楽しめてこそゲーム。それが宇宙の真理
目の前に立つ長身の狐娘から向けられる視線は、なんというか薄ら寒い物がある。
怨念が篭もっているような錯覚を覚えるほどに、どんよりと濁った殺意を感じる目線に、お客様が俺を見るなり発した裏切り者という言葉。
どうやら俺個人に対する悪意があるようだが…………誰だ?
ざっと記憶を浚ってみるがこの『クロガネ』とかいう廃人プレイヤーは俺の記憶には無い。
光り輝くような金髪とデフォルメされた狐耳。それに男だったら十人中十人が美女だと断言するだろう美貌。
傾国の美女である妖弧玉藻御前をイメージに作り上げた仮想体だろうか。
VRソフトに付属する市販の仮想体生成キットのデータだけでは飽き足らず、おそらく自作や公開MODをいくつも組合わせて作ったオリジナル仮想体。
見た目にこだわりハイレベルな仮想体を作り上げる事が出来る知り合いはそこそこいるが、それを自分用として臆面も無く使えるような知り合いは今のところ二人だ。
一人は横にいる我が相棒にして最強廃宇宙人アリス。
そしてもう一人は、学生時代の試験対策やらで借りが多くてどうにも頭の上がらない先輩である宮野さん(髭達磨男)くらいだ。
当然のごとくこの面前の人物はアリスでは無く、宮野さんにしてもあのラテン気質な先輩がこのような薄暗い目をするわけも無い。
そうするとこの狐なお客様は全く知らない人物のはずなのだが、この目の色にはどこか覚えがある。
しかしいつどこで見たのか思い出せない。それほど記憶に残らない遭遇だったのだろうか。
『知り合い? すごい怒ってるけど』
思い出そうと記憶を漁る俺の右袖を引っ張りつつ、アリスがWISで尋ねてくる。
『判らん。裏切り者呼ばわりはGMになったときから腐るほど言われちゃいるが、別ゲーのプレイヤーに言われるような事してないぞ』
『逆恨みか予想外って所? どーすんの。引き込む気?』
『影響力って意味じゃ惜しい人材ぽいからな。適当につついて様子見してみるが、ワンクッション踏んだ方が良いかもしれん』
殺意じみた非友好的な視線を受けつつ俺はアリスに返してみたんだが、さてどうしたもんか。
昨日来ていた脅迫文めいたメールもこの御仁か?
しかし先ほどは”私”という言葉、昨日のメールは”俺”。
一人称の違いが気になるが関係ないと言い切るのは難しいか。
いきなりマイナスに振り切っているとおぼしき状態からの交渉。
こりゃまた面白い……と気軽に言えるほどこちらの駒は多くない。
『了解。いけそうだったらあたしが入るよ』
取っつき所を見つけないとこりゃどうにもなりそうに無い。まず会話のメインを奪う所からいってみるか。
「クロガネ様。以前にお目に掛かった事ありましたでしょうか? 私の方にはあいにくと記憶が」
「はっ。白々しい……白井社長。このような男をゲームマスターとして起用した事自体が、あなた方が、ゲームユーザーを、強いてはVR世界に生きる者達を軽んじている証拠ですよ」
まずは小手調べとばかりに繰り出したこちらの挨拶は鼻で笑って、あとは完全無視かこの野郎。
会話を奪うために俺に意識を向けさせるファーストコンタクトは失敗。
しかし収穫はあり。反応を見る限りどうやらこちらのクロガネ様は俺の事をご存じのようだ。
一方的なのか、それとも別の仮想体で会ったことがあるのか。もしくはリアルか。
リアルだとすると、その姿は地球外生物なアリスじゃあるまいし、狐耳のライカンスロープな訳も無し。こりゃ正体推測は難儀そうだ。
「僕らとしては彼が入社してくれて実に助かっていますよ。何せ三崎君は元お得意様。プレイヤー観点からの意見や企画を上げてくれるというのもありますが、うちのリーディアンにおいて彼がボスキャラを務めたときの盛り上がりはなかなかのもでしたので」
