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A・B両面 アリス参戦

 羽田上空に忽然と現れた飛行船。

 その船に与えられた正式名称は、惑星級通信網構築艦『蒼天』

 星系連合所属星系においても、正式分類される艦種になる。

 惑星級通信網構築艦とは、恒星間ネットへの接続を行い惑星規模での情報ネットワーク基盤となる母船と、惑星成層圏定点中継点となる無人支船をもって構築される艦船群になる。

 開拓初期惑星、一時的な採掘惑星、地殻変動の激しい若い惑星、陸地の存在しない海惑星など、陸上通信施設が建造されていない、恒常施設を建造するだけのメリットがない、建造が難しい等の条件を持つ星で用いられている。

 本来は外宇宙艦でもある母船とは違い、純地球産となる大型飛行船である蒼天は、宇宙空間まで上昇する能力は持たず、支船を建造、補修する工場機能も持たない。

 さらに言えば、星連において極めて高い水準で求められる、開発基準、環境基準、安全基準の各種制限を一切満たしていないというものだ。

 本来であれば、飛ぶことどころか、開発さえ許されない低スペックというのもおこがましいほどに原始的な船となるが、だからこそ売りになる。

 星連に所属する惑星および星系では建造禁止となった、非効率的な航空黎明期の船が、仮想空間上ではなく、現実の惑星上空を飛行している。

 それだけでは無い。

 地球という惑星は、いまだ星間航行が出来無い初期原始文明惑星。

 星連においては、碌な資料さえも残っていないような太古の原始技術や機器がいまだ現役で、さらにはこれから開発されていく技術史さえもつぶさに観察できる。

 これに興味をもたない学者がいないわけが無い。

 原始文明惑星には原則非干渉が、星連のルールであり、銀河規模での争いを再び起こさないための縛りでもあった。

 星間文明所属惑星一星に付き一票と決められた星系連合議会の絶対平等原則は、厳格な身分制を敷いて、所有できる科学技術を制限した帝国との違いを強調する基本骨子となっていた。

 しかしそれが裏目に出る。

 銀河帝国滅亡後の星連結成初期に、対立する二勢力が票を集めるために、数多の原始文明への過干渉による星間文明への発展を促した事で起きた、惑星崩壊と銀河大戦再燃の不安に端を発している。

 それ以来、原始文明への監視、干渉は、その惑星や星域を所有する勢力および許可を得た者。

 そして許されるのも、密入星者への監視など最低限度の観察行為に押しとどめられていた。

 だが現在の地球においては、それらの縛りが有名無実化している。

 銀河史上において前例がないほどの8万光年におよぶ超長距離単跳躍。

 恒星をともなわないとはいえ、惑星四つとその間の星間空間も含む超質量跳躍。

 さらに言えばそれを行ったディメジョンベルクラドは、帝国皇族の末裔ではあるが、その時点では成人していなかった少女。

 ましてやその星と、そこに住む初期文明生物たちは、かつて帝国で行われた秘密実験の対象。

 稀少実験生物たちが、恒星を失ったことにより、全滅の危機にある。

 それらに加えてこれから開発が行われる暗黒星雲航路上に、恒星を失って自由浮遊惑星化した星が4つもあり、さらにそのうち一つは大きな改造も必要なく、四大生態系の一つに属する。これを利用しない手は無い。 

 様々なメリット、デメリットをあげながら、星系連合議会において幾度もの大議論が行われた末に、地球文明への、積極的でありながら最低限度の制限を設けた一大プロジェクトが稼働した。


 その名は『第二太陽系生成プロジェクト』


 地球にすむ地球人には一切気づかせること無く、失われた恒星太陽に変わる、代替え恒星を生成し、第二の太陽系を生み出そうという物だ。

 だが気づかせること無くというのが難しい。

 地球文明は、極めて原始的な科学ロケットによって、衛星に偽造していた天級である『送天』上に恒久施設を建造する程度までには発展していた。

 いくら銀河文明の卓越した科学力で偽造しようにも、実際に宇宙にまで到達できる文明を誤魔化しきるには限界がある。

 この難題に対して一人の地球人が、人の悪い笑顔を浮かべながらこう答えたという。



『ならだまくらかしましょうか。地球人類全員を』



 大規模な太陽風による惑星封鎖というシナリオを仕立て上げ、さらにそれによって地球全域の衛星通信網を一時的に壊滅させ、その困難に際して救世主よろしく颯爽と登場し、全ての情報通信及び観測網を自らの手中に収め宇宙空間の状況を全て欺瞞し、地球文明が向かう先を己の意思の元に操る。

 一歩間違えれば情報の混乱からの戦乱の頻発で文明壊滅という最悪の事態も考えられるそんな手を躊躇も無く使い、成功させるだけでは飽き足らず、その特殊な状況を使い銀河の数多の学者や、学術機関を味方につける。


 銀河史に残るであろう悪辣さを発揮する地球人を生み出した文明とは?

