C面 ランチタイムは整備の後で
ルカリア星系から少しだけ外れた恒星間宙域中立地帯。
俗にエリア外とプレイヤー達から呼ばれるそれら恒星間宙域は、僅かな小惑星帯がちらほらとある以外は資源に乏しく、極端に獲得経験値やイベント遭遇率も低い。
その代わりに、敵対的なNPCもほぼ皆無なセーフティーゾーンとなっている。
もっともそれはNPC相手の話。
プレイヤー同士であれば、相手の所属先から手配されたり、賞金を掛けられるなど後の不都合を気にしなければ、自由に攻撃、略奪行為が可能で、星系内では原則禁止される広域、特殊兵器も無制限使用可能。
要はNPCによる横やりを気にせず戦えるフリーバトルゾーン。
『周辺探査開始』
未だ不機嫌でぶっすとした声ながら仕事はきっかりなエリスティアが、本船から離れた場所に展開させた複数の小型プローブからアクティブソナーを発信。
本船はステルス状態を保ったままのパッシブ待機にしているので、精度は多少落ちるが、もし追跡者がいた場合に備えた探査基本戦術の一つ。
『……追跡してくる、NPCや、地……人も無し』
「オッケー。じゃあハーフダイブにチェンジ。ドッキングスタート」
レベル差のあるNPCの追跡も怖いが、レアアイテム強奪狙いのPKプレイヤーやら、別ゲーとはいえ有名チャンピオンのサクラを付け狙うバトルジャンキーと、潜在的な敵は数多い。
慎重に慎重を重ねて、圧縮空気の放出によるのろのろとした動きで小惑星帯へと進入した乗艦に、仮拠点としている大型ドック艦と合流を指示してから、サクラは一度フルダイブを解除する。
完璧な個人調整を施した脳内ナノマシーン群は瞬きほどの時間で、仮想世界から現実世界へとサクラの意識を移行させる。
本国と違い、日本では娯楽目的でのフルダイブには制限時間が設けられているので、小刻みにフルダイブとハーフダイブを切り替える必要がある。
面倒だと不満を覚えているプレイヤーも多いようだが、だらだらと狩りをするより、一回一回の戦闘を心底楽しみたいサクラには、休憩を挟むこのやり方は特に苦では無い。
「じゃあメンテの間にサクラ達もランチタイムね。エリーはなに食べるの? サクラはね、今日はベトナムサンドウィッチとなにか和菓子のセットにするよ」
ホテル内レストランだけでは無く近所の提携店からも配達してくれるルームサービスメニューを呼び出したサクラは、今日はどれにしようかとわくわくしているが、同じくハーフダイブに移行した、相棒はメタリックうさ耳を立てた状態で相も変わらずご機嫌斜め。
先ほどまでの背景だった戦艦ブリッジなら似合っていた機械仕掛けのうさ耳も、一般的な日本の賃貸アパートに変わると違和感がすごい。
『ご飯の前にちゃんと整備! サクラオートに任せすぎ! ひっ!?』
エリスティアの怒りに併せた演出のように丁度良いタイミングで稲光が連続で落ちたのか、エリスティアの背後が明暗に点滅する。
飢えた獣のうなり声のような雷鳴も響いて、ついでに稲光が照らし出す部屋の壁には、巨大で禍々しく曲がったかぎ爪付きの八本足の蜘蛛らしき物の影が一瞬現れた。
『うぅぅっ! おとーさん! 絶対許さないんだから!』
半泣きになって怯えてはいるが怒りが勝るのか、画面の向こうのエリスティアは最近口癖になっている言葉を口にして、一瞬で気力を立て直していた。
どうやら父親らしい三崎伸太に、ゲームプレイ中に色々サプライズを仕掛けられておちょくら……遊ばれているようだ。
もっともエリス本人は妨害工作だとお怒りモード。
敵意マシマシなエリスティアの恨み言を聞き流しつつウェザーニュースを確認。
全国的に絵に描いたような快晴。雷が落ちるような天候不良な地域はなし。
それ以前にあんなモンスターの影が映ること自体が異常。
エリスティアはどこにいる?
