我に敵無し
「もしまだ疑うなら、監視会社の報告ログからいろいろ証拠も出せるけど確認なさいますか?」
あおるあおる。
ロープレモード絶好調のアリスは、無効化された切り札にまだ頼るのかと挑発的な目でクロガネ様に問いかける。
俺とアリスの茶番で会場のあちらこちらから飛んでくるなんだこのバカップルはという目線はまだ良いが、獲物を見つけた猫のようにぎらりと目を輝かせる大磯さんがちと怖い。
ブラコンを暴露した腹いせの報復行動には、アリスの話は格好のネタだからだろうか。
後もう1人。シリアス路線をひた走る人が1人。
真正面から視線を飛ばしてくるクロガネ様の目線は、舐め腐ってる態度の俺達に対してより厳しくなっていた。
「そんな詭弁で誤魔化せる気……かしら」
女性キャラクロガネという仮面が一瞬剥がれかけたのか、一瞬だけ声が荒れかける。
しかし苛立ちを押さえ込むように胸の前で腕を組み、一度息をつくとすぐに仮面を被り直す。
あくまでも崩す気は無いようだ。
「使えなかった。だから最初から違法ソフトを使う気は無かった。それが免罪符になるとでも考えているのか……しら。例え違法行為が無くても店を利用した事実は変わらない。今回の件に限らずVRがたびたび規制されてきたのは、法を犯してまでVR世界を汚した違反者達の所為。でもその男は店を利用することで、そんな奴らの存在を肯定している事になる……わね」
予想通り。モラルを絡めて俺の資質を問いただす方向性。
例え法律上はセーフでも、職業倫理上で問題があれば世間から見ればそれはアウトになるのは世の道理。
違法VRソフトを取り扱う店に出入りしていたVR系企業社員。
他人事ならアウト判定。
こいつに反論する理屈は一応ある。
俺にとっちゃ最優先すべき理論理屈。
「確かにそう思われても仕方ないかも知れませんね。でも俺にとっちゃそんなのは些細なことです。当日の内に帰社するはずの予定が崩れたからには、確保したデータを会社に如何に早く届けるかその一点です。あの手の店は回線が強いですからね。助かりました」
「仕事の為。自分達の利となるならば、遵法精神もモラルの欠如も問題無い……ルールやマナーを破るプレイヤー達と同じ穴の狢であると認める気か……しら。その背中のウサギが言うように勝つためには手段を選ばないと」
トレインやらなすりつけ。はたまた横殴りに、アイテム奪取やおもしろ半分のPK行為などのルールには接触しないが悪質なマナー違反行為に、一部のゲームを除いて運営会社側からも完全に禁止されたRMTやらチートツール使用。
ゲーム内で眉を顰められたり、糾弾され揉め事の原因となる問題行動を起こすプレイヤーと俺は、その本質が同じだと指摘するその顔は不快感に染まっている。
現役時代の行動や、コラムなどに書かれた文章からもすぐに判るが、クロガネ様がこの手の輩に敵対心を抱いているのは判っていた。
だがクロガネ様の発言には勘違いが1つ。
俺はそこへと切り込んでいく。
「アリスが指摘するように勝ちに行き過ぎる俺にはその一面もあります。ですが今の俺がもっとも重要視するのはお客様のためです。納期を守り、さらには高いクオリティーを達成する為に、俺はあの時に取れる最良の手を選択したまでです」
「たった一晩。数時間の違いで何がそこまで変わる……のかしら」
確かに数時間で出来る事など、たかが知れている。
始発まで時間を潰すだけならば、24時間やっているファミレスやらファーストフードやらでバイト従業員の白い目に耐えながら待てば良い。
モラルに反する行為を行ってまで、データ送信を優先するほどの説得力は得られないだろう…………普通の会社ならな。
