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B面 宇宙の事情と家庭の事情

「次の電車で一万突破と。美月さんらはこの車両か」



 ホームドアに取りつけたセンサーで続々とご来場なさったお客様のIDチェックのログを流し見る。

 鉄道、道路等充実した交通インフラ。

 大人数が同時に利用可能な各種施設。

 大型VR投影機が使用可能な大電力。

 さらに自動化された入場管理ゲートも完備と。

 大勢の人間を集めて、運営管理するイベント会場として、必要な条件を兼ね備えているとは思う。

 思うんだが……



「良く借りられたな。マジで」



 日本各地の空港をイベントのために借りるという発想をしたアリスと、その無理難題を面白がって交渉をまとめ上げた社長の手腕に、俺は呆れかえる。

 確かに前代未聞の大規模イベントで良い宣伝にはなるし、航空機の使用が原則禁止されてほぼ機能停止状態だったからとはいえ、いくら何でも大胆で派手すぎだろ。

 会場のあちらこちらを映し出すカメラに目を向ければ、大気中に薄く広がる水蒸気スクリーンに展開されるVRの宇宙機の数々。

 今この瞬間、羽田空港は、羽田宇宙港仕様。

 ゲーム内で使用される機体の一部をリアルで公開する販促企画が、そもそもの発端なんだが、どうせならオープニングイベントの一環でリアル空港を宇宙港にしちまえと、実現してしまう辺り、相変わらずうちの会社の行動力は恐ろしい。



「三崎君。警戒ID検出。どーする?」



 俺の横で同じようにIDチェックをしていた大磯さんが、異常を発見し、共有ウィンドウを一台の監視カメラ画像に切り変え固定する。

 場所は……空港地下の地下鉄ホームか。

 映るのは、10代後半から20代。そこら辺によくいる大学生風の男性。

 到着した電車から降りてきた他のお客さまと同様に、イベント特別仕様の駅ホームを見てきょろきょろと辺りを物珍しそうに見回している。

 登録者無料ご招待、プレス関係、さらに関係者用。ここ羽田だけでも発行2万IDを越える。

 何らかの入力ミスやら、データ破損でのエラーの可能性もあるが、俺達が今一番警戒していて可能性が高いのは、招かれざる来客者。いわゆる産業スパイという連中だ。

 現在持ちうる技術力を開放して、全世界であちらこちらに影響力を伸ばしているディケライアだが、当然新興勢力を警戒する敵も多く、リアル、VR上限らずあれやこれやと色々な情報戦が繰り広げられている。 

 呼び出した登録情報とそこに映る映像データを、件のお客様と重ねあわせ検知。

 外見上の相違は日々の変化レベル。表面上の見た目は一致し、正式に登録されたお客様という事になる。

 しかしだ。警戒IDと判断されたのは理由がある。

 何せこの人物を警戒すべきと判断したのは、他ならぬリルさんだ。

  


「情報遮断特例条件適用。リルさん。スキャンを」



 地球圏上部に張り巡らせた隠蔽及び時間流操作のための遮断フィールドは、同時に複合センサーの役割を持っており、地球上の全人類の動向、位置情報を常に確認している。

 全人類チェックなんてこの大仰な仕掛けは裏の事情。現状の地球の状態や、宇宙側の情報を漏洩させないための手段。

星連にも許可をきっかりと取った手でもあるが、同時に俺らが仕事をしやすくする為の環境整備、アリス曰く地球征服のための手段である。



『かしこまりました……検出。整形手術痕跡。ハイブーストタイプのナノシステムを確認いたしました。DNAによる判定終了。戸籍改竄処理を確認』



 画像が切り変わり、カメラでアップに映し出されるお客様の本当の経歴が表示される。

 施された肉体、脳内改造はミリタリースペックの地球における最先端技術の固まりで、巧妙に隠されたその正体は、日本とも同盟関係にある某国情報部所属のガチもんのスパイのようだ。

 


「うわ。この見た目で40代!? すごいんだね。最近の整形手術って」



 解析画面を見た大磯さんが驚きの声をあげるが、まず見た目に目が行く辺り女性らしいと思うべきなのか、大磯さんらしいと思うべきなのか。

 


「んな気になるなら、今度アリスに頼んで美容系の技術発展でもさせますか? 見た目のへのこだわりとか、それによる生殖のしやすさとか、良い研究素材になるって喜ぶような人らいますから」



 地球人が現有する、もしくは構想する技術レベルは今現在どのくらいで、どの程度まで発展できるのか?

