表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/193

A面 集う強者達

 VRカフェ『アンネベルク荻上町店』

 最寄り駅より歩いて10分ほどのビジネス街と住宅街の丁度境目に位置する大型ショッピングモールの敷地内に、その大型VRカフェは建っている。

 店名の由来となったのは、ドイツの鉱山に出没するという恐ろしい目をした馬の悪魔アンネベルク。

 店のマスコットキャラクターは、そのアンネベルグを日本風にアレンジしたといえば聞こえは良いが、デフォルメされたポニーテールな3頭身獣人キャラ(三白眼)なのはご愛敬といったところか。

 VRMMOをプレイ中に起きたナノシステム暴走死亡事故を発端とした、娯楽目的におけるVR制限条約の影響も多々とある昨今。

 アンネベルグ荻上町店も他のVRカフェ同様、売り上げベースは規制前後対比で平均-30%と低水準を続けている。

 それでも息を繋いでいられるのは、ビジネス街近くという立地条件が幸いした事が大きい。

 規制対象外の商用利用に目を付け、高機能VR端末を常設する余裕が無い中小企業向け格安クーポンチケットを販売し、そこそこ売れているからこそ、廃業、撤退という最悪の選択をかろうじて回避していられる。

 だが結局それでも焼け石に水。

 座席稼働率は平日で平均50%、大抵の企業が閉まった深夜帯、土日は20%弱といった惨憺たる有様。

 だがこれでもまだVRカフェの中ではマシな方に入る。

 娯楽目的の利用に制限が掛けるなか、国内のVR関連企業はどこも苦しい台所事情を強いられていた。

 



 


 かろうじて赤字を回避している先月の月次売り上げ情報を、視界に映る網膜ディスプレイに表示しながら、傘をさして駅方面から店へと向かう長身の女性が一人。

 少し茶色がかった栗色の髪を肩下辺りまで伸ばしたアンネベルク荻上町店長である柊戸羽ひいらぎとわは、その凛々しい顔立ちにあったキビキビとした動作で足早に進む。



「うちは先月はギリギリ黒。美琴の所はどんな感じ?」



 戸羽は別ウィンドウに映る、姉妹店アンネベルグ向平店のフロアチーフを勤める神坂美琴かみさかみことへと尋ねる。



『うちは先月、今月とガンシュー系のイベントが好調だからそこそこ。向平店限定ノルマンディー上陸作戦特別MAPが効いたね。作戦成功。大勝利!』



 同期入社の眼鏡っ子は、にこり笑顔で親指を立てて答えた。

 黒い長髪、物静かげな佇まいと外観は絵に描いた清楚系大和撫子のくせに、その根っこはイベント好きなコスプレイヤーのなかなかはっちゃけている性格で、向平の名物店員としてアンネベルググループ内でもよく知られている。

 

 

「それでそんな軍隊オペ子の恰好なわけね。早々とPCO関連コスかと思ったわよ」



 画面に映る美琴の仮想体が黒を基調としたアンネベルクの基本制服では無く、軍服コスプレインカム装備だった理由に納得し頷く。

 今月下旬に正式オープンするVR規制条例後初の国内大型開発の新世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』

 現在オープンβテストが絶賛開催中の通称『PCO』の正式オープンに合わせ、アンネベルグ全店はそれぞれ店舗で協賛フェアの準備に追われていた。 

   


『甘い戸羽ちゃん。PCO用のコスプレはトレッカーでいくから。この恰好は第二次大戦のイギリス陸軍第6空挺師団カスタム。英国軍は連隊事の独自性が強いからコスプレポイントはまず帽子の』



「あーもういいわよ。その辺のこだわりは。後でPCOのだけレポートでまとめて送ってきて、ちゃんと読むから」



 まずは盛り上げるなら恰好からと、仮装には一家言のある美琴が長講釈を始める気配を感じて、戸羽は無理矢理に断ち切る。

 寝不足状態で頭がただでさえ動いていないのに、歴史背景も含めた濃すぎる話は勘弁だ。



「おやおや戸羽ちゃん。眠そうだね。昨日は熱い夜をお過ごしかな。井戸野さんが、昨日から現地取材のついでにお泊まりだっけ?」 



 目の下にクマがあるので戸羽側からは音声オンリーの通信だが、美琴はその声の調子で戸羽が眠たげな事に気づいたのか、からかい顔を浮かべる。



「そうよ。あの馬鹿の所為でいらついて禄に寝てない。ホテル代が勿体ないからあたしの部屋に泊まりに行くからとか言っといて来やがらないのよ。忙しいにしても連絡の1つくらい寄越せっての。ご飯とかお風呂を湧かしてたのに全部無駄よ」 