「リーディアンのボスGM操作ですか。それがユーザーをバカにしていると言っているんです。仕様変更や難易度の調整というアップデートという形での正当の進化では無く、有人操作で癖を変えてスキルをいじるだけで、同じキャラを延々と使い回す。その様な安易な手でゲームとしての延命行為を行うことを恥ずかしいと思わないのですか。同規模のVRゲームに比べても、こちらの会社はアップデートの頻度は少なく、規模も小さかったでしょ」
クロガネ様が右手を振って複数のウィンドウを背後に呼び出す。
中央の大きなウィンドウに映るのはリーディアンが稼働してから終了するまでに行われたアップデート回数やらデータ容量やらの統計データ。
周囲の小ウィンドウには、リーディアンと同じく終了している中堅所のVRゲーム類の同データ。
このデータを見比べてみると、ぱっと見だが、うちの会社は同規模の同業他社に比べて、アップデートの頻度やらデータ量は二割ほど少ない。
攻略法を固定化させ無いためのボスキャラ有人操作にスキルコントロールというゲーム仕様は、このデータに沿って捻くれた見方をすれば、同グラキャラをちょこっと変えた安易な手段と映るって事だろうか。
中から見てる分には自由度高い分、難易度の調整やらで新ボスキャラ一つ出すにも結構
苦労してるんだが、こちらの営業努力は身内のプレイヤーならともかく、外部には伝わりにくいんだろうか。
「しかもあなた方はこの男を雇い入れることで、プレイヤー達の戦術を盗み知ってさらなる延命を図っていましたね。新規開発を怠りプレイヤーを小手先の手段でごまかすその様な安易で卑劣な手を使うあなた方が、大規模なVR業界の立て直しを画策? はっ。どこまで本気なんでしょうか」
クロガネ様はびっしと伸ばした指先で俺の顔面を指し示す。
ふむ。どうやら、とことんまでうちの会社。さらには俺を叩きたいご様子。
こんなデータまでご丁寧に揃えてくるくらいだ。用意周到万全の構え。恨み心骨刻みいるって感じか。
これらの発言やらデータを見聞きする周囲のお客様の様子をうかがってみると、うちの会社をよく知っている方々はあまりの難癖にあきれ顔。
だが問題はホワイトソフトウェアをあまりよく知らないお客様方。今回の説明会で初めてうちの会社に関わる御新規様。
このままクロガネ様の意見に言うに任せていれば、どれだけ控えめに見てもうちの会社の心証が悪くなるのは避けられないだろう。
うん。このままじゃまずいな。このクレーマなお客様をどうやって黙らせた上で論破す、
「課金厨でお金=火力な脳筋カーシャスの脳筋廃人には、リーディアンのシステムの奥深さが判らないようですね」
攻略ルートを模索していた俺の横で、何とも冷ややかな声が上がる。
「なっ!」
「リアルマネーで安易に強くなれる仕様のカーシャスなんてやってたら、ゲームの面白さを知る事も出来ないのですね。お金で強くなるつまらないゲームでも満足できるなんて、可哀想で泣けてきました」
言葉では可哀想と言い頷きながら、小馬鹿にしてせせら笑う外国風美女。
言うまでも無くアリスなんだが、その目を引く美貌に似合わない流暢な日本語と暴言に周囲の注目が一斉に集まる。
絶好調だったクロガネ様も思わぬ伏兵に驚いたのかその整いすぎた表情を固め絶句している。
「でもこういう可哀想な人が、お金を惜しげも無くつぎ込んでくださるのでアップデート費用が稼げるようですね。カーシャスみたいな駄ゲームじゃアップデートを何度もやらないとすぐに飽きられて過疎るから仕方ないでしょうし」
煽るだけ煽ったアリスは最後にちょこんと小首をかしげてさわやかに笑いやがった。
最後に体裁を整えたところで、周囲の空気はひんやりとしているくらい凍りついている。
この状況を面白そうに見ているのはうちの社長くらいだ。こりゃ紹介する手間が省けた。数寄者の社長のことおそらくアリスを気に入ったな。
問題無く円滑に進めそうな、そっちは後にするとして俺が考えるべきはこの状況で次に打つ手だ。
クロガネ様の言葉に感情的になって切れたというには、アリスの反応は少しおかしい。
『ちょっと三崎君! 奥さん止めた方がよくない!?』