 またはどの程度のヒントをあたえれば、自分達で発想し、形へと成し遂げれるのか?

 銀河帝国時代の実験生物である地球人達の種としてのスペックは?

 まだ一般レベルで自由に宇宙へ行くことも出来無い初期原始文明であり、同時に科学技術最盛期の帝国時代の実験生物である地球人。

 言い方は悪いが、生物的にも、文明的にも貴重な生きたサンプルを観察、実験の対象にしたい学者様な方々の知的好奇心は、地球でも宇宙でもさほど変わりない。

 そこらを上手く付いて味方に取り込んだ連中。星連議会で暗躍する際に力を借りた銀河各地の大学やら研究機関、もしくは高名な学者様らだ。

 その方々は今はチームを組んで、地球文明を観察、実験中。

 まとめたレポートを星連へと報告書としてせっせとあげている。

 大磯さんが気にした美容技術も、見た目に対する執着や、子孫を残すことにどれだけ有利になるかとか、学術的にみれば色々と面白い研究材料になるだろう。

 うちの娘が迷惑をかけたことや、普段から手間賭けさせている詫びの意味も込めて、一応俺としては大磯さんに気を使ったつもりの提案なんだが、



「三崎君。それセクハラ」



 じっとぉとした目付きで大磯さんが睨んできた。

 外見に対する話題は大磯さん的にナイーブな話題に入ってきたのか、それとも生殖行為なんぞという持って回した言い方はしたが、ぶっちゃけ見た目が良ければヤレるという、身も蓋も無い事をつい言ってしまった所為だろうか。



「すみませんでした……リルさん。お客様に持ち帰って頂く情報の選定及び発展予測を頼んでください」



 下手に言い訳を言ってもますます墓穴を掘るだけ。

 とっとと白旗を揚げた俺は、抜き出した情報をまとめるとリルさん経由で宇宙側へと送信する。

 これであちらで手ぐすね引いて待ち受けている連中が、議論を交わして、産業スパイなお客様に持ち帰って頂く情報を選んでくれる。

 持ち帰ることが出来る情報は正解では無く、極々僅かなヒントのみ。

 ジグソーパズルの一欠片みたいな物だ。

 それをどう組合わせて、応用するか。

 ここら辺を予測し、議論しあうのが、楽しいらしく、この瞬間にも白熱した議論がいくつもの星を跨いで交わされていることだろう。



「今度奥さんに言いつけてやる……でもさ三崎君いいの? こんな簡単にあれこれ情報を与えて。ほら映画とかだと秘密を知った者、知ろうとする者は記憶消去もしくは実験体なパターンでしょ、あたし達が言えた義理じゃ無いけど、それでもあたし達は仕事場だけでしか思い出せない処置されているでしょ……忘れてなければ毎日驚かなくてすむのに」



 逃げを打った俺を睨んで恐ろしい事を言い出した大磯さんは、ターゲットへの追跡プログラムを設定しながら当然の疑問を口にし、少し不満そうだ。

 毎日出社時に隠されていた記憶を思い出して、転んだり、壁にぶつかったりしている大磯さんとしては切実な問題なんだろう。

 いい加減慣れてくださいといったら、怒りそうだ。



「まぁ確かに未開文明への過度な干渉を星連は禁止してますから、グレーゾーンな手段ですけどね。既存の政治バランスへの影響やら、銀河大戦への恐怖症とか、根は深いです。ただそうして、他の原始文明を放置していると、あとあと間に合わなくなります。全生命ともなっての既存宇宙からの脱出なんて、今の銀河文明の全勢力を合わせてもまだ夢のまた夢なんで」



