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A面 地球本社その名は『蒼天』

「ま、麻紀ちゃん、お、お願いだから、五、五段飛ばしは止めて……」



 メイン会場となった駐機場の最後列。アスファルトの上にへたれ込んだ美月は肩で息をしていた。

 ここまで全力で走らされたこともあるが、乱れた心臓の鼓動は恐怖成分が強めだ。

 キャラメイク前に一度見たOP映像がメイン大スクリーンで流されているが、そちらに目を向けるだけの余裕は今の美月には無かった。

 謎の少女との遭遇と、彼女に渡されたデータに戸惑い我に返ったときには、いつの間にやらオープンイベント開始2分前。

 普通なら上層階にある展望フロアからメイン会場となったエプロンまでは間に合わないが、美月の場合は相方が普通では無かった。

 美月より低身長だというのに麻紀は肩に担ぎ上げて、そのまま五段飛ばしで階段を下り、踊り場では三角蹴りを駆使して速度を落とすどころか、さらにあげる始末だった。

 OPイベントにはギリギリ間に合ったが、もう少し穏便な手は無かったのかと、思わずにはいられない。

 

 

「美月、大丈夫だって。PCOで変動重力パルクール大会で散々練習したから、あの程度は余裕余裕」



「いや西ヶ丘ちゃん。あれサイバネティックスボディ限定だったろうが」



 5段抜かしや三角跳びなど簡単だと言わんばかりの麻紀に、同じ競技に参加していた戸谷誠司が突っ込みを入れる。

 人の死亡が重いトラウマになっている麻紀は、PCOのβテスト中は、戦闘メインではない種族ランドピアースを選び、肉体となる搭乗艦や、その端末となるサイバネティックスボディの製造、改良スキルを中心的にあげる行動派ギークの麻紀らしい選択をしていた。



「あたしのは誠司君みたいに六本足の多脚型じゃ無くて、人間体だったから感覚は変わらないよ」



 そんな麻紀がPCOでメインで参戦したのは、人工重力発生装置によって上下左右が不規則に入れ替わったり、ランダムで後退ワープポイントが出現する、ギミック満載の巨大廃宇宙船内を、いかに早く華麗に駆け抜けるかを競い合うサイバネティックパルクール。

 人造パーツは使用するグレートによってコストが定められており、その規定値以内でいかに、全身の人工ボディを改良し、フルダイブし自分で操るか、ハーフダイブ状態でアクションゲームよろしく遠隔操作するかはプレイヤーの自由となっている。

 リアル肉体を越えた、強化された運動能力をいかに制御しつつ、パルクールらしい動きで魅せて駆け抜けるかがこの競技の醍醐味なのだが、麻紀の場合はその無駄に高い肉体スペックを遺憾なく発揮して、フルダイブによる直接操作でぶっちぎりのタイムとパフォーマンスで、オープンβ第一回大会で優勝をかっさらっていた。



「その動きをリアルでやるなよ。西ヶ丘ちゃんのせいで、サイパルはフルダイブ有利って風潮が広まってんだから」 



 経験者の誠司だから判るが、あの競技はフルダイブよりもハーフダイブの遠隔操作の方が本来は絶対有利のはずだ。

 フルダイブは反応速度は確かに上がるが、不規則に入れ替わる重力方向ですぐに上下左右の感覚が無くなって、まともに前に進むことが難しい。

 未知の感覚に即座に反応できるのは、超人的な麻紀の身体能力があってこそだ。

 だが麻紀が魅せた大会の後は、フルダイブで挑む者が爆発的に増えている。

 あんな少女でも出来るなら余裕だと、本人をよく知らずに早合点したのだろう。

 重力変化に慣れるにはフルダイブで練習を積むしか無いが、そのフルダイブは条例により可能時間規制中。

 練習不足だと感じたプレイヤーの飢餓感を煽れたと、影でにやついていた黒幕がいることを彼らは知る由はない。



「自分で動いた方が楽でしょ。六本足とか気持ち悪いし」



「わかって無いな。不整地走破なら足が多い方が有利だろ」



「その分制御パーツでコスト掛かってたじゃん。センサー系を強化した方が走りやすいと思うよ」



「あの設定値で察知して完全回避できるのは西ヶ丘ちゃんくらいだっての、一度多脚使ってみたら判るけど……」



 自覚の無い天才ほど質の悪い存在は無い。

 真夏にマントを羽織ったままビルを駆け下りて息一つ乱さず、簡単だと言ってのける麻紀に、どうやって多脚の実力と多様性を判らせてやろうかと誠司が熱が入り始めると、      


「お前ら話ばっかしてないでOPも見とけよ。なんかヒントあるかもって言われてただろ。前の時と変えてる可能性もあるだろ」



 メインスクリーンへと目を向けていた峰岸伸吾が、脱線しかけている二人を注意する。

 事前情報に無い事を当日いきなりやってくる可能性が高いゲームマスター相手に、一瞬でも油断は禁物だと、伸吾達にVRMMOのイロハをレクチャーしてくれているKUGCの面々が口を揃えてアドバイスしていた。 



