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学生時代の力関係とコネは永遠です

 ウサミミ少女はエアロックを吹き飛ばし外に飛び出すと同時に、船体を這うように目的の射出口をめがけ一直線に飛ぶと、直前で山なりに軌道を変えつつ光弾煌めく宇宙空間を背景にくるりと反転する。

 ウサミミ少女の直下で口を開けた射出口から細長い棒状の脱出艇が電磁カタパルトにより射出される。



『って逃がすわけないでしょ! ほんと悪役思考もいい加減にしなさいよね!』



 最大加速で射出された脱出艇と交差する一瞬で、ウサミミ少女は怒りの色を有り有りと含んだ怒声と共に、狙いをつけていた脱出艇の弱点である後方エンジンブロックへと、右腕に握る分厚い山刀を打ち付けた。

 ウサミミ少女が叩き込んだのは、斬撃スキルの一つで相手のウィークポイントに叩き込めば、確定クリティカルとなるスマッシュスラッシュ。

 クリティカルを知らせる激しい火花のエフェクトが飛びちり、分厚い金属装甲が切り裂かれ、少女の後方でエンジンブロックが二つに破砕された。

 次いで一瞬の間を置いて、破壊されたエンジンブロックが巨大な爆発を起こし、その火の玉に脱出艇が包まれる。

 この瞬間、勝敗が決した。








「うぉすげ! 今の攻撃って弱点を狙ったのか!?」



「当たり前だ! あの女はリーディアンじゃタイマン最強兎だ! 余裕余裕!」 



「オッケーオッケー! 最高のタイミング!」



「よっしゃ! ざまみやがれ外道が!」



「くくく! いいぞ! 捨てた相方にやられるなんぞ。最高だ。あの野郎の悔しがる顔が見れないのが残念だ!」



「ぼこぼこの血まみれにする方がよかったけど、罠に嵌め返すってのもちょっと溜飲下がったかなぁ」

  

 

 アリシティアの勝利が確定した瞬間、観戦していた観衆からはアリシティアを褒め称える大歓声と共に、リーディアンユーザーらしき者達からは敗者である三崎に向けた怨嗟の恨みの篭もった罵声も盛大に上がる。

 プレイヤーの性別やら年齢すらも関係なく罵声を浴びせられる辺りは、もっとも恨まれていたGMらしいと評価するべきだろうか。

 


「GMミサキ撃破確認! 何時もの言っとくか!」


 

 一人の男が大声で音頭を取ると、合点がいった幾人もの観客達が拳を突き上げ、 



「「「「「「「アリスととっとと別れろ! この腐れGMが!!!!!!!」」」」」」」


 

 1音のズレも無い会場全体に響き渡るほどの大合唱が発せられた。

 ミサキの入ったボスを撃破した際の恒例行事や、某掲示板でミサキの名前が挙がった際に行われる定番レスは元リーディアンユーザーにはお馴染みだが、あまりに息の合った叫びに、事情をよく知らないだろう観客達が若干引き気味になるほどだ。



「……すげーな。シンタの奴どんだけ恨みかってんだ? 今の音頭を取ったのもうちの金山だろ美貴」



 OB、現役合同の飲み会で見知った後輩を指さした宮野忠之は、身内にまで恨まれるほどに悪評高さに感心したのか面白げに笑っている。



「ここだけの話、金山の場合は卒業前に先輩から頼まれてるから。周囲を煽ってヘイトを維持しといてくれって……ギルドの子らやあっちゃんが変な勘ぐりされないようにってね」 



 兄の問いかけに声を潜めて宮野美貴は答える。

 リーディアンが終了した今となっては、秘密にするような事でも無いのだが、ずっと隠していた所為か、自然と声を潜めるのが癖になっていた。

 GMとなった三崎伸太が、元プレイヤー。そしてKUGCギルドマスターだった事は多くのプレイヤーが知る事だ。

 その事実から曲解した勘ぐりをして、ギルドメンバーやコンビを組んでいたアリシティアが、ゲームプレイが有利になるように情報をリークしている、されていると、思われる可能性は十二分にあった。

