皇国皇帝アザナッド・ラフェン・アルンシュタッド陛下とのご対面だ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――ここからの受け答えは、全てわらわがするからの」


 廊下を歩いていると、キルトさんが警告する。

 僕らは、頷いた。


 控室で教えられたんだけど、実は、これから行う謁見の筋書きは、すでに両国間で決まっているらしい。

『闇の子』関連の話は、やはりアルン神皇国でもごく一部の限られた人たちしか知らない極秘情報らしく、そのための対応だそうだ。


(なるほどね)


 この謁見には、限られてない人たちも集まるらしい。


 どういう筋書きかは知らないけれど、きっと彼女に任せれば大丈夫だろう。そういう場が苦手な僕としては、渡りに船だった。


 とりあえず、シュムリア王国の使者として金印の魔狩人キルト・アマンデスが、アルン神皇国を訪れたという設定。

 僕ら3人は、ただの仲間という立場だ。


 使者の護衛である3人のシュムリア騎士さんは、謁見には出席できず、臨むのは僕ら4人だけとなっている。


(何もしなくていいって言われても、やっぱりドキドキするな)


 長い廊下を歩いていると、そう思う。


 やがて廊下の先に、馬鹿みたいに大きくて、豪華な扉が表れた。


「――シュムリア王国の使者キルト・アマンデス様御一行、到着なされました」


 扉の左右にいた兵士が声をあげる。

 すると重い音と共に、巨大な扉は、ゆっくりと観音開きに開いていった。


(おぉ)


 謁見の間は、まるで荘厳な神殿のようだった。


 空気が静謐で、厳かな雰囲気がある。


 広間の左右には、美しい黒騎士たちが整然と並び、その奥には貴族の方々が集まっていて、正面の壁には、アルン神皇国の国章の描かれた巨大な旗が飾られていた。


 そして国旗の前の空間は、階段のように高くなり、その頂点の玉座に1人の男性が座っている。


(あの人が、皇帝陛下……)


 ブルッ


 思わず、身震いしてしまった。


 とても美しい男性だと思った。


 背中に流れる金髪に、美しく澄んだ蒼色の瞳。

 繊細でありながら、強い意志を感じさせる顔立ちは、見る人の視線だけでなく、心まで吸い寄せるような何かがある。

 30代という話だけれど、20代にしか見えない。


 世界最大の国、アルン神皇国。


 その全てを支配する人物に、まさに相応しい容姿である。


 ツイッ


 圧倒され、思わず立ち止まってしまった僕の背を、イルティミナさんの白い手が、さりげなく押した。


(あ)


