B面 プロローグ⑤
『ローバー。じゃあ休憩してくるね。後よろしく』
「あ……やべぇ」
アリスの奴、ガチ切れしていやがる。
臨戦状態になったことを表す頭上のウサミミに、寒々しい悪寒が背中を走る怒り笑顔。
我が相棒は過去最大級にお怒りのご様子。
おかげで先ほどからのぞき見していたシャモンさんの誇大妄想めいた報告に実感がもてず大風呂敷なB級SF映画を見ている様な観戦気分が吹き飛んだ。
ここはリアルだと。そうでも無ければ、あの寒気のおこる笑みが存在するわけがない。
現役プレイヤー時代には、ほぼ週一、新規アップデート時には、毎日あれやこれやでアリスと揉めてきたが、我ながらよくそれだけネタが続いたものだと呆れるしか無い。
「リルさん。ひょっとしてストレス解消で仕込みましたか?」
俺がすでに目覚めて、発泡酒片手に観戦気分なのをリルさんがあっさりばらした理由を、アリスの様子や、先ほどの表情から何となく悟り確認する。
『私共AIは決定権をもちません。私共の使命。それは知的生命体のサポートでございます』
AIは決定権を持たない。
決断は知的生命体の役割であり、AIは手助けのみであくまでも補助である。
大昔にAIの反乱や暴走で何度も戦火に包まれたり、全てをAIの判断に任せて思考を放棄し衰退していった文明がいくつもあって生まれたという、銀河文明においてのAIの絶対的な立ち位置をリルさんが口にする。
「アリスの奴、ストレスが溜まってましたよね」
とぼけるリルさんに、質問の方向を変えてもう一度聞いてみる。
『はい。三崎様が事故に遭われて以来、アリシティア様は不安や精神的疲労を色々とため込んだままでおられまして、精神状態はあまりよろしくありませんでした』
「溜まったストレスは一気に発散するとすっきりするんですよね。怒ったり、目一杯に遊んだりすると地球人の場合は」
『さようでございますか。地球人と旧帝国人の精神構造は似通っておりますので、お嬢様に有効な手段だと推測いたします』
俺の考え方をあっさりと肯定するがあくまでもリルさんは、自分はAIだというスタンスを崩さない。
この人が俺に対して悪意や敵意を持っているとは、これまで交わした会話から考えにくい。
自分はAIだという前提条件を崩さないのは、色々とAIの機能に制約のある銀河文明の現状に合わせているからだろう。
空になった缶を、手慰みで積み上げた空き缶ピラミッドの最上段において、新しい缶へと手を伸ばす。
ストレス解消に酒におぼれるって付け加えてもよかったか? ダメ人間ぽいが。
『三崎様。お嬢様がもうすぐにこちらへといらっしゃいますが、逃亡準備や証拠隠滅はよろしいのでしょうか?』
「アリス相手に初見の場所で鬼ごっこは無謀でしょ……ちなみにこいつを証拠隠滅しても、黙っててもらえます?」
『申し訳ございません。三崎様のご要望には可能な限りお答え致しますが、アリシティア様のお問いかけに対しては私は嘘偽りなく返答する事が義務づけられています』
平然ととぼけて、しれっと嘘をついて、こっちが判っていると百も承知で煙に巻いてみせる。
交渉相手としちゃ厄介なタイプ。この人を敵に回すのは絶対に避けてくべきだな。
「さいですか」
俺がアリスのストレスのはけ口になってやるのが、リルさんのお望みらしい。
あれだけお怒りのアリスの前に立つのは俺でもちょっと遠慮したいが、リルさんの敵になるのはごめんこうむるし、アリスには散々迷惑と心配を掛けたあとなんで、やぶさかでは無い。
となりゃあいつが怒りやすいように、平常ペースで飲み続けましょうかね。
せっかく冷たい発泡酒が温くなるのも、もったいねぇし。
新しい缶に手を伸ばして掴んでプルトップを開けてから、背もたれに背中を預けつつ一口。
うむ。やはり美味い。
この身体がクローニング体だという予測が当たっているなら、就職してからの無茶で受けたダメージや、酒による今までで蓄積した肝臓とかの負担もリセット済みなんだろうか?