「変わりますよ。ウチの会社はお客様の為ならば、徹夜、残業当たり前。会社への1週間泊まり込みも、より面白いものを作れるなら望む所。労働基準法なんぞ、社員自ら無視してでも突き進むセルフブラック企業ですので、数時間あればだいぶ違います」
我が社ホワイトソフトウェアの強み。
それは社員の誰もが面白いものを、お客様に楽しんで貰う事を至上命題として胸に刻み込んでいること。
例え愚痴や文句をこぼしても、どんな無茶でもやってのけることが出来る。
「口では何とも言える。でもそんな自虐話に誰もが納得できると思っているのか……しら」
確かに本人が自分の評価を言うだけなら誰でも出来る。
そうなると俺が用意するべきは他者の弁が語る実績。
今俺の手持ちのカードは大まかに2枚ある。
まずは1枚目。
ここにはウチの会社の変態技能を客観的に評価できる証人が……同業他社なお客様がたくさんおられる。
それを活用しない手は無い。
俺はちらりと横に視線を向け、ある人物と視線を合わせた。
「……お前。これでも一応俺は他社のトップだぞ」
俺の物言いたげな視線を受けた中溝社長は、その意味を察し別業社の社長すら証人に使おうとする俺の厚顔無恥さにあきれ顔を浮かべている。
「あんたは別ゲームのプレイヤーだからよく知らないかもしれないが、白井さんの所ならできんだよ。現役アメリカ海兵隊を臨時GMとして呼んだりとか、正式稼働前の度重なる仕様変更やら、同業者から見て無茶な企画だろうがスケジュールだろうが、面白そうだと思えば何でもやりやがる。この業界じゃ伝説になってる須藤さんもいるから一晩あれば相当進むぞ」
それでもきっかりと答えてくれる辺り、人選に間違い無し。
PCOに乗ると言ってきた以上、こちらに有利な情報で答えてくれるだろうという目論見は無事達成。
その内容も実際にウチがやった企画やら、先輩らからちらりと聞いていた入社前の修羅場、さらには業界内でも眉唾な逸話が語られるほどに人外な親父さん等、具体的な物だ。
「それどころか今回の同窓会企画に至っては、マスターアップ後、しかもお披露目1週間前に新企画を立案、ぶっ込んできたってよ。三崎主導でな。そこの三島先生も関わっているそうだ……しかしお前。そんな無茶やって交渉失敗やら、延期になったらどう責任とるつもりだったんだよ」
「いやまぁ、頼りになるウチの副マスターがいたんで勝ちは貰ったなと負けは考えてなかったのと、ウチの先輩方なら何とかしてくれるなと、主に他力本願ですけど。ねぇユッコさん」
お前に常識は無いのかという目を向けてきた中溝社長に、俺は軽く笑って答えながら、俺とアリスのやり取りを、それはそれは楽しそうに観戦していたユッコさんへと話を振る。
ユッコさんは俺にとっては気心の知れた身内ではあるが、同時に同窓会企画のクライアント。
俺がどうして無茶な行動に出たか、誰よりもよく知っている。
さらにはその人柄は誠実な年長者という説得力抜群な2枚目のカード。
「企画立案がマスターさんの最大の持ち味。私たちは実行役。だから他力本願と言うよりも役割分担ですね。さて……クロガネさんとおっしゃいましたね。私もご覧の通りあなたと同じプレイヤーです。だからプレイヤーとしてホワイトソフトウェアさんを、そしてマスターさんをよく知るからこそ、今回の企画をお願いすることが出来ました…………」
プレートアーマー装備の美狐っ子に対して、暗褐色の長ローブに身を包んだ有翼美女がにっこりと微笑むという、実に現実離れしたゲームな光景を展開しつつ、ユッコさんがゆったりと話を始める。
高額な予算を費やしたVR同窓会の最初の意図は、メディア向けの表向きな理由である新しい形のVRMMO実験や新規事業の模索や、一部で揶揄された金持ちの道楽では無く、難病で寝たきりとなっている同窓生である神崎さんの為であること。
