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A・B両面 エリス襲来①

 羽田空港でもっとも新しいターミナルである第三ターミナルは、手狭になった国際線専用の新たな発着専用ターミナルとして使われている。

 機能美に特化した落ち着いたデザインで、大型のスクリーンを天井一面に展開して、日本の技術力をアピールする玄関口。

 それがコンセプトであり、海外出張の多かった父の送り迎えで、美月も何度も訪れた場所。

 だがセキュリティーゲートも兼ね備えた改札口を抜け、空港ロビーに足を踏み入れると美月の知っていた景色とは一変していた。

 床や天井が木目調の素材に覆われ、日本風の意匠が誇張された古風な物に変わっていて、まるで巨大な神社仏閣の中に迷い込んだ様な幻想的な光景。

 それなのに天井や壁は全面が透き通ったガラス張りに換装されて、そこから外を見渡せばビル群や遠くに見える富士山をバックに、音も無く垂直発着をする大小様々な宇宙機の姿。

 本来なら搭乗手続きなどを行う航空各社のカウンターには、『中古機体販売します』『各種星域情報扱っております』『傭兵登録貸し出し所』などの文字が躍り、ゲームに合わせた恰好をしたコンパニオン達がゲーム開始時刻にあわせて開店準備を行っていた。

 過去と未来が入り交じったというべきなのだろうか、そんな予想外の光景に唖然としている参加者達が多い。



「全面改装かこれ?」



 いくら閉鎖中とはいえ常識で考えれば、国際空港にここまで大がかりな改装ができる訳も無いし、やらせるはずも無い。

 しかし相手は三崎とアリスだ。

 あれやこれやと色々な手を使ってとんでもない事をやりかねないコンビが主催者側にいることを知っているKUGCメンバーは、他の乗客が呆気にとられているのを横目に、冷静な目で観察を続ける。

 何せここは既に敵の牙城。

 ゲームの正式オープン時刻まではまだ少しあるとはいえ、どこに攻略のためのヒントが隠されているか判らない。 



「まさかAR技術の応用で、仮装映像を重ねて見た目のデザインを変えるって奴でしょ。コンソールを立ち上げてみれば判るけどいくつか外観パターンがあるみたい」 

 


 周囲の環境チェックをした美貴がすぐにこれが仮初めの光景であると断定して、右手を動かしている。

 美月もそれに習い、コンソールを立ち上げて環境チェックをおこなってみると確かに見慣れないステータス画面をすぐに発見する。

 電車内から接続していたPCO専用回線経由の差し替えデータ群はいくつか用意されているようで、森林、鉱山、深海等々の文字が躍る中、美月が気になるのは、『月面基地』という項目だ。

 前回のこともあるので三崎の罠かと警戒する気持ちもあるが、見たい衝動に駆られ美月は少し躊躇した後にチェックを入れて更新ボタンをタップする。

 周囲の光景が一新する。

 建物の構造や配置はそのままだが、耐圧ガラス越し見渡す宇宙には無数の星が燦然と輝き、青々とした地球が頭上に浮かんでいる。

 カウンターの仮装モニターに表示される映像も、先ほどまでの汎用販売系から、『月面星域クエスト受付所』『低重力専用武器ショップ』『転移ゲート情報交換所』などと専用販売に切り変わっている。

 


「映像切り替えで、それぞれをポータルサイトみたいに使うつもりみたいね。金山、探索地域を固定させてメンバー散らすわよ。オープン前に各所での取り扱い情報を集めて。ホウさんの所の攻略wikiの更新あげていくわよ」