 これらを避ける為に、ボス戦時の容赦の無い外道プレイや、プライベートでの接触激減といった直接的な物から、金山などに頼んだ印象操作や、掲示板への横暴な先輩だった等のデマ書き込みなどの間接的な物など、三崎が打った手は美貴が知るだけでも十数にも及ぶだろう。

 ギルドメンバーだけで無く、三崎が個人的に付き合いのあったプレイヤーにもいくつも似たような裏工作を頼んでいたようなので、その全容を知るのは当の本人だけかもしれない。

 


「そりゃまた……あいつらしいな。面倒事を嬉々としてやったな」 



 美貴の言葉に、忠之は珍しくあきれ顔を浮かべた。

 どうせ贔屓する気など無いのだったら、根も葉も無い噂だと捨て置けば良い。

 自分だったらそうする。

 だが妙な所で真面目というか、義理堅い三崎にはそれが出来ないのだろう。

 悪意のある噂の影響を受けるのが自分だけではなく、アリシティアや後輩、そしてギルドメンバーである身内にまで及ぶとなったら、あの世話焼きが何もしないはずがない。

 さらに自らを悪役にするという自虐的な行動も、あの後輩なら、周囲を思い描く状況に持っていくというシチュエーションを楽しんでやってのける。

 そういう男だ。



「三崎先輩って通常モードはお人好しで気の良い先輩だからね……ゲームプレイだけはド外道な癖に」



 面倒見のよい優しげな先輩という外面に騙されて入会した新人が、新人歓迎会の罰ゲーム付きボードゲームやら、コスプレ麻雀でそのどす黒い本性(ゲーム限定)を思い知らされるのは、三崎が在籍当時の恒例行事で、その被害者の一人である美貴は何とも複雑な顔を浮かべる。

 世話になった先輩で無ければ、リアルファイトの1つや2つ仕掛けたいほどの、恨み辛みがあるのは美貴一人では無い。



「ゲームに関しちゃ性根が腐ってるからな。だからあいつはリアル童貞のままでもてないんだよな……そのうち奢ってやるか」

 


 ゲーム限定とはいえそのド外道な本性の所為か、それともアリシティアの存在もある所為か。

 学生時代からリアル関連では浮いた噂の1つも聞かない後輩を、VRではなく、リアルな風呂屋につれてやっていくべきか。

 下世話な事を忠之が考えていると、

 


「兄貴。妙なこと企んでるなら、義姉ちゃんにちくるよ」



 兄の呟きを耳に捕らえた妹が汚物を見るような蔑んだ冷たい目線を浮かべていた。

 これ以上追求されるのは分が悪い。

 


「ユッコさんそろそろお開きにしますか?」



 嫁小姑の仲が良好なのは本来は喜ぶべきだろうが、後輩を出汁に使った息抜きすらも出来やしないと忠之はあっさり諦める撤退を選ぶと、会場全体を見つめていた三島由希子へと確認する。

 由希子が借り受けたこのVR空間の利用可能時間はまだまだ余裕はあるが、今が打ち切るベストタイミングだろうと忠之の判断に、



「えぇ。マスターさんとアリスちゃんの戦闘は万全の結果で終了しましたし、ほどよい撒き餌も終わりました。これで強制終了とまいりましょうか。美貴ちゃん。しばらくそちらはいろいろ聞かれると思いますのでお願いしますね。上手に頼みますね」



