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B面 プロローグ②

 目が覚めたときにまず起きたのは、生存本能だった。


 呼吸が出来ず息苦しく感じた身体が自然と反応して、必死に手を伸ばして掴んだ何かを手がかりに泥沼の様な場所から身体を起こす。



「がっ! がはっ! ごほっ!」



 喉の奥に絡んで気道を塞いでいた粘度の高い何かを激しい咳きとともにはきだす。


「っぁ……はぁ……はぁ」



 貪るように肺に空気を取り込み、息を整える。


 何とか呼吸は出来るようになったが意識は今ひとつはっきりぜず,霞む視界の中で周囲に目を向ける。


 こ……こ。どこだ。



 自分の身体を見下ろしてみれば、無味無臭でやたらとべとつく謎スライムなゲル物質で満たされた、足を伸ばせるバスタブほどの大きさの医療用カプセルとおぼしき物の中に寝ていたようだ。


 マンションのワンルームほどの小部屋の四方は白い壁で覆われ、窓どころか入り口とおぼしきつなぎ目すら見えない。


 照明設備らしき物は無いが、壁自体がほんのりと柔らかい明かりをはなっているのか、ほのかに優しい光が部屋の中を見たしている。


 先ほど無我夢中で掴んだのは寝かされていたカプセルの縁だったようだが、金属にしか見えないのに妙に柔らかく、ほんのりと温かい心地よい肌触りをしている。


 この部屋に見覚えは無い。初見の場所である事は間違いないはずだ。


 先ほどまで見ていた夢の、いや違う……実際にあった事のはずだ。それはしっかりと覚えている。


 大きく息を吸って静かにはき出す。


 頭を動かすときの何時もの癖。


 何度か深呼吸をして心をなるべく落ち着かせていく。


 どこか清浄な室内の空気が肺に行き渡るのを心地よく感じながら、俺はゲルの中から身体を引き抜き立ち上がる。


 衣服の類いは一切身につけておらず、少し肌寒いがその冷たさが,自分が生きている事を実感させてくれる。


 最後に見た映像をもう一度思い出す。


 急ブレーキを掛ける車輪の火花と目前まで迫った電車の車体。あれは夢では無いリアルなはずだ。


 背筋に刃物でも突き刺されたかのような恐怖感がフラッシュバックする。


 起こったはず。


 死んだはず。俺は,三崎伸太は死んだはずだ。


 正確に言うなら死んでいなければおかしい。


 当たり前だ。


 ホームに進入してきた通過列車の前に、その身を間抜けに躍らして轢かれたんだから、死んで当たり前だ。


 こちとら絶体絶命な状況下でも生き残れるようなヒーローでもなければ、理不尽なギャグキャラじゃねぇ……だがここが死後の世界だって言うにはちと機械的すぎる。


 金属のくせにどこか生物的な柔らかさと暖かさを持つ医療用カプセルらしきもの。


 出入り口らしきつなぎ目が,一見では一切無く、電灯も無いのに壁全体がほのかに明るく光る謎の部屋。


 死んだはずなのに生きている。


 あり得ない非常識な状況に、SFやらホラーなら慌てふためくのが定番なんだろうか?


 だがあいにくというか、なんというか、ここの所は非常識とは実に馴染みある状態。


 自分が死んだと頭では思っているのに、あまり慌てずにすむのは、喜んで良いか,慣れすぎだと呆れるべきか、ちと微妙だ。


 

「…………だれか聞こえますか?」



 何時かのあいつのように天井に顔を向け、ある程度の予測をしながら声を出し問いかける。



『おはようございます三崎様。お加減はいかがでしょうか?』



 返ってきたのはどこか冷く聞こえる聞き覚えのある女性の声。

 

 間違いない創天のメインAIであるリルさんの声だ。


 そうするとここは仮想世界の創天か?



「……快調とまではいえませんが、死ぬよりマシですよ。リルさん」



 どうやら俺が声をかけてくるのを待っていた様子のリルさんに、俺は安堵の息を漏らしながら答える。


 何が起きたのか,何をしたのかは俺には判らない。


 だが俺が死なずにすんだのは,他ならぬ相棒アリスの仕業……もといおかげだろうという予感は当たっていたようだ。 

 

 あいつが関わっているなら、少なくとも最悪よりは,死んじまうよりはマシだ。


 それくらいに相棒のことは信頼している。



『安心いたしました。アリシティア様もお喜びになられます。三崎様が目を覚まされる日を心待ちにしておられましたので』



 ん? アリスを呼ぶリルさんの呼び方が、お嬢様から、アリスの本名に変わっている。


 こいつは……まさか俺に何か起きてから結構な時間が経ってるとか?



「……アリスにはすぐに会えますか」



 どうにも嫌な予感が胸をよぎるが俺はそれを無視して次の問いかけをする。



『現在時間流停滞フィールド第一次内部調査報告全体会議にご出席なされております。ですが三崎様がお目覚めになったとお伝えすれば、すぐに中座してこちらへと向かわれると思われます。アリシティア様からも三崎様に何か変化があったときはすぐに連絡をするようにと、最優先指示が出されています』


 

「最優先ね……俺が起きた事をもうアリスは知っているんですか?」



『いえ。会議が極めて重要な内容を伴うため,まだご連絡はしていません。また三崎様のご性格を判断した場合、まずは状況確認をなされる事を最優先でお望みになると考えました。アリシティア様にお伝えなさいますか?』



 会議中。しかも最優先と言われながら伝えていないリルさんの対応から考えると相当面倒で重要な事が起きている模様。


 そんな重要な全体会議を社長が中座して個人的な知り合いの見舞いと……余計なヘイトを買いそうだこりゃ。


 今アリスを呼ぶのは得策じゃ無いか。


 それに情報が欲しいってリルさんの分析は間違いない。


 新しい町に付いたり、新規アップデートクエストのときは,一も二も無く情報収集ってのが俺のスタイルだ。


 だがその前にまずは生物的欲求の方から何とかしよう。


 客観的に今の状況を見てみると、ドロリとしたゲル状物質を全身に纏わり付かせた全裸の若い男というアレな姿。


 特殊風俗のプレイ中と見間違えられても仕方ない恰好は,さすがにアリス相手だろうとみせたくねぇ。



「とりあえず状況の説明の前にシャワーと服を貸していただけますか。この恰好のままじゃ風邪を引きそうなんで」



 ここがリアルなのか、VRなのかまだ判らないが、どうにも繋がらない意識をしゃっきとさせる為にも俺はとりあえず熱いシャワーを切に求めてみた。

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