社長の資質
ディケライア社の設立は地球時間で約420万年前。
広大な領域を支配し数千の惑星、恒星国家を支配下に納めていた大帝国が、支配種族に搾取されていた従属種族が起こした権利の譲渡と増大を求めた大規模なデモを発端とし、最終的には改革派に皇族すらも加わり本格的な独立運動、紛争を経て、星系連合へと変革した時期の少し前に遡る。
創業者となったのは、その大帝国を支える近衛軍の若き下士官でアリスの遠いご先祖様。この御仁がなんやかんやの紆余曲折の果てに、主筋たる帝国の姫君と恋愛関係となり、やがて結ばれた事で、二つの大きな物を得た。
まず一つが、姫君が嫁入り道具として持参したという当時の帝国最大戦力である恒星系級侵略艦『天』シリーズの最新鋭艦『創天』
そしてもう一つが、帝国の広域にわたる合併侵略を可能とした、帝国支配種族が有する多次元感知能力『ディメジョンベルクラド』
皇帝直系たる姫君の持つナビゲート能力は当代最高峰の光年距離を可能とし、最新鋭艦である創天もその能力を十二分に発揮できる出力を有していたという。
近衛軍の若き下士官と姫君が結ばれたのと丁度同じ頃、前述の独立運動から帝国は分裂崩壊状態に。
こういう状況で亡国の姫と近衛士官とくれば、普通ならお国再興の為にといきそうなもんだが、何を考えていたのかは知らないがこの二人、中央星系や重要星域で主導権争いを繰り広げる帝国復興派や改革解放派を尻目に、独立運動の余波で支援や供給が絶たれ窮状に陥っていた初期開拓惑星やら辺境星を廻りながら、創天を使い惑星改造を開始したらしい。
兎にも角にもこうしてディケライア社は誕生して以後精力的に活動を続けていく。
建設中の軌道塔崩落事故による大規模汚染に晒された惑星の全域浄化計画。
跳躍困難な変異重力星域における交易路開発。
星系内全惑星同時移設事業。
いくつもの困難な仕事を成し遂げ、顧客の信頼を掴み、船を増やし、代替わりしながら活動域を広げ、やがては辺境域のみならず銀河系全体でも有数の歴史と規模を誇る大会社へと発展していった。
……と順調だった経営が一気に悪化したのはアリスの実母である先代社長の時代。といっても母親が無能だったわけではなく純粋な事故だという。
主恒星が突如原因不明の膨張を始め、壊滅の危機にさらされた星系国家があったという。
予測では膨張により最内を廻る居住星が死の星になるまで一月。外縁の惑星でも一月半しかない。
とても全住民の避難をさせる暇はなく、下手すれば自分たちも巻き込まれるという状況で誰もが尻込みする中、唯一その緊急要請に応えたのがアリスの母親が率いる当時のディケライア社だったという。
お袋さんが選んだのは、全住民を星系内の居住惑星諸共、安全な別宙域へと運搬するという途方も無い物だった。不可能で無謀とも思える計画。だがそれを可能とする能力と人材、資材を持つ有数の企業。それがディケライアの本来の形だという。
本社として引退状態だった創天を除き、手持ちの惑星改造艦を全投入した緊急作戦は、全惑星を覆う巨大な転移フィールドを驚異的な速度で敷設していき、成功すると思われていた。
しかしその努力をあざ笑うかのように、予想よりも遙かに早く恒星が急激な膨張を開始。
このままでは星系住民とともに恒星に飲み込まれるという絶体絶命な状況下。この土壇場で起死回生の策としてアリスの母親が選択したのが、ディメジョンベルクラドの能力を最大に使った全艦、全惑星一斉跳躍。
本来なら一つずつ跳躍させる予定だった惑星を纏めて、しかも準備不足なまま行った緊急跳躍は、ある意味成功である意味失敗に終わる。
最終的には外惑星軌道まで膨張してしまった恒星から逃れることは出来た。
だがアリスの両親が率いるディケライア社麾下800隻の惑星改造艦は住民が居住する3つの惑星と共に跳躍帰還地点に姿を現すことはなく、そのまま行方不明になったという。
この大規模跳躍事故により、光年距離跳躍を可能とする高位ディメジョンベルクラド能力を有す社長と、その夫でありアリスの父親でもある副社長および、主立った社員に保有艦のほぼ全てを失ったディケライア社は業務不能に陥り、そればかりでなく契約不履行となってしまった事業の違約金で莫大な負債を帯び、一気に経営状況が悪化したとのことだ。
かろうじて残ったのは、本社人工惑星となり惑星改造艦としては引退していた創天と、ローバー専務を初めとする留守を任されていた若干名の社員。
そして年若い為まだ十二分に能力を発揮できないが、ディメジョンベルクラドの能力を持ち、会社存続の意欲とやる気もある先代の一人娘であるアリス。
こうしてアリスを社長とし、もっとも古き船である創天を再稼働させ新生ディケライア社の発進と相成ったとのことだ。
「なぁアリス、この社史なんだけど全部事実か?」