そんな馬鹿なことを考えているとデスク真正面の壁の一部が、壁紙を変えたかのように一瞬で変貌し、金属製の扉が姿を現す。
リルさんの説明通りなら、今俺がいる部屋は防疫の為に、物理的にも、空間的に隔離されているとか何とか。
要は隠れていた扉が出て来たんじゃ無くて、空間を曲げてこの部屋に直繋ぎと。
VR世界ならともかく、これがリアルだってんだから宇宙側の技術は反則もんだな。
そんな事を考えていると、ロックが外れたらしき電子音がなってから、空気が抜ける音と共に扉が横にスライドして開く。
扉のさきには短い通路が見えて、そこにはアリスが立っていた。
つい先ほどまでフルダイブしていたためか、少し寝癖が付いた髪は乱れ、肩で息をしていたり、顔が紅色しているのは、ここまで走ってきた為だろうか。
「…………」
きりっと耳を立てて怒り顔を浮かべるアリスは、無言で俺と俺が手に持つ缶にガンを飛ばしている。
……うむ。おっかねぇな。何も言わないからよけいおっかねぇ。
よほど腹にすえかねているのか。それとも怒りのあまり口火を切るタイミングを掴めないのか?
こっちからいくか。しかし気分的にはワニの口の中に頭をいれるパフォーマーの気分だ。
「ようアリス。駆け付け一杯。お前もどうだ?」
一口飲んだだけの缶を軽く振って見せて、嫌みったらしくにやりと笑ってやる。
どうだ驚いたかとでも言いたげな悪戯げな笑み。これならストレスという概念を根底から吹き飛ばすくらいに怒れるだろう。
「…………」
来るなら来い。今日ばかりはしゃーない。アリスは文字通り命の恩人で、それ以前に俺の相棒。
頭ごなしに怒鳴られようが、引っぱたかれようが、それで関係が変わるわけも無い。
「…………」
覚悟は既に固まった……のだが、
「…………」
えーと……アリスさん。そう無言で睨み続けられましても、当方としても対応出来る反応に数限りというのがございますので、何か言っていただきたいんですが。
不動明王の如き憤怒の相で微動だもされないと、威圧されてこっちも下手に次の行動に出られない。
初期対応にミスって石化状態、もしくは時間停止状態になっているなか、唯一動き出した存在に俺は気づく。
それはアリスの容姿の特徴。
リアルならいい年してバカじゃねぇかと某遊園地以外じゃ笑われそうな、目立ちまくりの存在。
糸のように細い銀色の髪から突き出たウサミミだ。
アリスの心理状態を如実に表すそのウサミミは、臨戦状態を指し示すしゃきんと立ったままだが、それが徐々にゆっくりと、ゆっくりと右に左に動きだし、
「a、a、akenaifuzodey! ounon ituos yanmanonde!ezaken aippa fuyonaidoudide!?」
メトロノームのように左右に激しく動き出したウサミミと共にアリスの怒濤の口撃が始まる。
「tutdaimoiai! orennpto oaisdak watmotita asiunoter gadyoesi!」
火が付いたかのように、一気にまくし立てるアリス。
だがアリスの声は聞き取れても、意味が判らない。音の羅列にしか聞こえない。
これがおっさん相手でだみ声だったら、意味の判らない音なんぞ耳障りこの上ない騒音だろう。
しかし中身を考えなければ極上の美少女で、声まで心地よく聞こえてくるアリスの場合は別。
怒鳴り声だというのに一種の音楽として楽しめそうな位に耳に心地よい。
あーこいつがかつて銀河を支配した一族の末裔だって与太話が、真実だって今なら何となく判る。
この通った声は耳に残る。人の心を揺さぶる物があるといえば良いんだろうか。