 どうやらスペースを有効利用するために、背景切り替えと同時に通り扱い情報や商品も変更される形式のようだ。

 βテストと同様に、プレイヤーに配られる初期費用は一律。

 そこから各自の得意とするプレイスタイルに合わせた情報取得や、興味のある艦種、装備を揃えていく事になる。

 KUGC及び関係ギルドのギルメンは、今回のイベントだけでも200人超が各地に散らばって情報収集体制が作られていた。  

 人海戦術を使って集めた情報は惜しげも無く公開する予定で、リーディアン攻略wikiサイトを開設していた同盟ギルド『弾丸特急』のギルドマスター鳳凰の管理するサイトでβテスト時から雛形はすでに公開されている。

 

 

「あいよ。羽田の汎用地図に情報を重ね合わせで良いな。班分けはすぐに準備する。他の空港の連中にも同じ指示を出しとく。あと千沙登らフルダイブ組から連絡。あっちはオリジナルの巨大宇宙ハブステーション港からスタートだとよ。略式地図を見た限りどうも各地の会場が混在している様子。ただその辺のエリアは後日開放準備中で、メインフロアのみ解放されるみたいだな」



「リアル側と同じ場所は後か。地域や場所毎にアイテムとか情報の初期差別化。イベント後に開放ってのを、十中八九してきてんだろ。また攻略泣かせな」



「物流を活発化させるって意味もあるんじゃないの。交易プレイ、情報屋プレイ好きには地域差あればあるほどありがたいよー」



「オッケ。じゃあ得意プレイ毎にまとめ編集は分けね。あたしと金山は戦闘系含む汎用ノーマル、ユリたちは交易系、森ちゃんらは工業系よろしく。地域毎の特殊はそれぞれで仕切りね」



 ゲームに慣れているベテランプレイヤー揃いの就活組は、僅かな情報だけで、既に製作側の意図を組んだようで、美貴の指示で三々五々に散らばり行動を始めた。

 美月達にも男女別で担当エリアが指定され、美月と麻紀の担当エリアは、軽食フードコーナーが多い展望台エリア、伸吾達は免税ショップが立ち並ぶ土産物エリアとなっている。



「まずは情報収集。オープンまであと30分くらいだから、5分前の9時55分までが勝負で。それまでになるべく多く回って店の配置とかをチェックお願いね」



「何か気をつけることがありますか? ここを見ろとか」



 ゲーム初心者である美月がスタートダッシュをかますためにも、初期情報は重要かつ必須。

 少しのミスが後で取り返しの付かない差になるのでは無いかと懸念していると、



「ん~そうね。オープンしないと実際の商品リストは表示されないみたいだから、あまり気にしないでぶらりと見て歩けば良いわよ。ここに何の店があるとかお祭りの屋台を冷やかす感じでね。羽田はオープン限定イベントだけど、フルダイブするあっちは常設っぽいからね。後々役に立つでしょ。後は張り紙系に注意。なんか情報が乗ってるかも」 



 気合いが入りすぎて少し固くなっている美月に、美貴は返答を笑って返す。

 まずはイベントを楽しめと言いたいようだ。

 


「はい。店舗チェックとチラシですね。判りました。時間が無いからこれで失礼します。麻紀ちゃんいこう!」



 しかしそんな美貴の忠告は、真面目すぎる美月には届いていない。

 慌ただしく美貴に頭を下げた美月は、麻紀の手を取ると小走りに担当エリアに向かって移動し始める。



「美月ちゃんかなり張り切ってるわね。学校でもああなの?」



「いやどっちかって言うと高山が大人しくて、西ヶ丘のほうが積極的なんですけどね。なんかこのゲームに関しちゃ高山の方が意気込んでるみたいです」



 美貴の質問に伸吾が暢気に答えている間にも、マント姿という目立つ恰好の麻紀の手を引く美月の姿は人込みの向こうに消えて、見えなくなっていた。

 その様は一見ゲームが楽しみで仕方ない1プレイヤーと同様に見える。

 だが実質は違う。 

 父の情報を知りたい。

 目的にとらわれすぎたその盲目的な視界の狭さに気づく者はこの場にはいなかった。















「着替え終わりましたけど……ホウさんこれなんですか?」



 VRカフェアンネベルグ荻上町店店長柊戸羽は、自分が身につけた衣服と呼んで良いのか微妙な代物を指で持ち上げて見せる。

 肩下まで伸びていた髪を頭の後ろでまとめた戸羽が制服の上から被っているのは、ヒラヒラとした薄いビニールのような生地を二重にして、その間に無色でゼリー状の物質が充填された物だ。