 戸羽の今の恋人であり、VR総合業界誌発行部数二位の『仮想世界』を発行する日本技術出版社に勤めている井戸野浩介は、PCO正式稼働前の各VR業界の動きや協賛活動の特集記事の取材で荻上町店を拠点に密着取材を昨日から開始している。

 片道二時間かかる自宅より、店から徒歩10分の駅近くのマンションに住む戸羽の部屋に井戸野が目をつけたのは当然であるし、個人的な関係+店の為として協力も厭わないが、すっぽかされるのは癪に障る。



『りゃーそれはご愁傷様。相変わらず、相性というか、性格が合わないのによく続くよね』



「それ言わないでよ。なっちゃったもんはしょうがないでしょ」



 基本的に何事にも真面目できっかりとした戸羽に対して、井戸野の方はおおざっぱな勢い任せの突撃タイプ。

 普段から反りが合わなくて喧嘩が多いのだが、それでも何となく続いているのだから、男女の仲は合縁奇縁というやつだろう。



『おんやー。そこはやっちゃった物はしょうがないじゃないかな、井戸野さんの正体を知ったのはやった後なんでしょ』



「っ! それこそ言うなっ!」



 つい大声で叫んでしまった戸羽は、顔を赤らめ慌てて前後を振り返る。

 幸いと言うべきか休日の早朝で人影が見えないからこそまだよかったが、これが電車内だったら途中下車したくなる位の恥だ。



『やー、音声のみなのが残念残念。何時もすまし顔の戸羽ちゃんの赤面顔が見られないなんて。しょうが無いから今日はセツナの方で我慢しようかな。あっちもあっちでかあーいし』



 美琴は、戸羽のプレイヤー名であるセツナの名を出して、さらにからかいを続けてくる。

 少数精鋭を誇った武闘派ギルド『餓狼』のギルドマスターセツナこそが、戸羽の仮想世界での姿であり、もう一人の自分。

 リアルの自分の姿が女性としては長身で肩幅が僅かに広い気がするのが少しばかりコンプレックスなので、高校時代から使い続けるセツナは低身長で愛らしい狼耳の獣人少女の姿をしている。 

 

 

「そうくるか……うちの連中には言わないでよね。あいつと付き合ってるのは。もし言ったらタイマンでぼこった後で粘着リスキルするわよ」



 戸羽の脅しにたいして、何故か楽しげな笑顔を浮かべた美琴が指を振る。

 するとその仮想体が一瞬でがらりと変わり、薄緑色の髪と長耳でピエロ面を頭に被った中性的なエルフの少女が姿を現す。

 ネタスキルを積極的に取っていくお祭りギルド『いろは』を率いたお調子者の悪戯シーフエルフとしてしられた『サカガミ』こそが美琴のもう一つの姿。



『はーい。了解。餓狼の怒りは買いたくないからね。ボク達『いろは』は身は軽いけど口が堅いのが信条だから安心して』



 このボーイッシュな妖精キャラの正体が、あの見た目だけなら純日本美人なのだから、リアル正体のわからないVRは恐ろしいと、戸羽は息を吐く。

 美琴曰くVRの仮想体こそある意味でコスプレの究極系。

 服装だけで無く、姿形も変える事が出来るのだからとの弁。

 別ギルドを率いていた某ウサミミ娘と同じくキャラになりきるロープレ派だからこそ、ここまで言葉使いが変わるらしい。



「本当に頼むわよ。おもしろ半分で漏らさないでよ」



 念には念を入れて戸羽は再度口止めを頼み込む。

 美琴、いやサカガミがハイテンションなのがどうしても不安になるが、それを注意する気にはなれない

 どうしてテンションがあがるのか?