普段なら楽しむ余裕もあるんだろうが…………アリスの奴は怒鳴りながらマジ泣きしてやがる。
『申し訳ございません。三崎様のナノシステムがまだ完全構築されていませんので、アリシティア様のお言葉を自動翻訳してお伝えする事が出来ていません。翻訳なさいますか?』
そういやそうだった。
リルさんの補足で、はたと思い出す。
何時もくだらない日常会話や、その何百倍も真剣な攻略会議を繰り返して、普段は意識していないから忘れがちだが、アリスと俺は生まれた星が違う異星人コンビでその言語体系は全く別物。
偶然なのか必然なのか知らないが、声で意思疎通するっていう共通点があるから音としては聞き取れるが、意味は判らない。
こうやっている間もまくし立て続けるアリスの勢いは衰えない。それは顔を伝わる涙の量や、頭の上でピンと尖ったまま激しく揺れるウサミミも同じくだ。
「あーじゃあ早めに起ち上げお願いします。何となく意味は判るんで一応ですけど……俺の言葉はアリスに伝わってますか?」
『はい。アリシティア様は地球言語の自動翻訳システムを常時稼働させておられます。脳内ナノシステムの一部を機能限定状態で稼働準備いたします。一分ほどお待ちください』
翻訳機能があってこそ俺らは意思疎通が可能。
だが今この瞬間にあっては、言葉の意味は判らなくてもアリスの感情は伝わってくる。
同時に、目が覚めてからどうしても判らなかった疑問が氷解したことに気づく。
俺は俺かと何故疑問にも思わず、この状況下でもリラックスして酒をかっくらっていられたか…………
ったく。判ってみりゃ判ってみたところで、それで安心すんなと、自分の精神構造に文句の一つでもつけたい気分だ。
俺は缶を机の上に置いて椅子から立ち上がり、入り口に立ったままのアリスに近づく。
翻訳可能になる一分って時間も惜しい。これ以上この空気はこっちが持たない。アリスに堕とされちまう。
数年間も相棒として四六時中付き合った奴に今更堕とされる?
笑い話にもなりゃしねぇ。
軽口をたたき合って、心底から喧嘩できて、それでも離れない今の関係が居心地が良いのに、変わるってのが、ちと不安ってのがへたれている気もしなくはないが、間違いない。
「tiyona!? nrunkot okotiytte ottohaa!」
近づいてくる俺を見てアリスは金色の瞳をぎらりと輝かせて睨んでくる。
その目の下には、よく見ればうっすらとだがクマができている。あんまり眠れていなかったんだろうな。
ったくこの馬鹿だけは。怒るならちゃんと怒りやがれ。こっちが覚悟決めてサンドバッグになってやろうとした気づかいを無駄にしやがって。
「いいから黙って聞けよ”相棒”」
ここ一番でしか使わないキーワードを口にした俺の声に、一瞬だけだがアリスの口撃が止まる。
その隙を突いて俺はアリスへと手を伸ばして、ぶんぶんと振られる左右のウサミミの間に手を突っ込み、アリスの頭を無理矢理に押し下げる。
これ以上アリスの泣き顔を見て変な気分になるのも困るし、なにより今から本心を語る俺の顔を見せるのが恥ずかしいってのが強い。
恥ずかしいならいわなきゃ、良いじゃねぇかって考えもあるんだが、こうまで感情を晒している相棒には本心で答えるってのが礼儀………あーこいつもごまかしだな。
俺が、こいつに、アリスに伝えたいと想っている。
なんでこんな異常事態で目を覚ましても、自分が死んだって思いつつも、平然としていたのかって理由を、こいつにだけは伝えておきたいと。
…………ひょっとしたらこう思う段階で、俺はすでにこのおっかない相棒に堕とされているんだろうか?