「ご、ごめんね峰岸君。任せっきりで」


 

 美月もその事は判っているのだが、さすがにまだ息も整っておらず立ち上がることさえきつい状態だ。



「今のは西ヶ丘と誠司だから気にすんなって、さすがにその状態の高山にいうほど鬼じゃねぇぞ」



「高山さんはそのまま休んでた方が良いんじゃない。 僕らが偵察に出てたショップ街で、ゲーム内での販売アイテムとして使用可能な公式ドリンクとか色々と売ってたから仕入れてきたけどなにか飲む?」



「あ、ありがと中野君。お、お茶もらうね……」



 中野亮一が掲げた袋の中から、美月は礼を言いながらペットボトルに入ったお茶らしき物を一本引き抜いて、蓋を開け口にゆっくりと含んでいく。

 中の液体は緑茶色をしていたが、ラベルには見たことが無い花が描かれており、その花から作られた花茶なのか、ハッカとシナモンを混ぜたような香りが口にほのかに広がり、ほどよく甘い。

 初めての香りと味だが、美月の好みに合う味だ。

 香りと味に鎮静作用でもあるのか、早鐘のように乱れ打っていた心音が、ゆっくりと落ち着いていくのが判る。



「はあぁぁっっ……よし。がんばろ」



 思っていた以上に喉が渇いていたのか、それとも想定外の事態に緊張していたのか、もらったお茶を一気に飲み干した美月は、両頬を叩いて改めて気合いを入れると立ち上がる。

 茶の効果かは判らないが、先ほどまで動揺していた自分を客観的に見つめ直して、どうするべきか頭を動かし始める。

 まずは伸吾の言う通りOPをチェック。

 画面へと目をやればOPは死生観を表す抽象的な表現の映像から、巨大な船『天級』の建造が始められた部分を映し出していた。

 だがそれと並列して、先ほどもらったまま、怪しすぎてまだ開封すらしていない情報ファイルについて確認する事がいくらもある。



「高山って結構男前な飲み方するよな」



「だから前から言ってるだろ。美月さんの見た目と中身は結構違うって」



「誠司前もいってたよね。西ヶ丘さんより高山さんの方が怒らせたらやばいって」


  

 文学少女で大人しいといった外見に反してというか美月が持つ芯の強さを、誠司が見抜いているのは女姉妹が多い所為だろうか。

 ひそひそと会話を交わす男三人には気づかず、再稼働した美月は仮想コンソールを起ち上げ、宮野美貴がいる場所を確認する。

 美貴達KUGC組は余裕を持って行動していたのか、最前列の方にいるようだ、



『美月ちゃん? ずいぶん遅かったけど何かあったの?』



 さすがにこの人込みを掻き分けて前に進むのは難しいので、チャットツールを立ち上げて連絡を入れると、すぐに音声チャットが返ってくる。

 どうやら美貴達の方でも、美月の居場所は把握していたようだ。



『すみません。ちょっとトラブルがあって。あの美貴さん達の中で誰か変なファイルをもらった人っていませんか?』



『変なファイル? ちょっと待ってて…………今のところ誰もいないわね。もしかして先輩が動いたの?』



 美貴から返ってきた答えは美月には予想通りの物だ。

 自分が特別だなんて思い上がる気は無いが、三崎が何かを自分にさせようとしているのは感じている。

 それが何かはまだ判らないが、そこに死んだはずの父が関わっているというなら、美月には踏み込むしか選択肢は無い。

 



『いえ。相手は女の子でした。5、6才くらいの小さな子で、頭に機械で出来た兎みたいな耳をつけていました』



 VR空間に引きずり込まれたという話はせずに、美月はあの空間で出て来た少女の事だけを口にする。



『ウサミミか。アッちゃんの知り合いかな。それで変なファイルって中身は?』

  


 美月は直接の面識は無いが、KUGCの2代目マスターにして、今話題のディケライア社を率いるアリシティア・ディケライアが、ゲーム中はキャラクターになりきる重度のロープレ派で、その頭にはトレードマークのウサミミをつけていたという事は聞いている。

 実際ディケライア社のロゴマークは、兎の耳を模したデザインになっている。

よほどお気に入りなのか、何か意味があるのだろうか。

 その事から、美貴が口にしたとおり、あの謎の少女がディケライアの関係者という線も十分に考えられる。

 しかも出会ったのはVR空間。見た目などいくらでも変えられる。

 ひょっとしたらアリシティア本人だった可能性だって、無くは無いはずだ。

 しかしあんな意味深なラベルが付いたデータファイルを渡してきた理由は判らない。

 その辺りを包み隠さず美貴に伝えると、



『シークレットも含んだ商品リスト情報か……美月ちゃんそれ絶対に開けないで。十中八九トラップ。先輩か他の誰かなのかは判らないけど』



 美貴は即座にほぼ罠だと断言する。

 だがそれが三崎の手による物かどうかははっきりしないと伝え、またすぐに消去しろとは言わなかった。


『消去はしなくていいんですか?』

 