(大丈夫すよ。アリスにしちゃ敬語混じりの嫌味と遠回りなんでたぶん演技です。なんか考えが有ると思います)
大磯さんが慌てて飛ばしてきたWISに対して、俺は左手で仮想コンソールを打ってノンビリとした文字チャットで返す。
アリスは基本直情的というか顔に感情が出やすく喜怒哀楽が分かり易い。ただしこれは素の時。
たぶん今のアリスは役やら設定に完全に入り込んだロープレモードと俺が呼んでいる状態に入っている。
何かしらの攻略方法を見いだし、この冷笑できる人格を演じているとみるべきだ。
(それよか大磯さん。このクロガネ様のVRに対する主張。最近の規制も含めてピックアップしてこっちに回して貰って良いですか)
『でもこのまま放置はまずいん……はい……いいんですか? 中村さんが三崎君の判断に全部任せるって。だから絶対勝ってだって。資料は超速攻で集めるよ』
止めた方が良いんじゃ無いかと言いかけた大磯さんに、中村さんから指示が飛んだのか、すぐにこちらの要請に基づいて行動を開始してくれた。
クロガネ様の発言を黙って聞かされていた、うちの連中もかなりフラストレーションが溜まっていたのだろうか。
反撃に出たアリスの行動を見逃してあっさりと俺に場をゆだねてきた。
んじゃ上司の了承も得てバックアップ体制も作ったところでこちらからもいきますか。
打ち合わせ無しの仕掛けはアリスが俺を信頼している証拠。アリスの真意を見抜き、それに沿った攻撃を俺が繰り出すと信じて……いや判っているのだろう。
プレイヤー時代に時間と実績を積み重ねて強固にしたコンビとしての信頼を、そう簡単に裏切るわけにもいかない。
アリスがロープレモード全力ならこっちも全力だ。
「っ誰ですか貴女は!? いきなり。関係の無い人間が口出しを」
「関係なら大有り。リーディアンユーザーとして、可哀想な貴女にゲームの面白さを教えてあげましょう。かつてリーディアン世界で勇名をはせたKUGCギルドマスターであるこのアリシティア・ディケライアが」
いつかどこかで聞いたような台詞を大げさな身振りで髪をかき上げて宣うアリスは、何とも演技っぽさが強く、先ほどまでの険悪でシリアスな状況に若干のコメディー色を強制的に混ぜ込みやがった。
「……貴女が。なるほど。その横の男と結託していたというギルドマスターアリスですか」
アリスの名乗りにクロガネ様が若干冷静さを取り戻す。どうやらアリスの存在も知っていたらしく憎々しげに睨み付けた。
対峙する兎娘と狐娘。
自然界じゃ圧倒的に分があるのは狐の方だろうが、うちの兎切り込み隊長も負けちゃいない。
「そもそも前提が間違っているの貴女は。アップデート回数が多い? データ量が豊富なほど名作、良作? 浅はかすぎて笑いたくなる稚拙な考えですこと。かつてゲーム黎明期に大ヒットしたアーケードゲームにはその様な後から付け足す機能があったかしら?」
「そんな一世紀近く前の化石じみたゲームとVRゲーム世界を同列で語るなんて底が知れてるわね。貴女の言う初期ゲーム群はそれなりに流行ったでしょうけど、それは他に選択肢が無かった時代。第一貴女が言うゲームも、後にリメイクや模倣としてシステムや仕様を変更して販売されているでしょ。後から出されたゲームは今で言うアップデートそのものじゃない」
VRどころか家庭用ゲームが爆発的に広がる前のアーケード黎明期からゲーム談義を始めやがった。どこまでゲーオタだ。この外宇宙生物は。
そしてそれに食いついて乗ってきたクロガネ様。この二人は基本波長が有ってるような気がすると感じた俺の予感はたぶん間違っていなかったんだろう。
「確かに貴女の言う通りね。でもリメイクして改良され世に出ることはあっても、名作として語り継がれる不朽の作品群の評価は変わらない。それはなぜか? そこにゲームとしての不変の面白さがあるからです。たとえばシューティングゲームの始祖たるインベーダーゲームは完成された様式美を……………」
インベーダーゲームを語る宇宙人。