 僕は慌てて、駆け足にならないように注意しながら、先を歩くキルトさんの背中を追いかける。


 キルトさんが立ち止まり、絨毯に膝をついた。


 僕ら3人も、キルトさんの2メードほど後方に並んで、すぐに跪き、恭しく頭を下げる。


 階段の下方には、一際、豪華な黒鎧の騎士様と、宰相らしきローブを羽織った老人がいた。

 その老人の方が、大きな声をあげる。


「シュムリア王国の使者殿よ。遠路遥々、ご苦労であった。これよりは、恐れ多くも皇帝陛下との謁見を許される。謹んで、その栄光を授けられよ」

「ははっ」


 高齢とは思えない、張りのある声。

 キルトさんは、頭を下げて応じている。


 そして、アルン皇帝アザナッド・ラフェン・アルンシュタッド陛下は、まるで神官のような白と金糸のゆったりした衣装を揺らして、玉座の上から、僕らを見下ろした。


 紅い唇が開いて、


「――久しいな、シュムリアの守護者キルト・アマンデスよ」


 心を落ち着かせるような、美しい声。


 思わず、この人のために命を捧げ、一生ついて行きたいと思わせるような声だ。


「お久しぶりです、皇帝陛下」


 答えるキルトさんの声も、少し震えていた気がする。


「懐かしい話に興じたくもあるが、今のそちは、シュムリアよりの使者であったな。――まずは、その話を聞こう。面を上げよ」

「ははっ」


 銀髪を揺らし、キルトさんは顔を上げる。


 ――そして謁見の間では、すでに両国間で決められている筋書きが展開されていった。


 難しい語り方をしているけれど、簡潔な内容はこうだ。


 今より1ヶ月半ほど前、シュムリア王国の誇る金印の魔狩人、烈火の獅子エルドラド・ローグが亡くなった。

 公式発表されたその死因は、シュムリアに現れた大魔獣を倒し、相打ちとなったからとされている。

 そして、


「――その同種の魔物が、このアルンにも存在する可能性がございます」


 キルトさんの低い声。


 集まったアルン貴族の方々から、驚きの声が上がり、ざわめきがさざ波のように広間中に広がった。


「静粛に!」


 宰相らしい老人の一喝。

 広間は、静寂を取り戻す。


 キルトさんの虚偽の話は、続く。


 シュムリア王国で、その魔獣の死体を解剖、調査した。

 結果、その胃袋からアルンにしか生息しない動植物や魔物が多く発見され、体内には無数の卵も発見された。


 現在は、憶測の域を出ないが、万が一の可能性を考え、シュムリア王家は、友好国であるアルン神皇国へと、王国で最も魔物を狩ることに詳しい金印の魔狩人キルト・アマンデスを使者として送ったのだという。


「シュムリアの大いなる友愛には、感謝せねばなるまいな」


 皇帝陛下は、そう頷いた。


(し、信憑性あるなぁ)


 嘘だとわかってるのに、思わず、僕まで信じそうになった。


 知ってる僕まで、こうなんだから、ここに集まったアルンの人たちには、もはや疑う余地も生まれなかっただろう。


 それに隣国とはいえ金印の魔狩人、烈火の獅子エルドラド・ローグの死は、少なくない衝撃をアルンの人々にも与えていたみたいだ。

 きっと、その影響も大きかったと思う。


(エルドラドさんに、僕らは本当に助けられてる……)


 会ったこともない彼に、僕は、心の中で深く感謝した。


 キルトさんは、アルン領内において、今後、その魔獣による被害が起きる可能性についても言及した。


 なるほど。

 これで、もしアルン神皇国でも『闇の子』の被害が遭った場合も、その魔獣のせいにして、人々から真実を隠せるんだね。


(本当に、よく考えられてるなぁ)


 素直に感心する。


 やがて話を聞き終えると、皇帝陛下は、アルン領内における魔獣探索の自由を、隣国の魔狩人であるキルト・アマンデスに与えることを明言した。


 集まった人々から、ざわめきはあった。


 でも、皇帝陛下の決定だ。

 逆らう人はいなかった。


「よろしく頼むぞ、キルト・アマンデス」

「ははっ」


 拝命を受けて、キルトさんは、深く頭を下げる。


 これで、表向きの使者の役目は、終わった。


 皇帝陛下は、柔らかに微笑む。


「久方の来訪である。そちには、このあと余の宮殿を訪れ、積もる異国の話を聞かせてもらいたい。――どうか?」

「はっ、謹んでお受け致します」


 彼女は、即、応じる。


(――あ)


 その瞬間、皇帝陛下の蒼い瞳が、僕を見た。

 目が合った。


 ドクン


 鼓動が跳ねる。

 慌てて、顔を伏せた。


「――そちの連れている幼子たちも、共に招くことを許そう」

「ははっ」


 美しい皇帝陛下のその言葉は、『神狗である僕』を招くためのものだった。


「その寛大なる慈しみのお言葉、心より感謝致します」


 キルトさんは平伏している。


 そこで会話が区切れ、宰相らしき老人が、張りのある声を響かせた。


「――これにて、謁見の儀は終わりとする」


 集まった人々が、一斉にこうべを垂れた。


 衣擦れの音を残して、アルン皇帝陛下は玉座から立ち上がり、巨大な国旗の横の空間にあった出入り口から、退席する。


 僕は、足元の絨毯を、ずっと見つめていた。


(…………)


 こうして、謁見は終わった。


 僕ら4人は、そのまま謁見の間を退出する。

 でも、


「さて、これからが本番じゃな」

「うん」

「はい」

「そうね」


 キルトさんの言葉に、僕らは頷き合い、そして本当の謁見を始めるために、皇帝陛下の宮殿を訪れるのであった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 皇帝陛下の暮らす宮殿――離宮は、皇帝城から続く、長い渡り廊下の先にあった。


 離宮前にいた門番の黒騎士さん2人に声をかけると、すでに話は通されていたのか、若い女官さんがやって来て、離宮の中へと案内される。


(へ~?)


 緑の庭園の広がる、美しい宮殿だ。


 皇帝城の威圧するような印象と違って、ここは穏やかで、とても落ち着いた雰囲気がある。いや、こっちは生活空間だから、当然かな?