 それを頭から被っているので見た目的には、人間てるてる坊主といった所か。

 本日は新世代型VRMMOと謳ったPCOのオープニング日。

 公式VRカフェであるアンネベルググループは、PCOを楽しむなら是非アンネベルグへとPR活動を行うため、各店から選抜チームを選りすぐり、日本全国のイベント会場である空港の特設ブースへと派遣している。

 PCOを主導する制作陣の一部とは一プレイヤー時代からの付き合いがある戸羽が、メイン会場である羽田空港へと回されたのは、仕方ないとは思っている。

 客寄せのコンパニオンは覚悟していたが、まさかこんな珍妙な恰好をさせられるとは夢にも考えていなかった。



「ん、サカガミから受け取って無いのか? 機密保持は万事お任せあれって言ってたから仕様書なんかは送っておいたが」



 戸惑いを浮かべる戸羽の声に、キャリーバッグ型VR端末を広げて、仮装コンソールを展開していた40過ぎの細身の男が振り返る。

 彼は特殊機器製造ベンチャー企業『鳳システム』社長大鳥小次郎。

 もっとも社長と名乗ってはいるが、家族経営の一弱小企業が本人の弁。

 大鳥も戸羽と同じく元リーディアンプレイヤーで、仮想体名は『鳳凰』の名で知られたリーディアンにおいて最大人数を誇ったギルド『弾丸特急』のギルドマスターだ。 

 弾丸特急は、大鳥がメインとなり攻略WIKIを作成しているうちに、いつの間にやら人が集まり、初心者補助ギルドとして自然発生したギルド。

 そのリーディアン攻略サイトの跡地は、今はPCO攻略サイトに様変わりして仮営業中。

 本来なら大鳥もサイト更新のための陣頭指揮を執っているところだが、サイト運営維持のためにも金がいるので、リアル出稼ぎ中といったところだ。

 


「そういう事ですか……ちょっと! 美琴! なんのつもりよ! なんか企んでるでしょ」



 面倒見の良さやら細やかな気づかいが得意な人格者として知られていた大鳥が、そんな大事なことを伝え忘れるわけが無い。    

 こういうときは同僚かつ友人である神坂美琴を疑うのが定石だ。 

 


「人聞き悪いな~。ボクのは企みじゃなくて気づかいだよ。セツナは嫌がるし~。でもお仕事だから仕方ないよね~」



 戸羽の怒鳴り声も全く意を介さず、衝立で仕切っただけの簡易更衣室から出て来た美琴は、戸羽と同様の恰好でトレードマークの狐面を片手にいけしゃあしゃあと答える

 普段の見た目は清楚なお嬢様風だというのに、その本質は享楽的かつ悪戯好きなトリックスター。

 しかも狐面を手にしているときは、さらにその本質が強化され、別人格と言って良いほどに言葉使いも変わる。

 派手好き、イベント好きなお祭りギルド『いろは』ギルドマスター。サカガミ状態だ。



「なんでイベント開始前にもうサカガミなってるのよあんたは……説明しなさいよ。お遊び無しで」



 別ギルドの兎マスターと並ぶロープレ派の美琴がこの状態になると、ノラリクラリと言葉遊びを仕掛けてくるので普段の数倍は疲れる。

 だが開店まで時間が無い今の状況でそのお遊びに付き合っている暇はないと、戸羽がきつめに睨むが、



「そこはサプライズ~。お祭りなんだから一時の恥もかきすてでいきましょうよセツナの旦那」



「あんたが恥っていう段階で絶対碌な事じゃないでしょ!」



 レイヤーでもある美琴に付き合わされ、店舗アピールのコスプレ宣伝に業務命令で駆り出されることはしょっちゅうだが、その露出度が年々上がってきているのは気のせいではない。