    

 帝国の実験惑星では何が行われていたのか?


 初期文明における技術の発展性とは?


 良くも悪くも銀河中の注目を集め出した惑星地球。

 それらに関する情報は全て、羽田空港上空に浮かぶ『蒼天』から恒星間ネットワークを通じて、銀河に配信されていく。

 だが人々は知らない。

 全銀河への放映すらも、悪辣なその男の策略であると。

 全ては、銀河にあまねく人々のために。

 外道な善人の策略は、この船から始まっていく。






















「おおぉ。ほおほぉ」



 日本航空協会会長である篠崎孝太郎は年甲斐も無く興奮していた。 

 皺の増えた手で一応手すりに掴まっているが、船は大きく揺れることもなく、眼下の空港に向かって垂直降下を始めている。

 全長250メートル。全幅50メートル。全高34メートル。

 海上大型船舶と比べても遜色ない超大型ハイブリッド飛行船である蒼天の、平均比重は空気よりも重い設計になっている。

 それを浮かすのは大容量気嚢に収められた膨大なヘリウムガスによる浮力に加え、艦底に設けられた二対となる計8機の大型回転翼による浮力。

 さらに民生用試作常温核融合炉が生み出す膨大な電力は、ディケライアの心臓部であるスパコン群や、船のあちらこちらに設けられた回転翼をもうごかす。

 大きさのわりには細やかな機動性を持ち垂直離着陸も可能となっているそれは、もはや飛行船というカテゴリーでは収まらず、空中要塞とでも呼んだ方がしっくり来るほどだ。

 

  

「どうでしょうか篠崎会長。我が社の蒼天は?」



 女性用のビジネススーツを纏い、その独特な形をした髪を微かに揺らしながら、アリシティア・ディケライアはにこりと微笑む。

 何時もの子供っぽさは影を潜めて、妙齢の美女という雰囲気を全面に出していた。

 ここはディケライア地球本社である蒼天の船首にあるメイン展望フロアにあたる。

 大勢の来賓者で埋まる展望フロアは、老舗ホテルの宴会場のように華麗に飾り付けが施され、軽くではあるが飲食物も提供されている。

 枠の無い硬化ガラスは前方180°の視界をクリアに確保し、都内高層ビル群を引き立て役にして、遥か遠くに冨士山を望める関東平野を見下ろせるそれは壮大のひと言だ。



「いやいや。実に素晴らしい。最初は今時飛行船とはと、正直に思いましたが、どうやら私の勉強不足だったようです。乗り心地の良さに加え、積載量、航続距離とも最新の航空機に引けは取らないという謳い文句はまさに偽り無しですな」



「えぇそうでしょ。そうでしょ。もうこの子の計画を知った時にはテンションはねあがりましたよあたし。VR空間上だけの世界最大(笑)、雷鳥二号もどき、なんて不名誉な称号なんぞこれで払拭。世界最大の航空機。空の女王称号いただきです!」 



 篠崎の目がまるで子供のように輝いているので、世辞抜きの賛辞であると判ると、アリシティアは被っていた面を外す。

 誰かに自慢したくてしょうが無かったのだ。

 それというのも一部の理解ある関係者以外には蒼天建造計画は実に不評だったからだ。

 最愛のパートナーである三崎からは、趣味的すぎるだろと難色を示され。

 会計担当の伯母サラスからは、定点中継ホームとするなら新造するよりも既存の成層圏飛行船を仕入れた方が安いと、見積書を片手に説得され。

 宇宙側から同じくナノセル義体で参加している操縦者及び本社社員には、重力制御も緊急転移装置も無い船って空を飛んでいいんですか? 落ちませんか? と、疑問を呈された。

 それらは宣伝効果が強いと社長権限で会議を押し切り、宇宙と違う地球側の健全経営だから余裕があるとサラスを説得し、さらに星連管理下ではあるが所属していないので法律違反じゃ無いし、技術的にもちゃんと飛べると強弁してここまでこぎ着けてきたわけだ。

 アリシティアの本音で言えば、さらにここに海上移動能力と潜水能力を付与し、リアル飛空挺を建造したいという野望も胸に秘めているが、そこまでいくとさすがに今の地球技術では改修が不可能。