VR開発史において輝かしい実績をもつ大手では無く、中堅どころで風前の灯火と言えるホワイトソフトウェアに頼んだ理由は2つ。
取り壊されて久しい旧校舎の再現という難度の高い仕事を、細部まで拘るウチなら出来ると期待したこと。
さらには神崎さんにとって最後となるかも知れない同窓会を、楽しめて心に残る物として作り上げる為にも気心の知れた俺がいるのが、心強かったからだそうだ。
ユッコさん曰く、俺達ホワイトソフトウェアなら奇抜な手を考え、さらには実行まで持っていけると期待したからとのこと。
それ以外にも俺が知らなかった事は、ユッコさんの話の中には他にもいくつもあった
俺がユッコさん担当になったのは、個人的な知り合いというのもあるが、俺がもし今回の企画で追加プランを上げてきたならば、経費は増えて構わないので採用できる案があれば採用して欲しいと、社長に頼んでいたからだそうだ。
一晩で書き上げた即興企画が締め切り直前で採用されたり、さらにはマスターアップ後の新規イベント追加という冷静に考えると、実に無茶な案と共に申請した四国出張があっさりと承諾されたのも、ユッコさんの根回しのおかげだったのだろう。
「ふふ。結果は期待以上。さらに言えば無茶は予想以上でした。私が四国で承った仕事も、当初の地元商工会レベルから、近々正式発表予定ですが県知事さんも関わって香川を世界にアピールしようという一大町おこしにまでなっています。その切っ掛けが1人の女性に和菓子を食べて貰う為だったと知っている方は少ないですけどね」
最近リアル仕事やらPCO開発に忙しくて、讃岐三白復活計画関連は、切っ掛けなだけであまり関わっていなかったから、市長が出てきた辺りまでは聞いていたがそんな大事になっていのかよ……頑張りすぎだろ香坂の爺さま。
「マスターさんに限らず、ホワイトソフトウェアさんの根源に流れるのは、良いものを作りたい。誰かを喜ばせたいというもの。目的のためには手段を選ばずは玉に瑕ですが、それでも成し遂げたい物がある。職人気質を持っているプロフェッショナルが揃っていると信じたからこそ、私は全てを任せることが出来ました」
ユッコさんの言葉には、自らが誇りと矜持を持ち一線級で活躍する世界的デザイナーであるからこその重みがある。
俺の資質に疑問を投げ掛けるクロガネ様に対して、真っ向から回答して見せた。
「………………」
忌々しげに唇を歪めながらも、クロガネ様が押し黙る。
クロガネ様も言っていたが、口でどれだけ上手いこといってもこの世は所詮は実績。
ユッコさんは俺にとって身内とも言えるべき人だが、同窓会企画に関しては歴としたクライアント。
そのユッコさんのみならず、他のお客様である同級生の皆様からも好評を得たことは間違いの無い事実。
お客様の事後アンケートやら個人ブログなどの証拠も揃っている。
その好評価に手応えを掴んだウチの会社は正式な事業として売り込んでいくために、協力企業を集める今回の企業向け説明会を開催している事も、証明の1つだろう。
アリスの反則技で武器を破壊され、中溝社長とユッコさんの証言でこちらの防御力は強化。
こちらが反撃しようと思えば、クロガネ様が証拠として出してきた盗撮映像を攻め所にも出来る。
あの一連の映像はアングルからして、自分の目で見た視覚情報を脳内ナノシステム経由で撮影したのだろう。
その手の行為も、一部の場所を除いて犯罪行為とはされないが、相手の許可も得ずに勝手に撮影するのはモラルに反する行為ってのは前時代から続くマナー。
こいつを起点にクロガネ様を倒せるかも知れないが、それじゃ俺の目的には到達し得ない。
「さてクロガネ様。これで我々の間に生じたささやかな誤解は解消していただけたと思います」