 せめて衣装選択会議には出させろと言っているのに、仕事で忙しそうだった、たまたまお休みの日だったから呼び出したら悪かった等々、毎回毎回一秒で見抜ける言い訳をしてくる確信犯の胸ぐらを掴んでやろうとするが、ひらりと交わされる。



「だめですよ旦那。踊り子に手を出しちゃ」



「手を出されたくなきゃ、口で言いなさいよ! この!」



 美琴を何とか捕まえようとするが、ヒラヒラと交わされ戸羽は歯ぎしりをするしかない。

 戸羽のもう一つの姿であるセツナは敏捷特化キャラなのでゲーム内なら余裕だが、現実はそうはいかないのが歯がゆくてしょうが無い。

 見えるし動きも読めるが捕まえられない実にストレスの溜まる鬼ごっこをしていると、



「おつかれっす。ずいぶん賑やかだなあんたら」



「ようシンタ。祭り前のテンションって奴だろ。お前の方は開始前の最終点検か?」



 パーティションで仕切られていた店舗ブースからバックヤード側に顔を出した主催者側である三崎伸太に、大鳥が手を上げ挨拶する。

 おろしたてらしい皺1つ無いまっさらなスーツ姿の三崎は、じゃれ合っているようにしか見えない戸羽達をちらりと一瞥してから、

 


「少し手持ち無沙汰なんで自主的にですけどね。各ブースの目視点検中に聞き慣れた声が聞こえてきたんで、一応顔出しに。なんか問題発生ですか?」


 

「無し無し~。準備は万全♪ 仕掛けは御覧じろってかんじ♪」



「絶賛発生中! なにやらされるか知らないのよこっちは!」



 狭い空間内だというのに器用にも鬼ごっこを繰り広げながらも、二人はほぼ同時に正反対の声をあげる。

 その様を見た三崎は少し思案してから、無造作に右手を伸ばした。

 伸ばした手の先は、戸羽の腕をかいくぐっていた美琴の首元。

  


「よっと。ほい捕獲と。サカガミを放っておくとリスク高いからこっちだな」



「ナイスアシスト! さぁ美琴きりきり吐いてもらうわよ!」



 首元を押さえ込んだ三崎をみて、戸羽も即座に動き美琴の両肩を両腕でがっつりと掴んで捕まえていた。














「PvP中の割り込みって酷くないシンタの旦那? 最初に結ばれたボクと旦那の仲なのに」



 あっちじゃ中性的な容貌だからあまり気にしなかったが、こっちの大和撫子な美人顔でそういう発言されると実に人聞きが悪い。

 初見ではもてるけど、中身を知られると、すぐに引かれるっていうセツナの言っていた意味がよく判るな。



「同盟ギルドじゃ一番古い付き合いだからだっての。お前なにやらかすか判らないんだからよ」



 アリスとこいつは同じロープレ派として馬が合ったのか意気投合しやがって、現役時代は最初にサカガミの率いる『いろは』とうちのギルドは同盟を組んだ。

 たしかにこいつがいると色々盛り上がるんだが、面白そうと理由で色々仕掛けて来るので何度かき回された事か。



「ホウさんも止めろよ。あんたら今日はプレイヤー側じゃなくて運営側なんだからよ」



 サカガミの抗議に軽くあしらって答えた俺は、この状況を静観というか面白がっていた鳳凰ことホウさんに文句を垂れる。

 