 簡単だ。今はお祭りの前。

 もうじき幕を開けるお祭りの前。

 苦境を歩んでいる国内VR業界の反撃の一歩を刻み込む日がもうすぐそばまで来ている。

 その日を思えば、自然とテンションが高まるのは致し方ないと戸羽は思う。

 自分達はVRゲーマー。

 仮想世界をもう一つの世界とし、仮想体を己の体として半生を過ごす者達。

 待ち望んでいた世界にようやく帰れるのだから、その望郷の念が日々強くなるのはしかたない。



『おまかせ。ギルド連合の輪は乱さないよ』

 


 不安を覚えるサカガミの声を聞きながら、戸羽は少しだけ足を速める。

 坂上の姿を見たら早く店に行きたくなってきた。

 まずはあの薄情者を、朝ご飯用に詰めてきた弁当箱で叩いて起こして、それから今日来店する、懐かしくも目新しい戦友達を出迎える準備を始めようと。

 アンネベルグが、荻上町店が井戸野の取材店舗に選ばれた理由は、戸羽を通してコネがあるからとか、経営が傾いた大型店舗の典型的な例であるからとか、色々と理由はある。

 しかしもっとも大きな理由が1つある。

 アンネベルグ荻上町店は、仮想世界における連合ギルドの新たな本部となるべくして選ばれた店。

 PCO攻略に向けた情報統合をおこなう戦略拠点であると同時に、リアル世界に向けて自分達の世界を宣伝する情報発信基地なのだから。
















 昨夜から降っていた雨は、電車から降りた頃にはほぼ止んでいた。

 見上げた空は灰色の雲が視界のほとんどを覆っているが、僅かながら隙間から日差しが顔を覗かせる。

 羽室達の後について歩道を歩く美月は、所々に出来た水たまりに浮かぶ自分の顔を見て、どうにも緊張していることに気づく。

 表情が少し硬い。

 美月が今から始めるのはVRMMOゲーム。

 数万、数十万のプレイヤーが参加するという仮想世界に降り立ち、ルールに従いゲームを行い勝利しなければならない。

 どちらかといえば本を読んだり、勉強をしている方が好きだった大人しい少女だった美月には、ゲームは付き合いのお遊び程度でやった程度の経験しかない。

 ゲーム初心者の自分が、果たしてどこまで通用するのだろうか。

 ましてやちょっと調べただけでも、難解な独自用語やら略語がオンパレードなVRMMO。

 知識不足だと自覚している美月は、フードを目深に被った鬱状態の麻紀の手を握って、羽室の二つ名【特攻ハムタロウ】に由来について語る美貴の言葉に耳を傾けていた。



「だからえげつない対ギルド戦法で知られてたのよ、このセンセは。高レベルハイドで敵陣地に潜りこんで、麻痺やらポイズントラップ仕掛けまくりで、相手陣地にトラップ部屋を作り込んだりとか、睡眠属性バクスタに昏睡させた相手を操るスキルとあわせて爆弾特攻とかさせてたんだから」



「うげ。えげつねぇ。羽室先生まじかよ」



「お前ら変な誤解すんな。ありゃ俺の作戦じゃねぇよ。ギルドマスターだったシンタの指示だ。俺らが先行潜入して偵察兼トラップ設置。シンタ達切り込み隊がトラップ回避の護符を持った状態で突入して、わざと敗走したふりでトラップ側におびき寄せ。罠にはめたところでユッコさんらの高火力組が大詠唱で一気にドカンって、防衛側もそんな攻防戦の主戦場から外れた端っこの所に、トラップ部屋を作っているなんて考えないだろうって」   



「シンタ先輩は心理戦つーか人の思考を操るの上手いっすからね。羽室先輩は引退してたから、先輩がGM時代の頃あんまり知らないでしょ。プレイヤー時代よりえげつない事しでかしまくりですよ。自分が考えたボス攻略の基本作戦だからって、裏の裏の裏まで読んで来やがってましたから」