「くっ。ぬけぬけと」
にこりと微笑みつつも慇懃無礼な挑発姿勢で仕掛けた俺に、クロガネ様は臍をかむ。
俺に対する敵対心は未だ衰えず、しかし今は手元に有効な手段が無い状況。
残されたのは尻尾を巻いて逃げ出すか、無理矢理でも抗うかと追い込まれた状態。
クロガネ様の目的は俺を潰すこと。
なら潰す手段と機会を俺は提供してやろう。
「しかし貴女と知り合えたのは私たちにとっては僥倖だと思います。貴女は別ゲームで名を馳せたプレイヤーであると同時に、辛口ながらも的確なゲーム批評で知られたレビュアーです」
仮想ウィンドウ展開。
大磯さんが集めてきたクロガネ様の情報から、クロガネ様が執筆したVR雑誌でのコラムやら個人サイトで書かれた批評などを表示。
アップデートで変わった規格変更に対するダメ出しや、新規ゲームのコンセプトの弱さに対する批評、安易なVR化リメイクに頼る老舗への苦言など、企業側から見ればネガティブな物が多いが、それらはユーザーの声を代弁した物。
だからこそ違反者は許さずと過激な思想を持ちながらも、言いたい事をきっかりと言ってくれるとユーザーの一部からは熱狂的な支持を得ていたという。
「……なんのつもり」
いきなり手放しで褒めだした俺に対して、クロガネ様が困惑した顔を浮かべ、褒めちぎることで今更懐柔する気かと警戒の色を浮かべる。
懐柔?
いえいえむしろ喧嘩売りに行きます。全力で。
「先ほどのアリシティア嬢や私とのゲーム談義等からも、貴女が幅広い知識と常にユーザー目線に立った的確な目線を持っていることは私どもも十分に承知しました。規制後の新しいVRMMOをこれから手探りで開拓しようとしている私共としましては、貴女のような方に是非にご協力をいただければと思っています」
「まさか!?」
わざと湾曲したもったいぶった嫌味な言い方をするが、クロガネ様はその言葉の意味を察し、さらに困惑の色を深める。
周りのお客様やらへと目をやれば、大抵の人らも意味を察したのか理解の色を見せつつも、上手くいくのかと疑心を覗かせている。
その一方で、横に立つユッコさんからは楽しくてしょうが無いというクスクス笑いが聞こえ、背後で首を絞め続けてるんだか、ただ抱きついてるんだか判らない我が相棒の素に戻った『性悪』という呟きが聞こえてきた。
「はいご推察の通りです。開発段階でのユーザー目線のご意見やPCOクローズドβテストへの参加をしていただければと、一言で要約すればテストプレイヤーをなさいませんかとスカウトさせていただきたいのです」
「っ! 巫山戯るな! 何故俺がお前に協力し」
「是非とも忌憚無きご意見をいただければと思っております」
激高したクロガネ様は言葉使いを修正することすらつい忘れ即座に拒否しようとする所へと割り込む。
「お客様に楽しんでいただけるゲームを作る事が我が社の至上命題。それが達成出来無いとなれば企画を白紙に戻し1から練り直すことも選択肢に入るでしょうね……そうなれば貴女の目的も達成できるのでは」
俺を潰したいなら、正面からPCOを否定して潰してみろと暗に伝える。
ウチの会社の妥協なんぞ無い姿勢なら、とことんまで拘り練り上げて来るのは目に見えていた。
テストプレイヤーから上がってきた意見が重要視され、何度も手直しを繰り返していく事になる。
だからこそクロガネ様がテストプレイヤーとなりダメ出しを繰り出せば、PCOを現状で主導している俺やアリスへの直接攻撃へとなり得る。
それこそ妥協して中途半端な物を上げてきたら佐伯さん辺りに叱責+一からやり直せと更迭を喰らうことになる。
例えアリス達の超技術があろうとも、俺達が相手にするのは不特定多数のお客様。
映像が綺麗だ、音楽は秀逸だと評価されるゲームよりも、チープな画像と素人じみたつたない音楽でも中毒性のあるゲーム。