「まぁいいじゃねぇか。今日は祭り。それならいろはの出番って相場が決まってるんだから」



 さすがユッコさんと並ぶ人格者として知られただけあって、この騒ぎにもあまり気にしていないのか大らかに笑っていやがる。

 締めるところはしっかり締めてくれる御仁だからそんな心配はしていないが、そのラインが結構幅広いのが厄介だ。



「あー……ほんとあんたが来てくれてよかったわ。なんで開始前からこんな疲れなきゃならないのよ」



 まぁセツナがいるからそこらもなんとかなると思いたい。本人はすでに疲れ切ってるが。

 こいつの場合は天敵のロイドさえ絡まなければ、実に真面目に良い仕事をしてくれるんで、計画が立てやすいから助かる。



「ご苦労さん。んで騒動の理由なんだよ?」



「この恰好よ。この変なのを一体何に使うのか聞いてないのよあたしは」



 そう言ってセツナが示したのは、ぴらぴらとした生地を何層も重ねたビニール雨合羽めいた外装だ。

 確かアンネベルググループが許可申請していたのは…… 



「VRと連動したコンパニオン用特種衣装を使うって聞いてたけど、まさかそれか?」



 頭の中で資料を捲ってすぐに思い出すが、どうにもその言葉とこれが一致しない。

 いやだってな……どう見ても単なるビニール雨合羽だろ。



「おう。うちの新作自信作だ。伸縮性の高い合成繊維で出来た生地で幾重にも層を作ってそこに形状可変ポリマーを充填してある。どうなるかは口で言うより見せる方が早いだろ。サカガミいいか?」



 だが俺が浮かべる胡散臭い視線に気づいたホウさんは、自慢のオモチャを見せるような嬉しげな顔を浮かべて、コンソールを叩いて準備を始めた。



「もちろん。刮目せよ! 衣服データダウンロード! 変身!」



 どこぞのうちの嫁と同ベクトルの趣味を持つサカガミが待ってましたとばかりに答えると、大げさな身振りでポーズを取って、右腕を高々と上げて、指先を一度弾いた。

 あー……動きから見るに頭上に仮想コンソール展開してエンターキーをタップしたんだろうが、その大仰な動作は必要なのかとじっくりと聞きたいところだ。

 アリスの奴なら必然と答えそうな気もするが、あいにくとそちらの趣味は無い俺とセツナが実に冷めた目を浮かべる中、サカガミが纏っていた雨合羽もどきが振動しながら発光を始める。

 各部の合成繊維が縮んだり膨らんだり伸びたりしながら型を作り始め、中に詰められていたポリマーも色づき、無色透明だった雨合羽に模様が浮かんでいく。

 瞬く間にへんてこな雨合羽が、和服風の意匠を取り込んだミニスカ軽鎧和装バージョンに様変わりした。

 まぁ何とも珍妙だが、現役プレイヤー時代にはよく見かけた服装だ。

 現実ではあり得ないヒラヒラと動く帯の再現度が実に細かい。



「『いろは』ギルドマスターサカガミ! ここに完全降臨!」



 狐面を装着したサカガミがゲーム内の姿のまま勝ち誇ったを浮かべている。

 ゲーム内衣装をリアルで完全再現したのか。正直すごいと感心するがよくやるなと呆れる分も多い。

 何ともアリスが喜びそうな仕掛けだと……嫌な予感がする。



「ホウさん……ずいぶん金かかっているだろこれ。アリスの資金援助も入ってるだろ?」



「仕様書を送ったら振り込み口座を教えろって速決で返してきた。理論上は出来てたんだが採算が合わなくて現実で作れるとは思ってなかったから助かった」



 一着いくらか聞きたくねぇ。

 普段があれだからたまに忘れるが、趣味に全振りなあたりうちの相棒ってやっぱ金持ちのお嬢だ。



「すご。布の部分の手触りは柔らかいのに、装甲部分はまるっきり金属になってる。なにこれ?」



 サカガミの纏う衣装に手を伸ばしたセツナが鎧部分を軽く叩いて見るとちゃんと金属音が鳴っている。

 質感さえ変更しているようだが出来過ぎだ……ここまでの超技術。アリスの奴まさか漏洩しやがったか。

 