疑問はあるが尋ねてもはぐらかされるだけ。サクラは気にしないことにした。
『とにかく午後もバンバン狩るんだからちゃんと整備! それまでご飯はお預け!』
気になることは諸々あるが、楽しい戦闘に、戦闘ではだんだんと息の合ってきた相棒と、サクラのテンションは常に高止まりを維持している。そんなのは些細なことだ。
「フルダイブリミットまでしかハント出来無いのに真面目だよねエリーは……Yes,ma’am!」
でもランチが売り切れるのも嫌なので配達オーダーを、ささっと済ましたサクラは、新たな仮想コンソールを立ち上げる。
整備用に特化したコンソールを準備している間に、暗い小惑星帯を映していたメインウィンドウが、光学迷彩を解除した大型艦の姿を捉える。
中央に長方形の制御艦の周囲に円筒形ブロックを4つ、円陣状に設置した独特の形状を持つドック艦だ。
旧式ながら最大で四隻の簡易改造、修理を行える大型艦種に分類されるドック艦のプレイヤーは、サクラの叔父である柳原宗二。
宗二は、サクラに戦闘を全部任せ、スキルやステータスをサポートに極振りした補助型に特化させている。
当の本人はここ数日調べることがあると昼夜問わずほぼ外出しており、自動操作に任せ放置気味だが、ゲーム時間を長めに取れない社会人プレイヤーにも対応出来るPCOでは、多少効率が落ちるが問題なく動いている。
補給改修特化で、巡航速度も遅く自衛能力も弱いドック艦でも、最前線付近まで来られているのも隠匿系スキル、ステルス装備に力を入れているためだ。
もっともどれだけ特化したとしても、ステータス的にハードワールドのNPC相手では隠匿性にかなり不安があるが、スタートラインが同じプレイヤー相手なら、先ほどのように追跡に気をつけていれば十分だ。
接近して来たサクラ達の艦の軌道にあわせて微調整しながら稼働した円筒状ドックの先端が開放される。
遠方から視認されると厄介なので、ガイドビーコンもなしのドッキングだが、ここ数日何回もやった作業で2人とも慣れた物だ。
軸線を併せて手早く艦を収納すると、すぐにドッキングアームが伸びてきて艦を固定。
同時にポート先端部が閉鎖され、密閉式ドックがステータスチェックを始める。
ここからは見えないが、ドック艦自体もまたステルスモードに移行して、闇の中に身を潜めているはずだ。
ようやく緊張感が完全に抜けたサクラは、脇の冷蔵ホルダーに入れていたボトルを手に取り、ほどよく冷えたオレンジジュースで喉と脳を潤わせつつ、整備を開始。
「アームとシールドは交換修理……センサー類は廃棄と。エリーの方は?」
『だから! エリーじゃ……主砲交換。少しだけずれてまた爆発四散させちゃったし』
雑に略すなといつも通りの文句を口に仕掛けたエリスティアだが、整備が第一と自分で言っていたことを思い出し優先したのか、サブウィンドウにメインウェポンステータスを表示する。
ステータス的には僅かな減少だが、確かに弾着空間指定用の時空間センサーに減少がみられ、砲身自体も発射の反動で微かな歪みが生じている。
今の修理スキルでは、戦闘で劣化低下したステータスを完全に戻すのは無理。
高い砲やアーム、シールド類は文明圏に戻ってから完全修理。
修理するより買い換えた方が安いセンサー類は、原子分解してリサイクル。簡易補修部品へと成形。
初期艦よりはアップグレードされたドック艦といえど、そのストレージだって無限じゃない。
4つあるドックの内2つを倉庫に兼用しているが、少しでも滞在時間を延ばして継続戦闘力を伸ばすには、積極的なリサイクルは必須だ。
サクラ艦のアームやシールドも場所を取るが、最大はやはりエリスティア艦の跳躍砲。通称『物干し竿』
相手艦や要塞の防御をすり抜け空間跳躍によるダイレクトアタックを可能とする跳躍砲だが、今回の狩りはその命中精度が肝。
狩りの獲物がこの星系では雑魚MOBとはいえステータス上では、遙かに格上。そんな相手に一撃キルを決めるには、相手の動力部を一撃で抜くのが必須。