 ゲームクリアまでの道筋を考えたら、まだ先は長い。

 某戦略ゲームで例えるなら、今はまだ国内ステージ。

 兵量を増やして、生産力を向上させ、勢力をまとめた国内統一目指している最中。

 上に並ぶ地域ステージ、全国ステージへと行くためのステには全然足りていない。

 俺達の目指すべきゴールは、PCOと同一。

 つまりは何時かは終わるこの古い次元宇宙から、新しく生まれた次元宇宙へと転移すること。

 しかもこの宇宙に生きる全ての生命体をともなってだ。

 その大仕事という言葉でも生ぬるい目標を達成するには、既存の恒星間文明だけでは戦力不足も甚だしい。



「だから味方を。健全かつ他種族に対して寛容で協力的。そんな文明を育てるにゃ、今の地球は結構いい感じですからね。難易度はちょいハードですけど、上手く育てて十年くらいで宇宙人を受け入れるまで行ければ、万々歳ってなもんですよ」



「でも10年で行ける? 今の状況ってあまり楽観視できないでしょ。PCOを稼働させてようやくスタートラインなのに」



 大磯さんが言うとおり、10年って目標は正直に言えば俺も短すぎるとは思う。

 地球が銀河の端っこに転移していますが、太陽を忘れてきました。

 今現在ゲーオタ宇宙人なうちの嫁の会社の庇護下です。      

 こんな巫山戯た現実を受け入れられる下地を10年ってのは無理臭い気もするが、まぁそっちはぶっちゃけると俺の家庭の事情だ。



「最近うちの両親やら姉貴が色々と五月蠅くて……やれ早くアリスと結婚しろだ。子供を作れだと」



 リアル年齢じゃ亡くなった爺ちゃんの年齢すらとうに超したが、地球での俺はそろそろ20代も後半に入る。

 仕事が忙しいだの、なんだのと適当に誤魔化しているが、結婚適齢期にはいっている長男に対する親やら親戚連中の攻勢が激しい。

 しかも婚約相手が今話題の会社ディケライアの社長。

 結婚も不可能と思われていた留年間近の低空飛行で大学を何とか卒業したゲーオタ貧乏サラリーマンが、大逆転の逆玉と思われていて、これを逃す機会は無いと言うわけだ……嫁の方が大概だという事実を知らないからいえるんだろうな。

 普段なら理解があり最終防壁で味方である姉貴も、この件に関しちゃ当てにならないというか、とっとと男の甲斐性を見せろと、推進派の先頭をきってやがる。

 それなのにとうの昔に結婚しているわ、子供もいるわとなれば、非難囂々だろう。

 私事と仕事。そこらの兼ね合いもかねて、あと10年くらいがリミットか。

 ただ紹介するべきうちの娘が、『地球人嫌い』を公言して憚らないのが、また難点だ。



「……うん判る。うちの親も似たような感じだよ。早く彼氏を作れとか、弟離れしろとか。しまいにはあたしが一人暮らしするか、弟を学生アパートに入れるかで家族会議だよ」



 俺の言葉に思う所があったのか、大磯さんが遠い目をしてため息を吐き出す。

 日本的にタブーレベルのブラコンである大磯さんには、弟さんとの別居がこの世の終わりなんだろうか。

 ……科学技術が発展して不老不死を得ている宇宙文明的には、俺らみたいな異星人カップルだろうが、兄妹だろうが、親子だろうが、しまいにゃ本人同士だろうが、まぁどうとでもなる。

 だが、それを言ったら弟さんともなって無理心中して、あちらで生活するとか言い出しかねないなこの人。



「あーと。俺はそろそろ他のお客様が見えられるようなので行きますね。後よろしくお願いします」 

 


 このまま愚痴に付き合わされても敵わないし、口を滑らせて我が社の貴重な戦力兼職場のアイドルを宇宙側に取られたら、佐伯さんやら先輩共になにを言われるか、やらされるか。

 本命コンビが到着している事を理由に、俺はいそいそと管理室から抜け出した。

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