何ともシュールな状況を横で聞きながら俺は大磯さんから次々に送られてくるブログや雑誌での数々の発言などから抜き出した情報を元に、クロガネ様の思考やVRゲームに対するスタンスを把握していく。
基本的にこのお客様はVRゲーム世界を、真世界として捉えている節が見て取れる。
リアルが偽物で、自分が過ごすVR世界こそが本当の世界だと。
現実逃避と鼻で笑うべきかとも思うが、実際問題VR規制条例が施行されて、自分の世界を失ったと自殺未遂者が出たという事例もある。
行き過ぎたVR中毒患者がこのような極端な行動に出ることを見越し対処していたので幸い死者はでなかったが、それでもゲーム世界に入れこむプレイヤーの業の深さを感じさせる話だ。
さて件のクロガネ様もそんなプレイヤーの一人。
しかもゲーム世界を清らかで美しい物と神聖視しているような発言が所々見いだせる。
理想世界。努力が報われる世界。正しい本当の世界等々。
ゲーム内PKを嫌うという情報も、PK行為そのものでは無く、ゲーム妨害としてのPKを嫌うという物らしい。
ようはゲームに沿った敵対ギルドやら国家戦争でのPKはゲーム内のルールとして是とするが、復活ポイントでのエンドレスPKやら、初心者、低レベル帯を狙った高レベルプレイヤーによる一方的な殺戮。
所謂迷惑行為としてPKを嫌い、その様なプレイヤーに対抗するPKKギルドを率いていたと。
さてそんなクロガネ様のGM、そして管理側に対する認識は、理想世界を作り上げる一員として一定の敬意を抱いているようではある。
だがGMとプレイヤーによる結託で不正行為が発覚した際には、苛烈な発言で二度とVRに関わるべきでは無いと切り捨てている。
神聖にして真たる世界を作り上げる者は聖人君子であるべきってか。
これらの情報から推測するにVR世界に対する依存度はVR中毒そのもの。
リアル肉体なんぞ二の次で、栄養補給の点滴と長期ダイブ用業者任せで捨ててすらいる可能性もあるアリスに負けず劣らずのヘビーユーザーだ。
しかしだ。いろいろ情報を上げて貰ったところで俺とこのクロガネ様の接点がいまだに浮かんでこない。
このような濃いキャラクター。どこかで出会ったとかなら忘れるはずも無く、かといってブログや雑誌コラムで俺やホワイトソフトウェアを叩いたやら話題にした痕跡も今のところ無し。
卓越した情報纏めスキルをもつ大磯さんが見逃した可能性も低い。
頻繁に書き込まれていた時期には接点が無いと判断するべきだろうか?
そうすると疑うべきは、雑誌が廃刊になり規制後のブログの更新が低調になった時期からここ最近か。
さっきから対面した感じどうもこの御仁。規制に対する恨み節が強く、その原点である不正行為者のために世界を奪われたと思い込んでいるのは間違いない。
俺がここまで恨まれるのは、不正行為に関わっているとクロガネ様から思われているという事だろう。
しかしだ。俺自身に身に覚えが無い。
こちとらここまでとはいかずとも、不正行為はダメだろうと思う小市民。GMになった際は現役プレイヤーとの交友関係を過疎化させたほどだ。
社長らが事件の際に事故現場のVRカフェに仕掛けた情報収集も、開発部の佐伯さんがメインで俺が関わってないし、第一あの人がやって足跡残すような不手際もやるはずも無し。
そうなると予想外の行為。不正に関わっていたと思われても仕方ない迂闊な……世界が奪われた?
ふと一つのキーワードが思い浮かび、記憶の中に散らばっていた点と点が一気に繋がっていく。
ユッコさんの地元を調べに行った際の帰り道。
電車が止まった事故で俺は足止めをくらい、法的に灰色な怪しげなVRカフェで一晩過ごす羽目になった。
あの時は若干怪しげなソフトに心を引かれもしたが、結局アリスの力業な強制連絡で使用はしていなかった。
しかし俺があの店に入店し、夜明けまで過ごしたのは事実。
そして退店時に目の危ない兄ちゃんからなにやら因縁をつけられた記憶が思い浮かぶ。
あの時はよく聞き取れなかったが、今思い返せば『世界は奪われた』とか言っていなかったか?