しかし問題はただ撃墜するだけが目標では無く、敵艦の装備鹵獲だ。
最良は動力部だけ破壊。後はほぼ無傷で手に入れる完全鹵獲だが、今のところその成功率は1割、2割といったところだ。
完全四散ではアイテム捕獲率がぐーんと下がる上に、運良く手に入れても故障やら破損のバッドステータスが付いていて、完全修理しなれば価値が半減してしまうが、アイテムレベルが高いので修理費は馬鹿にならず、使った消耗品やら必要経費も考えれば赤字だ。
何せ元々が相当無理をしている狩り。
攻撃が下ブレして、相手に増援を呼ばれたら一巻の終わり。
不発以外では確実に動力部破壊できる最低値をたたき出すために、高性能爆弾を使用しているが、今日は運が良いのか悪いのか、上ブレした高めの攻撃が連発して、お目当てのシールド技術制御ユニットの取得数は数個だけと、少しばかり稼ぎが悪い。
「本当ならクリ連発ってラッキーだけど……エリー今日ものすごく機嫌悪いけどひょっとしてmonthlies?」
生理中は脳内物質の出方が変わって、攻撃力が高くなるという有名な都市伝説を引き合いに出したサクラだったが、エリスティアには伝わらなかったようで、不審げに眉をひそめうさ耳をピコピコと動かす。
『今日が毎月……メル言語変換を間違えてない?』
『教育フィルターに引っかかって変換不可。大丈夫ですぜサクラの姉御。エリーお嬢様はご覧の通りのお嬢様ですから。怒っている理由もこっちだし』
高性能というかころころと口調が変わるやけに下世話かつ人間的な補助AIのメルが、提示したウィンドウは、サクラが狙っている美月達の動向を記したブログの画像だ。
サクラ用にしっかりと英語翻訳された文章に目を通してみる。
今日の美月達は、ゲームプレイでは無くPCOを運営しているホワイトソフトウェア本社がある地域の環境美化運動にボランティア参加中。
貢献度に応じて全プレイヤー達に新規情報が公開されるというおまけ付きだと告知されているようだ。
リアル更新されている画像には、この真夏の猛暑の中でも悪目立ちをする、学校指定ジャージの上に黒マントというあれな麻紀の背景にぽつんと映る黒幕の姿も見えた。
「あぁ。ダッド取られて怒っているんだ。エリーファザコンだよね」
『ち、ちがーうっ! おとーさんなんかどうでもいいもん! エリスが怒っているのはイベント終盤にさしかかったのに、お掃除している美月達! サクラは舐められているとか考えないの!?』
決着をつけるためにイベント最終日に決闘の約束をしているが未だその方法は未定。
どのような方式になろうとも勝つために、できる限りの手を積み立てている最中に掃除なんか手抜きだとエリスティアは激怒している。
「相手が舐めてくるなら、叩きのめすのも面白いと思うけど、今回違わない?」
『ういっさ。サクラの姉御の仰るとおり。どうせおやっさんが強制動員発動っていってるんですけど、お嬢様が聞いてくれなくて』
「やっぱり状況的にそうでしょ。エリー頑固だよね」
つい先日まではボスとしていた三崎伸太を指す名称がまた変わっているが、メルの言動にも慣れて来たサクラは順応する。
『ほらお嬢様。コチコチ過ぎて化石状態ですって。ツンデレって概念は前世紀の』
『2人とも五月蠅い! とっととミニゲーム終わらして次のっ』
ぷるぷると震えていたうさ耳がガーッと動くのに合わせてエリスティアが激昂するが、急にその姿を映していたモニターが消失する。
あまりに怒って通信を切ったにしては唐突すぎると思っていると、
パーティメンバーがログアウトしました。
システムメッセージが表示される。
急なログアウトにもかかわらず、エリスティア側の修理メンテナンスはPCOの基本設定通り続行されている。
プレイヤーが付きっきりより、NPC任せで少し時間が掛かるが、それ以外に特に問題はない。
「ん~~~~~配達時間変更。ランチ♪ ランチ♪」
そのうち戻ってくるだろうと気にしないサクラは、鬼の居ぬ間に整備しつつ食事を済ませようと、ルームサービスメニューを再度呼び出すことにした。