 女官さんを先頭に、僕ら4人は、庭園に面した廊下を歩く。


「こちらです」


 やがて、1つの扉の前で、女官さんは止まった。

 そのまま一礼し、去っていく。


「…………」


 僕らは、顔を見合わせた。


 大きく深呼吸して、覚悟を決め、扉の奥へと入っていく。


 そこは、20畳ほどの華やかな部屋だった。


 大きな花瓶には、咲き誇る花々が飾られ、床には、美しい模様の絨毯が敷かれている。中央のソファーには、白い毛皮がかけられていて、そこに金髪蒼眼の美男――あの皇帝陛下が、ゆったりとした姿勢で座っていた。


 僕らは、すぐに跪く。

 そして、


「皆、よく来てくれたね。まぁ、楽にしておくれ」


 柔らかな、美しい声。


 ちょっと驚いた。

 謁見の間で見た時は、近づくことさえ恐ろしい尊き御方に思えたのに、今の彼は、とても人懐っこい笑顔を見せている。


 心にあった緊張が、フワッと溶けたのを感じた。


「久しぶりだね、キルト」

「はい。お久しぶりです、陛下」


 顔見知りの2人は、笑い合った。


 陛下の勧めで、僕らは靴を脱ぎ、絨毯の上に腰を下ろす。

 どこからともなく、女官さんたちがやって来て、飲み物と果物を置いて、またすぐに去っていった。


 陛下は、自分の肩を揉む。


「やれやれ、今日も疲れた。人目の多い場所は、やはり苦手だよ。ずっと、ここに引き篭もっていたい」

「これ、陛下」

「はは、すまぬ、すまぬ。皇帝としては失言だね」


 キルトさんに叱られる皇帝さん。


(な、なんか、印象が変わるな……)


 唖然としているのは僕だけでなく、イルティミナさんとソルティスのウォン姉妹も同様だった。

 気づいたキルトさんが、笑う。


「公人でない時の陛下は、いつも、このような感じじゃ」

「そ、そうなんだ?」


 陛下も、穏やかに笑う。


「そうだよ。余はただ、『皇帝』という役柄を演じる役者にすぎない。中身は、そちたちと同じ、普通の人間なのだから」

「…………」

「ほら、よかったら、食べたり飲んだりしておくれ? とても美味しいよ」


 そう言いながら、自分で果物を1つ、かじる。


 あぁ、とても美味しそうな顔をする。


(なんか僕、この人、好きかも) 


 単純かもしれないけれど、僕は、この少ない会話だけで、この不思議な皇帝陛下がとても気に入ってしまった。


 思い切って、僕も果物をかじる。


(うん、甘い)


 それを見て、イルティミナさんとソルティスも、恐る恐る、自分たちの飲み物のグラスに口をつけた。キルトさんも笑って、手にした果物をかじる。


 そんな僕らの姿に、陛下も嬉しそうだった。


 しばらくして、場が和やかになった頃、


「それにしても、余の可愛い姪は、いつも無茶を言う」


 と呟いた。


(ん? 陛下の姪?)


 キョトンとしていると、


「レクリア王女のことですよ。アルン皇后様は、現シュムリア国王の実妹に当たります」


 横にいたイルティミナさんが、僕の耳元で教えてくれる。

 そうだったんだ。


 美しい顔をしかめている皇帝に、キルトさんは謝った。


「シュムリアの都合で、申し訳ありませぬ、陛下」

「はは、そちが謝る必要はなかろう?」


 彼は笑って、しかし、すぐに真顔になる。

 少し空気が変わった。


「我がアルンの神殿に仕える聖女にも、偉大なる正義の神アルゼウス様、愛の女神モア様よりの神託が伝わっている。事態が急を要しているのは、わかっている。だからこそ、余もすぐに領内に現れた2人の『神の眷属』を探し、保護したのだから」


 そして、彼の視線が、僕を見る。


「ヤーコウルの神狗」

「…………」

「しかし、ただの童に見える。もらった書状には、不完全とある……その影響か?」


 美しい蒼の瞳。

 思わず、吸い込まれそうだった。 


 僕は、答えられなかった。


 陛下は、しばらく僕を見つめて、そして、その緊張を溶かすように笑った。


「まぁ、よい」


 彼は、ソファーの横に置いてあった書状を手にして、それを眺める。


「余の可愛い姪からの要望は、2つある」

「…………」

「1つは、アルンにいる『神の眷属』2人と、『ヤーコウルの神狗』の邂逅。もう1つは、アルンの保管する『神武具』の貸与、可能ならば、贈与」


 書状を、ソファーに戻した。


 キルトさんは、問う。


「可能であろうか?」

「もちろん」


 皇帝陛下は、即答してくれた。


「ことは国家間の利害を越え、人類の存亡に関わることだからね。――アルンにいる『神の眷属』は、存在を公にできないゆえ、今は、ダルディオス将軍の屋敷にて保護している。すでに、手配は済ませてある。ここを出た足で、そのまま会いに行くといい」


 おぉ。


 さすが陛下。

 僕らが来る前に、色々と準備してくれていたようだ。


「ありがとうございます、陛下!」


 思わず、頭を下げる。


 彼は、驚いた顔をした。

 すぐに笑って、


「シュムリアからの『神の眷属』は、なんとも、人らしい感情を持っているようだね?」

「え?」


 人らしい感情?