ふむ。偶然と言うには言葉が似ている。
そうするとだ……やはりこの狐娘はネカマか?
どうにもクロガネ様の使用する仮想体の外見のあちらこちらが、異性目線から見た理想すぎて違和感を抱いていたんだが、たぶん男だな。こりゃ。
しかもあの時絡んできた兄ちゃんか? 世間は狭いというかなんというか。
状況証拠ばかりでかなり推測混じりの予感だが、このラインがすとんと納得できるのもある。
第1候補と考えて行動するべきだな。
さてそうなると完全なる誤解から恨まれたわけだがどういくか。誤解だなんだと言いつのったところで、素直に信じてもらえるのは難しい。
確かな証拠を準備する必要性があるか。俺があの時どこへとデータを送り会話を交わしたか。
前者は会社に送ったデータ群で証明は出来る。問題は後者。アリスとの会話だ
相棒から銀河系の反対側に停泊中の宇宙船のVR空間に呼び出されて実は宇宙人だと告白されてました。
こんな与太話を信じるやつは、失われた大陸の名をつけた雑誌の交流掲示板関係者くらいだろうか。
このラインで攻め込まれたときの対抗策を考えながら、俺は仮想コンソールを叩いて今思いついた推測とクロガネ様の正体を、ゲームの面白さと発展の歴史で激論を交わすアリスへと宇宙的情報を隠したパーティチャットで送る。
「ゲームの面白さは千差万別。戦略ゲーが至高な人もいれば、アクション系こそ最高という方もいます。リーディアンの面白さは毎回毎回変化するボス戦に対抗して、知恵を振り絞り協力する大勢のプレイヤーと一体感。多数のプレイヤーとの共闘。これこそVRに限らずMMOの醍醐味。アップデートの量? MOBキャラの数? そんな物でVRMMOの面白さを計れると思うのが間違っているんですよ。ホワイトソフトウェアがユーザーを馬鹿にしたゲームを作っていた? 言いがかりも甚だしいんですよ」
ちらりと俺の送った情報を見たアリスが他人には判らない程度にウサミミを模した髪をクルリと回転させて俺を指し示してからクロガネ様を差した。
その示す合図は万事了解。もうじき任せるというサイン。
さて、忘れちゃいけないのは俺らの最終目的はこのクロガネ様を論破することでは無い。
もう一つのド本命な目的を果たすことが優先事項。
アリスがここまで主導してクロガネ様を巻き込んだ討論の内容は、ゲームの面白さとホワイトソフトウェアと俺のユーザーに対するスタンス。
ユーザーに楽しんで貰うという我が社の究極にして原初の目的である、ゲームの楽しさを争点にしていた。
つまりは理想のゲームとはかくあるべきという論争。
周囲でこの論争を見守っていたギャラリーにも、アリスとクロガネ様が撃ち合わせる楽しめるゲームとはどう有るべきかという熱戦は伝播しているだろう。
交差する情報量は跳ね上がっているので、あちらこちらで双方の意見を論議するWISやらチャットが飛び交っている様子だ。
ここまで来ればアリスがどうしてゲーム談義の論戦に持ち込んだかなんぞ嫌でも判る。
俺とアリスが隠し持つ武器は、二つの会社とついでに地球を救う為に、荒削りながらも考えてきた次世代型VRMMOゲームの雛形。
リアル宇宙で探査船を操作できるほどの凄腕ユーザーを集める為には、ゲームの裾野を広げより多くの人を集める必要がある。
多くのプレイヤーを集める為に何より求められるのは面白さと話題性。
場の雰囲気を作り、さらには自然に新規ゲーム案をお披露目する場へと作り替えた手腕は舌を巻くほどだ。
さすが最高の相棒。ならこの相棒のアシストに答えるのがパートナーたる俺の役目だ。
(社長。ちょっといいですか? ちょっと新規なゲーム案がこちらのアリシティア嬢から個人的に渡されてまして、後で社長らに報告しようと思っていたんですが、こちらのお客様を納得させる為に提示しようかと。で一時的にプレゼンのためにこの辺の中位管理権限を貸して欲しいんですけど)