「あのなぁ、俺が平然としてるのはお前が理由だっての。別に事情をわかって無いわけじゃ無いぞ。ここは現実。地球は宇宙の果てに飛ばされた。挙げ句の果てに俺は1度死んで、今の身体はクローンなんだろ」
「…………」
アリスは何も言わない。無理矢理頭を下げているのに、抵抗する素振りさえ見せない。
ただ頭のウサミミをピンと立てて俺の言葉を一音たりとも聞き逃さないようにしている。
目は口ほどに物を言うってのは古いことわざだが、俺の相棒の場合は耳だな。
嬉しいときのアリスの耳は左右に動く。それは俺だけじゃ無くてギルドメンバーなら誰でも知っていること。
「ったく。この馬鹿は。そんだけ激怒しているのに、俺が生きていること、お前喜んでくれてるだろ。リルさんに聞いたぞ。俺が目を覚ますのを心待ちにしてたんだろ。なら疑う余地は無いだろ。お前が待っていてくれたのは俺なんだろ」
一見詰んでいる状況。身の丈を遥かに超えた一大事。自分自身が再生品って葛藤。
そんなもんがどうした。
孤立無援、敵中ど真ん中を危機だっていうなら、現役時代に調子に乗りまくって突撃して俺らは何度やらかした事か。
身体が複製品?
じゃあ、なんでアリスが……素直に認めるのは癪ながら俺が宇宙で一番信頼している相棒が激怒状態だってのに手放しで喜んでくれている。
怒り顔ながらも、嬉し泣きしてくれている。
なら俺は俺だ。
不安を感じることはないし、それどころかワクワクしてくるのは仕方ないだろ。
何せアリスと共に興じるゲームが一番楽しい。
どんな困難で即死亡な無理ゲーだろうが、こいつとなら攻略できると思っている。
俺が思っているって事は、アリスも変わらない。
俺らは異体同心のコンビ。だからこそ何でも出来る。
アリスが死んだ俺を救うために、地球を自分の物に呼び寄せたって無茶苦茶も、ある意味で当然だ。
一人一人じゃ無理でも、2人揃えば俺らに出来無いことは無い。
地球を飛ばすことも、地球を救う事も。
俺らなら出来る。俺達が揃っているからこそ出来る。
「俺らが揃えばなんとでもなるんだろ。俺の背中にお前がいて、お前の背中に俺がいる。んじゃ無敵じゃねぇか。酒片手に鼻歌交じりで攻略気分は許せっての、だからお前も不安に思うなって…………心配かけて、待たせて、悪かったなアリス」
素直に謝ったはいいが、どうにも気恥ずかしくて、照れ隠しで押し下げたままのアリスの頭を少し乱暴になでるように髪をかき混ぜて茶化す。
俺は直情型のアリスとは違う。口に出すのは気恥ずかしい。耳が熱いというか、顔全体がだ。
おそらく自分自身でも見たことが無いくらい赤面していることだろう。
んな情けない表情をアリスに限らず、誰かに見せられるか。一生笑い話にされかねない。
「…………シンタ。ずるい。あたし怒ってるんだよ」
気恥ずかしい台詞をこぼしている間に、いつの間にやら一分が過ぎていたのかアリスの声が、意味の判る言葉が響いてくる。
どうやら無事にナノシステムが一部とはいえ起動したらしい。
「わーってるよ。だから素直に怒られようとしたのにお前いきなり泣き出すなよ」
「……しかたないじゃん。すごい怒ってるのに、すごい心配したのに。シンタが変わってたらどうしようって。上手く肉体再生ができなかったら、地球人の精神体が私たちと構造が違って上手く定着しなかったらとか……心配で禄に寝られなかったんだよ。なのに。それなのにさ、シンタ変わってないんだもん。あたしが知っているシンタのまま。あたしの”パートナー”であるミサキシンタのままなんだもん」
頭を押し下げた体勢のまま訥々と語るアリスの足元に、ぽたぽたと水滴が落ちる。
顔を見れない状態でよかった。
あれだけ恥ずかしい本心を明かした後に、こいつの泣き顔なんて見たら、またなんか変な感じが再燃しかねない。
「だから悪かったっての。ほれ怒るなら怒れ。こっちはぼこられるのも覚悟の上だっての」
「もういいよ。そんな気分じゃないし」
っと上手く負けイベントを回避したようだ。アリスの怒りは消え去ってはいないがある程度消沈できただろう。言いたい事をいって解消したストレスと共に。
「その代わりに顔を見せて。シンタの。まだちゃんと見てないから」
……回避じゃ無くて別ルートの危機勃発かよ。
待て。まだこっちの赤面顔は直ってないぞ。
「…………」
どうする? まずい。今の表情は過去最大級にまずい。二十歳すぎた男の照れ顔なんぞ気味が悪いだけだぞ。
ましてや人様に見せていい代物じゃねぇぞ。というか俺自身が遠慮したい。絶対にだ。
「……シンタ? 手をどけてよ」
「いや、アリスさん。ちょっと待ちましょうか。こうなんというか、今は少しまずいと思案しますよ。ほら泣いた後で化粧とかくずれてたりしてらっしゃいますでしょ」
だーっ!? テンパッて自分でも明らかに変だと判る言葉遣いになってやがる!