ローバーさんはいまだ戻らず。炬燵でぬくぬくと暖まりながら、情報収集の一環で読んでいたディケライア社社史を飛ばし読んで浮かんだ第一感想を率直に俺は漏らす。
社の経営が一気に悪化した事故の詳細や、アリスの両親の事などいくつも気になる箇所があるのだが、それ以上にここは突っ込まないとダメだろうという箇所が一つある。
創業者の片割れが、あまねく星々を治めていた大帝国の姫君とはなんの冗談だ。
炬燵に収まりミカンをハミハミと噛みながら、俺の部屋から勝手に持ち出してきたVR業界情報誌を熱心に読んでいるメタリックウサギ娘から、亡国の姫君の末裔って言葉を引き出すのは無謀にもほどがあると思う。
「社史の詳細が気になるならリルに聞いてみて。いろいろ補修されてるから船体にはオリジナルの部品は残ってないだろうけど、メインAIのリルは建艦当時から全部見てるから。その記録もリルの管理。あたしは細かい所まで知らないもん」
これまた律儀に雑誌風書籍ツールに落とした記事を何が面白いのか判らないが、なぜか熱心に読み込んでいるアリスは、俺が抱いた疑念に対し顔を上げることもなくどこか上の空で答える。
この雑誌がVRMMO業界向けだって言うなら、廃人であるアリスが興味を持つのも判るが、こいつはもっと範囲の広いVR業界向け。
新型基幹プログラム紹介や開発中新型筐体やら新しいビジネスプランの提案と、どちらかというと基礎技術や業態についての記事が多く、VR業界関係者以外にはあまり面白くない雑誌といえる。
しかもここ数ヶ月の記事なんぞほとんどがVR規制法に対する阿鼻叫喚と恨み辛みでお先真っ暗な関係者のインタビューやら、撤退、縮小、仕様変更等のネガティブな情報ばかりで、読んでいて気が滅入ってくる物だというのに。
飯を食っている時に届いたばかりで俺もまだ目を通していない最新号なんだが、一体何が異星人であるアリスの気を引いたのやら。
『記録に不備はございませんが。お疑いとあらば全記録もお見せいたしましょうか。しかしながら三崎様のリーディング力から推定いたしますと、全記録の閲覧には不眠不休で約2452年のお時間が掛かりますので現実的ではありません。ですからあまりお勧めいたしませんが、私の名誉にも関わりますので三崎様の記憶領域に直接送り込むという手段となりますが』
事実だと断言したリルさんは続いて、ジョークなのか本気なのか今ひとつ判断が難しい提案を宣う。
2000年オーバーの記録情報直接転写。多分というか絶対に人間の脳容量オーバー。廃人確定じゃねぇか。
「あーやめときます。大体の流れだけつかめれば良かったんで……んでこっちがアリスに代替わりしてから4期って……400年の収支報告書と全体資産と」
怒らせるとまずいタイプかという予感を感じつつ、話題ついでに社史からウィンドウ内の情報も切り替えてここ数期の業績情報を呼び出しざっと目を通す。
専門知識がないと判りづらい細かい所はともかく無視して大まかな数字だけを流し読んで判断するだけなら俺でも出来る。
「こりゃ……ひでぇな」
そしてその程度の俺でも、ディケライア社の経営状況は一目で倒産寸算だと判るくらいに酷い。
違約金の支払いなどで潤沢だった資金、資産があっという間にむしり取られたってのもでかいが、再出発後の収入と支出のバランスが完全崩壊している。
売り上げ高から人件費、設備維持費、購入費、開発権利購入費など諸々の経費を差っ引いた営業益は見事なまでにマイナス。
最初の二期が大赤字の連発でかろうじて残っていた体力を一気に消化して、後の二期では何とかしようと努力して改善された痕跡は見て取れる物の、時すでに遅く全くの焼け石に水状態。
それらの絶望的な数値もアレなんだが、ほかに地味にショックだったのが、この書類が示すアリスの年齢だ。
年上だろうなとは思っていたが……最低でも400オーバーか俺の相棒は。
さん付けで呼ぶべきかと一瞬だが考えてしまった辺り、先輩後輩を気にする日本人の性だろうか。
「……その赤字はあたしが原因。身の丈が判ってなかったの。ディケライアは大企業なんだって意識があって、その事実を名実共に取り戻そうって、最初の二期は空回りしてたから」
くだらない事を考えていただけなんだが、俺があまりの赤字経営に言葉を無くしたとでも思ったのか、業界誌を読んだままアリスが小さな声で答える。
「ローバー専務とかリルの忠告や助言も無視して、ともかく限界ぎりぎりの大きな仕事ばかり取ろうとして、無理して工期超過とか品質不足や不良品なんか出して違約金払ったりってのもあったから。最初の二期くらいなんかは特に酷くて、残っててくれた社員の人でも、今の社長にはついていけないって何人もやめちゃったんだ」
頭のウサミミを見れば力なく丸まった落ち込み状態。
俺ら地球人の感覚からすれば3,400年前なんて江戸時代くらいで遙か大昔って感じなんだが、やけに落ち込んでいる様子から見るにアリスからすればつい最近の事なのか?