「元々は軍用装備からの派生だから。最硬化複合形状ならマグナム弾クラスまでなら受け止められるぞ。目下の改良目標は、電磁複合装甲状態を再現してライフル弾も防ぐ軽量防弾機能だ」



 VRの発展でリアルでは大規模な施設や、膨大な資材が必要な商品開発やら理論構築なんかも敷居がずいぶんと下がっている。

 ホウさんこと、大鳥さんのリアル職業も要はVR発明家。

 現実と同条件化で実用可能な機具を色々と作成してはそのVR特許を取得して、リアル企業にパテントを売ったり、逆に企業から依頼されて開発したりとしていると聞いていたが、こういうことか。



「でもこれ電源は? 維持するのにかなり食うだろ」



「ブーツがバッテリーになっている。現状だと5分くらいしかもたないから屋外実用化にはまだまだだがな。ワイヤレス給電機能で床にパネルを敷く必要性があるから今は屋内用だな。VRデータと連動してるから、変化容量内の物ならすぐに再現が出来るぞ」

  


 そう言ってホウさんが指し示した先の店舗ベースの床には、ケーブルが伸びた薄い板が敷いてある。

 


「お客様の前で次々に衣装を変えるって形でお店の宣伝予定。PCOでのうちの売りは、各店舗毎で変わるイベント参加者への特種限定衣装だからね~。それを先にリアルで公開するって寸法ですぜ旦那」



 びっしと親指を立てたサカガミが共有ウィンドウを起ち上げ、そこに仕様書を映し出した。

 見てみると士官風の軍服から、豪華なイブニングドレス、はては時代錯誤な武者鎧まで。

 イベント事に特化した服装データには、様々なスキル強化効果が付いている仕様のようだ。

 


「コラボ用の衣装系の宣伝にリアルで変わる仕様ね。確かに良い宣伝になりそうだけど、なんでこれ隠してたんだ。別にこれならセツナも良いだろ?」



「……美琴。あんたまだなんか隠してるでしょ。絶対に裏の機能あるでしょ」



 目立つのが嫌な奴なら客寄せパンダは絶対拒否、セツナの性格なら仕事と割り切ってきっかりやるだろうと思っていると、当の本人は仕様書をつぶさに見た後疑わしげな目をサカガミに向けていた。