 さらに100%趣味となると、旦那と伯母が完全に手を組み拒んでくるので、今は誰にも打ち明けていなかった。

 いきなりはっちゃけたアリシティアのテンションに、展望ラウンジに集まっていた来賓者達は、些か驚きの顔を浮かべる。

 彼ら、もしくは彼女たちは、アリシティア・ディケライアに直接に会ったの初めてという者が多いからだ。

 蒼天の初お披露目の舞台となったPCOオープニングイベントであるが、集まった来賓者達はVR技術や、ゲーム関係者では無い。

 それらの人材や客人達は全て地上の羽田空港に集まっている。

 ここにいるのは一人の例外も無く、前例のない地球規模の大災害『サンクエイク』によって壊滅的な影響を受けて風前の灯火となった航空産業関係者ばかりだ。

 衛星網の壊滅による航法システムの喪失。

 今も頻繁に起きる太陽風による強力な電磁障害。

 高層を飛ぶ精密機器の固まりである航空機にとっては、この二つが重なった事は最悪の事態といえる。

 位置を確認する手段が目視となり、機体制御にエラーが生じるかもしれない。

 この状況下では墜落した場合に大きな被害をもたらす航空機を飛ばす危険性を声高に語るまでも無い。

 世界的な自粛要請から、原則禁止となるまでさほどの時間はいらなかった。

 今現在もかろうじて飛行可能なのは、核戦争下での飛行を想定して対策を施されていた極々一部の特殊機のみという惨憺たる有様だ。 

 米軍主導で開発が進められていたWalrus HULAプランの集大成であるフェーズ5タイプである蒼天も、強力な電磁パルスが発生する状況下でも問題無く航行出来る機能を持ち合わせている。

 低速ではあるが、既存飛行機では成し遂げられない大質量運搬機能に垂直離着陸が可能な巨大輸送飛行船である蒼天には、その余裕あるペイロードを用いた厳重な電磁対策が幾重にも施されているからだ。

 これらの技術に加えて高高度飛行船開発で得たノウハウを用いて製作された蒼天は、最新鋭飛行船という何ともノスタルジーを覚えるカテゴリに分類されていた。



「ほう。アリシティア社長はよく判ってらっしゃるな。一見空を飛ぶとは思えないほど巨大な物が空を飛ぶ。まさにこれこそ航空機械の醍醐味。あぁ……つい1年前には世界の空を巨大な叡智の結晶が自由に飛び交っていたというのに」



 マニアックな者の周りにはマニアックな者が集まる。

 趣味の世界では、年齢も身分も肩書もすべては無。

 アリシティアの言動に、同士の血を感じたのか、篠崎も老紳士の仮面を外し、実に悔しそうに拳を握り締め太陽を睨み付ける。

 航空機が好きすぎて、航空産業一筋に生き、気がつけば航空協会会長まで昇りつめた生粋の飛行機馬鹿には、今の状況は血涙物のくやしさなのだろう。



「えぇ判ります! 判ります! 太古の昔から人が空を飛びたいと願い、その夢と希望の果てに生まれた結晶! 是非とも私達の力で取り戻しましょう! その為の蒼天! その為の新型地上型測位システムなんです!」



 仇敵のように睨み付ける太陽が実は宇宙本社の創天が生み出したホログラム映像で、電磁障害も計算されつくされた地球封鎖計画の一環で、それらは他でも無いアリシティアのパートナー兼旦那である三崎の計画と知ったらどうなるか。

そんな事をおくびにも出さず、アリシティアは些か大げさなほどの勢いで篠崎へと切り込んでいく。



「お、おぉ、判って、判ってくれますか……正直にいえばVR業者など、現実を無視して仮想世界が一番だと宣う者達だと思っておりましたが、まさかそのVR業界の台風の目となっている貴女が私に共感してくださるとは」



「それは違います篠崎会長。VR世界とリアル世界は相対する世界では無いのです。リアルと仮想。互いに出来る事と出来ぬ事があるなかで、お互いに足りない部分を補い合える関係がこれから築けていけるはずです」



 個人の顔を隠して、また社長の顔に戻ったアリシティアは篠崎の手を取る。  

 篠崎はVR規制派の中核に位置する人物の一人。

 十分に発達した仮想体験があれば、旅行は時間も金も掛かるので現地に直接行かずとも十分だという層と風潮が多少なりとも生まれている。

 VR規制派の面子には、観光業者や、航空各社、鉄道各社、飲食業、ホテル業界など、リアルに重点を置く者が多い。

 無論多少なりともVRの恩恵を受けてはいるので、全面禁止とまではいかずとも、今の程度の規制があれば良いという者が大半ではあるが。

 生粋の反対派であれば取り込みは難しいが、規制派であればどうにかなる。

 来るべきVR規制解除のために三崎は、地球の観測手段を奪うついでに各種業界への取り込みを開始していた。

 その一環に、三崎の策略で最大の被害を受けた業界の一つである航空産業も含まれている。

 