まずい。こんな言い訳こいつに通じるわけが無いって判っているのに頭が動いていない!
「あたし。お化粧の必要は無…………ははぁーん。シンタ照れてるでしょ」
きめの細かい美肌持ちのくせに全女性を敵に回すような発言をしかけたアリスの口調が変わる。
相変わらず勘が抜群に鋭い。気づきやがった。
「はは。何のことやら」
ぐっ。顔を上げようとして来やがったな。
軽く押さえていた腕を全力で押し下げる方向にシフトチェンジ。顔色が戻るまで時間稼ぎするしかねぇ。
だが敵も然る者。何とか顔を上げようと全力を出してきやがった。
「とぼけたって無駄無駄! 絶対照れてるでしょ! さっきの言葉なんてシンタの柄じゃないもんね!」
「だっ! くそ! わかってんならこっちの気分も察しろ! 少し待てば見せてやるっての! 飽きるほどに!」
「っん! なおさら見せなさいよ! シンタの照れ顔なんて超レアでしょうが! あたし今まで見た事ないよ!」
「断る! ぜってぇー断る! 碌な予感がしねぇ!」
「大丈夫大丈夫! ちょっとギルド掲示板に画像あげるだけだから! シンタの照れ顔には昔からギルド女子部内で懸賞金がかかってるんだよ! すかし顔がデフォだから照れさせてやろうって!」
「おまっ!? やっぱ禄でもねぇじゃねぇか! つーかうちのギルドなにやってんだよ! 賞金発想はぜったい宮野先輩だな!」
「ミャーさん名誉会長だから! ごめんね。あたしも嫌々なんだけど!」
あの筋肉達磨は! 相変わらず碌な事しない。つーか男のくせに女子部の名誉会長になるな!
あの人の手に、今の表情が渡ったら洒落にならん。
「嫌々といいつつ全力だなこの野郎!」
「なっ! 前から言おう、言おうと思ってたんだけど! シンタたまにあたしの事を野郎呼ばわりするけど止めてよね。女の子に対して失礼でしょ!」
アリスの首力に片手じゃ抗いきれず、両腕を使って全力抵抗をするが、俺が返した言葉が逆鱗に触れたのか機械仕掛けの耳を使った攻撃が始まった。
俺の両腕をびしびしと頭のウサミミで叩いてくる。
いてぇじゃねぇか。ぜったい痣になるだろ。
だがこれで力を抜いたらこっちの負けだ。
「誰が女の子だ! 誰が!? 前から言おうと思ってたって言うなら、こっちも言わせてもらうぞ! お前知り合ったばかりの時はリアル不明な不審人物だろうが! ゲーム内性別とリアルは別で判らなかったからだっての! 第一お前実年齢はいくつだよ! 江戸時代には社長やってる推定年齢400才オーバーが、自分を女の子っておこがましいわ!