 獲物を捕らえる狩人の目を浮かべた老婦人はその鋭い視線とは裏腹な柔和な笑みを浮かべて美貴に頼むと、右手を他者不可視状態の仮想コンソールに奔らせた。



「へっ? ちょっとまってくだ」



 兄への追求が打ち切られた上に、いきなりの頼み事に事情を察知した美貴が返事を返しきる前にその視界は急速にブラックアウトしていき、



『回線が遮断されました。現実空間への復帰プロセスを開始いたします。本日のフルダイブ利用可能残量時間は32分22秒となります』



 無個性な機械音声が条例施行後に導入されたタイムリミットコールを告げて、次いで眠りから覚醒するような浮上感を美貴に与えた。 















 肌寒さを感じながら閉じていた目を開く。

 美貴の目に映るのは見なれたサークル棟の一角を改造して作られた、女性用ダイブルームだ。

 適温より少し低めに設定されたエアコンの稼働音に混じり、周囲のダイブ用チェアに身を横たえていた一緒に潜っていたサークルメンバー達の静かな息音が聞こえる。

 一番最初に復帰したのは自分のようだ。

 先週に組み上げた復帰プロセス短縮用に自作したプログラムの成果だろうか。

 無論、世界最高峰である魔法使い級のVRエンジニア達が組んだ最高品質に比べれば、学生の作った稚拙な物だが、その目的は基礎技術への理解度を示す指針。

 復帰プロセスという必須にして基本的なプログラムだからこそ、その理解力と技術力が如実に表れる。

 ゲームを通じてVR関連技術の向上を謳う以上、ある程度の成果を果たすのは部長としての義務であり責務。

 サークルメンバーが持つ高い基礎技術力と幅広い人脈が、KUGCこと上岡工科大学ゲームサークルの売りで有り免罪符。

 卒業メンバーの一癖、二癖もある連中が、現代社会の基盤である幅広い電子工学部門で活躍しているからこそ、ある程度の自由が学校側から黙認されている。

 無防備になる肉体の安全確保や防犯の為に、入り口は二重扉、入室管理用個人専用生体コードキー。室内防犯カメラ、トイレ、シャワー付き、鍵付きロッカー、エアコン完備といたせりつくせりなフル装備は、維持費や電気代が歴代先輩部員達や、その友人、知人からのカンパやらお下がりの品から構成されているとはいえさほど問題視されておらず、校内の数多くあるサークルでも破格の扱いと好条件を兼ね備えている。

 しかし入部希望者が多いかと言えば、実はそれほど多くは無い。

 校内屈指の設備と、卒業後のコネが作れるという好条件は実に美味そうな餌に見えるだろうが、それが釣り針であるのは学内では有名な話だ。

 現メンバーにはそれなりの義務や強制労働がついてくるわけで、

 


「全員起床! とっとと起きなさい! 金山! そっちのメンバーもいける!?」



 数秒遅れて復帰してきた部員達に声をかけつつ、数段設備の落ちる隣室の男性用ダイブ室に壁越しで怒鳴る。



『全員起きた! やばい宮野! 祭り状態だ! VRゲーム掲示板でかなり盛り上がってるのに、ホワイトソフトウェアのVRサイトが停まってやがるせいで、問い合わせがうちのHPにも来てる! 鯖落ちしないようにすぐに予備を立ち上げる! 太一。倉庫いって引っ張り出してこい!』



『オッケーです! いってきます!』



 美貴よりも少し早く起きていたのか、この短時間で状況を確認していた金山が焦りを隠そうともしない声で怒鳴り声を返してくる。



「りょーかい! こっちは中身。さっきの画像と映像を纏めてトレーラーの作成とwikiの制作は引き受けた! 千沙登。ユッコさんと馬鹿兄貴に連絡! 何でも良いから資料回せって!」



「はい。すぐ連絡します!」



 ホワイトソフトウェアはその全社員を集結して今日の企業向け説明会へと注力する為に、同日同時間帯の広報や問い合わせを行う公式サイトの業務停止を告知していた。

 これが事前に告知されていた同窓会プランをメインとした、新しい形のVRプロジェクトだけならばなんの問題も無かっただろう。

 だがVR規制条例下である冬の時代にサプライズ過ぎる新作VRMMO『Planet reconstruction Company Online』の発表とその高クオリティなデモ映像が拡散された所為で、早々と某掲示板を中心に所謂祭り状態に突入していた。

 その情報源であったのは三島由希子が借り受けていたVR会場。

 ホワイトソフトウェアからリークされたであろう、ゲーム情報や映像は、VRMMOに飢えていたプレイヤーの本能を刺激し、食いつかせて、注視を集める事に成功している。

 だがその一次情報源であるVR会場が、極めて中途半端なところで急遽閉鎖、切断された事で発生した情報難民が、ゲームの詳細情報を求めて一気に拡散していた。


 ゲームの必要スペックは?