 不思議に思う僕に、彼は、穏やかに首を振る。


「いやいや、協力するに好ましい性質と思っただけだよ」

「…………」

「しかし、それでも『神武具』については、残念ながら、余がいくら望んだとしても、協力は難しい状況だ」


(え……駄目なの?)


 僕らは、驚く。


 アルン神皇国の皇帝陛下は、少し、申し訳なさそうな顔をして、教えてくれた。


「現在、アルン各地の神殿の神庫にある『神武具』は、その力を失っている。アルンにいる2人の『神の眷属』にも、同様に『神武具』を与えようとしたが、そう教えられ、駄目だったのだ」

「……そんな」


 思わず、落胆の声が出た。


 悪魔と戦う強力な武器となる『神武具』の存在に、僕は、少なからず期待をしていた。現状、まだまだ弱い僕でも、『神武具』を手にしたら、あの恐ろしい『闇の子』の勢力とも戦えるのではないかと思っていたからだ。


 他の3人の表情にも、同様の色が出ている。


 それでも、アルンの皇帝陛下は、言った。


「しかし、希望はある」

「え?」

「これまでに発見された『神武具』は、皆、400年前の遺跡から発掘されている。そして、まだ未発掘の遺跡が1つ、このアルンの大地には残っている。そこならば、まだ力を失っていない、新たな『神武具』が眠っている可能性がある」


(未発掘の遺跡!?)


 僕らは思わず、陛下の美しい尊顔を、凝視した。


 けれど、彼は、かすかに表情を沈ませ、


「しかし、そこは危険だ。その遺跡は、あまりに地下深く、広大で、この20年で探索に送った部隊は2度、壊滅している。だからこそ、現在でも未発掘であり、その深層の恐ろしさゆえに、『神武具』の存在する可能性は高いと思えている」

「…………」

「アルン神皇国、最大の謎となっている大迷宮ラビュントスだ」


 そして現在、アルンの『神の眷属』たちと共に、そこに潜る計画を進めている最中なのだと、陛下は教えてくれた。


(大迷宮……か)


 僕も、同行するべきかもしれない。


 見れば、キルトさん、イルティミナさん、ソルティスの3人も、同じことを考えている顔だった。

 ただ、やはり顔色は良くない。


 皇帝陛下は、そんな僕らを気遣うように言ってくれた。


「結論は、急がなくていい」

「…………」

「まず『ヤーコウルの神狗』殿には、アルンにいる2人の『神の眷属』と会われることを、推奨するよ」


 …………。


(うん、そうだね)


 僕は頷いた。


「わかりました、そうします」

「うん」


 陛下は微笑んだ。

 本当に、人の心を安心させるような、穏やかな笑顔だった。


「そちの存在は、人類の希望だ。それは、余よりも遥かに重責を担う立場にある。けれど、個人の限界など、たかが知れているものだ。――どうか気負い過ぎずに、あるがままにあるといい」

「…………」


 この人は、僕の本質を見抜いている気がした。


(これが、アルン皇帝……か)


 世界最大の国を治める人物からの助言に、僕ら4人は、深々と頭を下げていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 やがて、話は終わって、


「それでは、わらわたちはこれで」

「うん。――オドロトス山岳地の件は、良き様に計らっておくよ」


 部屋を辞そうとする僕らに、ナルーダさんの村のことを聞いた陛下は、そう約束してくれた。


(よかった)


 僕らは安心して、その場を去ろうとする。

 その時だ。


「父様~♪」


 え?

 突然、部屋の扉が開き、そこから小さな女の子が飛び込んできた。


 ドフッ


 気づいていなかったのか、振り返った僕のお腹に、頭から突っ込まれる。


(ぐはっ?)