「おぉそうでしたな。新型航法システムの開発だけではなく、電磁障害対策機改修案やら、生活保障を各国政府にかけあっていただけたりと、他にも色々と手を打っていただいて……感謝の言葉もありません」



 感極まっている篠崎に、アリシティアは罪悪勘をどうにも覚える。

 無駄な物は1つも無いと言えば聞こえはいいが、骨の髄まで絞りつくして利用する三崎のたてた作戦だ。

 サンクエイクによって影響を受ける、受けた業界は全て綿密な策略の元に、再利用している。

 たとえば航空、宇宙産業に限ってみても、 航空各社のパイロットやキャビンアテンダント、地上管制官などには、障害対策機の習熟をVR空間でやって貰うついでに、PCOのNPCキャラに用いる思考サンプルを取らせてもらっている

 何せ数十億ものNPCをそれぞれキャラクター付けして動かそうというのだ。

 サンプルは多くあるに越した事は無い。

 他にも機械工学者や技術者には、粒子通信の送受信設備設置や対応人員として用いたり、今現在保管整備中の航空各機の大半の客席に新型VR端末を設置してみたりと、いつ規制解除がきても、それがVR業界の発展に繋がるように余念が無い。

 挙げ句の果てには、サンクエイク後に世界各国がダメ元で打ち上げたロケット各種だ。

 それらは全部地球を覆う遮断フィールドの慣性制御機能で捕縛して確保。

 初期文明が作り上げた原始的なロケットの現物という、マニア垂涎、学者興奮な一品の珍品名品を、星連麾下に属する学術研究機関である星連アカデミアに贈呈し、それと引き替えに”ある”物を手に入れている。  

 


「そんな篠崎会長のお力もあって、私共も今回日本各地の空港を借り受けるという無茶が可能となったのです。PCOにとって最高の宣伝になります。これからもリアルとVR。世界は違いますが皆様と手を取り合って進めて行ければと私は思っております」



 少しだけ声を張り上げたアリシティアは篠崎だけで無く、展望フロアにいる全ての来賓に聞かせてみせる。

 芝居がかった身振り口ぶりだが、それに気づく者はいない。

 誰もがこの窮地を救ってくれたアリシティア率いるディケライアに、多少の差はあれど好感を抱いているはずだ。

 すまし顔で嘘八百を並べ立てて、全ての状況を己の意思の元に操る。

 それが三崎の得意技だが、全てを作り上げる完全ロープレモードで無ければアリシティアにはおそらく無理だったろう。

 ここ数ヶ月の地球時間においてアリシティアがやっているは、三崎主導のたらし込み戦だ。

 対象相手のピンチを生みだし、それを救ってみせて、仲間にする。

 チープすぎるマッチポンプもいい所だが、相手が本当に起きていたら天変地異である『サンクエイク』

 まさか地球人類の危機であるそれ自体が嘘だとは、誰も思わないだろう。

 本来ならどうにも相手を騙す作戦はあまりアリシティアの好みでは無いのだが、今日に限っては用意周到な三崎の手に感謝だ。 

 予定よりも早く篠崎を落とすことが出来た。

 本来ならば後1時間はこの茶番を続けるはずであったが、ここまで一気に共感して落とせば後はどうにでもなるはずだ。



(テイム完了! ……リル! OPに参加してもいいよね!?)



(篠崎様以外にも抑えたいという方が数人おられます。まだダメですね)



(ぐっ! 判ったわよ! やってやるわよ! セッちゃんやサカガミンまで参加しているのにあたしがOPイベントに参加しないわけ無いでしょ!)



 ゲームには参加したい。

 ましてやどんなゲームであろうとも一度きりしかないOPイベントならなおさらだ。

 しかも急遽予定変更で、旧友達がOPイベントの一環で寸劇をやるというのだ。

 これに絶対に参加しなくては、リーディアンにおける接続時間では他の追随を許さなかったアリシティア・ディケライアの名が泣くという物だ。

 最強廃神兎はOPイベントに参加するために、かつて銀河を統べた皇族の末裔という覇者が持つ魅力を全解放することにした。

 もし歴代の皇帝やその血族が聴けば、情けなさに涙を流すか、祖霊となって全力で説教に来るだろうという、実にくだらない理由で。

 アリシティア・ディケライア。

 一児の母になろうとも、地球全域を騒がす新興企業のトップであろうとも、銀河に誇る老舗惑星企業の現社長であろうとも。

 彼女はいつも通り、生粋のゲーマーとしてOP日に挑む気概であった。

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