「僕らもこの間に初のVRフルダイブで授業を受けたんですけど、何気ない罠でクラスの大半がやられました……」



 亮一が話す内容は、美月が初めて三崎とあった”はず”の日に起きた出来事。

 VRフルダイブの際の諸注意を話すついでに、軽々と数多くのトラップを仕掛けていった三崎の悪行に、彼の後輩だという美貴達の顔は同情的な色を浮かべていた。



「虫降らせるって最悪……災難だったね君たち。タロウ先輩。よくシンタ先輩に自由にさせましたね」



「だからタロウって言うな。一応注意事項だけはしっかりしてたぞ……シンタの奴が何が狙いだったのか今ひとつ判らないがな」 



 頭を掻いた羽室がちらりと視線を後ろへと向け、美月達をみる。

 羽室はどこまで知っているのか美月には判らないが、今の表情を見る限り、ほとんど事情を聞いていないのだろう。

 三崎の話を、あの仮想世界の月面基地で起きた事を知っているのは美月と麻紀の二人だけ。

 伸吾達にも、ゲームに参加する事は伝えたが、その理由はぼかして伝えている。

 なぜならあまりにも荒唐無稽すぎて、話しても信じてもらえるかどうか判らないからだ。


 あの男が一度死んでいるのかもしれない事。


 美月の父が、月面のルナプラントで約1年前に亡くなったはずの高山清吾が生きているかもしれない事。


 そして新世代型VRMMOと謳ったゲームがそれらの全ての謎を解決する為の鍵かも知れないという事。


 考えれば考えるほど、答えが見つからずどうしても思考が迷う。

 死んだ人は生き返らない。

 月面基地は破滅的な太陽風『サンクエイク』で壊滅した。

 それが悲しくとも真実である美月の常識であり、世間の常識……だった。

 あの男が、美月達の前に現れるまでは。



「……美月……大丈夫?」



 さらに表情が硬くなっていた美月を見て心配になったのか、か細い声ながら麻紀が気遣う様子を見せる。

 顔色だけみれば、最悪から脱したとはいえまだまだ本調子にはほど遠い麻紀の方が幾分か悪い。

 だがそれでも麻紀は、美月を気遣う。

 生粋のトラブルメーカーであるが、それの原点が相手を気遣った末だと、麻紀の持つ本来の優しさの所為だと、美月は知っている。  



「うん……麻紀ちゃんがいるから大丈夫だよ」



 心に溜まった澱をはき出すように大きく息をはいた美月は麻紀に笑って返す。

 心配しても始まらないと何度も思ったはずだ。

 心配なんて今更だ。

 自分は大丈夫だ。この親友が共にいる限り。

 そう思い込んだ美月の心は少しだけ軽くなった気がした。



「……先輩。あの二人って大丈夫ですか? 百合っぽいんですけど」



「待てって宮野。二次元は良いがリアルガチ百合は引くぞ。うちに既にいるのにこれ以上は勘弁してくれ」



「いやはは、どっちも可愛いからあたし的にはありかな。3Pカモンだし」



「名が体を表しまくってるあんたが言うとしゃれにならないから黙れ」



「たぶん大丈夫だ。どちらかというと親子だって校内では教師も含めて評判だ」



 美月と麻紀の様子にその関係性を気にした前を歩く羽室達のひそひそと囁きあう。

 その潜めた声が聞こえていなかったのは幸いかもしれない。

 せっかく軽くなった美月の心は、またも思い悩む嵌めになっていただろう。



「あの、な、なんでしょうか?」



 前を行く者達の値踏みするような視線が自分に集中する事に美月が気づいて首をかしげると、美貴達は慌てて視線を散らした。



「お前ら……い、いや、目的地はあそこだって言おうと思ってな」  



 他の者が一足先に逃げてしまったのでただ一人美月の問いに答える事になった羽室は視線をしばし彷徨わしてから、誤魔化すように道路沿いに見えてきた看板を指さした。

 羽室が指さした看板には、やけにデフォルメされた頭身で不可思議な耳をつけたマスコットキャラと『VRカフェアンネベルグ荻上町店』という文字が描かれていた。

 第3回オーバーラップWEB小説大賞の一次選考に通過しました。

 とりあえず目標が、小説としての体が成されているか判断されるという意味での、一次選考通過だったので目標達成です。

 これもお読みくださり、アドバイスを頂いている皆様方のおかげです。

 ありがとうございます。

 拙い上に、遅筆な拙作ですがこれからもお付き合いいただけますと嬉しく思います。



 PS 二次選考はダメ元とおもっていますので落選しても、心折れてエタとはなりませんのでご安心くださいw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