『三崎様。社の復興を願うお嬢様のお気持ちを優先し、強くお引き留めできなかった私やローバー専務を初めとした幹部社員にも、我が社の不振原因の一端はございます。専務がお嬢様のお気持ちに反してでも、お嬢様の身や社を優先するようになったのもこれが原因でございます』
「リル。ありがとう。でも庇ってくれなくて良いよ。あの頃の事はホント反省しかないから。一人でも何とかしてやるって周り見えてなかったもん……シンタの会社の社長さんみたいに上手くできたら、もう少しマシな状況になってたって思うもん」
アリスだけが原因ではないと気遣ったであろうリルさんに礼を言いつつも、謎めいた言葉をため息交じりにアリスはつぶやく。
うちの社長を知っているような口ぶりだが、あの人基本完全裏方でGMのようにイベントに出てくるようなこともしていないので、プレイヤーとは直接的な接点はほぼ無い。
だからアリスと接点があるとは思えないんだが。
「なんだそりゃ? ウチの社長ってどういう……」
言葉の意味を尋ねてみようとした所で、俺はアリスの手に収まった雑誌の存在を思い出す。
アリスが読んでいたのは俺の部屋から持ち出してきたVR技術関連を扱う企業向け業界誌。そして我が社ホワイトソフトウェアも一応立派なVR関連業。
ひょっとして……
「アリス。ちょっとその雑誌貸せ」
「ん……生データじゃなくて書籍MODいれたので良いよね」
どうにも抑えきれない高揚感を覚えつつ気落ちしたアリスが力なく差し出した情報誌を受け取り、リアルと同じ要領で捲って目次をチェックする。
カラー表紙と中のページの手触りが違ったり、捲る毎に音が鳴るなど、相変わらず凝りに凝っているアリスの書籍MODに呆れ半分で感心しつつも、俺は目当てのページを探し当てつい口元に笑みをこぼしてしまう。
「…………さすが社長。他の会社の連中だけじゃなくてこっちにも根回し済みだったのかよ」
『新たなるVRの試み。その需要と発展性を探る』
そんな見出しで特集されていた記事は記憶に新しいというか、ついこないだ成功させたばかりのユッコさんから請け負ったVR同窓会の10ページ近くに及ぶ特集記事だった。
トップページに張られたいくつかの写真と動画データには、司会進行する俺や楽しんで貰っているユッコさんらお客様達の姿がでかでかと写っている。
社員である俺はともかくとして、お客様であるユッコさん達はいくらVR仮想体といえど肖像権やらいろいろと五月蠅そうなもんだが、うちの社長の事だ。そこら辺はぬかりないだろう。
開発者側である俺達の自己評価、分析から導いた今後の課題点。
お客様であるユッコさん達からの事後アンケート。
今回の同窓会企画に対する制作者、顧客目線からの事後レポートや検証用データも重要だが、それ以外にもう一つ是非とも欲しかったデータがある。
すなわち第三者の目線から見た客観的な評価。
業界誌はまさにその第三の目線。焦る気持ちを抑えながら俺はじっくりと記事を追う。
この業界誌はなかなか辛口でシビアな目線の記事が多い事で知られているが、その分公正性大で参考になると愛読者も多い。
記事内容はべた褒めするでもなく、かといって難癖をつけるような論調でもなく、あくまでも第三者の目線から見た企画内容や今後の課題などを公正に評価した落ち着いた文で記事にしている。
そんな硬派な業界誌にまだ海の物とも山の物ともつかない出来上がったばかりの企画が、特集を組んでもらえたんだから制作陣の一人としては喜びもひとしおだ。
社内でも今後の課題として問題視された弱点はこの記事でも指摘されているが、好意的な文がどちらかと言えば多い。
「っぁ。やっぱり指摘がきやがったか。そうだよな」
問題点を指摘されている文に目を止め、兜の緒を引き締めようとするがどうしても言葉とは裏腹に口元がにやついてしまう。
この記事で指摘されている問題点は大まかに二つ。
完全再現と謳えるほどの再現度を得る代償に高額となった開発費と、目玉となるギミックをいくつも施して複雑になったシステムの脆弱性と開発効率の悪さ。