世間一般は別として俺らゲーマーにとって、どちらの評価が上かなんて確認するまでも無い。
ましてやこれからいくのは、規制状況下での新規ゲーム運営という茨の道。
既存のゲームに慣れていたユーザー達を満足させつつ、採算が合うゲームを作り、維持していくことの困難さはあんたなら判るだろ。
だから攻め所なんぞこれから腐るほど出てくる、改善策にも死ぬほど苦労させられる。
俺を潰す機会なんていくらでも生まれて来る。
「くっ…………っ……」
俺の提案にクロガネ様は勝算を見いだしたようだが、それでもこちらの意図に乗ることが、屈辱なのか即答できずにいる。
まぁそりゃそうだ。だがこっちもそのリアクションは予想済み。
だからこそヘイトを最大まで高めておいた。
一時的な屈辱を受け入れてまで、憎き仇敵たる俺をぶっ倒すを選ぶように。
「あー失礼しました。いろいろお忙しいのかも知れませんね……一方的に”無理”な事をお願いしまして申し訳ありませんでした」
無理にアクセントを付けいろいろな意味をもたらしながら、俺は最高の笑顔で挑発を飛ばしてやる。
「くっ!………………受けてやる」
散々挑発されて我慢が限界に達したクロガネ様は、自分の右手に付けていたグローブを外すと承諾と共に俺に投げつける。
GMスキルで解析したグローブアイテム情報には連絡先アドレス情報が付属している。
決闘宣言しつつも連絡先をちゃんと知らせてくる辺り、根が真面目なんだろうと納得させられる。
「その挑戦アリシティア・ディケライアが確かに受け取るわよ」
顔面に向かって飛んできたグローブを、俺の背中に抱きついたままのアリスが手を伸ばしてキャッチする。
相変わらず美味しい所だけはきっかり摘むなこいつは。
「…………後悔するな」
最後まで敵対心を減少させずにクロガネ様が使い古された捨て台詞と共に、最後に俺達を一睨みして右手を振ってログアウトしていった。
まずは前哨戦が終了ってか。
とりあえずはだ……
「優秀なテスター確保完了っと」
俺は緊張をほぐすように息を吐いて肩をすくめる。
背中のアリスがその動きに合わせてちょっと動くのが実にくすぐったい。
当初の目論見通り仲間にするのは無事成功。
あちらさんとしちゃ俺の仲間になった気なんぞ微塵も無いだろうが、俺を追い詰めようとゲームの粗探しをしてくれればしてくれるほど、こちらの弱点、改良点が浮き彫りになって助かることは間違いない。
クロガネ様自身はゲーマーとして高いプライドを持っているので、攻めてくる部分は重箱の隅を突くように些細な場所かもしれないが、事実無根な物や根拠も無い誹謗中傷な事はしてこないと確信している。
無論その指摘された部分をどうするか、考えなければならず矢鱈目鱈に苦労させられるかも知れないが望む所だ。
面白いゲームを作れるなら何でもしてやろうじゃねぇか。
早々潰されてやる気なんぞねぇぞこっちも。
一瞬の隙や油断でこちらの首を落としに来るかも知れない強敵。
うん。いいな。楽しくなって来やがった。
「まーた悪い顔してるし。ほんと追い詰められてから喜ぶんだから」
性格の悪い笑みをこぼしていた俺に、いつの間にやら背中から降りて前に回り込んでいたアリスがあきれ顔で俺を見ていた。
「あんな質の悪いクレーマーまでテイムするって、シンタの仲間の基準ってほんとアレだよね。利用価値があれば全部味方って一歩間違えると悪役思考なんだけど」
「うるせぇよ。クレーマーだろうがお客様。しかもその意見が的確ならありがたいお客様なんだよ。サービス業界ではな。ですよねユッコさん」
「えぇ。耳の痛いご意見も自分の糧になるならば歓迎しますね私も」
俺が振った問いかけにユッコさんがにこりと笑いつつも頷いてくれる。