ロリ婆が!」
「誰がロリ婆よ誰が! あたしはこっちで見たら若いの! 若すぎ! あたしくらいの年齢で社長をやっていると子供のおままごととか馬鹿にされるくらいよ!」
「んなの知るか! それはお前の精神年齢が低すぎるのが問題だっての!」
「あーいっちゃう!? そういうこといっちゃう!? 自分だってガキのくせに! 追い詰められたらワクワクするゲーム脳の癖に!」
ギャーギャーと口喧嘩をしながら全力で顔を見させないようにする俺と、そうはさせじと、なんとしても俺の顔を見てやろうとするアリスとの全力で拮抗した攻防が繰り広げられる。
そうだよ。こっちだよ。俺とアリスの間の喧嘩はこうだ。こっちが落ち着く。
こっちなら変な気分にならず何時までも、
『お二人とも仲のおよろしいのは構いませんが、そろそろお止めいただけますか。皆様お待ちです。艦内放送で痴話喧嘩をいつまでも生中継をするのは風紀面で問題もございますので』
リルさんの何時もと変わらない冷静な、なのにどうにも呆れかえった様に聞こえる声で聞き逃せない内容が響いた。
……いまなんつったこの人?
艦内放送。生中継。
その不穏すぎる言葉が頭の中でぐるぐると廻り腕から力が抜けるが、顔を上げようとしたアリスも事の次第を理解しピタリと止まっている。
「……リル。い、いつから? っていうかなんで放送してるの?」
『艦内での暴力事件は困りますので、いざというときに誰かが止められるようにと配慮を致しました。放送開始はアリシティア様が入室された直後からです。ご安心ください。三崎様が自分の存在証明がアリシティア様であるという、情熱的な愛の告白をなさった辺りもばっちりと永久記録済みです。希望者には複製映像を引き出物としてお渡しなさいますか?』
おうふ…………なに言ってのこの人?
「ち、ちがいますっての! さっきのはこう相棒としての言葉ってだけで!」
「ちょと、愛って!? 違うからね! あたしとシンタはそんなんじゃ無くて!」
俺とアリスが同時に天井に顔を向けてリルさんの言葉に対して反論を開始する。
当然だ。俺らのは愛とかそういうんじゃ無くて、こう悪友としての関係や絆であって、なんか違う。違うはずだ。
『ディケライア家の方々は、遺伝というか、気性と言うべきなのか、代々どうにも恋愛勘がうとくて私が苦労させられますが、アリシティア様は群を抜きます。三崎様の鈍さも初代のミリティア様並です。何故そこまでの信頼を寄せていて、ご自分のお気持ちに気づかれないのかと……お二人ともお互いの顔をごらんください』
しかしリルさんが落ち着いた声で返すと、床の一部がぱかっと割れてそこからロボットアームが伸びて来て俺らの頭を掴む。
リルさんは俺らが嫌がると思って強制的に文字通りお見合いさせようとしているようだ。
俺まだ赤面が直ってないんですけど!?