 かなりの衝撃。

 他の3人も、驚いた顔をしている。


 まだ5~6歳ぐらい。

 淡い水色の髪を結い上げ、上質な衣服を着ている女の子だった。小さな手が、ぶつかった額を押さえ、蒼い瞳をまん丸くして、僕を見上げている。


 至近距離で、ちょっと見つめ合った。


「こんにちは」


 僕は、笑った。

 少女のふっくらした頬が、まるで林檎のように赤くなった。


 僕からパッと離れ、陛下の背中に隠れてしまう。


「これ、パディア? お客様に失礼だろう?」

「…………」


 優しく笑う陛下。

 その背に隠れる少女――パディアちゃんは、唇を引き結びながら、恥ずかしさを誤魔化すよう、僕らを睨むように見つめてくる。


(もしかして、陛下のお子さんかな?)


 なんだか微笑ましい。


 と、そんな僕らの背後の扉から、また新しい人物が現れる。


「あら、ごめんなさい。お客様でしたのね?」


 柔らかな声。


 そこにいたのは、小柄な女性だった。


 柔らかそうな水色の髪に、同色の優しげな瞳。

 白いワンピースのドレスは、とてもゆったりしていて、お腹の部分が大きく膨らんでいる――妊婦さんだ。


 後ろには、多くの女官さんが付き従っている。


 すぐに気づいた。


(もしかして、アルンの皇后様?)


 キルトさんが跪き、その予想は確信に変わる。

 姉妹と一緒に、僕も、慌てて膝をついた。


「まぁ、キルト・アマンデス? 久しぶりね」

「お久しぶりです、皇后様」


 どうやら、2人は顔見知りらしい。


 そして皇后様は、申し訳なさそうに謝った。


「ごめんなさいね、お話の邪魔をしてしまって」

「いえ、ちょうど立ち去ろうとしていたところです。どうか、お気遣いなく」

「あら、そうなの? ……それも、なんだか残念ね」


 柔和な笑顔で、受け答えに応じる皇后様。


(ずいぶんと若いんだなぁ)


 そう思った。


 ついこの間、シュムリア国王は50歳になった。

 その実の妹というから、ある程度の年齢かと思ったけれど、皇后様の見た目は、どう見ても20代、もしくは10代でも通用するような若々しさだ。

 可愛らしい童顔なのも、影響してるのかな?


 実兄であるシュムリア国王様よりも、むしろ姪であるレクリア王女の方に、年齢が近そうに思えた。


(それに髪の色とか、皇后様の顔立ちは、どこかレクリア王女と似ている気もするね)


 そして、アルンの皇帝陛下は心配そうに、そんな皇后様に声をかける。


「アナトレイア、そのような身重の君が立っていてはいけないよ。さぁ、ソファーに座って」

「はい、アザナッド様」


 自身の隣を示され、皇后様は、嬉しそうに微笑んだ。


 そして、お腹を大事そうに抱えながら歩き、女官さんたちの手を借りながら、ソファーにゆっくりと腰を下ろす。パディアちゃんは、両親に挟まれる形になり、母の大きなお腹を優しく撫でていた。


 仲睦まじい親子の姿。


 世界最大の国の頂点に立つ家族は、けれど、僕らと何も変わらない愛情に満ちた姿を見せていた。


(…………)


 アルン、シュムリア両国を結ぶ政略結婚。


 きっと困難も多かったかもしれない。

 でも、今の2人は幸せそうで、そこにあるのは、幸福の象徴のような家族の姿だった。


 それが、なんだか嬉しかった。


 ギュッ


(ん?)


 突然、イルティミナさんが僕の手を握った。


 見上げると、でも彼女は、こちらを見ていない。

 その視線は、ずっと皇后様や、その隣にいる可愛らしい女の子へと向いていた。そこにある幸福な笑顔を見つめ続けていた。


 イルティミナさんは、過去の悲劇で、もう子供が産めない。


「…………」


 優しくて、少し悲しそうな真紅の瞳。


 僕は、繋いだ手に力を込めた。


 大丈夫、僕がいるから。


 応えるように、彼女の指は、もう一度、僕の手を強く握った。


「それでは、わらわたちはこれで失礼します」 


 キルトさんが言い、僕らは頭を下げた。


 皇帝陛下ご夫妻は、穏やかに微笑み、頷いた。パディアちゃんは、僕らをまた睨んだ。

 僕らは笑って、その場をあとにする。


「…………」

「…………」


 僕とイルティミナさんは、離宮を離れても、ずっとお互いの手を握っていた。


ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日なのですが、所用がありまして、更新するのは0時過ぎではなく、日中になりそうです。遅くても、夕方までには更新できると思います。

いつもと違う時間で申し訳ありませんが、どうか、よろしくお願いします。

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