 自由度が高そうだが何が出来るんだ?


 スキルの仕様や名前がリーディアンと同じだがプレイヤーデータ流用できるのか?


 与えられた情報の断片から、推測した情報の確信を得る為や、気の早い者などCBTテスターの募集先を探す者など様々な反応を見せているが、共通しているのは情報に飢えているということだ。

 その飢えた獣たちが目を付けたホワイトソフトウェアの公式サイトが、稼働していない以上、その目が周囲の少しでも関連有りそうな場所に目が向くのは自然の摂理。

 全てを主導したであろうゲームマスターと、デモプレイヤーとして登場したギルドマスター。

 いろいろな意味で名高い二人のGMが所属していたKUGCは恰好の標的となっていた。



「知り合いのギルマスと個人情報サイトやってる子らにも声かけて資料提供準備! 祭り会場を増やして話題の活性化を狙うよ!」



 正直言えば美貴たちとて、PCOの詳細など知りもしない。情報を求めているユーザーと情報量は変わらない。

 私的な知人、友人から個人的なアドレスには問い合わせがあるだろうが、嵐が過ぎ去るまでサーバを遮断し乗り切れば、無事にすごせるだろう。

 だが美貴たちが彼らと違う部分が1つある。その1つが傍観することを許さない。

 それは三崎伸太は先輩で有り、宮野達は後輩であるという一点だ。

 三崎に限らず先輩関連で大事があった場合、必要とあれば、”善意という名の強制労働”で協力するのがこのサークルの伝統で有り、数々の恩恵の代償である。

 三崎伸太のやり方をゲームを通じて身にしみて知っている直属の後輩である、宮野や金山達の指示に迷いは無い。

 系統の違ういくつものサイトへ情報提供を行い、情報を求めるユーザーを分散させつつ、ゲームへの期待度を盛り上げながら、新たに興味を持つ新規へとその経緯や分かり易い情報板の作成。

 裾野を広げることで、情報を拡散させつつ、迫力のある映像や意味深なキーワードで話題性を上向きに維持させていく為の下準備。

 プレイヤーであるからこそ判る、プレイヤーのツボを押さえたユーザーサイトは、メーカーが作る公式サイトとはまた一風違った物となるだろう。

 


「みんな頑張りなさいよ! 成功の暁にはあの外道先輩には、志宝堂のデザートバイキングを奢らせるから!」



状況を操り協力せざる得ない状態へと持っていくこのやり口は、明らかに三崎の手口だと、その人と形を知る誰もが思っている。

 ギルドメンバーや後輩どころか、敵対プレイヤーまで仲間に引き入れていく手腕にさらに磨きが掛かっているようだと。



「美貴甘い甘い! あと華月ゆ~ぷらざのチケットも付けさせれるでしょ!」



「あ、私! 加西屋のVIPランチ希望!」



「部室用の冷蔵庫とレンジ。相当古いでしょ!」



「じゃあ纏めて先輩に請求と。文句を付けれないくらいの仕事してやりましょ!」 



 美貴達を強制的に巻き込んだその手管は、三崎のやり口をよく知る三島由希子のサポートだと知らない彼女たちは、人気の洋菓子屋の餌を示した美貴の発破に、仮想コンソールを操るメンバー達が大学近くのスパリゾートの名や定食屋の特別メニューやら部室の新設備等次々に要望を上げていく。

 面倒事を押しつけられたと誰もが思いつつも、その心のどこかでこの状況を楽しんでいるか、声は明るく楽しげだった。

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