企画としての特徴であり、同時に弱点でもあるこの二つの指摘が、次の受注への大きなネックとなる。
このことは社内でも最初期から判っていた問題点であったが、資金的にも人材的にもかなりギリギリで回しているウチの会社ではどうしようもない事も理解していた。
何せ今回は大口スポンサーのユッコさんが、金に糸目はつけず、ともかく短期間で良い物をという事で、俺も詳細は知らないが少なくとも億単位の開発資金としてウチに転がり込んでいる。
それ故に全社員を総動員することが出来たと言っても過言ではない。
しかしそれは重ねて言うがユッコさんというスポンサーの存在あってこそ。
今は無き思い出の場所で開かれる同窓会というのは確かに魅力的だが、それには一人頭で割っても数百万円が掛かるとなれば、即決できる者などほとんどいないだろう。
現状のままでビジネスとして成り立たせるのは至難。かといって人を減らして開発費用を下げれば、開発期間はさらに長期に及び、しかも売りであるクオリティがだだ下がりとなる本末転倒状態。
これはウチの会社”だけ”では乗り越えられない大きな問題だ。
「よしよし。ちゃんと書いてくれてるな」
だが開発段階から判っていたその弱点を、手をこまねいて見逃すようなウチの会社じゃない。
記事の後半はウチの会社が考えている改善案もしっかりと書いてくれている。
それは我がホワイトソフトウェアはVRMMO開発管理会社なんだから、ある意味当たり前の発想から生み出された解決方法。
ソロ狩りでは効率が悪いからパーティで狩る。
パーティじゃ高位ダンジョンの沸きに対抗できないから、ギルドを組む。
単独ギルドではボス戦で全滅するだけだから、多数のギルドや普段はソロのプレイヤーが協力して千人単位で一匹のボス戦に挑む。
共存共栄。ギブアンドテイク。言い方はいろいろあるだろうが、要は他者の力を借りれば良い。
一口にVR会社と言っても千差万別。
仮想体制作を得意とする会社もあれば、操作プログラムに秀でた会社もある。
建築物のモデリングを得意とする会社あれば、元データからの改変、改造を得意とする会社がいる。
複数のVR会社で共同制作する形にし、さらに学校校舎というある程度、利用目的や建築規格が定まっているからこそ使えるデータの流用という裏技。
そしてこの手を最大限発揮する為の、共有データベースの作成。
開発期間の縮小とデータベース化による低コスト化というのが社長の狙い。
そこに俺の発案である同窓会プランを一クラスや一学年といった単位ではなく、その校舎で卒業していった全ての元生徒へと向け売り込むという案もしっかりと書かれている。
数千人から最大では万単位にもなるであろうお客様全部をターゲットとした一括プランとしての卒業生OB会への売り込み計画は、年代毎に変化をつける必要は発生するが、大まかな基本データ一つあれば、一から作る必要がなくなり、客単価を劇的に下げる事が出来、さらに受注の増加も見込める。
これらの改善案を実行し、効率的にまわす為には、なるべく多数の会社が勝ち目があると判断し協力をしてくれなければならず、計画段階では絵に描いた餅だったのだが、この記事なら興味を持つ会社も出てくるはずだ。
もしこの目論見が外れても、社長が根回しして同窓会当日にその内容や趣旨を理解してくれそうな他社に来て貰い見学会を開催済み。
そちらに社長や営業部の面々が取られていたおかげで、俺が司会進行をやらされる羽目になったが、実際の内容を見て、その場で協力を確約してくれている会社もいくつかあるそうだ。
あと一、二回。成功例をみせる事が出来れば食いつく企業も出てくるはずと予想している。
「よしっ! これならいける」
クリアすべき課題はいくつもあるが、お客様に満足してもらい楽しめる新しい試みであると評価された総評の横で、ユッコさんや神崎さんを初めとしたお客様達の喜びに満ちた表情で彩られた集合写真を掲載した記事を読み終え、俺は強く拳を握る。