「待ってください! ……ぁ!」
「リ、リル!? ……っ!」
さっきまで泣いていた所為か少し赤い目を見た瞬間、俺は堕とされる。
見知った相棒の顔から目が離せなくなる。
なんつー顔してんだよこいつは。
アリスの顔に張り付いているのは、さっきまでの怒り顔や泣き顔じゃない。
つい一瞬前まで激しい喧嘩をしていたのに、アリスの顔に浮かんでいるのは笑顔だ。
極上のこの上ないほど華やかで楽しげな甘ったるい蕩けるような笑顔の残滓だ。
その顔が語る。俺との喧嘩が楽しかったと。変わらない関係が心地よいと。
無くすかも知れなかった者が、2度と手に入らない存在が、今も自分の手に事をあることを喜ぶ歓喜と安堵の笑顔だと。
その笑顔のまま固まったアリスの目が俺の顔を凝視している。
俺らは異身同心。どうしても似たようなことを考えちまう。
ゲーム攻略のため鍛え上げたってアレな理由はともかく、相手の僅かな動作でその心情や考えが判るほどに通じ合っている。
つまりはだ………アリスがそう思っているって事は、俺もそう思っているわけで。その心情が表情に出ているのだろう。
お互いに返す言葉が見つからず、妙な空気になってきたとき異変が起きる。
アリスの頭の上で固まっていた機械仕掛けのウサミミがゆっくりと割れ始めた。
精密に噛み合っていたロックが外れた機械ウサミミがバラバラと分解されながら、小さな音をたてながら床へと落ちていく。
いつだか言っていた。アリスの機械仕掛けのウサミミは子供の証だと。
他次元を感じるディメジョンベルクラドが、正式なパートナーと、自分の宇宙を煌々と照らしてくれる存在と出会うまで、その力を補助するサポーターだと。
サポーターが完全に落ちたアリスの頭の上には、その髪色と同じ銀色の柔らかそうなウサミミがぴんと伸びていて、少しだけ曲がった左右の先端は俺をまっすぐに指し示していた。
「………………」
アリスの生ウサミミなんぞゲームの中でリーディアンで見てきた。見てきたはずだ。それなのに、俺は何故かそのウサミミから目が離せない。
おいまて、まて俺。耳フェチなんぞマニアックな趣味なんぞないだろ。ましてや兎の耳だぞ。ケモナーでも無いだろうが。
「シ、シンタ……そ、そう、まじまじと見られるとは、恥ずかしい……ん……だけど」
顔を真っ赤に染めたアリスが消え去りそうな声で抗議の声をあげるんだが、そのウサミミはむしろ見てくれとばかりに左右に振れて主張する。
「わ、わりぃ……ア、アリスそれって」
口では謝りはしたがどうしても目が離せない。ウサミミ付きのアリスの顔から目が離せない。
『アリシティア様。ご成人おめでとうございます』
「……えと、うん……そうみたい……今ね……びっくりするくらい世界が広がった……リルが言う通り……あたし、シンタを正式に選んだみたい」
アリスが赤面した顔のまま、安堵と嬉しさの溢れた微笑みをみせる。
だからその顔は反則だろうが相棒。
堕とされた。
この瞬間に俺は堕とされた。
よく知っているこいつに。
アリスに。
アリシティア・ディケライアに。
完全に堕とされた。
B面プロローグはこれで終了となります。
テーマはバカップルというか比翼夫婦の馴れ初めである恋愛劇というわけで、主人公達が悪友から、男女を意識しだした瞬間をクローズアップ。
ここから先にどれだけの苦難があろうともこいつらなら、なんとかなるだろ感を出してみました。
書き手としてのテーマは、使い古され手垢の付いて、むしろギャグになりそうな、ニコポ、ナデポを、説得力があるように描くのがこのエピソードの目標です。
かなり恥ずかしいの我慢して書いていたので、上手く描写出来たのか、ご意見等をいただけますと嬉しいですw
この先の話になりますが、まずは三部の続き。
ゲームプレイヤーとゲームマスターの攻防戦と、ゲームマスターとして宇宙に戦いをしかける三崎の二本仕立てをメインに。
時間と気分次第で、時折二部B面のエピソードと行くつもりです。
二部B面は約50年分の時間経過があるのでまともに書くと相当長くなりそうなので、エピソード単位の中編に仕立て直します。
第三部の展開や情報公開にリンクして書けたらなってのと、せっかく中編単位でまとめるなら、テーマを決めて雰囲気も変えてみよと思います。
今回のプロローグのテーマがどうにも苦手な【恋愛の初め】なんで、次辺りはガッツリとした設定重視のシリアスな探索物【送天侵入】か、三崎の本領発揮なディケライアメンバーに認められるための一歩ローバー専務からの課題である【懇親会】にいこうかなと考え中です。
B面は挿入する関係上、小説家になろう様では更新報告されませんので、何となくアルカディア様でもわざとステルス更新していますが、ちまちまやっていますのでこれからもお付き合いいただけましたら幸いです。