 警戒感ありありなその表情は、長年の付き合いからか、それとも抜群な勘の所為だろうか。



「いやいやそんなことは」



「これ以上手を焼かすなら、さっき食べた特製おにぎりは返してもらうわよ」



 殺気の篭もった眼で睨み付けたセツナが拳を固く握って、サカガミの胃の辺りに押しつけてる。

 切れると物理攻撃にすぐ行く辺りはゲーム内と変わらないなこいつも。



「いや~ちょっと追加機能でお客様にサービスシーンをとか考えたりとか……その疑似キャストオフ機能を使ってみようとしていたりとか」



 最後通告にさすがにこれ以上は無理と降参したのか、素直に裏機能を暴露したが、よりにもよってキャストオフかよ。

 本来は脱ぎ捨てるって意味だが、疑似ってついたこの場合は、衣装の見た目を変化させて半裸、もしくは全裸状態を再現するって事か。



「あーんーたーはー! カットよ! カット! 公序良俗に喧嘩売るような衣装は作るな着せるなって何度も言ってるでしょうが!」



「だ、大丈夫だってば! 所詮偽乳! 見せても法に触れないし恥ずかしくないってば! それに服の上からだから、ちょっと盛れるお得仕様だし!」



「その理論でやらかして、しばらく減給になったでしょうが! 忘れたとは言わせないわよ! あと盛れるからであたしが許可を出すと思った理由を言ってみなさいよ!」 



 本格的に切れたセツナがその胸元を掴んでガクガクと揺すっているが、サカガミの方はまだまだ余裕そう。

 もっとも勢い的にはセツナの方が上だから、あっちが最終的に勝ちそうだ。

 こっちとしても後でいろいろ言われそうないかがわしい恰好は止めてくれると、大変ありがたい。



「ホウさん。良いのかあれ? 壊れないか」



「いい耐久テストになる。一応は大丈夫はずだが、現実でのデータも無いと安く買い叩かれるからな」



「にしてもキャストオフなんぞ積むなよ。1部じゃ喜びそうだけど」



「元々はそういう目的での仕様じゃねぇ。海辺やプールなんかでもSP連中が目立たないように警護が出来るように、見た目だけでも皮膚の再現機能も持たせてるだけだ。さすがに触れば判るぞ。完成度も低いから今回は使う気は無かったが、サカガミが急に投入するって言い出しただけだ」



 思いつきかよ。なんか嫌な予感がしたから見回りに来てよかった。

 放置していたら後で何が起きてたやら。



「あんたね! 前から言ってるけど行き当たりばったりで動くんじゃないわよ! 付き合わされるこっちの身にもなりなさいよ!」



「だからそこは仕方ないんだってば~! 今回はすごいコスの子がいるんだって! 絶対話題をもってかれるから未完成の最終兵器を投入しようとしたんだよボクは!」



 前後に揺さぶられて目が回ってきたのか、声に力が無くなってきたサカガミが気になる台詞をこぼした。

自在に変化する衣装なんて十分に話題性をかっさらえると思うんだが、サカガミはそうは考えていないようだ。



「これよりすごいのって。どれだけだよ。セツナちょっと止めてやれ」



 少し気になったのでセツナを押しとどめて、話の続きを促す。

 アリスの奴、他にもなんかやらかしていやがるか。



「獣人コスなんだけどすごいのクオリティが。ゲーム内そのまま! 髪から突き出た耳なんかも本物みたいで、思わず一緒に写真を取らせてもらったレベル!」



 俺の質問に答えながらサカガミが手を振る。

 展開されたままだった仮装ウィンドウが切り変わり、空港内のロビーの一角で撮られた映像が映し出される。

 カフェの制服を身につけたサカガミと、その横で気怠そうな表情で赤みがかった茶髪から突き出た狼の耳を弄る長身の外国人の女性が一人。



「動く! 柔らかい! 温かい! 触らせてもらったけど鼓動まで再現! まさに本物とうり二つ! あれに勝つには色物で行くしかないんだって!」



「色物いうな! その段階で負けてるでしょうが!」



 その耳を見ただけでも、ただ者じゃない事を感じさせる細やかな造形をサカガミはハイテンションで力説するが、セツナの方は納得していないようだ。

 ただ俺の方は、唖然とするしかなくて、それを横目で見ながら画面に釘付けになっている自分に気づく。

 いや……まぁ……サカガミのテンションが上がるのは判る。

 だってあれ本物だからな。

 画面に映るその姿を見間違えるはずがない。

 うちの娘のお付きで子分な、サラスさんちの次女のカルラちゃんご本人だ。

 基本的に暴君なエリスに忠実というか逆らえないので、嫌々でも付き合わされる事は多々ある。

 そういうときに浮かべている気怠そうな表情は、苦労を掛けていると申し訳なくなるほど。

 そして画面に映るのはまさにその表情。



「サカガミ。これ何時撮ったんだ?」



「8時くらいに会場入りしてすぐ! 見た瞬間にまけられないって燃えたよ!」

 


 地球時間で8時か……そういや起きたときには既にカルラちゃん連れて何か画策していたな。エリスの奴。

 会場には先ほど美月さん麻紀さんも来ている。

 そしてエリスがカルラちゃんに任せて、自分は高みの見物するわけも無い。

 となると導き出される答えは1つ。

 …………オープンイベントで俺とアリスが忙しくなる隙を突いて、ダイレクトアタックを仕掛けてきたなあいつ。 

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