『捨てたら捨てたで後々厄介なことになるかも……開けなくても何とか中身の覗き見が出来ればいいんだけど。とりあえず。しばらくは様子見でお願いね。OPが終わる頃にはなんか動きあると思うから』



『動きですか?』



 何故そう断言できるのか美月は思わず尋ねる。

 これを送ってきた相手が三崎かどうかも判らないというのに、それで良いのだろうか。



『あーあの先輩はなんて言うか。外道なんだけど、あくまでもゲームのルール内での外道なのよ。ゲームはルールがあるから面白いってゲーム原理主義者。だから美月ちゃん達だけにそんな情報を与えたり、罠を仕掛けるなんて事もしないはずよ』

 


『じゃあこれを渡してきたのは三崎さんじゃないって事ですか?』



『あーそこがあの先輩の厄介なところで、美月ちゃんを切っ掛けにより大きな罠をプレイヤー全員に仕掛けようとしている可能性も無きにあらずだから。それで、もし先輩以外にそんな罠を仕掛けてきたのがいた場合は、ゲームを壊すような企みは絶対に許さないし、逆にそれも自分の計画の一角にアドリブで取り込んでゲームを盛り上げてくるわよ。GMが天職みたいな人だから』



 過去にも同じようなことがあったのか、美貴が確信しているように聞こえる。

 美月の脳裏に前に美貴達がいっていた言葉が不意に蘇る。


 三崎伸太はゲームマスターをやるために生まれてきたような男だ。

 なぜならばあの男ほど、プレイヤーがぶっ倒したいと思う悪辣非道な手を使ってくるゲームマスターはいないからだ。


 三崎を倒すためにプレイヤー達が一致団結し、それでも苦戦し、何とか成し遂げることができるからゲームが盛り上がる。

 そんな天性のゲームマスターが、ゲームバランスを壊すような事をしでかすはずが無い。 美貴が言う意味を美月は理屈で理解しようとするが、どうにも完全には納得が出来ない。 それは美月がゲームを初めはしたが、まだプレイヤーとしての楽しみを知らないせいだろう。



『それならOPが終わるくらいで動きがあるってどうしてですか?』



 だから美月には判らない。

 ゲームプレイに全力を注ぎ込む廃神達ならば言わずとも判る絶対の法則が。

 メインスクリーンに目をやれば、青々とした色で輝く地球がこの宇宙に舞い戻ったシーンが大画面で放映され、周囲のプレイヤー達が一度見た映像だというのに高まる期待に高まったのか大声で歓声をあげている。



『それはあれよ。ゲームの一番最初の山場ってのはOP終了直後だから。さぁこれから冒険や戦いが始まるってボルテージが最高潮に達した瞬間に、あの人達が仕掛けてこないわけが無いからよ』



 美貴が言い終わった瞬間。

 計ったかのように大きな花火がいくつも青い大空に打ち上げられる。

 巨大な花火の音に会場にいた誰もが思わずつられて頭上を見上げ、そして一斉に言葉を失った。

 そこには巨大な何かがいた。

 駐機場に集まったプレイヤー達の頭上。

 その遥か天空の高みに巨大な何かが浮いていた。

 太陽風サンクエイクによって、失われた蒼天の高みに鎮座する何かがいた。

 あまりに巨大すぎて、まるで天を塞ぐようにも見えるそれは静かに天に浮いていた。

 2対8個の巨大なタービンがゆっくりと動いているのが遠目でも見えるが、音がほとんど聞こえてこない。

 


「げっ!? ま、まさかあれWalrus HULAのフェーズ5飛行船か!?」



 会場にいた誰かがその正体に気づいたのか、信じられないと呻き声をあげる。

 天に浮かぶそれは巨大な、巨大すぎる飛行船。

 ペイロード1000トン。航続距離23000㎞。

 空を飛ぶ人工物として世界最大の積載量と、長大な飛行距離を目的とした超大型ハイブリッド飛行船計画。

 それがかつて存在したWalrus HULA計画。

 ガスによる浮力に、推力偏向機能をもつジェットエンジンや回転翼による浮力を合わせ、重航空機では成し遂げられない航空積載量を目指した野心的な計画だった。

 だがそれも昔の話。

 プロトタイプの実機は完成したが、その後はかさむ開発費用や、より低燃費、高出力の航空機の出現。

 そして世界的な大不況の煽りをうけて予算が減少され、VR空間内での仮想製造試験で集大成のフェーズ5が製造されたものの、ついにリアルでは製造されなかった機体……だったはずだ。

 だがそれは今は天に浮いている。

 その大型飛行船の底面につけられていたホログラム掲示板に文字が出現し始める。  



『銀河にあまねく人々を救う為。今地球人類は宇宙の最前線に立つ。Planetreconstruction Company Online開幕』



 OPを締めくくり、プレイヤー達の度肝を抜いたその存在しないはずの大型ハイブリッド飛行船には黒々とした毛筆体で『蒼天』という船名らしき物と、真っ赤に塗られたウサミミマークが刻まれていた。

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