他の会社との契約やら折衝以外にも、企画を模倣される可能性など、難題はこの先いくつもあるだろうが、それでもここの所のネガティブ一直線だったVR業界の事情に少なくとも一石を投じる事は出来たようだ。
しかしここはまだ俺らの目標地点ではない。言い方は悪いかもしれないがあくまでも会社の業績安定の為。
最終的な目標はやはりVRMMO復活。まだまだ遠いが、それでも窮状を脱する切っ掛けになるかもしれない成果が嬉しくないわけがない。
「………………」
つい抑えきれない喜びを形にして表していた俺だったが、なんというかじとっとした重い視線に気づきふと我に返る。
視線の主は無論対面に座るアリスだ。
あ……やべぇ。アリスの事すっかり忘れてた。
記事にのめり込んで、意識が宇宙から地球側に完全に傾いていた俺がいた。
「シンタってホント逆境に強いから羨ましい。あたしが早く来てほしいって思ってた時もお仕事楽しそうだったみたいだし……………ごめん逆恨み」
恨めしげな目を浮かべていたアリスだったが、すぐに愚痴をこぼしていた自分に気づいて口をつぐみ謝ってくる。
だがアリスの気持ちはわからなくもない。
そらそうだ。会社が相当やばい状況で、原因は社長である自分だって話していた直後に、社長のおかげで仕事が上手くいったと喜んでいる俺を見て、良い気分がするはずもないだろう。
「わりぃ。ついはしゃぎすぎた」
「謝らないでよ。悪いのあたしなんだから。シンタの会社が上手くいったって事は、”パートナー”であるあたしも本来は喜ぶべき事なんだもん」
凹んでいるアリスの前で考えが足りてなかった事に罪悪感を感じて頭を下げたんだが、アリスはなんかますます落ち込んでしまった。失敗か。
「うぅ。こんなだからナビゲート距離が伸びないのかな。厚意で助けてくれてるシンタに愚痴とかぶつけちゃうし」
自分の言動を恥じたアリスはぺたりとテーブルの上に倒れ、器用というべきかウサミミでいじいじとテーブルの上にのの字を描いている。
「いやまぁ、約束よりだいぶ遅くなったから愚痴や恨み言の一つや二つくらい別に良いんだが」
実年齢は何百歳。下手すりゃ4桁いっているかもしれんが、やはり精神年齢的にはアリスは外見見たまんまのようだと心の片隅で思いつつ、どうフォローしたもんかと口元に手を当て考える。
しゃーない。かなり露骨な話題替えだが、そろそろはっきりさせておくか。アリスも丁度口にした事だし。
それともそろそろ聞いてくれっていう無意識のサインか? こいつがキーワードを同じ日に二回も口にするなんぞ、ついぞ記憶にありゃしないし。
「あーアリス。凹んでいる所悪いんだがちょっと聞きたい事あるんだが良いか?」
「……何? こんなダメ社長で答えられる事なら答えるけど」
かなりネガティブな発言をはき出しながら、アリスはのろのろと顔を上げる。
「やさぐれんな。ガキか」
あれか。この記事をずいぶん熱心に読んでいたのは、うちの社長と自分を見比べてたのか?
なら安心しろ。うちの社長は時折切れ者だが、通常時の言動は軽いにもほどがあるほど、いい加減で、見てて不安しか感じないほど威厳がないから。
上司の悪口を言い出したら止まらないのがサラリーマンの悲しい性だが、さすがにそんな事で無駄に時間を潰す気は無いんで心の中に止めるだけにする。
ローバーさんが戻ってくるまでになるべく情報を集めたいんだが、どうにも脱線しまくっている気がしないでもない。
だがこれだけはどうしても確かめておく必要がある。
リルさんやローバーさんから見れば、未開の惑星の原生生物でしかないであろう俺に敬意をもって接してくれる訳。
いくつかの約束を交わして、決めたルールを厳守しつづけてきたアリス。
その不可思議な態度と扱いの原因は結局ここに集結する。
「アリス……俺とお前の関係。”相棒”ってどういう意味があるんだ?」
ゲーム内でアリスと知り合いコンビ組んで6年近く経ち、改めて尋ねるのはかなり今更な気もする。
だが特別な意味を持つであろう関係性をはっきりさせる為に、俺もキーワードを口にし尋ねる。
落ち込みしぼんでいたアリスのウサミミは俺の問いかけにピンと立ち上がった。