いつの間にやら椅子を呼び出し、菓子と番茶を片手に完全に観客になっていた社長へと文字チャットを送る。
存在感を無くしていると言えば聞こえは良いが、このおっさん……もとい社長の場合。見た目だけならそこらにいる万年係長なリーマンだから、その抜け目ない切れ者としての本質を知る俺から見て質が悪い事この上ない人物だ。
腹案をお披露目するにも小さなウィンドウを使ってちまちま紹介したんじゃ、どうにも印象が薄くなる。
本当はその壮大さに会わせて空一面を一気にスクリーンとして使えれば最高だが、さすがにそれは高望み。
現実的な所で10メートルサイズの大型ディスプレイを展開するための中位管理権限許可を申し込んだのだが、
『あぁ。いいよやっちゃって。楽しみにしていたんだよ。君がこの場でついでに新規ゲーム案の披露を企んでるってある筋から聞いてたからね。お客様方の反応如何によっちゃ即採用するんで派手にいっていいよ。君の企画立案能力には期待してるんでね。親父さんや中村君には事前に許可は取ってあるから始末書も心配しなくて良いよ』
社長はWISで返しながら俺の方をちらりと見て笑うとあっさりと最上位の全域全権委譲を送って来やがった。
つまりはこのグラウンド一部だけで無く、この学校を中心としたVR世界全部への改変許可。
これなら空一面をスクリーンとして使うのも問題無くいけるが……やっぱ食えないなこの人。っていうかどこから情報が漏れた?
会社の上層部が俺らの企み知っていたって。ひょっとして中村さんが先ほどアリスとの対処も全部俺に任せるっていったのは、これに関連しているのか?
しかし俺は今日の計画は誰にも話していないし、アリス側は宇宙だぞ。まさかこの人も異星人だったり……あながち間違ってなさそうな気もする馬鹿馬鹿しい予測が浮かぶほどだ。
しかしこんな状況は願ったり叶ったりだ。
「プレイヤーが協力して一つのことを成し遂げるそれがMMOの面白さとは認めましょう。だけど貴女がいう、その面白さであるプレイヤーの協力関係を徹底的に壊した裏切り者がいますね。貴女の”元”パートナーよ。プレイヤーの心理と基本戦略を全て逆手に取ったボス操作で、大きな被害を毎回もたらす『裏切り者』にして嫌われ者のGMミサキ。信頼関係にあったプレイヤーを踏み台にしてGMへと成り上がった人間を重用すること自体がこの会社がユーザーを侮っている証拠でしょ」
(あーアリス。準備オッケーだ。派手にいけるぞ)
「いくつか間違いがあるわね。その情報は。シンタを裏切り者っていうけど、それはシンタを直接知らないプレイヤーの発言です。シンタのプレイヤー時代からの目的はゲームを面白く楽しんで、そして他の人にも楽しませる事です。GMともになってからもそれは変わらない。シンタを倒そうと協力するプレイヤー達の熱い連携や討伐後のプレイヤーの盛り上がりを知らずリーディアンを語って欲しくはありませんね。そして貴女の認識で最大に間違っている事。それは……」
アリスが若干言葉を貯めて、表情を切り替える。冷笑混じりの冷ややかな表情から、実に勝ち気な何時もの子供っぽい笑み。
勝利を確信したかのような何とも嬉しそうな顔で、頭のウサ髪を跳ね上げた。
それを合図に俺は今まで目立たないように死角でやっていた仮想コンソール操作をやめて、全面に二つの仮想コンソールを展開して、用意していたオープニング映像を若干の修正を施しながら読み込ませていく。
「シンタは今でもあたしアリシティア・ディケライアの”パートナー”よ。そのあたしが断言する。ミサキシンタは今もユーザーを楽しませるために活動しているゲームマスターだってね!」
アリスが言い切ると共に空に向かって高々と腕を掲げて振り切った。
その瞬間、温かな日差しに包まれていた昼の空が、墨を流したかのように漆黒の夜空に切り替わり、次いで地平線の片隅から、巨大な月のような人工惑星が姿を現し始める。