支離滅裂なクレームなら良い迷惑だが、それが的確ならこっちにとっては改善点をしてくれたありがたいご意見で貴重なお客様。
そういう意味ではクロガネ様は、どれだけ辛口で俺の首を狙いに来ている刺客であろうともお客様。
なら手厚く歓迎してやろうじゃねぇか。
「さてこの勢いで刈り取るぞ。ここを分岐点で一気に業界を熱くしてやろうじゃねぇか」
「シンタの言う味方って、世間一般だと敵って言うんだけど……まぁいいや。ライバルが多いほど面白いのはあたしも否定しないし」
とりあえず難敵は攻略。
でもここからだ。周囲のお客様を見渡しながら、判っている相棒の同意に俺は口元だけで笑う。
ホワイトソフトウェアに協力してくれる陣営を集めつつ、中堅であるこちらの麾下に入るのを嫌がる大手企業や独自の手を考えていた企業のケツに火を付ける。
この手の業界は先行者有利。
規制を見極めてから動こうとあぐらを掻いていたであろう連中にプレシャーをかけて、開発を早めさせ業界全体を盛り上げていく。
PCOと敵対するであろうゲームや企業を生みだし、開発を加速させ、業界全体をVR復興に向けた”仲間”に引きずり込む。
俺が思い描いた絵図を生み出すために、必要な物はここに全部揃っていた。
「敵対者を自ら生みだし己の糧とする……あの小僧は見ている位置が他とは、ちと違うようじゃな」
「だからといってアレはやり過ぎです。業界全体を敵に回してでも勝算を見いだしているならともかく、行き当たりばったりの自信過剰です」
変わり者を地でいくノープスは三崎の特性を好意的に受け止めているようだが、サラスからすれば冗談では無い。
クロガネという人物を撃退したかと思えば、同業他社へとそれまでより軽いとはいえ、挑発するようなプレゼンを繰り広げた三崎を思い出して、サラスはゲンナリする
一歩間違えれば自分を危険にさらすだけではない、関わっている者達すらも巻き込む恐れがあると判っているのだろうか。
「それだけ己と周りの者達の力を信じておるんじゃろ。それに良い挑発だと思うぞ。あんな若造にこれから先を良いようにされたのでは、今まで一線を張ってきた技術者としてはやる気を起こすしかないからの」
ノープスの言う通り三崎の言動そしてPCOという劇薬は、意気消沈して沈み込んでいた日本のVR業界へと一石を投げ掛ける物となった。
その波風が大きく荒れ始めたのは、追い詰められれば追い詰められるほど本領を発揮するというあの男の計算なのだろうか。
「……敵を作るのだけは上手いというのは、決して褒められた物ではありません」
「それは間違いじゃろ。何せあやつは見方で全てを味方としておるからな。敵は無しじゃな」
くだらないダジャレを言いながらノープスが上機嫌で酒をあおる。
これ以上言いつのっても会話は平行線を辿るだけ、サラスは諦めの息を吐いて溜まっていた仕事へと意識を戻す。
この先を考えれば片付けられる仕事は、今のうちに限界まで片付けておくのがベストだろう。
……なんせあのミサキシンタがこちらに絡んでくれば、今以上の無理無茶が横行することになる。
「姫様はなんでよりにもよって、あんな輩をお選びになってしまったのでしょう」
あの男ならば、苦境に陥ったディケライアを救う為に何でもしでかすだろう。
本日何回目となるか判らない愚痴をこぼしつつも、近い将来三崎がディケライアの事業に深く関わるであろうと確信めいた予感をサラスは抱いていた。
これにて第1部。地球編終了。
次話 転章1話完結の『老いらくの恋』を書いて後、
第2部、銀河辺境編または新人ゼネラルマネージャー編に繋がる予定です。
タイトル分けていますが同一内容ですw
コメント返しは次回にまとめてさせていただきます。