その人工の月の名は『創天』
ディケライア社本社でも有り、そして恒星系すらも自在に改造する銀河でも有数の惑星改造艦。
いきなりの変貌にざわつく周囲を見ながらも俺は一歩踏み出しつつ、自らの映像を夜空に浮かぶ創天の横に拡大表示させて一礼する。
惑星サイズの船の横に浮かぶ自らの巨大映像っていうある意味巫山戯た映像を視界に納めながら俺は芝居っ気たっぷりに言葉を紡ぐ。
「さてご来場の皆様方。突然のサプライズ失礼いたします。今回はこの場をお借りして有るゲームの雛形をご披露させていただきます。新たなVRユーザー様に楽しんで頂くために企画されたのが今回の同窓会プランですが、そうなると今までVRを楽しんでいた従来のVRユーザーは無視かとなりかねません。VR開発各社で規制に会わせて新たなるVRゲームを模索している最中、我がホワイトソフトウェアもただ手をこまねいていたわけではありません。ですがいくつもの会議を重ねておりましたが、まだまだ形になっていませんでした。それで我が社社長からは案があったらいつでも持ってこいと言うことでしたので、まぁ腹案ありって事で派手にいこうかとこの場をお借りした次第。所謂スタンドプレーなんですがここらはご容赦を。私がご提案する新世代型VRMMOは、時間規制と最高スペック制限。さらにはRMT罰則を考慮しつつユーザー様に楽しんで貰うゲームです」
進行上は紛れもなく突発的な発表なんだが、あらかじめ組んであったかのように見せかける為に戯れ言を紡ぐ俺が横のアリスを指し示す。
地上の俺の動きに合わせて空に浮かぶ俺の像は横の創天を指さした。
「時は人々が宇宙を自在に駆け回る遙かな未来。銀河で未だ手つかずの恒星系を巡り鎬を削り合ういくつもの惑星改造会社を舞台に展開されるゲームとなります。そしてこちらの巨大人工惑星艦こそが惑星改造を勤めるメイン花形である惑星改造艦。その最上位であるこちらの船は恒星系すらも自由自在に改造して天を創る船。名付けて『創天』」
地上のアリスが軽く手を振ると創天の周囲に次々に船が跳躍してくる。
その映像はアリスから借り受けたカタログに載っていた船の外観データを元に地球規格に会わせてVR映像化させた船たちだ。
「プレイヤーの皆様は基本的には、この創天や異なる恒星系級惑星改造艦を本社とする複数の惑星改造企業に所属した社員となります。今現れた無数の艦船を組み上げて作られる小艦隊を指揮する司令。宇宙を駈ける船を操る艦長。そして一介の戦闘部隊長という3種のキャラクターがメインとなります。ここで誤解の無いように申し上げておきます。三種の職業から選択ではありません。一人のキャラクターが三種を兼任でもありません。三種類のプレイスタイルをその状況下によって使い分け選択する。これにより奥行きのあるゲームデザインを模索しております」
とりあえず掴みは成功。
クロガネ様も突然の展開に唖然として空を見ている様子。うむ。有無を言わせずこっちの流れに乗っているうちに一気にいくか。
「ゲーム全体のバランスにも関わる戦略を司る司令。各戦域での勝敗を左右する艦長。敵艦へと乗り込みそのシステム掌握や施設破壊をすることで戦局を逆転させることも出来る戦闘部隊長。この三つのプレイスタイルと各プレイヤーの行動が絡み合い、状況が刻一刻と変化していく」
世界を作り上げるのはプレイヤー達の行動。それが俺の選んだゲームとしての基本デザイン。
GM側の直接介入を減らし、自由度を極限まで高め、一つの世界を作り上げる。これこそがMMOという基本に立ち返る。
「惑星改造企業間で繰り広げられる星間戦争を舞台にした大人数参加型ゲーム。それがPlanet reconstruction Company Onlineです」
自分の理想と夢をつぎ込んだゲームを語る空に浮かぶ俺の姿は、自分から見ても実に楽しげに映っていた。




